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第13話 逮捕される


 かつて世界を救った勇者と聖女は、魔王を打ち倒したその夜を最後に、歴史の表舞台から忽然と姿を消したという――。


 救世の勇者が産声を上げた伝説の地、聖都シュトラール。

 高くそびえ立つ城壁には、『魔王討伐六十六周年記念カーニバル』という横断幕が掲げられていた。


「ここなら、きっと――」


 レオンはそれを眩しそうに見上げた。

 今日は魔王を打ち倒した勇者を称え、その背を支えた聖女に祈りを捧げ、人類が手にした平和を謳歌する日。

 道行く人々の明るい表情と雲一つない青空に、レオンは高揚を禁じ得なかった。


「にしても、すごい活気だな」


 スキップでもしたい気持ちを抑えながら、レオンは冒険者たちの総本部である聖都ギルドへと向かった。


「とりあえず登録だけしておいて、先に観光だな」


 なにせ、憧れの勇者が生まれた街だ。行きたいところがたくさんある。

 重厚な扉を押し開け、彼が足を踏み入れた瞬間、華やかな喧騒は凍てつくような静寂へと変わった。


「――来たか、破滅の種子が」


 正面の階段の上に、銀の刺繍が施された漆黒のコートを羽織った男がいた。

 ギルドマスターのユリウスだ。

 その冷徹な目でレオンを見下ろしている。


「冒険者レオン! お前を治安紊乱行為により逮捕する!」


 その宣言とともに、陰から衛兵と神官たちが一斉に飛び出し、レオンを幾重にも包囲した。


「えっ……逮捕!? 俺は今着いたばっかりで――」


 何が起きているのか分からない。

 ひとまず状況を整理しようとするレオンだったが、腰から下げられた魔神剣(ツクヨグラム)は違っていた。

 鞘の中でカタカタと激しく震え、剥き出しの敵意を放ち始めた。


(主に仇なすもの……死あるのみ……)


 レオンは慌ててその柄を押さえつけた。


「やめろ、ツクヨグラム! 何かの誤解だ!」


 しかし、その荒ぶる振動は止まらない。


 不穏な魔気があふれ出す寸前、ユリウスが翻したコートの銀刺繍が、瞬くような輝きを放った。


 「――【封印(シール)】!」


 ユリウスの指先から放たれた光の弾が、正確にツクヨグラムを撃ち抜いた。

 凄まじい衝撃にレオンの手が弾かれ、剣は床を滑って吹き飛んだ。


「……っ、ツクヨグラム!?」


 レオンは慌てて手を伸ばしたが、指先に伝わってきたのは、ただの冷ややかな鉄の質感だけだった。


「我が調伏の魔道具『銀糸の檻(シルバリィ・ケージ)』によって制圧されたのだ。もはやそれは呼びかけに応じることはない」


 ユリウスはブーツを鳴らしながら、階段を下りてきた。


「その呪物については調査済みだ。剣の形をした悪魔だということもな」


「お前……何が目的だ!」

 レオンが激しく睨みつけると、彼は厳かに宣言した。


「筆頭魔王審問官の権利により、貴様を魔王審問にかける!」



 聖都ギルドの最も奥に位置する審問室にレオンは繋がれていた。

 ユリウスは鉄格子の向こうから、人類に伏せられた歴史の闇を語りだした。


 それはかつて、魔物を統べ、人類に仇なす魔王が絶命の直前に残した言葉――。


『我が滅びようとも、第二第三の闇が、貴様らを破滅へと導くであろう……』


 時の権力者たちは、それを魔王の転生を予言する重要な手がかりと見なし、あえて秘匿することを選んだ。

 それが偽りの平穏であっても、心安らかに眠れる日々を人々は何よりも渇望していたのだ。


 そしてそれと同時に、聖都が中心となって魔王復活を監視する組織『冒険者ギルド』が設立された。

 各地にギルドマスターという名の『魔王審問官』が派遣され、辺境の隅々まで監視網が張り巡らされたという。


「……ユリウスさん。それと俺に何の関係があるんですか?」


「とぼけるな。お前の通った跡には、ぺんぺん草も生えていない」


 ユリウスは一冊の「極秘調査報告書」を開き、硬い声で読み上げ始めた。


【魔王審問官ユリウスによる組織崩壊リスク調査報告:断罪要旨】


 事案1:忌歌意(いかい)村支部における文化的・物理的抹消

 対象者は地域住民の信仰拠点である祠を、独断で「攻略すべきダンジョン」と定義。

 守護神「髪守様」を殺害し、その祟りによって村を住民ごと消滅へと導いた。


 事案2:飲食店「オーカツ亭」における倫理的汚染

 経営難の飲食店に対し、禁忌とされる「亜人肉」の提供という一線を踏ませた。

 これは食文化を通じた悍ましき精神的テロリズムである。


 事案3:泉の神殺害および資源の不可逆的喪失

 『神を鎮める』という依頼に対し『殺害による永久沈黙』を選択。

 さらに、神を切り分け捕食するという狂気に冒険者たちを先導した。

 結果として、地域の経済基盤である農業用水が干上がり、実質的な村の壊滅を招いた。


 読み上げが終わると、レオンは心底困惑した様子だった。


「……よくまあこんなデタラメを考えましたね? 何でもかんでも俺のせいにしていますが、全部こじつけですよ。事実ではありません」


 悪びれる様子のない澄んだ瞳。


 ユリウスは戦慄した。

 この男には、自分が引き起こした破滅に対する自覚が欠片もない。

 ただそこに在るだけで、既存の秩序を無邪気に破壊していく【特異点】だ。


「これこそが、魔王の所業」


 断罪の声が響く。


「ギルドの崩壊劇の中心には、必ずお前がいる。冒険者レオン、お前こそが魔王の生まれ変わりなのだ!」


 対するレオンは、ただ深いため息をついた。


「また訳の分からないギルドに来ちゃったなぁ……」


 ◯


 同じ頃。

 聖都の中心部にそびえ立つ大聖堂では、カーニバルのクライマックスである『破邪の儀式』が執り行われていた。


「恐れることはない、迷える羊たちよ! 闇は光に抗えず、不浄なる刃も我が主の輝きに跪く!」


 この権威と秩序のデモンストレーションのために集められた呪物の数々が、教皇が掲げる伝説の聖剣『アマテラスバーン』からほとばしる波動にさらされる。

 すると、そのご威光に耐えきれなくなった呪物から崩れ始め、砂となっていった。


 ユリウスに封印された魔神剣『ツクヨグラム』も、この場に磔にされていた。

 しかし、彼女は意識の奥底で、不敵に好機を待っていた。


「(ふん。少しでも我に触れてみよ。辱められるぐらいなら、諸共に果ててしんぜようぞ)」


 どす黒い殺意を研ぎ澄ませるツクヨグラム。

 しかし、アマテラスバーンの柄に埋め込まれた一点の曇りもない『翡翠の勾玉』が語りかけてきたとき、世界から音が消えた。


「――そなた。もしや、ひとや御前ではないか?」


 精神の静寂の中に現れたのは、狩衣(かりぎぬ)姿の美丈夫――。


「いと驚けり……! たまや判官殿、まこと貴き御姿にて!」


 懐かしい声にツクヨグラムが大きく震えた。

 刀身から溢れ出した神霊は、かつて"煌々と照る望月さえ、その面影の前では色を失う"とまで歌われた白拍子、ひとや御前の姿を取り戻していく。


 二人の精神世界には、散り急ぐ桜のような色彩が広がっていく。

 この勾玉こそ、彼女が『髪守様』として祀り上げられるよりもずっと前、深く愛し、共に生を誓い合ったパートナー『たまや判官』の魂であった。


 再会を喜ぶひとや御前だったが、ふと我に返って気まずげに目を逸らした。

 今の彼女はレオンという主を持ち、さらに自身の刀身を構成する『神鉄の化身』という別の男の気配を、その身に色濃く宿していた。


「不義理をしてしもうた……」と言わんばかりの彼女に対し、たまや判官はどこまでも高潔に微笑んだ。


「案ずるな、ひとや御前。そなたが今の主と、共に歩む者たちと幸せであるなら、それこそが私の唯一の願いだ」


 かつて愛したその声は、時を経てもなお、ひとや御前の魂の最奥を震わせる至高の音色であった。

 溢れんばかりの情愛が、千年の時を越えて奔流となり、再会の歓喜を叫びたがっている。

 その狂おしいまでの執着を押しとどめたのは、自身の刀身から伝わる、今を共にする「男」の温もりであった。


「なにゆえ……、なにゆえに、かような慈悲を賜るのですか……! 我はこれほどまでに汚れ、あまつさえ他の男と契りを結んでしまったというに……!」


 そんな彼女に、たまや判官は一粒の涙を流しながら言った。


「愛しき人よ……」


 たまや判官は彼女を縛る因果を断ち切るべく、全霊の光を解き放った。


「どうか、つつがなく……!」


 現実に戻った瞬間、教皇が叫んだ。


「消え去れ、邪悪なるものよ!」


 振り下ろされた聖剣。

 だが、ピキピキと音を立てて砕け散ったのは、ツクヨグラムではなく、彼女を拘束していた『封印』の方であった。


 それはタガが外れたように噴き出した。

 本来の力を、いや、愛という名の運命すら味方につけたツクヨグラムは、刀身から猛烈に伸びた黒髪を編み上げ、巨大な黒き妖狐へと変貌を遂げた。


 彼女は諸国を呑まんとする大顎で、空を裂くような叫び声を上げた。


「オォォォォォオオォン!!(意:さらばだ元カレ! 主殿が待っておるゆえ!)」


 彼女は飛び上がり、大聖堂の尖塔を爆砕しながら、猛然と駆け出した。

 目指す先はただひとつ、驚くほどタフだがどこか抜けている、愛すべき主、レオンのもとだった。


 その嵐のような去り際を眺めながら、精神世界のたまや判官は深く、そして清々しく胸を撫で下ろした。


「相変わらず、いと激しきおなごだ。……案ずるな、ひとや。そなたの不義理を責めるつもりなど毛頭ない。なぜなら、私とて……」


 瓦礫の山となった大聖堂では、たまや判官の傍らに、金髪で超絶セクシーな姿をした『聖剣アマテラスバーンの化身』が顕現していた。

 彼女はその豊かな胸元を彼に押し当て、熱い吐息を漏らした。


「ねえ、『昔の女』は帰った?」


 判官は、その芳醇な香りに鼻の下を伸ばしかけ、慌てて威厳を取り繕った。


「いや、もう少し隠れていなさい。もし見つかれば、この聖堂ごとそなたも細切れにされる。

 ……この程度――大聖堂崩落――で済んだのは幸いであった」


 たまや判官がこれほどまでに物分かりよく元カノを送り出したのは、彼自身もまた、新しいパートナーである聖剣との『蜜月』を全力でエンジョイしていたからに他ならなかった。

 ……そして何より、かつて自分の浮気相手を次々と"猛烈に"排除していった彼女の、苛烈な手管を誰よりも知っていたからだ。


「あら、そんなに怖いの? 私と貴方で戦えば、どんな相手にだって勝てるでしょ?」


 聖剣の化身が不敵に微笑み、判官の首筋に指を這わせる。

 しかし、判官はただ遠い目をしていた。


「勝てぬ。あれは、道理で測れる御仁ではないのだ」



 ユリウスは額の汗を拭い、震える手で報告書の次の束をめくった。


「……貴様の罪はそれだけではない。各支部のギルドマスターから悲鳴のような報告が相次いでいるのだ」


【魔王審問官ユリウスによる組織崩壊リスク調査報告:追加事項】


 事案4:サークルクラッシュ

 複数の女性メンバーを精神的に操作。『全裸のレオン』を模した不適切な刺繍作品を広め、最終的には複数の健全なサークルを対人関係の暴走により崩壊させた。


破廉恥(ハレンチ)な奴め!」

「え? 俺の裸? 知らん……何それ……怖……」


 事案5:人狼・吸血鬼事案における不自然な生存

 堅実で実績のあった一つのパーティーが全滅する極限状態において、対象者のみが無傷で生存。後に調査された上位魔物同士の闘争において、レオンだけが生き残ったのは、まさに魔王的としか言いようがない。


「ギルドに魔物だらけのパーティーが潜伏していた事実に、危機感を持った方がいいんじゃないですか?」

「黙れ……黙れ」


 事案6:貴族領における大粛清と吸血の教唆

 バシュタール男爵に対して『鞭での打撃』や『首への噛みつき』等、過激な方法を指導して領民への弾圧を加速させた。その結果、男爵は発狂して晩餐会で猟奇事件を引き起こし、領地の統治機能を瓦解させた。


「何をいってるのかさっぱり分かりません」

「こっちには執事の証言があるんだぞ!」

「人違いか勘違いでしょう」


 ユリウスは審問官としての矜持が揺らぐほどのめまいを覚えた。


「……お前、本当に自覚がないのか?」

「どれもこれも、言いがかりですよ! むしろ俺は変なギルドに巻き込まれた被害者なのに!」


 しかしそのとき、審問室の外から不気味な音が聞こえ始めた。


 ずず、ごごご、ずずずず……。


 それはまるで、巨大な何かが、眼前のものをなぎ倒し、高速で迫ってくるような音だった。


「お前は魔王だ。この破壊の足跡をたどれば、誰の目にも明白だ」

「そんなに言うなら証拠を出してくださいよ! 言葉や推測じゃない、ちゃんとした証拠を!」


 問答が白熱し、ユリウスが怒りに任せて机を叩こうとした、その瞬間――。


 ドガァァァァァァァン!!


 凄まじい爆発音とともに、審問室の壁が内側へと弾け飛んだ。


 砂埃を切り裂いて現れたのは、黒い髪を猛烈な勢いで振り乱し、天を衝くような巨大な狐へと変貌を遂げた魔神――ツクヨグラム・マガツヒだった。


「カァァァァァァァァァア!!!!!(意:助けに参ったぞよ、主殿!)」


 咆哮一過、化け物は優しく、しかし有無を言わせぬ質量で、レオンをその背に掬い上げた。


「お前、まさか、ツクヨグラムなのか……!?」

「クフフ……(意:左様じゃ)」


 レオンの眼下には、破壊された聖都の街並みが広がっていた。

 めくれ上がった地面、へし折られた街路樹、崩壊した家々、黒髪をたなびかせる巨大な妖狐が作り出した光景だった。

 そして、その背にまたがったレオンは、どう見ても『復活した魔王が、配下の魔獣を従えて現れた場面』そのものであった。


 レオンとユリウスは数秒間、絶句したまま互いに見つめ合っていた。


「ユリウスさん、これ、今から『俺の剣が勝手にやったことだ』って言っても、信じてくれませんよね?」


 ユリウスは無言で、しかし確信に満ちた絶望の表情で、首を振った。


「ですよね……」


 レオンはもはや弁明を諦め、ツクヨグラムの髪につかまりながら、阿鼻叫喚の聖都を脱出するのであった。


「――ありがとう、ツクヨグラム。でも……」

「?」


 首をかしげる巨獣の、どこまでも純粋な、それでいて破壊の権化のような瞳。

 レオンは『お前、街をめちゃくちゃにした自覚はあるのか』と喉まで出かかった言葉を飲み込んだ。


 "本当に自覚がないのか?"


 ふと、先ほどユリウスから浴びせられた言葉が脳裏をよぎった。


(……こいつを責める資格なんて、俺にはないか)


 彼はそのもふもふとした黒髪に包まれた、巨大な妖狐の首元を優しく撫でる。


「……いや、やっぱいいや。助かったよ」

「コーーーーン!!」


 次回、最終話――。

 レオンの出生に隠された、歴史の真実とは!

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