第11話 「ボーイズラブ」の標的にされる
その町はとてもにぎわっていた。
広い通りは人で埋め尽くされ、誰もが屋台で買った肉の串焼きをほおばっている。
本当に全員が一様に串焼きを食べている。
「硬すぎる。やれやれ、筋の切り方も知らないのか」
「久しぶりの肉だ……!」
「ここで胡椒をひとつまみ……w」
みな、宙に向かって大きな独り言を言っている。
(誰と喋ってるんだろう……)
しかし、考えてもよくわからないので、さっさとこの町の冒険者ギルドを目指すことにした。
石畳の道を抜けると、ギルドの看板が見えた。
木の板に彫られた剣と盾のマーク。
飾り気のない、いかにも実用一点張りな外観に、レオンは好感を持った。
「久しぶりにまともそうだ」
中は、ごく普通のギルドだったが、レオンには新鮮味すらあった。
「こんなまともなギルドがあるんだな……」
冒険者がテーブルに肘をついて依頼書を読んだり、仲間同士で打ち合わせをしたり、売店で糧食を選んだりしている。
非常に和気あいあいとした、落ち着いたギルドだった。
ところが――
「おいおい、こんなガキが冒険者だってよ!」と、赤ら顔の大男が絡んできた。
「は? 誰ですか?」
「俺はこの道十年のベテラン、ジャック様だ! 世間知らずの坊っちゃんをいびるのが三度の飯より好きなのさ!」
ジャックと名乗った男は下卑た笑みを浮かべながら、レオンの肩に手を置こうとした。
レオンが反射的にその手をねじり上げようとしたその時、カウンターの奥から一人の女性が鋭い声を上げた。
「ちょっと、ジャックさん! またやってるんですか!」
足早に歩み寄ってきたのは、制服をピシッと着こなした受付嬢だった。
彼女は二人の間に立ち、強引に引き離した。
「おい、何すんだよ! 今まさに『絶望に震える一般市民』のリアクションを引き出そうとしてるところだろうが!」
「そうじゃなくて、ジャックさん。完全に人違いですよ。その方はお客様ではありませんよ!」
「ああ……?」
ジャックは、鳩が豆鉄砲を食ったような顔でレオンを凝視した。
受付嬢は、ため息をつきながらレオンに深々と頭を下げた。
「大変失礼いたしました。『テンプレイベント』を勝手に発生させてしまいまして……こちら、当ギルド所属でアクターを務めております冒険者のジャックです」
「アクター? イベント? どういうことですか?」
レオンがますます混乱してきたところで、受付嬢は胸ポケットから、名刺サイズの小さなパンフレットを取り出した。
そこには、キラキラしたフォントでこう書かれていた。
『◇◆◇ 体験型エンタメギルド ◇◆◇
◇◆◇ チートラボpresents ◇◆◇
冒険者になろう! あなただけの「異世界物語」、お届けします!』
「最近流行りの観光プランがありまして。
冒険者になるのは怖いけど、物語の主人公みたいな冒険がしたい、という一般の方のために非日常を体験していただいているんですよ。
ジャックさんはチンピラ役のアクターさんなんです」
「なるほど」
レオンがパンフレットを裏返したりしながら目を通していると、受付嬢がジャックを持ち場に返し、ギルドのカウンターにクッキーと湯気の立つお茶を出してきた。
「どうぞこちらに」
レオンはクッキーに目を奪われながら尋ねた。
「頂いていいんですか?」
「これは営業です」
「営業」
「現在、このコンセプトが非常に受けていまして、依頼が殺到しております。ですので、アクターになってくれる冒険者さんを大大大募集しているんです」
レオンはパンフレットをカウンターに置いた。
「俺はあまり興味ないですね、こういうのは」
「そう言わず、少し見ていきませんか? 実際に冒険者さんがお客様と触れ合っているところを見れば、気が変わるかもしれませんよ」
「はぁ……」
レオンは全く乗り気ではなかったが、クッキー代ぐらいは話を聞いてもいいかと考え直すことにした。
「じゃあ、見るだけなら」
「ありがとうございます! それではこちらへどうぞ!」
彼が案内されたのは、すぐ隣の窓口だった。
そこで、係員に扮装した冒険者が、水晶玉のような装置を台の上に置いていた。
「では、チャクラ測定を始めます。こちらへ手を当ててください」
客が仰々しく手をかざすと、その瞬間、水晶に亀裂が走り、バシュンッという派手な音とともに粉々に砕け散った。
「な、チャクラ測定器が割れただと……!? チャクラが強すぎる! 規格外だ!」
係員は腰を抜かして叫び声を上げた。
「やれやれ、ほんの少しチャクラを込めただけなんだがな……」
客はわざとらしく肩をすくめて見せたが、小鼻を膨らませ、隠しきれない優越感から口角が上がっていた。
その茶番を観察していたレオンだったが、分からないことが一点あった。
「チャクラってなんですか?」
「丹田に蓄えられた生命の源のことですよ」
「また知らない単語出てきた。丹田とは?」
「おへその下にある、ぐっと押すとトイレに行きたくなる部分です」
「なるほど。測定前に水を飲んでおけばチャクラが溜まるんですね」
また、隣の窓口では、別の寸劇が行われている。
「こちら、お客様の最新のステータスになります」
恭しく差し出された一枚のガラス板を、客は宝物でも手に入れたかのように、うっとりと眺めている。
「今なら期間限定で、運の良さを1.2倍で表記する大盛りサービスを実施しておりますが」
「あ、じゃあお願いします!」
レオンは理解が追いつかない頭を抱えるようにして、小声で尋ねた。
「ステータスというのは何なんです?」
「はい。攻撃力や魔法適性など、身体測定の後にお客様の各種スペックを数値化したカタログをお渡ししています」
「ああ……健康に良さそうな。でも、それを大盛りにしちゃっていいんですか?」
「ステータスは高ければ高いほど良い、というのが今のトレンドですので」
その隣では、スキルの取得が行われていた。
「では、【経験値増加】に【全属性耐性】と【限界突破】と【不死身】。以上4点の取得でよろしいですね?」
「あ、【無限収納】はないんですか?」
「申し訳ございません。そちらは現在大変な人気で、受付を制限しております。代わりに【全言語理解】でしたらご用意できますが?」
「じゃあ、それと【隠蔽】もください」
「左様ですか。プレミアムプラン限定の【偽装】もセットにいかがですか? 隠蔽よりさらに秘匿性が高まり、【神の目】がなければ所持スキルを見られることはなくなります」
「うん、じゃあそれも」
――レオンは寄せていた眉の端を情けなく下げ、完全に毒気を抜かれたような顔をしていた。
「なんで……せっかくスキルを取得したのに、なんで隠すんですか?」
絞り出すように出たその言葉は、もはや鋭い追及ではなく、子どものような純粋な疑問を含んでいた。
「見られるのは恥ずかしい、というお客様が多くて」
「何を言ってるんだっ!? じゃあ取るなよ!」
別の窓口では、疲れた顔の中年男性客がアクターに詰め寄っていた。
「『スローライフを送りたい俺、辺境で畑を耕してのんびり暮らしたいだけなのに、なぜか冒険者としての血が騒いでクエストもこなしてしまう二重生活~スローライフと無双の狭間で揺れるおじさんの苦悩~』……というのをしたいんです!」
「ではこちら、農村体験付き冒険者プランはいかがでしょう?」
「『無能だと蔑まれパーティーを追放された俺、実はすべての魔法を無効化する真の覚醒者で、今さら戻ってこいと言われてももう遅い、闇に堕ちてかつての仲間を絶望の淵に叩き落とす復讐劇』……っぽいことをしてみたい気もするんですが」
――レオンは小声で、隣にいた受付嬢に話しかけた。
「『疲れたおっさん、やりたいことを全部乗せしたら二重人格になってしまった件』に見えます」
「というより……『スローライフがしたいと言いつつ、結局は最強の自分を誰かに認めてもらいたい承認欲求が隠しきれていない件~平穏を望むふりをして、本当は伝説の英雄としてちやほやされたいおじさんの本音~』ということでしょう」
「冒険者ってスローライフとは一番遠い存在ですよね。両方ともは無理じゃないですか?」
「そうですね。でも、そういった矛盾を丸呑みにしていただくのが私たちの仕事ですから」
そのとき、ギルドの一角が突然どよめいた。
五人の絶世の美女がギルドに入ってきて注目を浴びていた。
金髪のお嬢様風、ショートカットの活発そうな少女、本を抱えたメガネの女性、ポニーテールの剣士、そして、おっとりした雰囲気の癒し系。
それぞれが、それぞれに、華やかだった。
その最後尾に、どこか照れくさそうでありながら、満更でもない顔をした冴えない風貌の青年がついてきていた。
「……あれもですか?」
「あれは別枠です」
「別枠」
「ええ」
受付嬢はそれ以上は言わず、ただ意味深に微笑んだ。
「それで、一通り見ていただきましたが、ご興味は湧きましたか?」
レオンは、さっきの青年の後姿を目で追いながら言った。
「すいません、この話はまた後日にします」
◯
あの青年と五人の美女は、町の近くのダンジョンまでやって来ていた。
青年は彼女らに誘われるがまま、迷いなく中へ入っていく。
レオンは入口の前で迷ったが、結局ついていくことにした。
ここまでする理由は特にないが、強いて言うなら取り巻きの女性たちから漂っていたほんのわずかな悪意と軽蔑のせいだろうか。
ダンジョンの中は薄暗く、じっとりとした空気が漂っている。
先ほどの一行にすぐ追いついたレオンは、足音を殺して物陰から様子をうかがうことにした。
青年はハーレムと楽しそうに何かを話しながら、どんどん奥へ進んでいく。
通路の角を曲がったところでゴブリンが現れたが、横合いからハーレムの女剣士が一刀両断にした。
青年は少し驚いていたようだが、女性陣に励まされ持ち直したようだった。
・
・
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ダンジョンの深部は静かだった。
石壁の大きな空間に出たところで、突然ハーレムが立ち止まった。
たいまつの火が揺らめき、彼女たちの影をまるで生きた怪物のように蠢かせている。
「……ここまでにします」
金髪のお嬢様風が、涼しい声で言った。
「え?」
青年が振り向いた。
「依頼が完了しましたので」
「依頼……?」
五人は、踵を返した。
青年が「ちょっと待って」と言いかけたが、彼女たちはそれよりも早く歩き出していた。
レオンは柱の陰からその一部始終を見ていた。
壁にもたれかかりながら声をかけた。
「いいんですか、お客さんを置いて行って」
金髪の女性がちらりと振り返る。
「依頼者は彼じゃないから」
「誰ですか、依頼者」
「明かすわけがないでしょう」
それだけ言って、五人は闇の中に消えていった。
青年はがっくりと肩を落とし、両手を膝の上に置いたまま動かなかった。
しばらく沈黙が続いた。
レオンはわざと足音を鳴らしながら近づいた。
「……出ましょうか。道は分かります」
青年がビクリと震える。
「あなたは……?」
「冒険者のレオンです。あなたは?」
「……ナロッシュ」
◯
帰り道はゆっくりだった。
モンスターが出るたびに二人で対処しながら、少しずつ話すようになった。
「引きこもりだったんです」
ナロッシュはぽつりと言った。
「就職に失敗してから、外に出るのが怖くなって、ずっと部屋にいたんです。そうしたらある日、父と母が冒険者だという人たちを紹介してきて、僕を無理やりギルドに連れて行ったんです。
そこでいきなり模擬戦闘の試験官を吹っ飛ばしてしまって、剣の才能があると褒められたんです」
「ナロッシュ君も剣を?」
「いえ……今思えば、お芝居でした。乗せられただけです。あの女どもも、最初から嵌めるつもりで近づいたんだ……あいつら……」
ナロッシュは拳を強く握って奥歯を噛み締めた。ギリリ、と音がする。
「『追い出し屋』――って聞いたことありますか?」
「いえ……?」
「僕みたいな引きこもりを無理やり家から連れ出す業者のことです。父と母が頼んだんでしょうね。名前は知っていたけど、まさか自分が世話になるとは思わなかったな……」
「え? どうしてご両親はそんなことを?」
「騙されたんじゃないですか?」
そう言って、ナロッシュは小さな紙を取り出した。
『◇◆◇ 体験型エンタメギルド チートラボpresents ◇◆◇
冒険者になろう! あなただけの"異世界物語"、お届けします!』
「このパンフレットが家にありました。多分、『お宅の息子さんを更生させます』とか言われたんでしょう。でも、要するに、俺は捨てられたんですよ。手に負えなくなったから」
◯
地上に戻ると、町は夕暮れに染まっていた。
ナロッシュは「ありがとうございました」と一言残して、人混みの中へ消えていった。
レオンは見送ってから、踵を返した。
「お時間よろしいですか」
静かな声がした。
振り向くと、スーツを着た男が立っていた。
「少しお話が」
「どなたですか?」
「ギルドの者です。表の、ではなく」
「そんな人がどうして俺に?」
「素質がありそうな冒険者を見つけた、と聞きまして。それがあなたです、レオンさん」
レオンがピクリと動いた。
名前を知られている。
「誰から何を聞かされたか知りませんが――」
レオンの手が、自然と腰の剣に向かう。
「おおっと、無理強いする気も、戦う気もありません。ただ、仕事の依頼に来ただけですよ」
「……」
レオンは鋭い目つきを維持しながら、無言で言葉を促した。
「あなたさっき、五人組のハーレムを見たでしょう。彼女たちはちょっと表立っては言えないような仕事をするときもありますが、基本的には合法です」
「さっさと用件を言え」
「あなた、男性に興味はありませんか?」
「は?」
「テンプレ主人公は大人気ですが、最近、女性向けプランとして『男性同士の恋愛が見たい』という密やかな要望が高まってまして。
特にあなたのような犬系ショタ顔元気っ子が、俺様貴族と××する――」
言い終わる前に、レオンの拳が最短距離で男の顔面を捉えた。
「ぽげっ!」
鼻をへし折られた男が石畳に転がるが、その悶絶する声すら今のレオンにはひたすら耳障りでしかなかった。
「今までで最悪の町だ」
レオンは静かにつぶやいてその場を立ち去った。
◯
翌朝、レオンはここを発つ前に、肉の串焼きぐらい味わっておこうと町に出た。
適当な屋台を選んで、列に並ぶ。
「肉の串焼き一本ください」
「はい、少々お待ちください――レオンさん!」
「ナロッシュ君?」
昨日別れたばかりの二人は、思わぬ遭遇をした。
「え、このお店で働いてるの?」
「あ、はい。昨日野宿してたら声をかけられて、いきなり任されたんですよ。なんでも、串焼き屋が大ブームらしくて。こんなの誰でもできるからって」
そう話すナロッシュの手元は止まることなく、次々と串を並べ替えていく。
昨日の今日なのに、その動きはすでに滑らかでテキパキとしている。
きっと適性があったのだろう。
「とりあえず、路頭に迷うことはなくなったって感じです」
「『ピロリン! ナロッシュのレベルが上がった!』って感じだね」
「やめてくださいよ、からかうのは!」
照れくさそうなナロッシュから串焼きをもらうと、レオンは朝の雑踏に消えていった。




