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第10話 カンニングで満点合格し大会に出場させられる


 朝から冒険者ギルドには緊張感が漂っていた。

 20人ほどが入る部屋の中に机が並べられ、丸太を切っただけの椅子に冒険者たちが整然と座っている。


 今日は年に一度の「全国一斉冒険者試験」の日。

 冒険者にはSからEまでのランクが存在する。

 依頼をこなし、功績が認められればランクは上がる――というのが一般的な認識だ。

 しかし、実際には非情な「足切り」が存在する。

 ……試験において、最低ランクのEでは30点以上を取らなければ落第となる。

 どれだけ依頼をこなしたところで、その30点に届かない者は一生、底辺から抜け出すことはできないのだ。


「始めなさい」

 試験官が懐中時計を見ながら言った。


 一斉にペンが取り出され、動かす音が響く。

 そんな中、レオンは最後列の席で、問題用紙を眺めていた。



ギルド筆記試験:一般教養・危機管理


問1)次の文章を読んで、あとの問いに答えなさい。


新米冒険者のカイルは、「森の奥にある【妖精花】を3本採取してきてほしい」という依頼を受けた。

森に入って2時間、カイルは目的の妖精花を見つけたが、そのすぐそばで足を負傷して動けなくなっている山菜採りの老人を発見した。


老人は「手当をして、町まで連れて帰ってほしい」と懇願している。しかし、今すぐ老人を助けて町まで戻れば、妖精花の採取は間に合わず、依頼は失敗(第12条:依頼の不履行と違約金)となる。また、この森は、夜になると凶暴なシャドウウルフが出没することで知られている。


(1)ギルドが推奨する「最も優先すべき行動」として、適切なものを次の中から選びなさい。


A:依頼を優先し、妖精花を採取してから急いで町に戻って救助隊を呼ぶ。

B:依頼を破棄して直ちに老人の応急処置を行い、一緒に町まで戻る。

C:老人に手持ちの食料とナイフを渡し、自分は妖精花を採取してから最短ルートで帰還する。

D:妖精花の採取と老人の保護を並行し、依頼の完遂と人命救助の双方を優先する。


 レオンはぷるぷる震える手で答案に答えを書く。


「……Dだよな……どう考えても……間違いない、Dだ」


「そこの者、私語は慎むように」


 試験官から注意されると、レオンは青い顔で俯いた。


 周囲の冒険者のペンは止まることなく動いているのに、自分は一問目でつまずいている。


(実技なら自信あったんだけどなあ)


 全く試験対策をしていなかったレオンは、文字通り頭を抱えた。


(しょうがない、答えが分かる設問だけ書いておくか)


 レオンの目が上から下に動き、下から上に戻る。


(何一つ、分からん……)


 絶望したレオンは、だらしなく椅子に背を預けて、魂が抜けたように寝落ちした。


 Zzz~……。


 レオンの寝息が聞こえてくるころ、机の下からずるりと何かが伸びた。


 手……いや、毛だった。


 レオンの腰に下げられた魔神剣ツクヨグラムから、黒いつややかな毛が束になって伸びていた。


 その毛は机に投げ出されたレオンのペンを引き寄せ、握った。


 さらさらさらさら。


 迷いのない筆致で答えが埋まっていく。

 レオンの口が開いた。


「……んあっ……」


 しかし、起きない。

 その間に答案は完成していく。


 そして――試験終了。


「そこまで! ペンを置きなさい。私が回収するまで動かないように」


 答案は手早く集められていく。


 試験官が答案を回収している最中、レオンの答案をチラリと見たときに、それは起こった。


「こっこれは……」


 石のように固まった。

 ただし、目だけが弾かれたピンボールのように答案の上を激しく往復している。

 その試験官のただならぬ様子に、周囲も何が起こったのかとざわつき始めた。


 レオンは生きた心地がしなくなった。

 一問目しか埋めていない、ほぼ白紙を出したから怒られてしまうのだと思った。


 ――冒険者をなめるな!――


 そう叱責されても仕方がないだろう。

 ギュッと身を固くして、素直に謝った。


「すいません。全然分からなくて……今年は諦めます……」


「全然!? 全然って、一問目だけだろ!?」


 大げさな反応にレオンは恥ずかしくなって顔を赤くした。

 確かに一問目しか書けなかったし、それも当てずっぽうだったけど……。


(そんな大きい声で言わなくても!)


 と、思わずには居られなかったが、事実なのでしょうがない。


「はい……一問目だけです……」


「史上最高得点だ」


「え?」


「一問目さえ合っていれば100点だったが……」


合っていれば(・・・・・・)?」


「採点するまでもない、君は冒険者試験トップ合格だ!」


 ◯


 別室で会議が開かれていた。

 ギルドマスター、副ギルドマスター、そして試験を受け持っていた試験官の3人。

 議題はレオンについてだ。


「冒険者試験、史上最高得点者ですよ。今年は『彼』でどうでしょうか?」


 この推薦に副ギルドマスターは懐疑的だった。


「とはいえEランクでしょ? せめてBランクじゃないと『出場資格』は与えられないよ」


「冒険者レオン、16歳。この年齢ならランクが低くて当然です。

 しかし、答案のレベルはSランクでもおかしくないハイレベルなものですよ」


「例えば?」


「問28、『ストーンゴーレム』と遭遇した際に有効な攻撃手段を述べよ。ただし、装備は剣のみとする――ストーンゴーレムには物理攻撃が効かないので、模範解答としては落とし穴に落としたり、火だるまにしてから水をかけて温度差で破壊したりする方法でしょうか」


「そうだな」


「彼の解法はそのどれでもありません」


 試験官はレオンの答案を取り出し、ギルドマスターたちの前にさらす。


 レオンの解答は『右足付け根、第三関節の隙間に剣を打ち込み、回路をショートさせて自壊を待つのが最も合理的である。

 なお、核を直接引き抜く際は、左回転に180度ねじるのが肝要である』というものであった。


「……この方法は有効なのか?」

「有効でした。ダンジョンで確認済みです」


 副ギルドマスターはうなった。


「だけどねぇ、満点じゃないんでしょ?」


「それはそうですが、たった一問外しただけですよ。単純な書き間違いの可能性もあります」


「彼が間違えたという問題の解答はこれだね。『D:妖精花の採取と老人の保護を並行し、依頼完遂と人命救助の双方を優先する』」


「そうです。本来想定していた答えは、人命救助を優先する『B』でした。コンプライアンスに厳しい時代ですから」


「ギルド規約第13条の2項、人道優先の原則。こんなの最初に学ぶ常識だ。迷う余地はない。それなのに、なぜ彼はこんな初歩的なミスをしたのか?」


 レオンの答案を見つめていたギルドマスターが重い口を開いた。


「彼なら可能なんじゃないかな」

「というと?」

「依頼を達成して、行きずりの老人も助けてしまう。だから『できる(D)』と答えた」


 雷鳴、走る。


 試験官と副ギルドマスターは、その衝撃的な推測に言葉を失った。


「つまり彼は98点ではなく100点ともいえる。今年の『格付けチェック』には彼を送り込もう」


 ◯


 格付けチェックの会場は、豪華絢爛だった。

 赤い絨毯、金の装飾、観客席には、年に一度の開催を楽しみにしている群衆がズラリと並んでいた。


「さあ! 始まりました『冒険者格付けチェック』! 司会のアダムです!」


「アシスタントのドロシーです。第10回となりますが、地方ギルドの合同イベントとしては最大規模となりましたねぇ」


「今回も一流の冒険者の方々が集まっておりますが、化けの皮が剥がれるのは一体どなたなのでしょうか!」


 ひな壇と呼ばれる階段状に作られた特殊な舞台にゲストたちが並ぶ。

 アダムはその前に立ち、観客に向かって声を張る。


「出場者の紹介です! まずは上段に座る、前回王者で現在9連覇中の南方ギルド代表、Sランク冒険者ガストン!」


 ツンツンした髪の男性が、左耳に揺れる一粒の白い耳飾りを煌めかせながらクールに手を挙げると歓声が上がった。


「続きまして、前回ガストン氏とデッドヒートを繰り広げた女性最高位、北方ギルド代表! Aランク冒険者アイシャ!」


 銀髪を編み込んだ女性が小さく手を振ると、指笛が鳴り響いた。


「下段。顔はいいのに頭はポンコツ、王家に連なる血筋を持つAランク冒険者。西方ギルド代表、ユナイト!」


 高貴な顔立ちをした青年がカッコいいポーズを取ると、そのギャップに女性たちが黄色い声を上げた。


「さて、これまで9連敗で良いところなしの東方ギルド代表は……なんと! Eランクからの刺客! 冒険者レオン!」


 ガチガチに緊張したレオンは立ち上がり、ペコリと頭を下げてから、すぐ着席した。

 会場はどよめいた。


『誰?』

『今、Eランクって言った?』

『東方ギルド……舐めプかよ』


 困惑が会場を包む中、アシスタントのドロシーがすかさず場を繋ぐ。


「おおっと、レオンさんはEランクですか? アダムさん」


「はい、知らない方の為に説明致しますと、まず冒険者ギルドに登録した者は通称Fフリーランクから始まり、最初の試験に合格するとEイージーランクが与えられます。つまりレオンさんは、自称冒険者から『自称』が取れたばかりの底辺冒険者ということですね!」


「えええっ! どうしてそんな方が一流冒険者を決める格付けチェックに出場しているのですか?」


 ドロシーが大げさに驚く。いわゆる「振り」である。


「実はですね、このレオンさん、ギルド試験を満点で突破したんですよ!

 これまでの最高得点はガストン氏の88点でしたから、大幅な更新となります!」


「つまりレオンさんは若き天才ということですね! 皆さん、レオンさんに盛大な拍手をお願いします!」


 わあああ……と、会場の空気が再び温まってきた。


「は、はは、よろしくお願いします……」


 レオンは『どうしてこうなった』と考えずにはいられなかった。


 それは数日前のことだ。


「ギルドの代表として、イベントに出場?」


 副ギルドマスターがレオンの肩に手を置いた。


「いいかね、レオン君。このイベントにはギルドのメンツがかかっている。我ら東方ギルドは9連敗中だ。必ず勝ってくれ」


「は? い、イベントですか? あの、話が見えないのですが」


「大丈夫。君のその知識があれば向かうところ敵なし! 間違いなし! 我ら東方ギルドを見下してきた奴らの度肝を抜いてくれ!」


「ええっ? い、いきなりそんな大役を? 他に適任の方がいるのでは?」


「今まで負けた冒険者の面汚しどもは全員クビにした。もううちに残っているのはカスかゲスだけだ。最もふさわしいのは君なんだよ、レオン君!」


 レオンはこれまでの人生で最もぎこちない笑顔でこう応えた。


「が、頑張ります」

「期待してるよ! ワハ、ワハハ! ワハハハハハ!」


 ハハハハハ……という耳障りな笑い声が、アダムのハイテンションな実況と重なり、レオンの意識を現在へと引き戻した。


 なんだかよく分からないうちに試験に「満点合格」していたレオンは、誤解を正すこともなく「ラッキー!」とそのままEランクになっていた。


 試験内容が自分で書いたものでないのは分かっていたが、来年ちゃんと勉強して試験を受け直せばチャラになるだろう、という甘い考えで自分を誤魔化した。


 そのツケが一挙に降りかかってきたのが、この状況だった。


 華やかなBGMが鳴り響く中、次の番組校正のためにセットの転換が行われている。

 それを待つ間、レオンは、上の席から放たれる刺すような視線に気づき、背筋が凍りついた。


 そこには、先ほど紹介されたSランク冒険者のガストンが不敵な笑みを浮かべて座っており、その左耳には彼のチャームポイントである白い耳飾りが挑発するように光っていた。


「……おい、東方の新人」


 凄みのある低い声に、レオンの肩がビクッと跳ねる。


「は、はいっ! 何でしょうか、ガストンさん!」


「お前、さっき司会から『試験を満点で突破した』とか言われていたな。……フン、冒険者試験も随分とぬるくなったもんだ」


 ガストンは組んだ足を小刻みに揺らし、威圧的にレオンをにらみつけた。


「いいか。ここはメッキの剥がれた偽物から脱落していく残酷な格付けの場だ。Eランクのガキが紛れ込むような場所じゃないんだよ」


「そうですね、俺もそう思います……」


 消え入りそうな声で同意するレオンに、ガストンは鼻で笑いながら言い放った。


「恥をかきたくなければ、リタイアを宣言してさっさと消えな。ここは、俺のような『本物』だけが座る椅子なんだよ」


 ガストンがふんぞり返ると、レオンの腰にあるツクヨグラムが、鞘の中でカタカタと小さく、不機嫌そうに揺れた。


「ツクヨグラム……君も緊張しているのか……? 俺はもう帰りたいよ……」


 『そうじゃない!』とツクヨグラムはもう一度揺れた。



「それでは参りましょう! 格付けチェック、第一問! ジャンルは『魔導具』です!」


 盛り上がる会場、鳴り響くファンファーレ。


「さあ、まずはAとB、二つの魔導具が運ばれてきました!」


 【A】は、まぶしい純金装飾に、拳ほどの大きさもある大粒の魔石が埋め込まれた、いかにも秘宝と呼ぶにふさわしい豪華な杖。


 【B】は、表面が黒ずんでおり、所々にひび割れが見られる、そこら辺の枯れ枝と大差ない古ぼけた杖。


「観客の皆様だけに正解をお教えしましょう!」


 アシスタントのドロシーが、答えの書かれたフリップを観客にだけ見せた。

 すると『ああ~……』というどよめきが起こった。


 正解は――A!


「それでは、回答者は一人ずつ、鑑定用の個室で本物を見極めていただきます!」


 ステージ中央に用意された小部屋には、拡大鏡や天秤、試金石といった鑑定用の道具は一通り揃っていた。


 まずトップバッターとして、Sランク冒険者のガストンが鑑定室へと入った。

 数分後、自信満々の顔で出てきた彼は、誰に聞かせるでもなく鼻で笑った。


「はっ、鑑定するまでもないな。Bはただのゴミだ。間違えるわけがない」


 ガストンは一切の迷いなく、正解である【A】の待機室へと消えていった。


 続くアイシャは「奇をてらうような問題でもないでしょう」と【A】の待機室へ。

 ユナイトは「あー、そーゆー引っ掛けか!」と【B】の待機室へ。

 

 そして最後となるレオンの番が回ってきた。


 動悸と息切れを抑えながら鑑定用の個室に入ると、そこには2本の杖が並んでいた。


「どうしよう。全然わからない。でも、当てずっぽうでも半分は正解なんだよな。……賭けてみるか」


 レオンの指が「ど・れ・に・し・よ・う・か・な」と往復し始めたとき、視界の端にキラリと光るものが見えた。


 それはふかふかの絨毯の上に半ば沈むように転がっており、見た目は小石のようだが白くツルリとしていて陶器のように滑らかな質感をしている。


(あれ? これってもしかして、ガストンさんの耳飾りじゃなかったっけ?)


 落とし物だろうか。


 返してあげなければ、と拾い上げた、その時だった。


 ――……が……Aは……ドラゴンの……――


「誰だッ!?」


 レオンは飛び上がって周囲を見回す。


「今、たしかに声がした……」


 しかし、この個室にはレオンしかいない。


 ――……大粒の魔石は、空の支配者の心臓を加工した……――


 その声は飛び飛びで聞き取りにくかったが、小石を耳に近づけると、よりはっきりと聞こえる。

 小石は(あつら)えたように、レオンの右耳(・・)にするりとはまった。


 ――Aはドラゴンの魔石を、賢者が純金で編んだ檻(杖の装飾部分)に閉じ込めることで封印した杖。


 どうやら、目の前にあるAの杖の来歴を解説しているらしいということが分かった。


「もしかして、この小石は魔道具?」


 だとしたら、答えを教えてくれる親切な魔道具に礼を言わなければならない。


 レオンは小石を耳から外し、鑑定部屋を出た。

 恐る恐る【A】の待機室のドアを開けると、Sランク冒険者のガストンがソファの上でふんぞり返っていた。


「あっ」

「チッ、Eランクのガキか」


 ガストンがいる部屋にやって来たレオンは、あからさまにホッとした。

 同室のアイシャは我関せずといったところ。


 そして、正解を伝えに来たアダムが開けたのは――【A】のドアだった。


「コングラッチュレーショーーン!!!」


「やっぱり! 正解だ!!」


 大喜びで立ち上がったレオンは、思わずアダムと両手を打ち合わせた。


「いやー、レオンさんまず一勝ですね! ガストンさんとアイシャさんもさすがです」


 一問目を終えた四人は、再びひな壇へと戻ってきた。

 一人不正解だったユナイトは、罰として上着を1枚没収されていた。


「やーばいっす」


 アダムがトークタイムに入る。


「この問題では、冒険者としての目利きを試させていただきました。

 どんなダンジョンを攻略しても、ガラクタを持ち帰っては一流とは言えません。

 ガストンさん、惑わされませんでしたか?」


「馬鹿を言うな。ひと目であれが『竜を食らうもの』だと分かったぞ」


「ほお! 杖の銘までご存じだったんですね!」


「そう、あれはかつて地上を焼き尽くそうとしたドラゴンの心臓を加工し、当時の賢者が純金で編んだ檻、つまり、杖の装飾に見える部分に閉じ込めることで封印に成功した魔道具だ」


「まさにガストンさんの言う通り! このままでは私の仕事が無くなっちゃいますねぇ!」


 得意げに知識を披露するガストンに、観客たちは「さすがSランクだ」と感嘆していた。


 しかし、それを聞けば聞くほど、冷めていく人間がいた。


 レオンだ。


 レオンは手の中の小石を見えないように握り込み、こっそりと耳に近づける。


「豪華な装飾はすべて、内部の魔石からあふれ出す膨大な魔力を熱に変換して排出するための魔法回路です。この装飾が一部でも欠けると、魔石の力が暴走し始めると言われています」


 今も謎の声がAの杖の来歴を説明している。

 そして、それと全く同じ内容がガストンの口からも出ている。


「この装飾が一部でも欠けると、欠けると……えー……(――魔石の力が――)魔石の力が暴走を始めるといわれている。おいおい、こんなの誰でも知ってるだろ?」


「全部、小石の受け売りじゃん……」


 ガストンは小石の声が聞こえていて、堂々とカンニングしている。

 レオンは肩透かしを食った。


「よかった、不正してたのは俺だけじゃないんだ」


 ◯


 TIPS:

 音の魔道具「イヤンホホ」は、遠く離れていても親機に話しかけると1対の子機にそれが伝わるという世にも珍しい魔道具だ。

 基本的には耳に装着して使用するものの、骨伝導機能も備えているため、持っているだけで聞こえてくる。


 ただのCランク冒険者だったガストンは、ダンジョンで拾ったそれをひそかに利用し、Sランクまで上り詰めることができた。

 彼の背後には、高額な報酬で雇った頭脳チーム「知の巨人」がついており、各方面のスペシャリストたちが適宜指示を出すという、ラジコン冒険者だったのだ。


 ◯


 アダムの声が会場に響く。


「それでは参りましょう! 冒険者格付けチェック、第二問! ジャンルは『薬学』です。今回も難しいですよ!」


 それを聞いても、レオンは焦ることはない。


 ポーションの正しい材料を選べという問題も、


 ――夜光茸、銀粉、砂糖、弟切草……――


 と、小石の声が何でも教えてくれるからだ。


 その後も第三問、第四問と続き、ジャンルは「魔物素材」「錬金術」「古代文字」と、どれも一流冒険者向けの難問ばかりだった。


 だが、レオンはもはや緊張していなかった。


 今も手の中にある「答えを教えてくれる小石」があれば、Sランク冒険者ガストンと同じ部屋に行ける。

 そうしていれば、東方ギルドの代表として、メンツを潰すことはないだろう。


 それとは反対に、ガストンのいつもの傲慢さは鳴りを潜め、借りてきた猫のように大人しくなった。


 ひな壇からじっとりとレオンをにらんでいる。

 レオンが「自分と同じレベルの知識」を持っているからだ。


(俺はイヤンホホで聞いてるだけだが、こいつはどうではないのに……)


 ちなみにガストンは、イヤンホホは片耳派なので、右耳用を落としそれをレオンが拾っていたなどとは露とも知らない。


「これが……『本物』ってやつなのか……!?」


 その一方で、すでにアイシャは二問を外していた。


「……ここまでね」


 上着を脱がされ、次にベルトも没収されると、さすがに彼女の表情は死んだ。

 彼女は無言で立ち上がり、リタイア席へと向かった。


 ユナイトはかなり悲惨だった。


「え、ちょ、待って待って待って! それはやり過ぎだって! それは『人としてのライン』ってやつが――」


 司会のアダムは爽やかに笑った。


「ダメです」


「アアアアアアアアア!!!」


 結果、ユナイトは靴下をはぎ取られ、パンツ姿となった。


「やーばいっす……」


 そして――「最後の問題はこれだァ!!」


 アダムが大げさに腕を広げる。


 舞台中央には、さまざまな工芸品、美術品、装飾品がずらりと並べられていた。


「この中から最も価値の高いものを見つけてください! しかも今回は――全部本物!」


 観客席がどよめいた。


「全部本物の中から『最も高い』を当てる。つまり、勝つのは一人だけです! 制限時間は10分! よーい……スタート」


 これまでにない規模の問題に、ガストンの顔が引きつった。


「これは、候補が多すぎる……!」


 ガストンは急にひとりごとが増えた。


「この銀細工、細工の癖が北方の工房に似てる。だが刻印がない。ってことは、逆に古い? 古いなら価値は……」


 観客はやや困惑気味にガストンを見ていたが、こうでもしないとイヤンホホの向こうにいる頭脳チーム「知の巨人」に伝えきれないのだ。


「こ、答えをくれ……早く……!」


 しかし反応は鈍い。


 ――候補が多すぎます。追加情報を。

 ――その陶器、底に銘は?

 ――金具の種類は?


 色んな質問が矢継ぎ早に飛んでくるが、全てに応えられるものではない。


「う……(うるせえ! こっちは現場なんだよ!)」


 ガストンは額に汗を浮かべながら必死に高額な品を探し続けた。


 さて、今回も余裕だとレオンは小石をギュッと握った。


 ――……この会場の品は、いずれも真作。価値の比較には、作者、来歴、希少性……――


「うん、うん」


 ――……候補が多すぎます。特定できません……――


『え?』


 レオンは固まった。


(嘘だろ、小石の声が迷ってる? あんなに何でも知っていたのに?)


 レオンは小石を見つめた。

 小石はただの小石になった。


(やばい……、最後に来て答えが分からない)


 レオンは会場を見回した。

 並ぶ品々はどれも立派で、高そうだ。


(俺、こういうの分かんないんだけど……)


 そのとき、端っこの方にひっそりと追いやられているものが目に入った。


 木彫りの熊だ。


 素朴で、荒く彫られていて、どう見ても地方旅行のお土産である。


(なんでこんなのが混ざってるんだ?)


 レオンはふと昔を思い出した。

 実家の居間の棚の上。

 いつも母が「邪魔」と言いつつ捨てなかった木彫り細工。


 レオンは決めた。


「これでいいか」



 そこでタイムアウトのブザーが鳴った。


「さあ、まずはユナイトさん! 現在かなり厳しい状況ですが……」


 ユナイトは自信満々に自分で選んだ品、金装飾のティーポットを掲げた。


「これでいきまっす!」

「こちら、アビランド時代の茶器! 本物ではありますが、量産品です。価値は1万ゴールド!」


「やーばいっす……!!」


 ユナイトは『人間失格』の称号を与えられ、全裸のまま退場していった。


「続いて、ガストンさん!」


 ガストンは勝ち誇った顔で、豪奢な装飾短剣を掲げた。


「どうだ、見事だろう?」

「こちらは、王都の名工が打った『蒼銀の儀礼短剣』です。金銀宝石がふんだんに使われており、その価値は――驚きの800万ゴールド!」


 観客が「おおおお!」と沸き立つ。

 ガストンは勝利を確信した。


(勝った。さすがに、あのEランクでもこれは越えられない)


 そして最後。

 レオンが掲げたのは――木彫りの熊だった。


 会場が静まり返った。


「……え?」

「あれ?」

「木彫り?」


 ガストンの口角が上がった。


(終わったな)


 アダムが満面の笑みで叫んだ。


「優勝は――レオンさん!!!」


「は?」


 ガストンは凍りつく。


「実はこの木彫りの熊、エルフの里のエルフ国宝が掘り上げた『千体鮭捕大熊立像せんたいしゃけとりだいゆうりゅうぞう』の一体です!!! その価値1億ゴールドでーーーーーす!!」


 観客席が爆発した。


 ――エエエエエエエエエエ!!!――


 ここでドロシーが半笑いでネタばらし。


「このためだけに美術館から借りてきました。関係各所の皆様、ご協力ありがとうございました」


 アダムがレオンに尋ねる。


「レオンさん! なぜ分かったんですか!? これは一流でも見抜けない逸品ですよ!」


 レオンは困ったように頬をかいた。


「や、えっと……実家に似たのがあったんで」


 会場がもう一段階どよめいた。


「実家に!?」

「国宝が!?」


 ガストンは膝から崩れ落ちた。左耳の白い耳飾りが外れ、カツンと音を立てて地面を転がった。


(こんなものが実家にある奴に……勝てるわけがない……)


「俺は……ニセモノだった……」


 ――こうして、イベントは、レオンの優勝で幕を閉じた。


 優勝賞品は盾とトロフィーだけだったが、それは東方ギルドの正面玄関に、末永く飾られることとなった。


 ◯


 さて、見事役目を果たしたレオンは、嘘と不正がバレる前にギルドを発つことにした。

 誰もレオンのことを知らない、新たなギルドを目指して。

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