17 一人でふらふら出歩かない 中
横に見える川は渓流で、大きな石がゴロゴロとしていた。
ホテルがオープンした後は、滝を見に来る人間だけでなく、渓流釣りをする釣り人も入ってきそうだ。
川のせせらぎの音と、鳥の声。
遠くで荒々しく水が落ちる音が響いている。
滝が近くにあるためか、水の匂いが強い。
少し歩くと、川幅いっぱいの大きな滝が姿を現した。
「……圧巻だな」
前日までに見た滝はどこにでもある小さなものだったが、ここの滝は違っていた。
巨大な天然のウォータースライダーという感じだ。
高さ五メートル、幅十メートルくらいの滝が流れ落ちている。
滝の真下は大岩になっていて、その岩の上を水が滑り落ちて、落差数メートル程度の坂になっていた。
大岩の表面を流れる時にいくつかの流れに分かれていて、勢いの強い部分もあれば、弱いところもある。
安全かどうかは分からないが、あの水の流れに乗れば岩の表面を滑り降りられて楽しい事だろう。
「人の気配はないな……」
オレは周囲を確認すると、服を脱いで貴重品の入ったボディバッグと一緒に川の中からでも見える大岩の上に纏めて置いた。
あ、裸と言っても、パンツだけは履いている。
水着代わりだ。
まあ、服もアロハシャツに短パンでスポーツサンダルだったから、上半身を脱いだだけみたいなもんだが。
他の滝は泳げるような雰囲気じゃなかったんだよな。
水量が少なかったり、近づけない場所だったり。
ツーリング中らしいバイカーの集団が近くで飯を食っていたりもした。
でも、ここは泳がないと嘘だろ。
まるで泳ぐために設計されたような場所だ。
水量的にも、泳ぐには十分だ。
オレは滝の真下の岩の上を歩き、水が落ちている近くまで行く。
岩に滝の水が当たっているため、水飛沫が大きく飛び散り、霧のようになっていた。
滝の真下は絶え間なく落ち続ける水で抉れ、大きく凹んで深くなっていた。
オレはそこから流れている水に身体を浸けて横になった。
水は冷たい。気持ちいい。
滝からの流れは、見た目よりも早い。すぐに身体が水に流される。
身体が持ち上げられ、そのまま大岩の上を滑るように動いた。岩が尻と背中に擦れ、ちょっと痛かった。
身体は流れに乗り、スピードが上がっていく。
「うおっ!」
思わず声が出る。身体が大岩の上を一気に滑り落ちる。
そして、大岩の下の滝壺の様になった場所に落ちた。
まさに天然ウォータースライダー。
楽しいぞ、これ。
大岩の下も滝壺同様に大きく抉れて深くなっていた。身長百八十センチあるオレでも足が付かない。
大岩があるので、流れも複雑になっているらしい。オレでも流れに逆らうことはできないから、子供にはちょっと危ないかな?
でも、流れに身を任せれば、すぐにそこから穏やかな流れの場所へと押し出された。
オレは身体を仰向けにすると、ラッコの様に浮かんでしばらくそのまま川の流れに身を任せた。
空が青い。吸い込まれそうだ。
夏の厚みのある雲が浮かんでいて、ちょっと美味しそうに見えた。
少し視線を横に向けると、青々とした葉に満ちた木々が見える。モミジが多い気がするな。そういや、ここは『もみじ滝』だったっけ。秋になると紅葉がキレイなんだろう。名所になるな。
しばらく、オレは川に流されながら周囲の風景を楽しんだ。
あれ?
オレは違和感を感じる。
視界の端に……またか。
白い、女の子。
また、オレを見ている。
真っ白いワンピース姿、白いツバ広の帽子、白い肌。
あの子だ。
ダム湖で泳ぐオレを対岸から見ていた子だ。間違いない。
偶然?
いや、そんなはずはない。偶然も続けば必然になる。昔からそう言われてるじゃないか。
川岸の、少し小高くなった崖のような場所。
その上から、抜けるような青空を背景にしてその子はオレを見つめている。
前にあの女の子を見たのは襲われた後だった。ならば、可能性はある。
女の子……いや、先入観はよくない。人間が怪物になる現象が起こっている。純粋な女の子とは限らない。
中学生くらいの女の子に見えるからといって、見た目そのままとは限らない。
オレは女の子に見える存在をよく見ようと、体を起こした。
立ち上がると、腰辺りまでの深さだ。
濡れた髪を掻き上げようと、オレは額に手を伸ばした。
目を離したのは、ほんの一瞬だった。
髪を掻き上げる瞬間だけ。
「え?」
ありえないことに、オレは思わず声を上げる。
髪を掻き上げた瞬間に、女の子の姿は消えていた。
ありえない早業。
移動したというより、その場から女の子が掻き消えたとしか思えない。
「……逃げたのか?」
オレは周囲を見渡す。
だが、どこにもその姿はなかった。
呆然と、オレは辺りに視線を這わせた。
その時だった。
「うわっ!」
少女に気を取られ、オレは油断していた。
その隙を狙って、足が引っ張られた。
足首を、何かに掴まれている。
オレはバランスを崩して再び水面に身体を横たえる。
水の中に何かいる。
その何かに、足を引っ張られて倒れ込んだのだ。
足首を掴んでいる何かを振り払おうとしたが、それはオレの身体をさらに水に引きずり込んでいく。
せめて湖底に触れられれば踏ん張ることもできるだろうが、それすら叶わない。
水に浮かんでいることで、手足を動かして振り払おうとしても支えが無く、身体の方が動いてしまう。
オレが足掻いたことで、高く水柱が上がる。それでも、オレを水に引き込む力が弱まることはなかった。
「ごぼっ……くそっ、ぐっ!」
オレの悪態も水に遮られて声にならない。
オレの頭が水に沈むと同時に、両肩を何かに掴まれた。
足、両肩。
同時にそれらが掴まれたことで、襲撃者が複数いることをオレは悟った。
クソ、気管に水が入った。咳き込もうにも、水の中だ。さらに水が押し寄せる。
水中は不利だな。
泳ぎには自信があるが、所詮はオレも陸上の生き物だ。
動きも制限されるし、視界も悪い。音もまともに聞き取れない。臭いだってダメだ。
身体を掴まれるまで気が付かないなんて失態、地上なら絶対しないのに。




