16 一人でふらふら出歩かない 前
それから三日過ぎたが、状況には大きな変化はなかった。
谷口はちゃんと、オレの指示通りに帰っていった。
あの日の夜に部屋に帰ると、「身体に気を付けてくださいね」とメモが置いてあった。
お前はオレの何なんだよ?って言いたかったが、まあ、あいつはそういう奴だ。
調査は進めているが、実のところほとんど何も進んでいない。
あのオーナーの一族が悪質過ぎて、この地域の人間のほとんどに恨まれているのが分かったくらいだ。
オーナー自身もかなりの事をやっていて、真っ黒。ホント、逮捕されてないのが不思議なくらいだ。
そのせいで、敵が多すぎて特定できないんだよな。オレの調査能力の低さにも原因があるとは思うけど。
マジで何考えてんだ、あのカエルの一族は?
恨んでないのはコバンザメのようにくっ付いて、オコボレを受け取っていた連中くらいだろうか。それだって、恨んでないだけで自分に不都合があったら速攻で裏切って敵に回るだろう。
聞き込みの時に隠すのが面倒なので露骨に「オーナーが命を狙われてるから調査している」と言って回ってやったが、返ってくる答えが軒並み「やっぱね」というものだったのが笑えたわ。
ちなみに、オーナーから命を狙われていることについて口止めはされていない。忘れていたのか、オレがそんなことを触れ回らないと思っていたのかは知らない。
人間を怪物に仕立てる手段については、完全に手詰まりだ。
この地方特有の、そういった民話でも無いか調べてみたものの、ほとんど出てこない。
地元の人間に話を聞いても、口から出て来るのは子供番組の創作物の話くらいだな。仮〇ライダーとかね。
まあこちらはオレも以前からちょっと調べていて、成果があるとは最初から思っていなかったので問題ない。
オーナーとキザ長谷川たちが怪物の死体を回収して、どこかの研究施設……たぶん、BGFJとつながりのある施設に送っていたので、なんらかの結果がその内に出てくるかもしれない。
オレも興味があるので、結果が出ればレポートを渡してもらう予定。
もちろん、騒動処理人の本部とも連携をしている。
というか、オレはプラプラと遊び……えーと、山道を調査のために走り回って、自然を満喫……じゃなくて、自然の中を駆けずり回っているので、どちらかというと調査のメインは本部に任せている状況になっている。
確実にその方が詳しい結果が出てくるだろう。
本部へは電話をすると説教されるので、事務的なメール連絡だけだ。
使ってる端末はまだホテルの部屋の内線代わりの端末。
盗聴リスクがあるので、極秘情報は送ったりするなと言ってある。
まあ、極秘情報やプライベートな話なんかもできる状況だと鬱陶しいことを言われるので、実に都合が良い。
そんな状況の中、オレ自身は今日も今日とて、朝からお出かけだ。
オレはこうやってフラフラと遊び歩くのも、意味があると思っている。
オレが一人で調査していれば、目障りに思った敵がオレを標的にしてくれるんじゃないだろうか?
もし襲ってきてくれて、上手くいけば敵に繋がる情報を得られる機会も多くなるだろう。
それに標的が増えれば、オーナーが安全に過ごせる可能性も高くなるはずだ。
要するに、オレ自身が囮になるってことだ。
まあ、遊び歩きたいための後付けだが、割と悪くないアイデアなんじゃないかと考えていた。
自分自身が囮になると決めてから、オレは比較的予測しやすい行動パターンを取るようにしていた。
その方が、敵も襲って来やすいしな。
今から行く場所はこの地域にある滝の一つだ。
行く前にフロントに声を掛け、そこに行くことを匂わせておいた。
敵の情報収集の流れも分かるかもしれない。
滝はホテルの近くに七つあるらしい。
オレはそれを毎日一か所ずつ午前中に回っている。
今日まで三か所を回ったわけだが、どこも観光地化するからか滝までの小道が整備されていていた。
しかし、まだホテルもオープンしてないからまったく観光客がいなくて静かで良い感じだった。
襲われやすいように人気のない所に行くのと、時間つぶしを兼ねて計画した滝巡りだが、かなりハマってる。
ホテルがオープンしたら観光客は増えるだろうが、滝が七か所あることを考えたら分散してそれほど人は多くならないんじゃないだろうか?
人があまりいないならデートコースにも良いよな。
……デート……。
大きな変化はないと言ったが、実はプライベートでは良い変化があった。
フロントの美人のお姉さんと仲良くなれた。
初日にコーヒーをくれたお姉さんだ。
具体的には、昨夜はベッドを共にした。
名前は麻衣子さん。二十六歳。
麻衣子さんが今日も朝から仕事なので遅くまでは無理だから、ほんの三時間ほどだったが、楽しませてもらった。
性格がキツそうという予測は正しかったらしく、途中から命令口調になってくるわ身体を傷だらけにされるわでオレの方が襲われてるような状況だった。
噛みつかれるのって、けっこう好きなんだよな。
「私、彼氏がいるの。お互い後腐れなく、貴方のお仕事が終わるまでの関係ね」と最初に言われた。
オレの方がそれを受け入れる形になったが、それはオレも望むところだ。
というか、仲良くなったからと言って深入りをする気は最初からなかった。
そう言った狙いがあったからこそ、最初から軽いノリの誘いをしてたし、それで誘いに乗ってくるような人なら遊びで終わらせてくれると思っていた。
オレには特定のパートナーを作れるほどの甲斐性もないしな。
オレ自身の秘密も多いし、仕事柄色々とマズイこともある。
仕事柄と言えば、彼女の方もホテルの客とそんな関係になるのはマズイと思う。
一応、ホテルの廊下の監視カメラなんかでバレてると思うので「お友達になったので部屋に遊びに行っただけ」という口裏合わせをすることになったけど、それで通用するんだろうか?なるんだろう。たぶん。
ならなかったとしても、まだホテルがオープンする前だ。それにオレも正式な客かと言われれば微妙なところだしな。大丈夫だと思おう。
ホテルのオープンと言えば、明後日にオープニングレセプションがあるらしい。
とうとう、本格的なホテルの営業開始だ。
明日には招待客がホテルに入り、一泊する。そしてホテルのサービスを堪能してもらってから、一夜明けてからオープニングレセプションだ。
つまるところは明日から実質的な営業が始まるということだろう。
それ以降は正式オープンで一般客が入り忙しくなるはずだ。
麻衣子さんとの関係も、実質的に今日の夜までということになるんじゃないかな?
まあ、明日からいそがしくなるなら、今夜も無理かもしれないな。残念。
それにオレの予測が正しければ……というか、誰が考えてもオーナーの敵が何かするならオープニングレセプションの時だろう。
そのタイミングがオーナーに一番ダメージを与えられるタイミングだからな。
大きな動きがあって、オレ自身も忙しくなるはずだ。
考え事をしながらバイクを走らせていると、『もみじ滝』と書かれている案内板が目に付いた。
そこが目的地だ。
オレは近くの開けた場所にバイクを止める。
丁度、そこには手作りな雰囲気のペンキで手書きされた『駐車場』の看板があった。
最近建てられた看板らしく、まだペンキの色も真新しい。
駐車場と言っても川辺に土を入れて平らに均しただけのような場所だ。
地面が剥きだして、このまま舗装をしなければ一年と立たずに草だらけになってしまうだろう。
オレはバイクを降りると、案内板に従って滝を目指した。
獣道を少し整備しただけの様な川沿いの道を歩いていく。




