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18 一人でふらふら出歩かない 後

 何人いるんだ?いや、何匹か?

 水の中とはいえオレが降り切れないなんて、人間の力じゃない。


 オレは周囲を確認しようとするが、振り切ろうと暴れてしまったことで周囲の水は泡立ち、白く濁った世界となっていた。


 その白く濁った世界に赤が混じる。

 オレの血だ。

 掴まれている部分から出血している。


 掴まれている?いや、それはオレの感覚からの判断で、実際は噛まれているのかもしれない。

 よく分からないが、爪か牙のような鋭い物がオレの皮膚に食い込み、切り裂いていた。


 オレを傷付けるなんて、下手なナイフより切れるじゃねーか。


 背中に堅い物が当たるのを感じた。川底だな。

 このまま溺れさせる計画か?

 悪いな、そんな計画に乗ってやるほどオレは優しくない。湖底に触れたおかげで、支えにできる部分ができた。

 逆転の一歩だ。


 オレは川底に背中を押し付けてそこを支点にする。

 上半身に力を入れ、一気に捩った。


 両肩を押さえていた何者の力が、一瞬弱った。

 それを感じ、オレは両腕を交差させて左右の肩目掛けて拳を振るった。


 拳が何かに当たったと感じた瞬間に、ブツリとオレ自身の皮膚が千切れるのを感じた。


 だが、その犠牲に見合う成果はあったようだ。

 オレの皮膚と引き換えに、肩を掴んでいた何者かが離れた。

 

 オレは水中で姿勢を変え、離れた何者かを視界に入れる。

 茶色い……猿?いや、半魚人?河童?

 

 毛むくじゃらの、猿のようなものだが、水の中なんだよな?

 そういや、河童の仲間で猿みたいな奴もいたな。甲羅もないやつ。ゲゲゲの鬼●郎で見た覚えがある。頑固小僧だっけ?そんな感じの名前の奴。


 オレが一瞬だけその正体に気を取られたが、呑気に考え事などしていられない。

 オレは川底に背中を付けたまま、今度は足を振った。


 水面に向かって蹴り上げるように。大きく鋭く。

 足先だけが水面に出たと感じると同時に、ブツリと肉の千切れる痛みが走り足が軽くなった。


 やっと足首の奴も振り払えたか。

 だが、また肉を千切られたらしい。

 オレは身体を丸めて水中で姿勢を変えると、一気に川底を蹴って立ち上がった。


 水面に顔を出すと、血が肩から水面へと赤い筋を作る。かなりの出血だ。

 オレより下流は川が赤く染まっている。


 だが、今は気にしている余裕はない。


 ジンジンと両肩と足首の傷口が痛むのを、唇を軽く噛んで耐える。

 痛みに細まる目を周囲に這わすと、不気味な姿の怪物が視界に入った。


 水面に顔を出しているのは、一匹。

 残りは水中にいるらしく、波打つ川面に隠れて黒い影のように見える。影は二つ。全部で三匹か。


 水面に出ている奴は、水中で見た姿と同じく猿の様だ。

 どう見ても哺乳類なのに、見開かれた目だけは魚の様に虚ろだ。不気味過ぎる。


 身長はオレの腹くらいかな?頭も小さいし、子供の体格だな。

 鋭い歯が並ぶ口でクチャクチャと何かを咀嚼している。口から洩れる赤い血で、オレはそれが何か察した。


 「オレの肉を食うんじゃねーよ」


 不愉快だ。

 肩ロースと脛肉のどっちだ?


 「来いよ、オレがお前のことを食ってやるよ」


 オレは挑発するが、猿河童は焦点が合ってるのか分からない目をオレに向けただけだ。

 やはり、意思疎通はできないのか?それともオレを相手する気が無いのか?

 会話ができる怪物が出て来てくれねーかなぁ?そうすれば、情報収集が簡単なのに。

 誰でもお喋りしたくなるえげつない拷問は習得済みだぞ?使ったことないけど。


 オレが猿河童を睨み付けると、声が届いていないはずの水中の影の方が動いた。


 「うぜえ!」


 近寄ってくる影を、限界まで引き付けてから踏みつける。

 影の動きは水の中にしては素早い動きだったが、オレの足はあっさりと捉え踏み付けた。

 足場があるなら、負けねーぞ。


 踏み付けた足に力を掛ける。

 パキリと、骨が砕ける音がする。この感じは頭蓋骨だな。頭を踏みつけていたらしい。

 川の水に赤い流れが増えた。


 「もう一匹!!」

 

 オレは振り向き、手を伸ばす。

 もう一つの影が背後から近付いてきていた。


 後ろから近付けば襲えると思ってないだろうな?オレはそんなに甘くないぞ?

 まあ、さっきは油断して足と両肩を押えらてしまったけど。そんなバカを繰り返すつもりはない。


 伸ばした手が、影の一部を掴んだ。

 そのまま一気に水の中から引き抜く。


 こいつも猿河童だった。

 こいつらも人間から変化したものだったとしたら、その変化には何か法則性があるんだろうか?

 それとも、黒幕の奴の思い通りに変化させられる?よくわからん。


 「ほいっと」


 オレは引き抜いた勢いのまま猿河童を空に投げる。

 そして落ちてくるところを回し蹴りで仕留めた。オレの蹴りが水面を切る様に動いたせいで、周囲に豪快に水飛沫が舞った。

 

 蹴られた猿河童は川辺の岩に打ち付けられ、湿った音を立てる。

 それを追いかけるように川原には血しぶきが飛び散ったが、こちらは川の水が混じったオレの血だ。

 肉を抉られた足で蹴ったせいで、盛大に血をばら撒いてしまった。

 

 結構、出血してるな。

 ちょっとヤバいかもしれない。今のオレでは止血する必要がある。


 早々に終わらせるか。


 「残り一匹」


 残るは水面に頭を出していた、オレの肉を食ってたやつだけだ。

 気配で、そいつがまだ動いていないことは確認している。オレが立て続けに仲間を殺したことで、戸惑っているのだろうか?


 だからと言って配慮してやるつもりもない。


 オレは川底を蹴って跳ぶ。

 助走なしの前方宙返りだ。空中で猿河童の位置を確認して背後に降り立って、一気に間合いを詰めた。


 やはり、呆然としている。棒立ちだ。

 人間的な反応だな。

 野生動物なら本能的に身の危険を感じて動くのに。


 「はい、終わり」


 オレは猿河童の首を折った。

 骨が柔らかいのは猿河童の特性なのか、それとも……。

 体格的に嫌な予感がするんだよな。だから、この猿河童の元となった人間が何だったのかは考えないことにする。


 まあ、どんな年齢だったとしても、オレは容赦する気なかったけどな。

 オレだってまだガキだし。


 「ふう……」


 川に流されていく猿河童の死骸を見送り、オレは川岸に上がった。

 大きな岩の上に倒れ込む。

 岩が日差しで熱せられていて、気持ちいい。血を失ったことと水に浸かっていたせいで、体が冷えているんだろう。


 ちょっと、血を失い過ぎたか。あーダルい。

 心臓の鼓動に合わせて、全身がズキズキと脈打っている気がする。


 今、追加で襲われたらかなり面倒だな。

 岩の上に寝転がりながらも、オレは周囲の警戒をした。


 周囲には誰もいない。オレたちが暴れた所為で、鳥の気配すら消えてしまった。


 白ワンピースの女の子の気配もないな……。

 

 どう考えてもアイツが黒幕の一人だろう。監視役か?

 子供向け特撮ヒーロー番組なら、崖の上から怪人の戦いを見ている幹部みたいなもんだろう。


 猿河童は戦闘員で、オレはヒーローだな。

 そうすると子供の外見だけどやたら戦闘力が高かったりするのか?とりあえず、次見かけたら全力で頭を潰してやろう。ヒーローのお約束なんて絶対に守る気はない。


 「……止血、しないとな」


 眠気が襲ってくる。

 まだ、上弦にすらなってないもんな。あんまり無茶はできない。


 オレは身体を起こす。

 出血は先ほどよりも治まってきているようだが、それでも寝ていた大岩から滴り落ちていた。


 髪を掻き上げると、ガサガサとした手触りだった。

 頭にケガは無いが飛び散った血が髪について夏の日差しで乾燥したんだろう。掌にも、こびりついていた。


 ……血か。


 全部流れ出ちまえばいいのに。

 見た目は赤く、他の連中と変わらないのにな。


 あのクソ親父と同じ血……。


 あー、出血でマイナス思考になってるらしい。

 オレは首を振って脳裏からつまらない考えを追い出す。

 それでも胸の奥にモヤモヤが残ってる気がして、スッキリしない。


 オレは大きく息を擦った。


 「があああああああ!!!」


 肺の中の空気と共に、全て吐き出すつもりで叫ぶ。

 大気が揺れ、一斉に鳥が飛び立った。


 鳥の気配を感じなかったから近くにいないと思ってたんだが、木々の茂み潜んでいたらしい。悪いことしたな。


 肺の空気を全力で吐き出して、大きく深呼吸する。

 よし、気持ちを切り替えよう。


 岩の上に立ち上がると、滝の方へ向かう。

 たしかボディバッグに包帯が入りっぱなしになってたはずだ。

 もしなかったら、アロハシャツでも割いて包帯代わりにして止血するか。


 オレは点々と流れ落ちる血の跡を付けながら、服とボディバッグの元にたどり着いた。


 「包帯、包帯っと」


 ボディバックに手を伸ばした途端、けたたましいベルの音が響いた。


 「なんだよ?」


 音は古い電話のベルの音だ。ジリリリリと耳障りが悪く、実に自然の風景に不似合いだ。

 

 「うるさい」


 音の元を探してボディバッグを探ると、スマホ代わりに持ち歩いているホテルの端末が振動していた。

 電話か?

 呼び出し音がこんな音に設定されてるのか。かかってきたことが無いので知らなかった。


 それにホテルのwifiはこんな場所までフォローしてるのかよ。どうやって中継してるんだろう?中継器をそこら中に設置してるのか?


 端末の表示は『外線着信』。番号は表示されていない。

 でも出るしかないよな。あのオーナーの関係者からの仕事関係の連絡かもしれないし。


 「もしもし?」

 「もしもし、失礼いたします。そちらは白石虎児様で間違いないでしょうか?」


 落ち着いた女性の声が聞こえた。聞き覚えのある声だ。


 「あ、はい」

 「死ね!!」


 いきなり怒鳴られた。耳がキーンとなる。

 この声は井坂(いさか)さんか?最初の丁寧な口調は間違い電話を警戒したのだろう。


 「わがままガキが!!いっぺん死んで来い!つうか、殺す!!」

 「えーと、何?」


 井坂さんというのは、うちの組の事務系で働いている女性だ。

 事務系を統括していて、谷口とかの上司に当たる。普通の会社の役職なら常務くらいの地位だと思う。

 うちのクソ親父の片腕。


 口は悪いが、能力はある人だ。

 別名、手が早い井口さん。手が早いの意味は仕事の処理が速いのと、暴力的なのと、男癖の悪いのとの、トリプルミーニング。


 「死ねって言ってんだよ!大事な労働力を勝手に引っ張ってって、三日も留守にさせるとか、万死に値するわ!この変態ガキ!!」

 「はい?」


 何のことだ?


 「谷口ちゃんを返せ!とっとと返せ!!あの子にしか処理できない仕事が溜まってんだよ!!鬼畜!!クソガキ!!」

 「はあ!?」


 オレの頭から、一気に血が引いた。

 

 「ま、待ってくれ!?まさか、谷口の奴、帰ってないのか?」

 「何、とぼけてんのよ!!あんたが連れて行ったんでしょうが!!返せ!あの子がいないと、残業続きなのよ!ボケキャラだけど、有能なのよ!!いないと仕事が大変なの!西水は許したみたいだけど、私は許してない!!返せ!!」


 まさか……。


 「谷口は三日前に帰らせた……」

 「え?」


 背筋に冷たい物が走る。オレは大きな失敗を犯してしまったらしい。

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