天野と父
物心ついた頃から母はいませんでした。
父は絵描きで、私は父が絵を描くのを見て育ったんです。
父はたまにスーツを着て、絵を持って外出することがありました。
そういう日の帰りは大体父は、気落ちして帰ってくることがほとんどでした。
『おとーさん、夕飯はカレーだよ。』
『ああ、ハルカの作るカレーは美味いもんな。』
具が入っていないカレー。
父は美味い美味いといいながら食べていました。
父は顔こそ笑っていましたが、どこか力の抜けた笑顔でした。
また絵が売れなかったのだろう。
幼い私でもわかりました。
そんな次の日は朝から作業着を着て父は出掛けていきました。
その夜は汗まみれになりながら、帰ってきます。
日雇いの仕事をしているそうです。
ヘトヘトになりながら絵を描いています。
私は洗い物を近くの公園で済ませて父の絵を描くのが日課になりました。
ある日、父はスーツ姿で帰ってきました。
『お父さん、今日はチャーハンだよ!』
『うるさいっ!』
体がビクッとなりました。
父はものすごい形相でした。
私は涙目になり怯えていました。
『あ、、、すまない。』
父は私の顔を見ることなく、部屋に籠りました。
その日はチャーハンを食べることはありませんでした。
次の日、父はやはり作業着を着て出ていきました。
私はなんとなく父の部屋に入ってみました。
『・・・・・っ!』
ズタズタにされた父の絵。
ひっくり返った絵の具たち。
キャンバスも真っ二つに折れていました。
はっきりと理解しました。
父は筆を折ったのだ。
父はその日から帰ってきては酒に浸る生活が始まりました。
最低限のお金だけ、もらいました。
私はご飯ものでなく、安い鶏肉を買ってきてはお酒に合うものを作るようにしました。
父は何も言わず私の作った焼き鳥や揚げ鶏をむさぼり、酒で流し込んでいく毎日でした。
酒と重労働で体を壊し、2日ほど父は入院しました。
父がいない2日。
私は父のお古のキャンバスを出してきて、
絵を描き始めました。
それがあのベレー帽を被った父の絵です。
退院して帰ってきた日。
私はキャンバスを居間に飾り、
具のないカレーを用意して待っていました。
父はまた怒鳴るかもしれない。
でも。
絵を描く父は素敵だから。
父は部屋に入るなり、膝から崩れて私を強く抱きしめて肩を振るわせていました。
父は泣いていたので、何を話したかいまいち聞き取れませんでした。
でも伝わりました。
『いい話だな。』
『ええ。私もまた父が絵描きに戻ってくれたのでそれは良かったのです。』
ある日父と絵画展に行きました。
父の知り合いが展示しているらしく見に行きました。
『おとーさん、この絵どこかで見たことあるね。』
私は一つの絵を指差しました。
父はまた鬼のような形相で、涙を流していました。
父の絵でした。
父の知り合いは資産家で、絵描きだと聞きました。
父の絵をたまに買ってくれるいい人だと聞きました。
父の絵は、その人が描いた絵として飾られてました。
だから、父は先に私を家に帰して、その知り合いと話をすると言ってました。
それからです。
父とはずっとずっと会うことができてません。
そのかわり毎月、郵便で暮らせるだけのお金と一言で、『心配するな。』と書かれているメモ紙が入った封筒が届くようになりました。
『送り主は?』
『父になっています。住所は書かれてません。』
『筆跡はお父さん?』
『父の筆跡です。パッと見たらですが、、、でも父の意志で書いたものではないような気がします。』
天野は俯いている。
目はだけは、キャンバスの方を見ている。
『タケルさん。今度の絵画展。結構有名だった画家もお忍びでくるみたいなんです。』
『ああ。』
『私、かけています。これがきっかけで、また父に会えればいいなって。』
俺は考える間もなく、天野に近づいた。
天野の手を握る。
強く、離さないように。
天野は『きゃっ。』と声をあげた。
『天野、必ず、必ず、絵画展成功させような!!』
天野は目を瞑る。
祈るように握った手に顔を近づける。
少し顔が赤い。
いや、俺の方が赤い。
でも知らない。
そんなことよりこの熱を伝えたかたった。
天野は微妙に俺と目は合わなかったがぼんやりこちらを見た。
『はい!』
ニコリと微笑みながら。




