表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
4/20

第弐話「図書室の怪」(中)

 放課後、一緒に帰ろうと言うケイコの誘いを断って、図書室に寄ることにした。

 あの日より数日が経っている。

 目的はやはり、この学校の怪談について、だ。

 ただあそこだけが危険ならば、それでいいのだが、もしそうでなかった場合、いわゆる七不思議と呼ばれるようなものがあった場合、それに巻き込まれたりなどしない為には、前もって知っておいた方がいい、そう考えたのだ。

 ……別に好奇心が疼いたというわけでは、断じて……、ない。

 あくまでも、自衛の為。

 図書室には三年生が五人ほどいて、各々勉強に励んでいるようだった。

 ここは土足厳禁で、入り口で上履きを脱いで、蓋のない靴箱に入れることになっているので、また、上履きの靴底は学年ごとに違う色となっているので、簡単に学年が分かる。

 それから、図書委員と書かれた腕章を身に着けた生徒が一人、カウンターの向こう側で読書に集中していた。

 彼も三年だ。

 私はその彼から聞いた、一つの本棚の前にまでやってきて、上から下まで、眺め見る。

 本棚の真ん中辺りに、目的としているものが置かれている。

 文芸部の冊子だ。

 我が校のそれは中々に活発的なようで、三ヶ月に一冊は発行している、季刊ということになるだろうか。

 私も一度読んだことがある、クラスメイトに所属している者がいて、教室内に配布スペースを作っていたものだから、一冊頂戴させてもらった。

 ペンネームなので、どれがその人のなのかはわからなかったが、一つ気に入った作品を見つけたので、それが完結するまでは貰う予定だ。

 ただ昔は、より盛んであったらしく、一ヶ月に一冊以上のペースで発刊していたようだ。

 一月号から十二月号、更には文化祭特別号、合唱祭特別号、体育祭特別号なんてのもあり、イベントごとがある度に、特別号を発行していたようだ。

 合唱祭なんて、今はやってないのだけれど……。

 昔は生徒数も多くて、色々とイベントごとが盛んだったのかしらと、なんだか感傷的になってしまう。

 さて、これを全て洗い出すのは、骨の折れる作業であることは確かね。

 なんてったって、四十年の歴史があるのだ。

 単純に考えても、およそ四百八十冊……。

 一日や二日では無理な作業だろう、仕方ない。

 これでどのような結果が導かれるかと言えば……、こうだろうか。

 一つ、学校の怪談が昔は語られていて、文芸部がネタにたことがある。

 一つ、彼らがネタにしていない。

 一つ、そもそも怪談などない。

 気持ちとして有難いのは、三つ目かしらね。

 “教室”にさえ、気を付ければいいことになる。

 でも二つ目との区別がつかないのが難点で、本当は二つ目だとすると、最悪な学校生活を送る可能性、あるいは、違う意味で送れなくなる可能性が生じる。

 非常に低い可能性ではあるけれど。

 それから、怪談はあったけどそれは本当にただの怪談、つまり大ホラというケースは……ないと思う。

 一度学校で体験してしまうと、そこまで楽観的にはなれないし、火のない所に煙は立たないとも言うから、怪談があれば怪異はいると見る、私は。

「……にしても、多いわね」

 本棚の前で、半ば茫然とした気持ちで立っていた私だが、やがて覚悟を決めて、我が校の歴史の、およそ真ん中辺りに位置する文芸誌を取り出す。

 それはすっかり色褪せていて、時間の流れを感じさせてくれるのだった。


 古い本は苦手だ。

 何が苦手かって、読みにくいのだ。

 それは文体的な意味ではなく、視覚的な意味でだ。

 中古本には、たいていの場合“ほんのむし”がいる。

 それは平面の中に住まう蟻のような奴で、鉛筆でつんと突いた程度の黒い点から、抜け落ちた髪の毛ほどに細く、鉛筆の先ほどの長さの線が六本伸びていて、紙の上、いや中だろうか、ともかく移動する印字のような存在なのだ。

 古ければ古いほど、数も多く、読みにくいことこの上ない。

 一度だけ完全にそいつに覆われた本を見たことがあるけれど、あの時立った鳥肌は、先日と並ぶかもしれない。

 黒く小さな、点ほどの存在が、わしゃわしゃと紙面を蹂躙していたのだ。

 ぞわぞわ、わしゃわしゃ、うぞうぞ、と蠢いて。

 文字など読みようもないくらいに、びっしりとだ。

 ……一番残念なのは、他の人には、ただの普通の中古本にしか見えないって点だけれど。

 お陰で、新品しか買うことが出来ないから、出版社と作者にはいいお客さんなのでしょうけど、財布は痛々しい有様となることもしばしばで、平面からよくも攻撃してくれるなと、地団太を踏みたい思いでいっぱいだ。

 ぺらりぺらりと、冊子をめくる。これでもう四冊目になる。

 とりあえず目次を見て、それらしいタイトルのものだけを流し読みする作戦だったのだが、ついつい読み耽ってしまう。

 しかし気付けば、私の眼は文章ではなく、ただ紙面を追うばかりになっていた。

 ぱらぱらぱらと一気にページを捲る。

 この本は二十年も昔のものだ。

 なのに“ほんのむし”が一匹も、見当たらない……。

 私にとって、これ以上に奇怪なことはないのだった。

「……ふむ」

 見終えた冊子を、脇に置く。

 続いて五冊目……ではなく、今度は先ほどとは別の、小説などが置いてある棚に向かって、適当に一つ選び、これまた適当なページが出るように、その場で開いてみる。

 そこにはやはり“ほしのむし”が二十匹ほど、うぞうぞと這い回っていた。

 なるほど、と独りごちてから、それを元の場所に戻し自分の陣取った席へと帰る。

 そして五冊目となる文芸誌をぱらぱらとめくり見れども、こちらにはそれらしき影がちっともない。

 先に見た四冊と同様に。

 この図書室には“むし”がいないのかと思えば、そうではないらしい。

 ともすれば、あれは実は、このような同人誌と呼べる物には住まわないのかもしれない。

 まだ仮説だが、もっともらしい気がしていた。

 どうせ他人には視えないのだし、ひとまずはそういうものだと思っておこう。

 気付けば、図書室から人が消えていた。

 三年生たちは、私がさっき“むし”を確かめた時に続々と帰り支度をしているのを横目にしたし、図書委員はカウンターの奥にある部屋へと入っていくのを、椅子に座る時に見ている。

 窓から、赤い光が差し込んでくる。

 もうそんな時間なのね。

 もう一冊読んでから、帰ることにしよう。

 そう思い、目次を検める。

 この時代の文芸部は二十数人もいるらしく、タイトルを読むだけでも、個々の作風が如実に表れていて面白い。

 本当ならば全部を読んでみたいところだが、選別基準はこうだ。

 学校や生徒など学校にまつわる単語が含まれるもの、闇や呪いなどオカルティズムを感じさせる単語が含まれるもの、それから勘で、流し読みする作品を決めている。

 自衛の為と言うわりには、雑だけれど、量が量なだけに致し方ない。

 誰かに協力を頼むわけにはいかないしね、変な噂に拍車がかかってしまう、電波少女扱いはごめんよ。

 それで四作ほどピックアップして、さて読もうかと、ページに指先をかけると、

「文芸部に興味あるの?」

 ──驚いた。

 声に反応し顔をあげると、対面に一人の少女が腰かけていた。

 図書室の座席は、一つの机に対して四人が座れる形になっている。

 よほど集中していたのかしら。まるで、気付かなかった。

 閑静な図書室に、私と彼女、二人しかいなかった。

「あぁ、ごめんね。ビックリさせちゃった?」

「はぁ……まぁ……」

 曖昧な返事をすると、呆れたような表情を彼女は浮かべる。

「見かけによらず、素直なのね」

 初めて見る顔だ。

 そもそも、クラスメイト以外の顔など記憶にあるはずがなく、眼前の相手が一年生なのか、三年生なのかも判断がつかない。

 もしも三年生ならば、今の受け答えはまずかったなぁと、漫然とした危機意識は芽生えたものの、取り立てて慌てる必要もないかとも思う。

「まぁ、よく言われます」

「本当~? ……三年の、小櫃川おびつがわアユミよ」

 げ、と声が漏れそうになった。

 一つ上の人だったとは……。

 反抗的だ、生意気だ、だの言われて、顔面に拳をお見舞いされたらどうしよう……。

 人は見かけによらないと言う。

 眼鏡をかけて、一房のおさげを右肩側から前方へと垂らしている、いかにも優等生っぽい人だけれど、裏ではそういう人かもしれない。

 私は万が一に備えて、冊子を握る手に力を込めた。

 盾にするつもりだった。

「二年の、柳田です。すみません。文芸部に興味があるわけでは、ありません」

「あら残念。私、文芸部だったのよ」

 つまり、勧誘のつもりだったと言うことだろうか。

 安心して、手から力を抜いた。

 そりゃそうよね。いくらなんでも、考え過ぎだ。

「そう、でしたか。読むのは好きですけど……昔は盛んだったんですね、文芸部」

「今も盛んですー。部員が十人切ったことありませんー」

 唇を尖らして抗議した次の瞬間には、アユミ先輩は、

「ま、幽霊部員もいるけどね」

 と自虐的に微笑んだ。

 黙っていると少々キツそうに見えるのだが、意外にも、表情のよく変わる人みたいだ。

 話しやすい人だと思う。

「それで、うちの本はどぉ?」

 鼻高々といった具合で訊ねられた。

 貴女の年のではないだろうに。

 帰属意識が高いのか。

「プロとは違った趣がありますね」

「ふふん、そうでしょうとも! ……ん、それって、褒めてる?」

「褒めてますよ」

 プロでは書けないようなものがある、それはそれで貴重なものだ。

 そう思ったのは本当だ。

 アユミ先輩は、少し訝しげな視線を投げかけてきていたが「本当ですよ」と念押しすると、一応は納得したようで、私が脇に重ねて置いていた昔の冊子の、一番上のものを取っては、ぱらぱらと、流し読み始めるのだった。

「懐かしいわねー」

「読んだことがあるんですか?」

「え? ……うん、まぁ、参考にもなるしね」

 ならば、と、私は一つの質問をしてみる。

「怪談系の作品とか、ありません?」

 もしも彼女の読んだ過去の作品の中に、そういうものがあれば……そう思ったのだ。

「ホラー小説が好きなの?」

「ええ。特に、学校の怪談がいいですね」

 アユミ先輩は手にしていたそれを、元の場所へと戻して、じっと私の目を見つめてくる。

 眼帯に隠されていない、真っ黒な右目を。

「多分、ないよ。私はうちの部の、ほとんどの作品内容を知ってるけど、なかったと思う」

「そうですか……」

 まさか全部を知ってるわけではないだろうが、どこか説得力のあるその言葉に、私は思いのほか意気消沈してしまった。

「実は、作品の概要とかジャンルとか、簡単にまとめた目録があるんだ。我が部の歴史書も同然だね。そのうち、こっちにも置くことになるだろうから見ればわかるけど、学校の怪談はない。ホラーはあるけどね、私も専門だし。……でもね」

 滔々とした解説の途中で、先輩はニヤリと笑う。

 イタズラっ子みたいな表情。

「学校が絡むのは、差し止め食らうんだよねぇ」

 その目は私に「これって、どう思う?」と投げかけているようだった。

 また、どこか探られているような、そんな気がしたのは、自意識過剰だろうか。

「……まぁ、コックリさんを禁止してるとこも、ありますしね。そんなものでは?」

 自分らの通う学校を舞台に、血生臭いホラーなんて書かれて、気分の良い人はいないし、配慮が働くのも自然なことだろう。

 文学だからと言っても、高校生の書くものに、多かれ少なかれ性的描写があれば、同様の措置を受けるだろう。

 常識に照らし合わせると、こういう答えが、もっともらしい。

 だがそれは彼女には非常に不満なものだったようで、むくれっ面で頬杖を付く。

 貧乏ゆすりが如く、テーブルの上を右手の人差し指で、とんとんと叩く。

「もっと夢のある答えが欲しいわ」

「ホラー作家のサガですか」

「かもね。そうそう、貴女二年生なら“開かずの教室”のことは知ってるよね?」

「……ええ、すぐ隣の教室です」

 まるで予想だにしていなかった単語が出て、身が固まる思いだった。

 と同時に、いい機会だとも思った。

 もしかしたら何か知っているかもしれない。

「色々と噂があるようですね、あそこには」

 よく知らないし、あまり興味もない。

 そんな風に聞こえてくれただろうか。

「魔術に使われてるんだって」

「はぃ?」

 素っ頓狂な声が出た。

 すぐにここが図書室だったことを思い出して、口元を覆ったけれど、依然として、この場には私たちしかいないようであった。

「すみません……。でも、魔術なんて」

 予想の斜め上を行く発言をしてくれるわね……。

 あれから何人かに訊ねてみて“教室”に関する幾つかの噂話を蒐集してはみたものの、そんなことを言う者は皆無だった。

 あれは、その魔術が生み出したモノなのかしら?

 ……ないわね、流石に。

「そういう話もあるってだけよ。でも、そう、今は聞かないのね」

 私たちの間には、たった一年の差しかない。

 だがそれは、思いのほか大きいものなのか。

「ええ、まったく。鍵がどこにもないとか、校長が怪しいとか、そんな話は聞きましたけど」

「ふぅん」

 彼女がまた、目を細め、口元を歪める。

 先程のニヤリした笑みよりも大人びていて、どこか妖艶で、同性の私であっても魅かれる表情かおだった。

 しかしそれは、一瞬のことで、

「あ、そろそろ帰らないと」

 と席を立って、人懐っこい印象を与える、柔らかな笑顔へと転じるのだった。

「それじゃあ、またね、柳田さん」

「はい、先輩もお気を付けて」

「あはは、いい子なのね、あなた」

 手をふりふりしながら、アユミ先輩は駆けて行った。

 確かに彼女の取り出した上履きは青色で、三年生のものだった。

 彼女と入れ替わるようにして、カウンター奥の小部屋から図書委員が戻ってくる。

 もうすっかり陽は沈んでいた。

 冊子を小脇に抱えて、収まっていた本棚の前へ。

 持ち出し厳禁となっているから、こうして戻すほかないのだ。

「あっ!」

 一冊が、脇からするりと抜け落ちて、床に落ちる。ぱさっと。

「あー……やっちゃった」絨毯の上でよかった。

 それは最後に読もうとしていた一冊だ。先輩と話していて、結局読めなかったけれど。

「──ん!?」

 開いた状態であったそれを拾い上げると、自然とそのページが目に入る。

 そこには“小櫃川アユミ”の名が、記されていた。“亡霊”という小説の作者だった。

「……イタズラっ子」

 そう独りごちた後に、本棚の空白へとそいつを押し込んだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ