第肆話「夢路を駆る」(中)
肚に石を抱えたまま教室に着くと、何やらクラス全体が落ち着きなかった。
朝の騒々しさとはまた違う、浮ついた雰囲気だ。
「あ、ナチノちゃん」
と私に気付いたケイコが駆け寄ってきて言う。
「ナチノちゃんは今日、夢見た?」
心臓が飛び出るかと思った。
「え、ううん。私って夢見ないほうなのよ」
「そうなんだ」
これは本当のこと。
今日みたいなのは例外ね。
「それで、なんで?」
自分の席に座ってから、私は訊ね返した。
「なんかねー、同じような夢を見たんだって」
「……どんな?」
「夜の学校で追われる夢。凄く怖かったって、ユミちゃんが」
その言葉に私は、冷たいものを背中に差し込まれたような気分になる。
「あと我孫子くんとか、カオリちゃんとか。あ、薄島も。うちのクラスはそのくらいかな」
そこまで名前が挙がって、その中に私も含めて、一つの共通点に思い至った。
「ふぅん」
けれど私は努めて冷静を装う。
興味などない風に。
「でも、ま、所詮は夢でしょう」
「そうだけどさー、何人かが同じ夢見るのって凄くない?」
「人の無意識とでも言うようなものは、全て一つに繋がってるそうよ」
本当かどうかは知らないけど。
とりあえず私は信じていないわね。
「なんか植物みたいね!」
蓮がそうだったかしら。
表面上は別々に見えるけど、根っこは繋がっている。
「ま、それはともかく。怖い夢は嫌よね。あまり見ないけれど」
だからこそ、たまに見る夢が怖いものだと最悪の気分だ。
「わたしも、夢自体をあんまり見ないなー。でも、本当は見てるけど覚えてないだけなんだってー」
「脳が記憶の整理をしてるんだっけ」
テレビでそんな話を聞いたことがある。
「へぇ。俺も覚えてねーや」
急にトオルが会話に入ってきて、びっくりした。
これはこれで心臓が止まりそうだった。
「まぁ、トオルじゃあねぇー」
にやにやと、ケイコは意味深な笑みを浮かべる。
「どういう意味だよオイ」
「さあ? あ、薄島が覚えてたのもびっくりしたなー」
じゃれ合う幼馴染二人組をその場において、私は少々席を離れる。
委員長は自分の席で読書中だった。
少し悪いかなと思ったけれど、私が近づくのに気づくと彼女は自ら本を閉じてくれるのだった。
そうして、私よりも先に口を開く。
「柳田さんも、夢を見たのかしら?」
「まさか。夢は見ない方なのよ」
「ふぅん……。言っとくけど、私は見てないわよ?」
「あらそう、残念ね」
口から出たのはそれだが、頭の中では「やっぱり」と呟いていた。
だとすれば、彼も見ていないことだろう。
「あ、ねえ」
私は丁度タイミングよく、傍を通ろうとする一人の男子を呼び止める。
「真砂くんは夢見た?」
「へ? ……あぁ、いや、見てないよ。ネタに出来たらよかったんだけど」
「そう。それは残念だったわね」
彼は苦笑いだけを返して自分の席に座り、鞄から取り出したメモ帳らしきものに何かを書きこんでいく。
小説の設定でも練っているのだろう。
委員長の方へと視線を戻すと、彼女は「意外ですわ」と漏らした。
「柳田さんが、そういうことに興味があるなんて」
そう言うこの娘の目に、私はほんの少しだけ、探られるような気配を覚える。
私の奥底に鎮座している岩石がごろりと揺らいだ。
本当に稀にだが、私は委員長の瞳に他の人には感じない何かを感じることがある。
深い森の中に囚われそうな、そんな気持ちになる時があるのだ、この目を見ていて。
「まぁ、なんとなく面白そうかなって」
「そういう野次馬根性みたいなものを、持ってない人だと思っていたわ」
事実、当事者でなければ何の興味も抱かなかっただろう。
そういうこともあるかもね、と退屈な感想を抱くだけだ。
「実は私、結構いろんなことに首をつっこむタチなの」
ある意味での真実を告げると、彼女はぷっと吹き出した。
「そのうち首が抜けなくなっても知らないわよ?」
「その時は助けてもらえると嬉しいわ。委員長でしょ?」
冗談とはいえ、我ながら勝手な文句だ。
彼女もそう思ったのだろう。
鉄のような表情を浮かべるだけで、何も言わなかった。
「ふふ、ご忠告感謝いたします」
だからおどけてみると、ほんの少しだけ微笑んでくれた気がした。
予鈴が鳴る。
逆井先生があくびをしながら入ってくる。
一日のはじまりだ。
もう誰も、夢の話などしていない。




