第2話 聖女
「聖女様がこの村に来られるんだと?」
「うん。今日大人たちが話してるの聞いてた。聖女様の歓迎会を準備するらしい」
「それで、今日お客さんが多いんだ」
子供の中にはリーリもいた。子供たちの話を聞いたアドリスはじっと立って思った。
聖女・・・懐かしい言葉だな。
「あ、やべぇ。聖女と聞いたらあいつに会いたくなっちゃった」
「アドリスそこで何してんだ」
店内から出たトマシが果物箱を持って立ち尽くすアドリスに言った。
「いや、なんでもない」
とアドリスは小さく言い、果物箱を持って店の中に入っていった。小さすぎて聞こえなかったが、アドリスがため息をつくのが聞こえた気がした。そのため息がどこから来るのかはわからなかった。聞いたところでアドリスが答えてくれるはずなかった。あの子はいつも何かを隠しているから。そのため、トマシは聞いてないふりをして気にしなかった。
それから十分後。荷車の果物箱を運び切ったアドリスはクタクタになって店の椅子にもたれかかった。
「うあー疲れた。魔王と戦った時より苦しい」
その時より体力も悪いし、すごく弱くなったとはいえ、疲れすぎて死にそうだった。この二年間、結構仕事を手伝ってあげたにもかかわらず、どうしても慣れない。
「お疲れ様、アドリス」
一人で休んでいるアドリスに、トマシがお冷を手渡した。アドリスはゴクゴクと飲んで喉を潤した。
「君が手伝ってくれてすぐ終わらせた」
「俺よりお前の方がたくさん運んだんだろ」
実際、アドリスが一個運ぶ間トマシは二個運んだ。つまり、トマシがアドリスの二倍は動いたということだった。それなのに、トマシは疲れの色が見えなかった。むしろ、最初ここにきたときより元気そうに見えた。
「で、うちの店で働く気はないのか」
「うん。ない。毛頭ない」
アドリスは空になったコップをテーブルに置きながら答えた。
「そっか。気が変わったらいつでも言ってくれよ。アドリスならいつでも歓迎だからな」
「そんなこと絶対ないと思うけど、一応わかった」
アドリスは適当に答えてこの話題の話を終われせた。
「あの・・・これいくらですか」
「あ、少々お待ちください」
店にお客さんが来てトマシは対応しに行った。一人になったアドリスは空のコップをじっと見つめ、椅子から立ち上がった。
「疲れた。もう帰ろう」
「お兄ちゃんどこ行くの」
帰ろうと思って店を出ようとした時、リーリに声をかけられた。
「もう帰ろうと思って」
「もう帰るの? 久しぶりに村まできたのに惜しい。あたしと遊ぼうよ」
「家で休む。お前友達いるだろ。あいつと遊べ」
「あの子たち全部帰った」
「じゃお前も帰ってよ。もうすぐ暗くなるぞ」
「父ちゃんまだ仕事中なの」
リーリはトマシを指さして言った。いつの間にかお客がたくさん来て忙しそうだった。
「じゃ大人しく待ってろ。俺は帰るから」
「フィ・・・わかったよ」
リーリはがっかりして俯いた。なんか可哀想で一緒に遊んであげろっか、と思わせる姿だった。だが、だからといって気が変わるアドリスではなかった。
「じゃ、俺は帰るぞ。じゃね」
アドリスはリーリに手を振って店の外へ足を向けた。
「チッ、バカ!」
背後からリーリが叫ぶのが聞こえたが、アドリスは無視した。
バカだなんて。まあたかが七歳の女の子の言うことだし、無視しよう。
今この肉体の歳を正確にはわからないけど、外見から察すると十代少年に見える。それで、前世の年と今この肉体の歳を足すとリーリの七倍以上だ。だから、リーリに何を言われてもなんも思わない。
「このバカ!」
自分と遊んでくれなくて拗ねたリーリを後にしてアドリスは店を出た。
もう夕飯からか市場には来たときより人が半分以上少なくなっていた。市場の中を歩いていると、警備兵たちの姿もよく見えた。鋼の鎧を着て腰に剣を差して巡回している。彼らを目にしたアドリスはふと立ち止まった。
「剣・・・」
久しいぶりに見る。転生ではいつも身につけていたのに、今世では剣を見ることがあまりなかった。
多分もう剣を握ることなどないだろう。
「ここには剣を握る理由がないから」
アドリスは警備兵たちから背を向けた。そして再び道を歩き出した。
「おい、そこのお前」
商店街を歩いている途中、誰かを呼ぶような声が聞こえていた。
なんだ、うるせえな。こんなところで誰が大声で言うんだ。
アドリスは眉を顰めて歩き続けた。
「そこのお前。俺らが呼ぶだろ」
また同じ声が聞こえてきた。なんか自分を呼ぶような気がして、アドリスは立ち止まって音がした方へ顔を向けた。路地裏の間に不良そうな少年がアドリスに向かって指をさしていた。
アドリスはキョロキョロとした。しかし、どんなに周りを見回しても、あの少年が指をさしているのは自分だった。アドリスは自分を指さしながが首を傾げた。
「俺?」
「そう。そこにお前しかねえだろ。こっち来い!」
少年が手を挙げて脅した。アドリスは今の状況できょとんとしたが、とりあえず彼の言う通りにした。路地裏に入ると、影に隠れて外では見えなかったやつが二人見えた。アドリスが路地裏に入ると、あの二人が前に立ちはだかった。そしてアドリスをこっちへ呼んだ少年が後の退路を塞いだ。
こいつら。こんな人目のねえところでなにがしたいんだ。
アドリスはまだ今の状況に頭が追いつかなかった。
「おい、お前お金あんのか」
「お金? 持ってねえんだが」
アドリスの声に、少年の一人が手を挙げて脅した。
「嘘つくな。死にたくねえなら早く金出せ!」
「・・・・・・あ! これあれか。カツアゲ」
アドリスはやっと今の状況を理解して手を打った。
「これ懐かしいね。俺も昔よくやられた」
あのときが五歳だったっけ。あの頃は俺も弱かったな。
「ほんと生き延びるために戦ってたのに。懐かし・・・くはないな」
別にあの頃に戻りたくはなかった。幼い頃は生き延びることに精一杯で別にいい思い出が多くない。
「このやろ。何わけわらんこと言うんだ」
「俺ら無視するのかよ」
「あ、お前らがいたんだ」
アドリスは思い出に浸っていてつい目の前の奴らを忘れていた。
「ふむ、お金持ってねえぞ。帰らせてくれ。早く帰って休みたいんだ」
アドリスは大きくあくびをしながら路地裏を出ようとした。
「行けねえ」
後を塞いでいた少年がアドリスの方を掴んで引き止めた。
「お金出せっつってんだよ!」
少年はアドリスの頭に向かって大きく拳を振るった。しかしアドリスは見もせず首を下げて簡単に攻撃を避けた。当てるべきだった標的を当てらなくてバランスがクズ崩してしまった少年はふらついた。アドリスはそんな少年の足に足を引っ掛けた。少年はそのまま倒れてしまった。
「俺の言うことではないが、むやみに人に手出すな。マジで死ぬぞ」
アドリスの殺気を帯びた声に、二人の少年はたじろいだ。だが、それも束の間。あの二人はすぐ我に帰った。自分より弱そうな相手に怯えて逃げ出すわけなかった。
「こいつが。死にてえのか!』
二人の少年は同時に襲いかかってきた。まずは右の少年が大きく拳を振るった。アドリスは簡単に避けあの少年の頭を掴んだ。
「死ぬってば」
「このやろ!」
続いて左の少年の拳が飛んできた。アドリスに慌てた様子は一切なかった。ただ冷静にさっき掴んだ少年の顔を無理やり持ち上げて飛んでくる拳を防いだ。ドカッと音を立てて少年の鼻から真っ赤な血が出た。
「友達を殴っちゃダメだろ」
「それはオメエが」
「うるせえ」
アドリスは鼻血を流す少年を投げた。すると、拳を振るった少年とぶつかって二人は一緒に後ろに倒れた。
「雑魚たちが」
アドリスは手をぱっぱっと払いながら路地を出た。路地裏が黒かったおかげで外では中がよく見えない。誰かに見られた可能性は低かった。
「雑魚たちに時間取られちゃった。早く帰って寝よう」
アドリスは再び道を歩いて森の方へ向かった。市場を抜けると、広場に出た。村の入り口に行くためにはこの広場を通り過ぎる必要があった。村の広場の噴水の前に人が集まっているのが見えた。なんであんなに人が集まっているのか気になったアドリスは通り過ぎながらチラッと目をやった。
「いらっしゃえ。いらっしゃえ。今日も面白い話が用意されてます」
なんだ。語り手か。
語り手はいろんな村を回って人々に生き生きと話を伝える人を言う。世界を救った英雄の話や恋話などなどいろんな話を人々に伝え、その報酬としてお金を受け取る職業である。似たもので吟遊詩人がいる。
語り手は十分に人が集まったと思って咳払いをして人々の注目を集めた。
「ええと、人は十分いらっしゃったみたいでそろそろ始めたいと思います。今日の話は皆様もよく知ってる話です。魔王を撃ち倒した剣聖と聖女の話です」
「は?」
自分の話に、アドリスは思わず足を止めた。




