第3話 剣さえあれば
魔王を倒した剣聖と聖女の話。
「俺らの話が物語りとして語られたのか」
人が住んでる村によくくるわけでもないし、語り手の話を聞いたこともなくて、自分の話がこうやって人々に語られているとは知らなかった。
「ちょっとだけ聞いてみるか」
アドリスは後世の人たちに自分はどんなふうに覚えられているのか気になった。アドリスは一番後ろに立って語り手の声に耳を傾けた。
「一度剣を振ると一〇〇人の敵を。二度剣を振ると山まで斬る剣聖が住んでいました」
なにバカな。盛りすぎたんだろ。剣を一度振って一〇〇人を斬られるか。あと、山はなんだ。俺山を斬ったことはないんだが。
「ある日、剣聖に聖女が訪ねてきました。聖女は剣聖に言いました。『剣聖よ、わたくしと力を合わせてこの世を乱れる魔王を倒しましょう』と。聖女の言葉を聞いた剣聖はなんの迷いもなく答えました。「当たり前です。僕が力になってあげます。一緒に魔王を倒してこの世に平和をもたらしましょう』」
俺が? 俺そんなふうに言ったことねえよ。脚色がひどいだろ。
この物語りの主人公であるアドリス本人の話とかなり、いや、ほとんど原作の面影が残っていない別物になっていた。
「そうして聖女と剣聖は魔王と死闘を繰り広げました。聖女の魔法と剣聖の剣術ならどんな敵でも敵いませんでした。剣聖が前方で攻撃すると、後ろで聖女が魔法で支援する最強のコンビでした。しかし、相手は魔王。侮れない相手でした。魔王は強くて、あの二人を相手に引けを取らなかったんです。むしろ、あの二人を圧倒するほどでした」
話が進むと進むほど雰囲気は高まり、人々は語り手の声に引き込まれていった。
「『このままじゃ勝てない』と聖女は思いました。あの圧倒的な魔王に勝てる方法を。そして、一つ方法を見つけた聖女は決断を下しました。自分の命を懸けると」
話を聞いていたアドリスは俯いた。過去の記憶が思い出したのだ。しかしそれと関係なく語り手の話は続いた。
「聖女は自分の命を引き換えに魔王を窮地に追い込みました。さっきと戦況が変わって初めて魔王の膝をつかせました。しかし、その反動で限界に達した聖女はとどめをさせなかったんです。その隙を逃さず魔王は聖女を狙いました。魔王は聖女に襲いかかって首を斬り落とそうとした瞬間、突然魔王の胸元から冷たい剣先が突き出ました。魔王の動きは止め、口からは血があふれました」
急展開に人々は騒ぎ始めた。騒ぎを落ち着くように語り手は咳払いをして言葉を続いた。
「魔王の背中から剣聖の冷たい声が聞こえてきました。『終わりだ』。剣聖は容赦なくそのまま魔王を真二つに斬り落としました。魔王は血を噴き出しながら倒れました。こうして剣聖と聖女は魔王を倒してこの世に平和をもたらしました。めでたしめでたし」
「よかった」
「剣聖かっこいい」
語り手の話が終わると、あちこちで感想が聞こえた。最後まで話を聞いたアドリスは人々の感想から背を向けた。話が終わった以上、ここにいる理由はなかった。
あの剣聖と聖女の物語は脚色がひどすぎる。剣聖と聖女が魔王を倒したこと以外には全部脚色が入って別物になっている。そんな話聞く価値がない、とアドリスは思った。
「あと何がめでたしだ。このクソやろが」
魔王との戦いで聖女と剣聖がそこで死んだ。世界に平和をもたらしたかもしれないが、平和のために二人は命を失った。それの何がめでたしだ。悲劇だ。
「俺はなぜか転生したが、あいつは」
考えると考えるほどイライラした。勝手に脚色した話をばらまく語り手とめでたしだと喜ぶ人々に少し腹が立った。しかし、だからといってあの人たちをどうすることはできない。もうあの日から四〇〇年という時間が過ぎたから。あと、英雄譚は人の都合のいいように変えられるものだ。だから、四〇〇年前の人であるアドリスはただ沈黙するしかなかった。
「早く帰ろ」
語り手の話を聞いたせいで、帰るのが遅くなってしまった。もし無視して帰ったなら、今頃家に着いただろう。
「帰って寝よう」
アドリスは村を出て自分の家のある森の中に入っていった。
******
幼い頃。俺はスラム街の孤児だった。親は魔族に殺されて、無力な子供にすぎなかった俺は生き延びるのに必死だった。腹一杯に飯を食われた日より、飢えに苦しむ日の方が多く、食べ物を手に入れても大人たちにいつも奪われてばかりだった。そのため、人を信じることはできなくなり、常に周りを警戒して生きてきた。
そんなある日、なんの力も持たなかった少年は初めて剣を手に取った。
「そのパンよこせえ! 聞こえねえのか!」
商店街で盗んだパンを奪おうとした。相手は三倍以上大きくて、少年が怯えるのも当然だった。だが、少年はパンを抱きしめたまま渡さなかった。
殴り殺されようか、飢え死にしようが、どうせ死ぬのは同じだ。
少年は限界だった。この残酷な生活にうんざりしていた。そのため、捨て鉢になっていた。
「よこせって!」
「いっ、いやだ」
少年がパンをよこさないと、その大人は無理やりにパンを奪った。
「このパンを俺のだ」
「返して!」
大人は少年の声を無視して背を向けた。少年に用は済んだかのように振り向かずに去っていった。
このまま奪われるわけにはいかねえ。でもどうすれば・・・。
少年は自分のパンを取り戻したかった。しかし方法がなかった。なんの力のない軟弱な少年が成人男性に勝てないから。
少年の腹からグーッと鳴り響いた。少年は自分の腹を抑えながら周りを見回した。すると、きらりと光るものが目に入った。それはわずかに錆びついた剣だった。剣を見た瞬間、少年はまるで何かに取り憑かれたかのように、ゆっくりと剣の方へ歩いていった。剣を拾った少年はすぐにパンを奪った大人に駆けて背中に剣を突き刺した。
「くああああっ!」
剣が突き刺さった部分から噴水のように血が噴き出してきた。大人は悲鳴を上げた。しかし、ここは悲鳴を上げても誰も助けに来てくれないところだった。
「このクソやろが!』
大人は振り返って少年を掴もうとした。だが、手が届く前に少年は素早く剣を引き抜いた。すると、さらに血が血が噴き出し、大人は倒れた。
「死んだ」
息をしない。人を殺した。両手にはまだ熱い血がついていて、心臓が高鳴る。
「俺のパン」
初殺人という罪悪感を感じる前に、大人に奪われたパンを拾ってむさぼり食い始めた。殺人という罪悪感をひもじさが勝ったのだ。
この日、少年は悟った。力のない自分でも剣があれば大人を殺せる。この剣さえあれば自分を守れるんだ、と。
あの日から少年は剣を離すことはなかった。




