第2話 ここ、どこだ
「あり得ねえ。こんな顔、俺は知らねえ」
アドリスは信じられなかった。水面に映った見知らぬ顔が実は自分の顔だなんて、受け入れるわけなかった。アドリスはもう一度手を動かしてみた。手だけではなく、顔や腕も動かしてみた。しかし、結果は同じだった。
「一体どういう。まさか魔王のやつ死ぬ前に呪いをかけたのか。いや、あいつ死ぬ時まで怪しい気配はなかった」
アドリスは爪を噛み締めながらつぶやいた。
「でも、水に映ったのは確かに俺だ。俺の顔とはかなり違うけど・・・・・・ふむ、この方が前の方よりイケメンかも」
傷だらけで埃がついているけど、元の自分の顔よりかっこよかった。しかも、若いからか前よりやけに体が軽い感じがする。
「一体どういうことだ」
アドリスはこの小川を探した理由も忘れたまま、しばらくぼーっとして水面に映った自分の顔を見つめていた。
「キャアアアア!」
どれだけ時間が経ったんだろうか、突然森の中から悲鳴が響き渡った。アドリスは水面から目を離して悲鳴が聞こえたところに顔を向けた。
「近くに人がいるのか。この状況を聞くチャンスだ」
アドリスはパッと立ち上がり、悲鳴の音がした方へ向かって走っていった。鬱蒼とした木々を通り抜けると、木が上えていない空き地が見えてきた。アドリスは木々の間に隠れて状況を見守った。
「あれは魔獣か」
黒い毛の狼に似た魔獣六匹が丸く囲んできた。その中心には長い金髪の幼い少女と少女の父に見える男が抱きしめ合っているのが微かに見えた。
「あの人に情報を聞き出せばいいだろう」
今なに一つもわからない状況の中、ちょっとした情報でも必要だった。
「そのためには、まずあの二人を助けないと」
アドリスは周りを見渡した。今、剣を持ってないので剣の代わりになるものが必要だった。草むらの中を見回すと、木の枝が一つ目に入ってきた。アドリスはその木の枝を拾って試しで振るってみた。
「これいいね」
程よく硬いし、木の枝の割にはバランスが取れていて握り心地がいい。元使っていた剣より短いけど、今はこれで十分だった。
「じゃ行こっか」
アドリスは木の枝持って魔獣の群れに向かって歩いていった。
「ヒイイィッ、父ちゃん!」
魔獣の群れに囲まれた少女と父。長い金髪の幼い少女が父を抱きしめて恐怖に震えていた。魔獣の囲みが縮まってくるたびに、父の腕を回した娘の腕にさらに力が入っていった。こんな状況の中で、娘を守れない無力感に父は空を見上げて心の中で祈った。
神様、僕はどうなっても構いません。僕の娘だけは助けてください。
そう祈って目を開けると、森の中から木の枝を持った少年が一人出てくるのが目に入ってきた。
「あの子は誰だ。おい、ここは危ないんだ! ここから逃げて!」
「今、誰に向かって逃げるっていうんだ。こんな魔獣を相手に逃げるくらいなら、舌噛んで死ぬのマシだ」
アドリスの口角が上がっていた。片手に木の枝を持ったまま父と少女の方へゆっくりと歩いていった。アドリスの登場に、魔獣たちは一斉に彼に向かって歯を剥き出しにして威嚇した。しかし、アドリスは止まらなかった。ここに魔獣など存在しないかのように、魔獣たちの間をゆっくりと歩いて父と少女に近づいていった。
自分たちの威嚇にもアドリスが止まらないと、群れの頭に見える魔獣が彼に飛びかかった。大きく口を開けてアドリスを一口で喰らう勢いだった。命を取られるかもしれないのに、アドリスは顔を向けなかった。父と娘に目を固定していた。やがて、魔獣がアドリスを喰らえるほど距離が縮まってそのまま彼を喰らおうとした瞬間、アドリスが木の枝を軽く振り下ろした。なんの変哲もない普通の剣の振りだった。しかし、その普通の一撃で魔獣の肉体は綺麗に真二つに斬られた。
「バ、バカなあ・・・」
信じられない光景に、父は驚愕を禁じ得なかった。ただ木の枝を振り下ろしただけだ。それだけなのに、魔獣が真二つに斬られた。魔獣の皮は鋼でも簡単には斬れないのに、あの少年はありふれた木の枝で魔獣を斬り落とした。自分の目で直接見た光景なのに、あまりにも信じられなくて自分の目を疑った。
こんなあり得ない技を披露したのに、アドリスは気に入らないと言わんばかりに舌打ちをした。
「この体、思った以上に腕足が短いな。元の体ならもっと綺麗に斬れるのに」
アドリスは物足りなさそうに自分が斬った魔獣を見下ろした。
「まあすぐ慣れるだろう・・・それより」
アドリスの目は他のところに向けた。魔獣たちが唸り声を上げながらアドリスを睨みつけている。しかし、自分たちの頭がやられたことを目にして脅威を感じたのか唸るだけで飛びかかれずにいた。
「おまえら死にたくねえならさっさと消えろ」
アドリスは鋭く睨みながら警告した。低くてゾッとする声が響き渡った。最初はなんの反応がなかった。しかし、一匹が退くと、他の魔獣たちも次々と退いていった。やがて、父と娘を囲んでいた魔獣たちが完全に消えると、アドリスは木の枝を地面に投げ捨てた。
「雑魚たちが調子に乗りやがって」
アドリスは手をパンパンと払った。そして父と娘の方へ歩き、彼らの前に立ち止まった。娘はまだ恐怖に体を震え父にくっついていて、父は娘を抱きしめてアドリスを見上げていた。
「助けてくださってありがとうございます」
「ん? あ、うん」
父の感謝に、アドリスはそっと目を逸らして答えた。実はこの二人を助けるという純粋な気持ちでやったわけではなかった。ただ、この親子から情報を聞き出す価値があったため、助けたわけだった。それが目的でやったことなのに、こう感謝をもらうとなん騙しているような気がした。
「傷がひどいです。森を抜ければ村があります。そこで治療を」
「あ、いいよ。大丈夫だから。こんなの水で洗って一晩寝ると治るから」
そういや、小川で傷洗うの忘れていた。まあ、後でやるか。
「それより、一つ聞こう」
「はい」
父は緊張して体と声がすごく固めていた。アドリスは父と目線を合わせしゃがみ込んできた。
「ここ、どこだ」
「・・・はい?」
アドリスの問いに、父は思わず聞き返してしまった。




