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第1話 魔王討伐

「クッソ!」


 魔王城の毒気を吸い込みすぎたせいか、視界がぼやけて手に力が入らない。早く立ち上がってあの憎らしいやろを斬らないといけないのに、体が動かない。


「あともうちぃっとなのに。クッソ!」


 彼は唇を強く噛み締めた。あまりにも強く噛み締めたため、赤い血が流れてきたが、そんなのどうでも良かった。

 魔王の討伐のため全てを懸けた。その結果、魔王を窮地に追い込むことに成功したが、彼もまたもう限界に達していた。


「人間如きがここまでやれるとは。見事だな。ここまでやられたのは初めてだ」


 聞くだけで体がゾッとする声が響き渡った。


「聖女の支援があったといえ、お主はこの俺をここまで追い詰めた」

「・・・だまれ」

「さすが剣の頂に立つもの。歴代剣聖の中で最もその名にふさわしいのはお主だ。この俺がお主を認める」

「だまれぇ!」


 憎らしい声。聞くだけで吐き気がする。

 彼は最後の力を振り絞って自分の前に落ちた剣を手に取った。苦しみに悲鳴を上げる体を剣で支えてフラフラになりながら立ち上がった。そして手に握った剣を魔王に向けた。


「お前は俺が必ず殺す」


 最後の最後の力まで振り絞って剣を強く握った。

 魔王ももう限界で動けないはずだ。この一撃でとどめを刺す。

 彼の目には相打ちの覚悟が宿っていた。彼は鋭く魔王を睨み、呼吸を整えた。剣先の微かな震えが収まり、猛烈な速度で魔王に突進した。


「うあああああっ!」


 喉が張り裂けるほどの気合と共に、彼の剣は魔王の心臓を貫いた。魔王はふらつきながら膝をついた。口から血を吐きながらも相変わらず笑っていた。


「これでこの俺を殺したと思うな。必ず戻ってくる。必ず戻ってこの世を滅ぼすのだ。その時が来たら、お主を先に殺してやる」

「うるせえ」


 彼は心臓に突き刺さった剣を肩甲骨のあたりに斬り上げて抜き取った。斬り払った剣の軌道からは魔族特有の紫の血が噴き出してきた。命を絶たれた魔王は力なく倒れた。目を閉じる瞬間まで、魔王は笑っていた。


「気持ち悪いやつ」


 彼はまるで汚いものを見るような目で魔王の死体を見下ろした。


「こんなことしてる場合じゃねえ。早くあいつを・・・クッ」


 全身に激しい痛みが襲ってきた。彼は手に握った剣すら落として倒れた。

 指一本動けない。意識が遠ざかっていく。このまま死ぬのか。

 攻撃の反動で体に力が入らなかった。全身が針に刺されたような痛みに包まれて動けなかった。遠ざかっていく意識の中でも彼はあそこに倒れている女から目を離さなかった。


「・・・・な」


 彼の口から微かな声が漏れた。


「すまねえ。お前との約束は・・・結局・・・・・・」


 言葉は最後まで続けられないまま、彼は目を閉じた。


 三十九代剣聖。アドリス・ヅ・アングリア。七百十三年。三十七歳で聖女と一緒に魔王を倒して世界を救った英雄。と記されたけれど・・・剣聖アドリスは目を開けた。


「こ、ここどこだ」


 青い空。きっとさっき魔王城で倒れたはずなのに、なぜだろうか暗い天井じゃなく、青空が見えた。周りを見渡すと、鬱蒼とした木々が生い茂っている。


「ここが、あいつが言った天国・・・うあっ、痛っ」


 体をちょっと動くだけで激痛が襲ってきた。


「俺、まだ生きてんのか」


 痛みを感じるところ、どうやらまだ生きているようだ。


「あいつは・・・あいつはどうなった」


 アドリスは痛みに耐えて立ち上がって周りを見渡した。体を動くたびにウズウズとしたけど、動けないほどではなかった。


「誰もいないのか。っつか、なんかいつもより低く見えるんだが、気のせいか」


 違和感を感じるのは視界だけではなかった。腕や脚も、全体的に小さくなったような感じがした。


「ふむ、魔王との戦いで感覚が壊れちまったのか」


 後のことを考えず激しく戦っていたから、感覚が壊れるのも無理ではなかった。


「まあよくなるだろう。まずは傷を洗わないと。あいつにまた叱れたくないからさ」


 アドリスは傷だらけの体を引きずって小川を探しに出た。少し歩くと、遠くから水の流れる音が聞こえてきた。音がする方へ行ってみると、そこには小川が流れていた。アドリスは小川辺りに膝をつき顔を洗うため手で水をすくった。顔に水をかけるために覗き込むと、水に見知らぬ顔が映った。

 誰がきたのか。今の状況を聞くチャンスだ。

 と思ったアドリスはすぐに振り返った。しかし後には誰もいなかった。


「なんだ。見間違えたのか」


 アドリスは首を傾げ、再び小川の方へ顔を向けた。するとさっきの顔がまた水面に映った。


「誰だ!」


 今度こそ逃さないという意思でアドリスは手を伸ばしながら振り返った。しかし、やっぱり後ろには誰もいなかった。


「マジでなんだ。まさか幽霊が」


 そう思うと、急に背筋がゾッとした。


「そ、そんなわけねえか。まだ昼だし。さっさと傷を洗おう」


 アドリスは小川の方へ顔を向けた。するとまた水面にさっきの顔が映った。十代の若い少年の顔。アドリスは無視して水をすくおうと手を動かした。


「あら、こいつも動くんだ」


 アドリスが手を動くと水面の少年も同じように手を動かした。不思議に思ったアドリスは試して手を動かしてみた。すると、まるで鏡のように水面に映った少年も同じように手を動かした。


「・・・なんだ。なんだこれ。なんでこいつ俺の動きを。・・・まさか、これ俺なの?!」


 水面に映った顔はアドリス本人の顔だった。


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