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作者への反逆〜転生したので、春の運命を書き換えてみせます〜  作者: 太幽


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第7話「鬼ヶ島の真実」

第7話「鬼ヶ島の真実」


一:鬼ヶ島への道


海を渡り、鬼ヶ島へ向かう船の上。


光、弥助、衛門、時雨、そして椿の五人は、それぞれの思いを胸に、水平線の向こうを見つめていた。


潮風が顔を叩き、波しぶきが甲板を濡らす。海鳥の鳴き声が、やけに遠く聞こえた。波に揺られるたび、心も一緒に揺さぶられるようだった。甲板に立つ足裏から、不安定な振動が伝わってくる。まるで、これから向かう島そのものが、彼らの足元を揺るがそうとしているかのように。


「鬼ヶ島……いよいよだな」


光が、静かに呟いた。その声には、少年の興奮と、拭いきれない緊張が混ざっている。


「ああ。俺たちの村を襲った鬼を、必ず討つ」


弥助も、拳を握りしめる。その目は、山で培った野生の輝きに満ちていた。


衛門は何も言わず、ただ遠くを見つめていた。時雨もまた、無言で海を見つめている。その目には、七年間抱え続けた復讐の炎が、静かに、しかし確かに燃えていた。


椿は、そんな四人の背中を、立ったまま見つめていた。指先が冷たい。潮風のせいだけではない。心臓が、嫌な予感を告げるように、ゆっくりと、重く脈打っている。


(この船は、鬼ヶ島に向かっている。そして、あの島で待っているのは——)


頭の奥で、文章がチラつく。何度も読み返した『時雨の焼印』の一節。漁村の焼け跡。痩せ細った子供たち。自分たちを「鬼」と呼ぶ声。そして、光が膝から崩れ落ちる場面。


(あれは、もうすぐ、この目で見る「現実」になる)


椿は、自分の手を見つめた。指が、微かに震えている。この手は、何も変えられない。何も止められない。


(この真実を知らなければ、光は「誰も鬼にしない」と誓わない。時雨も、復讐の虚しさを知り、新しい道を選ばない。歴史を変えれば、喜備丸は生まれない。「時雨の焼印」も、未来に紡がれない)


理屈では、わかっている。わかっているのに——。


(でも、これから目の前で、みんなが傷つく。それを見ていることしか、私にはできない)


波の音だけが、彼女の問いをかき消していく。答えなど、最初から出ないと知っていた。


二:漁村の惨状


鬼ヶ島へ向かう道すがら、一行は鬼によって滅ぼされた小さな漁村に立ち寄った。


家々は焼け落ち、炭になった柱からは、まだ煙がくすぶっている。かつて人が暮らしていた痕跡が、無残な姿をさらしていた。焼け焦げた漁網。ひっくり返った船。誰もいない。


弥助は、村の入り口で足を止めた。風が、焦げた木と、生温かい鉄の匂いを運んでくる。彼の鼻が、わずかにひくついた。


「この匂いだ……! あの家で嗅いだ匂いと同じだ!」


光は、拳を強く握りしめ、歯を食いしばった。


「鬼め……! なんてことを……!」


時雨は、ただ黙って、村の惨状を記録するかのように、隅々までその光景を目に焼き付けていた。その瞳には、一切の感情が宿っていないように見えた。


椿は、焼け落ちた家の隅で、ひっくり返った揺り籠を見つけた。中は空だった。小さな、手作りの揺り籠。誰かが、心を込めて編んだ跡がある。


彼女は、手を伸ばしかけて——止めた。指先が、揺り籠に触れる寸前で、凍りついたように動かない。触れてしまったら、泣いてしまいそうだったから。そのかわりに、彼女は揺り籠の縁に残った、小さな手形のような煤の跡を、ただじっと見つめた。


(この村は、鬼に滅ぼされた。でも——本当は、鬼じゃない。生きるために必死だった、ただの人間たちだ)


彼女は、唇を噛みしめた。血の味が、口の中にじんわりと広がる。


(この村の人たちも、鬼と呼ばれた者たちも、みんな——ただ生きたかっただけだ。それなのに、私は)


椿は、震える手を握りしめ、俯いた。目の奥が、焼けるように熱い。


(今はまだ、言えない。言ってはいけない。言ったら、すべてが終わる)


衛門が、その姿をじっと見つめていた。その目は、全てを見通す知将の目だった。


(春……お前は、何を見ている)


三:鬼の正体


ついに鬼ヶ島に上陸した一行は、島の中枢へと進んでいった。


しかし、そこで彼らが見たのは、想像とは全く違う光景だった。


食料を好き勝手に飲み食いする盗賊の姿はなく、そこには飢えと疲労で今にも倒れそうな老人や、痩せ細った子供たちがいた。


ひび割れた大地から生えた雑草を口にする子供。その頬はこけ、目だけが異様に大きい。凍える体で互いに寄り添い合う老人たち。彼らの目は虚ろで、もはや生きる希望すら失っているかのようだった。


光は、自分の足が止まるのを感じた。言葉を失い、ただその光景を見つめている。


(これは……あの飢饉の村と同じだ……)


目の前で、一人の子どもが地面にしゃがみ込み、雑草を引き抜いている。子どもはその根についた土を、服の裾で拭いもせず、そのまま口に入れた。噛む。ジャリ、と土の混じった音がした。子どもは顔をしかめもせず、ただ黙って噛み続けた。飲み込む。また噛む。その間、子どもは一度も光を見なかった。


光たちを見て、周りの者たちは震え上がった。母親にしがみつく小さな子どもが、か細い声で泣き叫んだ。


「かぁちゃん、怖いよ……鬼が攻めてきた……」


その言葉が、光の頭の中で、雷鳴のように響き渡った。


「俺が…鬼……?」


その瞬間、光の脳裏に、これまでの旅路の光景が走馬灯のように駆け巡った。


村の飢饉。十兵衛の家の惨状。隣村の娘の死。食料庫の前で、鍬を握ったまま倒れていた、あの若い女。そして、自分たちが斬り倒してきた「鬼」たちの悲鳴。


すべての記憶が、一つの真実を突きつけた。


自分たちが「鬼」と呼び、斬り捨ててきた者たちは、ただ生きるのに必死な貧困民だった。


衛門もまた、その事実に静かにたどり着いた。彼は最初から、そうではないかと疑っていた。自分のように、何かを失い、生きるために必死になった人間たち——それが鬼の正体なのではないかと。その予感が、今、確信に変わった。


弥助も遅れて、真実を理解した。彼の嗅覚は、最初からわかっていた。人間の、恐怖と絶望の匂い。獣のそれとは違う、もっと哀しい匂い。わかっていながら、目を背けていた自分を、彼は心の底から恨んだ。


時雨は、目の前にいるのが、破壊と殺戮を好んで行う集団ではなく、飢えに苦しむ罪なき人々であることに気づいた。それは、かつての自分と同じ——生きるために必死な人々の姿だった。


彼女の復讐は、思っていた敵との対峙ではなく、ただ生きるのに必死な貧民を相手にしていたという事実を、容赦なく突きつけた。


椿は、その光景を、目を逸らさずに見つめていた。いや、見ていることしかできなかった。


(これが、鬼ヶ島の真実。あの人が書いた、この物語の核心)


彼女は、光が膝から崩れ落ちるのを見た。


「……俺は……俺は一体……何を……」


その声は、震えていた。彼の瞳からは、大粒の涙がとめどなく溢れ出した。地面に手をつき、声を殺して泣く。その背中が、激しく震えている。


椿は、一歩踏み出そうとした。でも、足が動かない。地面に縫い付けられたように。手を伸ばしたくても、指が凍りついたように動かない。喉の奥で、言葉が詰まって、息さえも通り抜けられない。


(私に、何ができる? 今ここで「知っていた」と言えば、光はもっと傷つく。「知っていて黙っていたのか」と、責められるだけだ)


(それでも——何も言わないのは、もっと残酷なんじゃないのか。今、この手を伸ばさないで、いつ伸ばすんだ)


彼女の唇が、震えた。でも、言葉は出てこなかった。喉の奥で、何かが詰まっている。


代わりに、涙だけが溢れた。自分でも理由のわからない涙が、止めどなく頬を伝っていく。


(ごめん……ごめん、光……)


彼女は、その場に立ち尽くすしかなかった。自分の無力さが、情けなくて、悔しくて、息ができなかった。


衛門は、そんな椿の姿を、黙って見つめていた。その目には、確信に近い疑念が、静かに宿っていた。


(春……お前は、この光景を知っていたな)


四:頭領との対峙


一行が呆然と立ち尽くす中、島の中心から、一際大きな男が現れた。


分厚い熊の毛皮をまとい、その顔には深い傷跡が刻まれている。数多の戦いをくぐり抜けてきた者だけが持つ、凄みと哀しみを併せ持った眼差し。


鬼の頭領だった。


「その顔! お前だ……見つけたぞ!」


時雨の声が、静まり返った空間に響き渡った。


彼女は憎しみを滾らせ、剣を振りかざして頭領に襲いかかった。しかし頭領は時雨の攻撃を受け止めると、まるで子どもの遊びを見ているかのように静かに、そして圧倒的な力で時雨を制した。


「小娘、何故我を攻撃する?」


「私を忘れたか! お前は私の父と母を、私の目の前で殺した! 私は都で栄華を誇った、あの貴族の娘だ!」


その言葉を聞いた頭領の表情に、ようやくかすかな動揺が走った。彼は時雨の顔をまじまじと見つめ、記憶の糸を手繰り寄せるように、ゆっくりと目を細めた。


「ああ……そういう事か……」


頭領から放たれた次の言葉が、時雨の心臓を凍らせた。


「あの時の生き残りか…貴様の父は、我らの苦しみを嘲笑うように食料をため込んでいた。我々を馬で踏みつけ、餓えで苦しむ我らを見ては笑い、楽しんでいた。我らからすれば、貴様の一族こそが鬼だったのだ」


「…え…?」


「鬼とは、人を苦しめながら、それに気づかぬ者のことだ」


時雨の中で、音を立てて何かが崩れた。七年間、彼女を支え続けた復讐の炎が、激しく揺らぐ。


椿は、唇を噛みしめながら、その光景を見つめていた。時雨の背中が、小刻みに震えている。


(時雨……あなたはこれで、復讐の虚しさを知る。自分の一族が、奪う側だったという真実に、打ちのめされる)


(ごめん——止められなかった。いや、止めるべきじゃなかった。これが、あなたの「再生」の始まりだから)


でも——その理屈が、今の彼女の心を少しも軽くしてはくれなかった。時雨の涙を見た瞬間、そんなものは全て吹き飛んだ。


(私は……最低だ。全部知ってて、平気な顔で、ここに立ってる)


頭領は続けた。


「すまん……おそらく私の弟が、そなたの家族を奪った。あの男は、飢えを満たすことだけでなく、快楽のために命を奪うようになった……もはや、人の心を持たぬ本物の鬼のような人だ」


頭領は、その場で弟を捕らえ、時雨の前に引き出した。弟の目は、虚ろで、それでいて獣のような飢えを湛えていた。


「是非も無し……か……時雨とやら、そなたの手で……この悲劇を終わらせてくれ」


時雨は、震える手で剣を振り下ろした。


復讐を遂げた彼女の心は、しかし満たされることはなかった。剣が肉を断つ音は虚しく響き、血の温かさが彼女の手に広がる。その温かさは、団子をこねた時の粉の温かさとは、全く違っていた。あの日、手のひらで感じた温かさは、誰かのために何かを作ろうとする、優しい熱だった。でも、この血の温かさは——ただ、奪うだけの熱だった。


そして復讐が彼女に与えたのは、決して消えることのない虚しさと絶望だった。彼女は自分の右手を見つめ、その血の感触に、ただ立ち尽くしていた。


椿は、時雨の震える背中を見つめながら、心の中で叫んでいた。


(ごめん、時雨。本当にごめん。あなたのこの苦しみは、私も知ってる。文字で、何度も何度も読んだから。でも、こんなに——こんなに生々しいものだったなんて…甘かった——)


彼女は、自分に言い聞かせた。これが、あなたの「始まり」なんだ。この苦しみの先に、あなたの幸せがある。でも、時雨の涙を見た瞬間、そんな理屈は音を立てて崩れ去った。


(私は……最低だ)


椿は、自分の手のひらに爪を食い込ませた。血が滲む。痛い。でも、その痛みだけが、彼女を現実に繋ぎ止めていた。


衛門が、その手をじっと見つめていた。


五:弥助の言葉


重く沈んだ空気の中、いつも陽気で明るい弥助が、静かに口を開いた。


「なぁ、過ぎたことを悔やんでも、やり直しがきかないのが人生だ。犠牲になった人たちが、それで蘇るわけでもねぇ」


その言葉の重みに、光と衛門は言葉を失った。弥助の声は、いつもの軽やかさとは違った。まるで、山の奥深くから響いてくるような、静かで、確かな響きがあった。


「ならば、この屍を乗り越えて、これから先どうするかが重要なんじゃねぇの?」


弥助の言葉は、過去を悔やむのではなく、未来へ目を向けろという力強いメッセージだった。


椿の中で、何かが弾けた。


——これだ。


【「過ぎたことを悔やんでも、死んだ人は戻らない。ならば、この屍を乗り越えて、これから先どうするかが重要なんじゃないか」】


(『時雨の焼印』第8話:鬼の真実と新たな決意)


活字で読んだ、あの言葉。何度も何度も読み返して、そのたびに胸が熱くなった、弥助の言葉。それが今——彼の声で、彼の息遣いで、彼の眼差しで、私の耳に、心に、直接響いている。


目の奥が、一瞬で熱くなった。鼻の奥がツンとして、視界が歪む。


(これが、私が弥助を好きになった言葉だ。本編で、何度も何度も読んだ。文字で読んで、そのたびに胸が熱くなった。でも——)


実際に、この耳で聞く弥助の声は、全く違った。文字にはない、息遣いがあった。間があった。仲間を想う、温かい眼差しがあった。


(読んでいる時と、実際に見てる瞬間と、全然違う。こんなの……苦しいに決まってる……)


椿は肩を震わせ、歯の根が合わないほど震え、ただ泣いていた。声を殺して、みんなに気づかれないように。でも、涙だけは止めどなく溢れて、彼女の頬を濡らした。


衛門が、こちらを見ている気配がした。でも、顔を上げられなかった。今、この涙の理由を問われたら、自分は何も答えられない。そう思うと、怖くて仕方なかった。


光は、顔を上げた。その目には、絶望ではなく、新たな決意の光があった。


「……ああ。俺は、もう誰も鬼にしない。誰も鬼にさせない。この悲劇を終わらせるんだ」


時雨も、涙で濡れた顔を上げた。その目には、復讐の炎の代わりに、静かな決意が宿っていた。


椿は、その光景を、涙で滲む視界で見つめながら、心の中で呟いた。


(弥助……あなたのその言葉が、みんなを救った。本編でも、そして今も)


(私は、どうしたら良かったんだろう。何もできなかった。シナリオ通りに進んだ。最高に綺麗な形で、最も残酷に)


(それが、正しかったのかどうか、今もわからない。きっと、一生わからない)


彼女は、弥助の背中を見つめた。いつも陽気で、仲間を笑わせてばかりいる男。でも、一番つらい時に、一番大切な言葉を口にできる男。


(私も、いつか——こんなふうに、誰かを救える言葉を言えるようになるのかな)


今の彼女には、まだ何も言えなかった。ただ、黙って、みんなの背中を見つめることしかできなかった。それが、影の戦士の、唯一の役割だった。


六:影の重み


その夜、一行は鬼ヶ島の浜辺で焚き火を囲んでいた。


誰も口を開かない。光は膝を抱え、弥助は空を見上げ、衛門は目を閉じ、時雨はただ炎を見つめていた。無意識に、彼女の左手が、右手首の火傷の痕をなぞっている。


——その仕草を見た瞬間、椿の脳裏に、母、幸の言葉が過った。


「私もね、同じことをしていたの。宗助を産んですぐの頃、何もかもが不安で、夜になると自分の手首をなぞっていた。生きていることを確かめるように。この手で、この子を守れるかどうか、確かめるように」



(母ちゃん……)


あの火傷は、時雨が初めて「誰かのために」何かをした証だ。そして、その仕草は——母から娘へと受け継がれる、無意識の祈りだった。時雨の中に、確かに「継承」されている。母ちゃんの祈りが、時雨の指先に、今、宿っている。


その仕草が、椿の胸を締め付けた。


椿もまた、何も言えずにいた。口を開けば、自分が「知っていた」ことを、全て話してしまいそうで、怖かった。


(この真実も、鬼の正体も、頭領の弟が時雨の仇だということも、すべて。それなのに、私は黙っていた。歴史を変えれば、喜備丸は生まれない。時雨の焼印も未来に紡がれない。だから——)


(でも、それでいいのか? 私が黙っていることで、光も、時雨も、弥助も、衛門も——こんなに苦しんでいる。その苦しみを、私は最初から全部知っていたのに)


彼女は、焚き火の炎を見つめた。炎が揺れるたび、彼女の心も揺れた。炎の中に、今日見た光景が、何度も蘇る。


そして——別の映像も。


(父さんの病室。白い壁。規則的な機械の音。点滴の滴る音。そして、ビデオ通話越しに「お前は俺の誇りだ」と言ってくれた、あの声)


(『時雨の焼印』を読んでいた自分の部屋。布団にくるまって、スマホの画面をスクロールしながら、弥助の台詞に泣いた夜。春の死に怒り、ページを閉じては、また開いた夜)


(私は、あの頃——ただの読者だった。知っていても、何もできなかった。でも、それでよかった。だって、物語の中の出来事だったから)


(今は違う。ここは、私の「現実」だ。それなのに、私はまだ、ただの読者のように振る舞っている。知っているのに、黙っている。それが、正しいことだと信じて)


炎が、彼女の瞳の中で揺れた。


(でも——本当に、それでいいのか?)


「……春」


衛門の声だった。


椿の心臓が、大きく跳ねた。全身の血が、一瞬で凍りつくような感覚。


「……はい」


声が掠れた。顔を上げることができない。


「いつになく動揺してるな…何かあったか?」


衛門の目が、じっと椿を見つめる。その目は、かつて都で数多の謀略を見抜いてきた知将の目だった。誤魔化しは、一切許されない目だった。


「……何も」


「嘘をつくな」


衛門の声は、静かだった。でも、その静けさが、かえって彼の確信の深さを物語っていた。


「お前は、この島に着く前から、何かを知っていた。漁村の惨状を見ても、他の者ほど動揺していなかった。鬼の正体を知っても、驚きが薄かった。時雨が仇を討つ時も、お前だけは——すべてを知っているような目で見ていた」


椿は、唇を噛んだ。何も言えなかった。言えるはずがなかった。


光が、顔を上げた。その目は、怒りと困惑で揺れていた。


「……衛門、そんな訳ないだろう…春は俺が生まれた時からずっと一緒だった。そんな情報得られる訳…」


弥助は、何も言わず、ただじっと椿の横顔を見つめていた。いつもの軽口も、茶化しもない。ただ、真剣な眼差しで、彼女の次の言葉を待っている。


時雨の手が、膝の上で微かに震えていた。彼女は何も言わない。でも、その目は、じっと椿を見つめている。同じ「影」を生きる者として、彼女は何を感じているのか——椿には、それを知る術がなかった。


四人の視線が、椿に突き刺さる。焚き火のパチパチという音だけが、沈黙を埋めていた。


椿は、俯いたまま、小さく頷いた。


——もう、逃げられない。


その事実だけが、彼女の心の中で、冷たく、確かに響いていた。


【次回予告】


(——やっちまった)


「衛門さんに、バレた。いや、バレてたんだろうな、ずっと。あの人の眼力、本編で読んでた時も『怖っ』って思ってたけど、生で向けられるとマジで心臓止まるかと思った」


「桃太郎も、最初はかばってくれた。優しい。弟よ、お前は優しい。でも、だからこそ——これから本当のことを知った時、お前がどんな顔をするか、想像するだけで胸が痛い」


「弥助は……何も言わなかった。いつもなら茶化して場を和ませるあの男が、ただ黙って私を見てた。その沈黙が、逆に重い。お前、そういうとこだぞ。そういうとこが、私の推しなんだよ……」


「そして時雨。同じ『影』を生きる者として、お前は今、何を思っている? 私がずっと黙っていたことを、許せるか? それとも——」


(ああ、もう。考えるだけで胃が痛い。でも、逃げられない。次回、私はついに、すべてを話すことになる)


「知っていたんだ、全部。鬼の正体も、頭領の弟が仇だってことも。そして——私が『春』じゃないってことも」


「次回、第8話『共犯の誓い』。影の戦士の、最も長い夜が始まる」


「……みんな、ごめん。そして、聞いてほしい。これは、私が私として生きるための、最初の一歩なんだ」


---


【第7話・完】

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