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作者への反逆〜転生したので、春の運命を書き換えてみせます〜  作者: 太幽


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第19話「父の誇り」

第19話「父の誇り」



天正二十年、夏。


秀吉の天下統一が成り、日本全土に「安堵の光」が灯った。戦乱の世は終わりを告げ、人々は久方ぶりの平和を噛みしめていた。村にも笑顔が戻り、子供たちの無邪気な声が田畑に響いている。


だが、椿の心は晴れなかった。


衛門の体が、日増しに弱っている。誰の目にも明らかだった。あれほど凛と伸びていた背筋は丸みを帯び、刀の手入れをする手も、時折小刻みに震えるようになっていた。話す声も、以前よりか細くなり、時折、深く息を継ぐようになっている。


(もうすぐだ。本編で読んだ、衛門の最期が近づいている)


椿は縁側から庭を眺めながら、胸の奥でそう呟いた。庭の片隅では、衛門が圓に宛てて書いたのであろう手紙の束を、大切そうに風呂敷に包んでいる。その手紙の文字は、衛門自身の筆跡ではなく——なぜか、異様に達筆だった。椿はその筆跡に見覚えがあった。『時雨の焼印』の挿絵に添えられていた、あの美しい文字。太幽の字だ。


(太幽……お前、歴史の成績1のくせに、字だけは誰よりも上手いんだから。そのギャップ、本当にわけがわからない)


「衛門さん、手紙、たくさん書いたね」


「ああ。圓に直接会いに行くことはできぬからな。せめて、言葉だけでも残しておきたかった」


衛門は静かに微笑んだ。その笑顔は、かつて都で名を馳せた武士のものではなく、ただ娘を想う、一人の父親のものだった。


「もうすぐ時雨が来る。圓も、一緒らしい」


「そうか……」


衛門は遠くを見つめ、小さく息を吐いた。再会の喜びと、残された時間の少なさ。その両方を噛みしめるような、深い吐息だった。



時雨と圓が村に着いたのは、それから数日後の、よく晴れた午後のことだった。


圓は黒装束ではなく、ごく普通の旅装束に身を包んでいる。くノ一としてではなく、一人の娘として父に会うために。その横顔には、かつての冷徹さはなく、どこか緊張したような、それでいて温かな色が浮かんでいた。


「圓、よく来たな」


衛門は縁側に座ったまま、娘を迎え入れた。立ち上がろうとするのを、圓が手で制する。


「父上、無理をなさらないでください」


「……ああ、すまぬな」


二人は並んで縁側に腰を下ろした。庭には夏の草花が咲き乱れ、陽射しが眩しい。風が吹き抜け、二人の髪を優しく揺らした。


椿と時雨は、少し離れた場所でその光景を見守っていた。


「圓、お前に渡したいものがある」


衛門は、傍らに置いた風呂敷包みを圓の手に乗せた。圓の両手にずしりと伝わる重み。それは、衛門が二十五年分の想いを込めて綴った、言葉の重さだった。


「これは……」


「私が、お前のために書いた手紙だ。二十五年分の、詫びと、感謝と、そして——父としての、精一杯の想いを綴った」


圓は包みを開け、中の手紙の束を見つめた。その束は、衛門が残された時間を削って書き綴った、彼の人生そのものだった。圓は一封を取り出し、そっと文面に目を落とす。そこには、異様なまでに美しい文字が並んでいた。一文字一文字が、まるで生きているかのように、紙の上で呼吸している。圓はその文字に見覚えがあった。秀吉のもとに届く、あの「影の戦士」からの密書と同じ筆跡——。


(この字……太幽の字だ。本編の挿絵で見た、あの美しい書体。書道家としての技術が、こんなところにも活きてる)


椿は、遠くからその手紙の文字を見つめながら、心の中で呟いた。彼女の目が、大きく揺れた。


「父上……」


「私は、お前に何もしてやれなかった。守ることも、傍にいることもできなかった。だが、これだけは信じてほしい。私は、お前が生まれたあの日から、ずっとお前を愛している」


【衛門は、懐からぼろぼろになった小さな産着を取り出した。それは、何度も握りしめられたかのようにくたびれていた。かつて桃色だった布地は色あせて判別も難しい。だが、かすかに残る刺し子の模様が、母親の愛情を物語っていた。】

(『時雨の焼印』第5話:衛門(桃太郎伝説の犬))


圓は、父の言葉を聞きながら、自分が今まさに手にしている手紙の束を見つめた。これが、父が二十五年間握りしめてきた「私」への想いそのものなのだ。衛門の声は、驚くほど穏やかだった。


「お前は、私の誇りだ」


圓の目から、涙が一筋こぼれた。彼女は何も言わず、ただ衛門の手を握り返した。二人の間に、言葉はもう必要なかった。



その夜、衛門は静かに息を引き取った。


まるで、圓の到着を待っていたかのように。父としての最後の務めを果たし、安心したかのように。庭から差し込む夏の陽射しが、衛門の顔を優しく照らしていた。風が止み、鳥の声も聞こえない。ただ、深い静けさだけが、その瞬間を包んでいた。彼の顔は、苦しみの跡もなく、ただ穏やかだった。


椿は、衛門の手を握った。まだ温かかった。その手は、忠助の頭を撫でた手であり、圓の手を握り返した手であり、そして——私の背中を押してくれた手だった。その温もりが消えるまで、彼女はただ、じっと衛門の手を握り続けた。


圓は父の遺体に寄り添い、声を殺して泣いた。時雨はその肩を抱いた。時雨の手は、冷たくも温かくもなく、ただ確かな重みで圓の肩を包んでいた。言葉はいらない。ただ、ここにいる——そのことだけを伝えるように。椿はただ立ち尽くすしかなかった。


(これが、歴史だ。衛門は、娘に「お前は私の誇りだ」と伝え、安らかに逝く。本編で読んだ、あの場面だ)


でも——その裏側で、椿は確かにここにいた。衛門と共に京へ向かい、圓との再会を見守り、そして最期の瞬間まで、彼の「仲間」として生きた。


「春」


声がして顔を上げると、圓が椿を見つめていた。その目は涙で濡れていたが、確かな強さを宿している。


「父上は、最期に言っていた。『椿に礼を言ってくれ』と。『お前がいてくれなければ、圓に会うこともできなかった』と」


「……衛門さん」


「私からも、礼を言う。父上を、私に会わせてくれて、ありがとう」


椿は何も言えず、ただ圓の手を握り返した。胸の奥が熱くて、言葉にならなかった。



衛門の葬儀は、村人たちによって質素に営まれた。


圓は、父の棺に、あのぼろぼろの産着を入れた。二十五年間、衛門が肌身離さず持ち続けた、唯一の手がかり。桃色だった布地は色褪せ、刺し子の模様も薄れかけている。でも、その布には、衛門の人生そのものが染み込んでいた。


その産着を握る圓の手は、衛門の手と同じように、節くれだっていた。くノ一としての戦いの中で硬くなった手。血に塗れた手。でも今は、父の遺した温もりを受け継ぐ手だった。圓は産着を握りしめたまま、長い間、その場を動かなかった。手放したくない。でも、父のもとへ返さなければ。その葛藤が、彼女の指先を震わせていた。


「これで……ずっと一緒にいられるね、父上」


圓の声は、涙で震えていた。


椿は、その光景を遠くから見つめながら、心の中で呟いた。


(衛門さん、あなたは最後まで、父親だった。圓を想い、圓に愛され、圓の誇りとして生きた。それは、本編で読んだ通りだ。でも——私は知ってる。あなたが時折見せていた、少し抜けたところも)


彼女は、衛門との最後の会話を思い出していた。


「あのね、衛門さん。ずっと言おうと思ってたことがあるの」

「なんだ」

「あなた、何年経ってもずっと『二十五年』って言ってたよね。時雨の焼印の物語でもそうだったけど、実際はもう少し経ってるんじゃない?」

「……あ!本当だ!…俺は…なんでこんな簡単なことに気づかなかったのだ」


椿はにこやかに笑いながら答える。


「それはね…太幽が計算間違えてずっと25年てあなたの台詞として書いたからよ…時代が流れてるのに、彼の中では初めて弟と会った時のままの勢いで書いてたのでしょうね」


「俺は…操られてるのか?」


「人の人生って、実は生まれてから死ぬまで、神様の筋書き通りに決まってることかもしれないよ?この世界は、たまたま太幽だった…そう思いましょ」


衛門は椿の突飛した話に少し混乱していた。


「だいゆう…?ところどころ聞いたことあるような…ないような…」


「…文句なら天国行く前に太幽の所に行くといいわ」


あの時の、きょとんとした衛門の顔。椿は、涙でぐしゃぐしゃの顔のまま、小さく笑った。


(そうだ。あなたは、ただの完璧な軍師じゃなかった。ちょっと抜けてて、娘のことになると周りが見えなくなって、でも誰よりも仲間を大切にしてた。私は、そんなあなたを知ってる。本には書かれていない、本当の衛門を)



その後、圓は表向きは秀吉の側近として、裏では椿たちの「見えない手」として、歴史を動かし続けた。


彼女は、父の墓前に定期的に手を合わせ、手紙の束を読み返しては、涙を流した。その手紙には、衛門が伝えたかったことのすべてが詰まっていた。そして、その手紙の文字は、いつまらず美しく、紙の上で生き続けていた。圓はその文字を指でなぞりながら、父の声を思い出していた。


圓が任務で京を離れる前の日、椿は圓と二人で衛門の墓の前に立っていた。


「圓、これからも大変だと思うけど、無理しないでね」


「ああ。お前もな」


圓は少しだけ口元を緩め、それから思い出したように言った。


「そういえば、父上が最期に言っていた。『太幽というのは、結局何なんだ』と」


「……え」


「『椿に聞けと言われたが、聞きそびれた』と。太幽とは、何なのだ」


椿はしばらく言葉を探し、それから苦笑いしながら空を見上げた。夏の雲が、ゆっくりと流れている。


「……それはね、この世界の、神様みたいなものかな」

「神様?」

「うん。時々すごく意地悪だけど、でも、本当は誰よりもこの世界を愛してる。そんな、神様」

「よくわからぬが……お前がそう言うなら、そうなのだろう」


圓は小さく笑い、墓に手を合わせた。


「父上、太幽というのは、この世界の神様だそうです。文句があるなら、直接言ってやってください」


椿は、心の中で叫んだ。


(ちょっと圓!ストレートすぎ!でも、衛門さんなら本当に太幽の所に行って「なんだそれは!」って怒ってそうだな……)


風が吹き抜け、墓の周りの草花が揺れた。まるで、衛門が「そうか、わからんがそういうことか!」と笑っているかのようだった。



その夜、椿は一人、井戸のそばに立っていた。


水面に映る月が、静かに揺れている。


(衛門さんが亡くなった。歴史の通りだ。でも、私はあなたの最期に、ちゃんと寄り添えた。それが、影の戦士としての、私の役目だった)


彼女は自分の手を見つめた。忠助の頭を撫でた手。衛門の節くれだった手を握った手。忠助の毛並みの柔らかさ。衛門の手の温もり。それらはもう二度と触れられないけれど、私の手は、確かに覚えている。


(あなたたちの生きた証は、私が覚えてる。誰にも知られず、歴史にも残らず。でも、確かにここに)


月が雲に隠れ、辺りが闇に包まれた。闇の中で、椿の目だけが、静かに輝いていた。


【次回予告】


(——衛門さんが遺した手紙の束。圓はそれを、一枚一枚、大切に読んでいる。私も少しだけ見せてもらった。そこには、衛門さんの二十五年分の想いが、達筆で綴られていた)


「……は?達筆?え、ちょっと待って。これ、全部太幽が書いたってこと?この世界で何十年と過ごしてきたから正直懐かしい書体を見た感じだったわ!」


(そう、私は知っている。太幽は書道家なのだ。歴史の成績は1、時雨の焼印ではAI頼みで調べて小説を書いたとか、字を書くことにかけては誰よりも楽しんでいる書道家。だからこそ、衛門さんの手紙も、あんなに美しい文字で書かれているんだ……!)


「太幽、お前は本当にわけがわからない。人の心をえぐる物語を書き、しかもそれを美しい文字で綴る。そしてオリジナル曲まで作って北海道を拠点にライブまでやる…なんだそのギャップ! 書道家としての技術を、もっと別のことに活かせなかったのか! いや、活かしてるからこの物語があるんだけど!」


(……はぁ。落ち着け、私)


「でも——衛門さんの手紙があんなに美しい文字で書かれていたからこそ、圓はきっと、より深く父の想いを受け止められたんだと思う。太幽、お前のその『字の美しさ』は、ちゃんと誰かの心を動かしてる。歴史の知識はなくても、お前にはお前の才能がある。それを、私はこの世界で確かに見届けた」


「……って、真面目に締めくくったところで、次回予告!」


「秀吉の天下は揺るぎないものとなり、椿たち『影の戦士』の役割もまた、新たな局面を迎えようとしている。そんな中、圓が、私に会いたいと言っている。衛門さんの想いを受け継いだ彼女が、今、私に伝えたいこととは——」


「衛門さんの分まで、圓の分まで、私はこの物語の『影』を生きる。誰にも知られず、歴史にも残らず。でも、確かにここにいる」


「太幽、見てろよ。お前の書く文字よりも、もっと力強く、私はこの世界に足跡を残してみせるからな」


(よし、行くぞ。衛門さんの誇りを、私はちゃんと受け継ぐ)


---


【第19話・完】

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