踊る鰹節
「全部、悪い夢だったのかぁ。もう、嫌になるよなぁ」
俺は、仰向けで呟き、腕を目の上に当てた。
「ここは、きっと、俺の寝室だ」
俺は、目覚めたばかりなんだ。
「もう少し、眠ろうかな」
腕の下から、薄目を開けた。
牛御前とべか太郎が、座卓でカップラーメンを啜っているのが見えた。
うまそうな、音を出している。
べか太郎は、増量2倍と書かれている焼きそばだった。
ソース色の麺を箸で持ち上げ、パクリと食いついた。
麺から、湯気が立っている。
「夢じゃなかったんだ」
俺は、起き上がり、あぐらをかいた。
肩を落として、項垂れていた。
牛御前が味噌ラーメンの汁を飲もうとして、俺に気づいた。
「お、起きたか。今日は、三回目だな」
マンションの入り口で一回、居間でもう一回、そして、この猫カフェで三回、ぶっ倒れた。
「モフチャンの世界では、シャットダウンというね」
牛御前とべか太郎の間から、声がした。
口の周りについた、キャットフードを舐めながら、モフチャンが言った。
「俺も、食べたい」
牛御前がモヤシを箸で掬っていた。
「自分で持ってこい。あそこにあるだろ」
牛御前が、電子レンジを指差した。
「モフチャン、教えてあげるぅ」
白いモフモフが飛びついてくる瞬間だった。
俺は満面の笑みのモフチャンを、体を斜めにして右に交わした。
モフチャンが、柔らかく着地し、振り向いて言った。
「やるね、ふふっ」
モフチャンの低い声は凄みがあった。
モフチャンの目は、鋭く俺を睨んでいる。
二度と、エネルギーは渡さない。
俺は黙って立ち上がり、牛御前に教えてもらった電子レンジの方へ行った。
モフチャンは、俺の周りを彷徨いていた。
足首がモフチャンの毛に触ると、膝が折れそうになる。
気持ち良すぎるのだ。
電子レンジには、銀色のボタンが一つあるだけだった。
俺は、中を見ようと取っ手を引こうとした。
牛御前が、座卓の方から声をかけてきた。
「ボタン押すだけで、いいんだぞ」
「モフチャンが押すぅー」
俺の肩に飛び乗ってから、レンジ台に上がった。
牛御前が、少し慌てたように言った。
「お前がボタン押さなきゃ、キャットフード出てくるぞ」
俺は、ボタンにそっと伸びてきた、モフチャンの前足を手で払った。
それから、すぐにボタンを押した。
その側で、モフチャンが、潤んだ目で俺を見つめていた。
「うっ、うっ」
モフチャンが鼻水を垂らして、泣きべそをかいていた。
「あー、モフチャン、ごめんなぁ、ごめん」
俺は、モフチャンの頭をポンポンと押さえた。
モフチャンは、さっきは、黒い瞳だったのに、今はエメラルドグリーンになっている。
可愛さが増して、俺は思わず目を逸らした。
後ろから、視線が刺さるので、肩越しにチラリと様子を伺った。
牛御前とべか太郎が箸を持ったまま、こちらを凝視していた。
モフチャンに意地悪をしていないか、見張っている。
外見とは、威力があるものだ。
モフチャンの本当の姿が中年のオヤジでも、可愛ければ全てが許されるのだ。
「チーン」
レンジが鳴った。
俺は、取っ手を引いた。
お好み焼きが出来上がり、豚玉の匂いが漂った。
しかも、マヨネーズも鰹節もたっぷりである。
熱で、鰹節がそよいで、踊っていた。
俺はその皿を慎重に取り出した。
箸を探して引き出しをいくつか開けた。
ついに見つけて、皿と箸を持ち、座卓へ戻っていった。
モフチャンが急に懐っこく隣に座った。
先のレンジのボタンの件で拗ねているらしく、俺の胡座には背を向けていた。
それでも、微妙に俺の太ももに尻をつけてくる。
俺は、「ふうふう」と少し大袈裟に、お好み焼きの湯気に息を吹きかけた。
「おお、うまいねー」
ひと口、ホフホフと食べる。
モフチャンが、俺の腕に前足をのせた。
鰹節の匂いに、我慢ができなくなった顔をしていた。
「食べたい?モフチャン?」
モフチャンは、「ニャー」とだけ鳴いた。




