昨日
「モフチャン、あーん」
俺は、モフチャンの口にお好み焼きの切れ端を持っていった。
ソースがほんの少しつけた小さな一切れだ。
鰹節を多めに箸で挟んであげた。
「ケチくさいな」
モフチャンが、爪を立てて、卓を叩いた。
「え、そう?だって、猫にはこういうのは良くないような」
俺は、そのまま箸を皿に戻した。
「もっと、どーんとくれ」
俺の膝頭に前足を置いた。
「どーんと」
「わかった、わかった」
俺は、自分の一口サイズをモフチャンに差し出した。
べか太郎が言った。
「なーんだ、お前、お好み焼き、食べたかったんだ」
俺は、べか太郎の方を見て「そうなんだよぉ」と言った。
そして、自分の箸へ視線を戻した。
箸の間のお好み焼きは、そのままだった。
「モフチャン、ごちそうさまぁ」
モフチャンはくるりと背を向け、ピンクのキャットタワーへ登っていった。
「えっ?」
俺は自分の皿を見て声を上げた。
食べかけのお好み焼きが全部、消えていた。
また、モフチャンにやられた。
俺は、口をへの字にして、モフチャンにあげるはずだった一切れを食べた。
牛御前が低い声で笑っていた。
べか太郎は、「モフチャン、やったね」と手を叩いている。
俺は、ちっとも楽しくなかった。
「あのな、レンジでボタン押すと、出てくるから」
俺は、顔を上げた。
「お前が食べたいものがね」
牛御前が俺をまっすぐに見ている。
「そういえば、これ、俺のお好み焼き」
俺は腹が減っていて何も考えていなかった。
牛御前に言われるままに、ボタンを押しただけだった。
材料も入れてないのに、お好み焼きが手に入っていた。
「な、わかった?」
べか太郎が卓に乗り出し、俺の目を覗き込んだ。
俺は、咄嗟に後ろへ身を引いた。
べか太郎は、インパクトが強すぎる。
「思いのままに、食べたいものが出てくるんだ」
牛御前が言った。そして、続ける。
「アバターになると、最初、記憶が飛ぶんだよ。だから、自分が電子の世界に来たことを忘れている。お前、電子の世界にいるんだぞ」
俺の手から、箸が転がった。
モフチャンの食べたソースの跡が皿に残っていた。
「アバター?電子?」
俺は、内心で繰り返した。
べか太郎は、珍しく眉を寄せて、牛御前に話している。
「こいつ、まじ、思い出せないみたいだよ」
牛御前は、「ああ」と軽く頷いた。
俺は、部屋を見渡した。
ピンクのふんわりとしたキャットタワーの上では、モフチャンが前足を舐めては、顔を撫でている。
俺は自分の呼吸音を聞いていた。
「昨日」が、記憶の中に見つからなかった。
思い出そうとしても、何も出てこない。




