11-1
雨が窓を叩く音で目が覚める。いつもなら少し気分が落ち込むところだけど、不思議と心は軽い。
ベッドから降りて、ピカピカに磨かれた鏡と向き合う。「おはよう」と僕が声をかければ、鏡の中で春花が笑った。
「夏樹。雨がひどいから、お母さん学校まで送っていくよ」
きょうもおいしい朝食のあとで、お母さんが優しく声をかけてくれた。僕はいつもどおり「だいじょうぶだよ」と答える。
「僕、もうだいじょうぶなんだよ。お母さん」
ずっと僕のことを優しく見守り続けていてくれたお母さんは、僕の変化に気づいてくれた。大きな目を限界まで見開いて、僕をじっと見つめる。
「近いうちに、一緒に春花のお墓参りに行こう。僕、春花と話したいことがたくさんあるんだ」
今まで一度も言えなかった言葉が、自然に口からこぼれていく。お母さんは目の端に涙を浮かべながら「うん、うん……!」と何度も何度もうなずいてくれた。
駐車場に遅れてやってきた僕を見て「おかえり」と笑顔で迎えてくれたお母さん。自分からは、なにも聞こうとしなかったお母さん。「友達に会えたよ」と教えたら、うれしそうに笑ってくれたお母さん。
そんなお母さんと、今度はちゃんとコロと――そして、春花の話をしたいと思った。
少し冷たい雨の中、傘を差しながらまっすぐ歩く。車ができるだけ通らない細い道じゃなくて、みんなと同じ通学路をめざして。
交通量の多い大通りへとつながるルートを進んだときは、ほんのちょっとだけ立ち止まりそうになったけど、野良猫の鳴き声に背中を押してもらえた。
横断歩道の前で、赤い光の指示に従う。バタバタする心臓に「火車に比べたら怖くなんかないだろ」と言い聞かせて背筋を伸ばした。信号が青に変わる。大きなトラックが白線の内側できちんと止まったことを確認してから、おそるおそる一歩を踏み出した。
長い長い大きな大きな横断歩道を、僕は渡っている。数年ぶりに。たったひとりで。
「……あっ」
じんと鼻の奥が痛くなったことをごまかすように顔を上げれば、屋根つきの連絡通路を歩く長身の人影を見つけた。
「メイくん!」
いつものように、おしゃれなワイヤレスイヤホンをつけてひとりで登校中のメイくんに、傘を持っていないほうの手を大きく振る。そんな僕のチラチラする動きに気づいたのだろう。窓越しに地上へと視線を送ったメイくんが、ぎょっとしたように眼鏡の奥の目を大きくした。
「おーい、メイくん! おはよー!」
強い雨の降る中。横断歩道の真ん中から声を張り上げてあいさつしてくる男子中学生になんて、普通に考えればあまり関わりたくないに違いない。
けれどメイくんは、わざわざイヤホンを外して、立ち止まって、じっと僕を見下ろして――そして本当に本当に珍しいことに、目元を緩めてうれしそうに微笑んでくれた。




