10-6
火車の女性のような猫のような顔の中心で、血走った目がカッと見開かれた。同時にコロが地面を蹴る――速い!
右に左にと動きながら火車に迫るコロの背中が、あっという間に小さくなる。そのバフ盛り盛りの想定外のスピードに、覚醒したばかりの火車も追いつけていないようだ。大きく振り下ろした腕は、コロの残像さえ捉えることができず、むなしく地面に突き刺さる。
「いける……!」
火車の第二形態は第一形態よりも体が圧倒的に大きいぶん、動きは鈍い。さっきのように、宙に飛び上がったコロを追って自分も飛んでいくような真似はできない。
いうなれば、地面に縫い止められたままの巨大なサンドバックだ。アクションも単調だから、コロなら簡単に回避できるだろう。ただとんでもなく体力が高い。削りきるのに相当な時間がかかる。
そうなると不安なのは、小太郎くんの体調だ。大きな負荷をかけ続ければ、いつ発作が起きてもおかしくはない。
当の本人であるコロは、もちろん自分のタイムリミットを理解しているだろう。攻撃が通りやすそうな腕の関節や付け根、首筋や額などをねらって、猛烈な速さで術技を仕掛けていく。
コロをサポートするため、僕も必死に回復の術技を唱え続けた。メロンカッパンとは違って、火車は少し離れた僕のことも攻撃対象にする。ときどき思い出したように髪の毛の先の車輪から炎の矢が飛んでくるけど、そのたびにコロが戻ってきて助けてくれた。
「ありがとう! でも僕のことは放っておいてくれていいよ。が、頑張って避けるし!」
「信用できねー。ハルキが落ちたら、その時点で終わりだからな。おい猫又、ちゃんと守っとけ」
「にゃあん」
というようなことをくり返しながら、火車との戦闘は続く。だんだん慣れてきたと思ったころ、火車の動きが大きく変化した。ボスは体力が減ってくると、攻撃パターンを変えてくる。より激しい方向に。
「うお!」
「わ!」
「にゃ!」
二人と一匹のさけびが同時に上がる。まさかの全体攻撃だ。火車を中心とした全方位への、炎をともなった熱風。これは避けようも、かばいようもない。僕もコロも、同じだけのダメージを受けてしまう。
「ハルキ!」
「だいじょうぶ!」
火車を蹴りつけながらも心配して声をかけてくれたコロに、大声で返事をする。体力ゲージの減り具合からみて、あと五回は耐えられ――いや、だめだ。今の攻撃で《火傷》の状態になってしまった。これは《毒》とほぼ同じで、継続的にダメージを受けてしまう。
コロへの回復を止めることはできないので、自分を回復している暇はない。僕の体力ゲージは減り続けるだけだ。火車があとニ回、今の攻撃をしてくる前に決着をつけなければ。
コロも同じことを考えているだろう。ひとつひとつの動きが、さらに鋭さを増している。ものすごい判断力と集中力だ。コロ――いや、小太郎くんは、本当に大丈夫なのだろうか。心配だけど、僕の注意力が散漫になって回復がおろそかになれば、途端にコロのペースが崩れてしまう。かえって小太郎くんに負担をかけることになる。
「……よしっ」
深呼吸で気合いを入れ直してから、再びコロに回復の術技を使用する。そして、また襲いくる熱風。衣服の裾が焼け焦げる匂いと、手や頬が痺れるような感覚がする。後ろでひとつに結んでいた和紙が燃え尽きたのか、長い髪がぶわりとほどけて広がった。自分の体力ゲージが、どんどん赤に近づく。それでもコロに術技を発動し続ける。あと少し、もうちょっと。
――けれど。
「っ!」
「ハルキ!」
再びの、全体攻撃。これを受けてしまえば、僕は死んでしまうだろう。それでも回復の対象は変わらずコロだ。火車を倒し切るまで、あとほんの少し。僕が倒れても、僕が回復した分の体力だけで、きっと最後まで持ちこたえてくれるはず。そう確信して術技の発動を終えた瞬間、僕の鼻の先で荒れ狂った炎が大きく口を開ける。
「にゃあん!」
ぎゅっと目を閉じた僕の耳に、かわいらしさよりも勇ましさが勝った鳴き声が響いた。
炎の旋風が僕を包み込みながら通りすぎていき、その分のダメージを受ける。けれど、僕は生きていた。真っ白な世界に飛ばされることもなく、変わらず戦闘フィールドに立っている。体力ゲージを確認しても、最後の熱風をくらう前とほぼ同じ状態だ。
「なんで……?」
「猫又の《幸運》で、回復術技の範囲効果が全体になったんだよ! やるじゃん、猫又!」
「みゃおん!」
コロに応えて肩の上で得意げに胸をそらす猫又を、まじまじと見つめる。僕の回復術技は一度に一人しかかけられない。けれど、猫又がそれを全体にしてくれたことで、コロと僕を同時に回復した。そのおかげで、僕は熱風の攻撃を受けても生き残ることができたんだ。
「ありがとう……! 君はすごいね!」
「にゃあん! みゃうん!」
僕は思わず、猫又をぎゅっと胸に抱えてしまった。柔らかいモフモフの毛並みからは、ほんのりと花のような匂いがする。やっぱり僕は猫が好きだ。この子が大好きだ。
などと思わず和んでしまったけど、戦闘はまだ続いている。再び僕の右肩の上といういつもの位置に戻った猫又に励まされつつ、ひたすら回復の術技を唱え続けた。
火車の長くて固い体力ゲージも、残り短い。そうして、ついに真っ赤に染まる瞬間がやってきた。




