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第二王子アレックス殿下 どう動こうと行き着く先は…

 俺は、一月半前…かれこれ二ヶ月か? ルーキンスでの朝にクルシェに言った事を思い出した。『クルシェと一緒に、屋敷で暮らしたい。扉という扉を開けっ放しにして、子供とかくれんぼをする。疲れたら芝で寝転ぶ。親父殿と、妻を取り合うか子供を取り合うか…。クルシェの隣で過ごしたい。俺を、クルシェの夫にして』と、言った事。

 そう。思い出すという事は、今がその状況という事。

 さすがに肌寒さを感じる季節だ。庭の、芝の上ではないが、どっしりとソファーに腰を下ろしたハロルドの両足の間に、ちょこんとクルシェが座っている。

 何とかクルシェを、俺の隣へと座らせたい。

 親の目の前でお膝抱っこは、クルシェが恥ずかしいだろう。恥ずかしがるクルシェも好きだが、恥ずかしいの分類が違う。それは、俺の好きじゃない恥ずかしいだ。

 だから、せめて俺の隣に。そう思いながら、ハロルドの出方を伺う。

 クルシェが、ハロルドを振り仰ぎながら話し掛けるのを、当のハロルドは表情を誤魔化しながら受け流す。

 クルシェの視線がそれれば、ハロルドは、俺を物言いたげに見るのを忘れない。

 これは、話しをする以前の、クルシェをこの手にする戦いだ! って、何考えてんだ、俺。それも大事だが、クルシェを傷付けない事が重要。ハロルドも、それは同じなんだろうな。




 「お」と音になった声は、何を言おうとしてたのか?

 領地から戻った父に、止まりきる前の馬車から降りて目の前に立ったハロルドに向けて、クルシェが言おうとした言葉。それは「お帰りなさい」なのか「お父様」なのか? それとも他の言葉?

 それ以上をこの場で言わさないと言わんばかりの勢いで、ハロルドがクルシェを抱き上げて屋敷へと入って行った。

 抱き上げるというより、俵担ぎの様に肩に担ぎ上げられて、次の言葉が出なかった。というか、喋れなかったんだろう。

 あぁ。「お祖母様は?」というのも有り得る。

 見送りながら、何となく思った。大丈夫。父親とのコミュニケーションに焼きもちを焼く程心の狭い男じゃ無いぞ。そう言いたいが、実は、俺は一言も言えなかった。俺を眼光鋭く見て、「後で」と言ったハロルド。

 早い話し、先制された。

 クルシェの話しを、先に聞きたいんだろうな。なんて言ったって、留守中の出来事だし。急に決めた娘の気持ちってやつを。

 なんて思う事にした。

 ハロルドが飛び出す様に降りた馬車から、領地から共に来たお祖母様が、執事の手を借りて降りてきた。

 気まずい。ハロルドを、追えばよかったんだろうか…。

 あんな風に立ち去ったハロルド。一緒に出迎える立場のクルシェが居ない。初対面じゃ無いとはいえ微妙だ。だが、来ると分かっていたのに、知らないふりで立ち去るのも如何なものか? 

 せめてエスコートをと、お祖母様に近寄りながら笑顔を浮かべる。

 あらっとした顔をしたお祖母様は、俺を見て、足を止めた。


「アレックス・エイメル・シルフ殿下でいらっしゃいますね。何時ぞやは、大変失礼を致しました。知らなかった故と、お許し下さいませ」


 そう言って、優雅に膝を曲げた。

 長い移動をしてきた人に、無理をさせてはいけない。


「お疲れでしょう。私に、その様な礼は必要ありません。どうか顔を上げて下さい」


 労わるように両腕に手を添えれば、おっとりとした、優しい眼が向けられた。夏に会った時とは違った落ち着いた雰囲気。


「もったいないお言葉です」

「そんな事はありません。私にとっても、お祖母様になるのではないですか。クルシェは、ハロルドが連れて行ってしまいましたが、クルシェも私も、お祖母様が来ると聞いて心待ちにしてました」

「クルシェは…。いえ。お出迎え、本当にありがとうごさいます」


 夫人は、クルシェの名を出してから一人静かに納得をしたのだろう。クルシェが居ない理由を。

 それで納得って、ハロルドってなんだよ。

 呟きは飲み込んだ。

 クルシェの元へ行きましょうかと声を掛けるも、丁寧に辞退される。

 詳しい話しは、夕食時にと、ハロルドと話してあったらしい。

 話してあったとしても、すぐさま娘を確保するとは…思っていたが、連れ去るとまでは思って無かったのだろうな。

 そして、別邸の方へと案内をした。

 改装中だから仕方無く。申し訳ないが、日にちの関係で作業を優先させてもらいたい。

 兎も角、ゆっくり休んで下さいと別れた。

 長く逗留するつもりが無いのか、少ない荷物だけが運び込まれる。残りは、馬車にそのままだ。

 もしかすると、これをクルシェに見せたく無かったのかも知れない。

 気付けば、直ぐにでもどうしてと問いたくなるだろうから。

 別の馬車からは、赤子を抱えた若い夫婦? 多分、乳母(予定?)が降り立っていた。領内から連れてきたのだろう。

 それぞれの胸の内なんて関係なく、時間は待ってくれないんだな。

 何時になるにしろ、迎える準備は必要だ。

 それにしても、乳母。赤子を育てる環境は考えて無かった。乳を与えられる人間なんて、直ぐに見つけられる訳が無い。特に、レイナードは人を選ぶから。

 どれくらいまで乳がいるんだろう? 

 自分の事なんて覚えて無いのは勿論だが、エドガー達の授乳を見た事も無いから、何処までとは分からない。知識として無いのには、些か困った。

 普通なら赤面ものなのに、臆面もなく乳と授乳を考える自分が居る。

 準備や心積りをした気でいたが、イヴァン、俺達は、まだまだだった様だ。

 赤子はともあれ、あれから色々と調べてみれば、お祖母様は個人資産の名義の書き換えをしていた。書き換えた名義はレミーネ・アーデンテス。彼女の母親を死なせてしまった事への後悔の現れだと思う。そして、ルーキンスに移り住む事も、本気なんだろう。

 俺は、まだ、知った事をクルシェには話していない。

 赤子を迎えに行く時に、行きたいか行きたくないかだけ、クルシェとクロイスに聞いた。別々に聞いたのに、二人の答えは「行かない」だった。クロイスの「行く」という言葉を想像してただけに、拍子抜けになったが、賢いクロイスの事だから、心とは別の事を言ったんだと思う。無理にでも、連れて行くかを悩む。そこは、年長者に聞く事だろう。

 だから俺はハロルドを探す。探すまでも無いんだが、兎に角ハロルドだ。




 そして冒頭に戻る。

 ハロルドは、クルシェに対して、俺っていうか王家からの圧力が無かったかとか聞き出そうとしていた。

 クルシェが、一言でもそれを匂わせたら、決めた婚儀の日にちを、ばんっとひっくり返されそうだ。

 ハロルドのこれは、通常だと思っていても、何をどうとるかが予測出来ないから気が気じゃない。それに、やっぱり隣に居たい。


「ハロルド。赤子の姿がありましたが、乳母と、その子供ですか?」


 お祖母様が王都に来た事は別として、ルーキンスに移り住む事は伏せて問い掛ける。

 話題提供はまずまずの筈。


「…赤子? あっ、赤ちゃん! お父様。赤ちゃんも居ましたの?」


 何で教えてくれなかったのかとクルシェ。


「一行の中には居たが、それは、お祖母様が連れて来るのを決めた」

「なら、詳しいお話しを聞かないと! 私、ご挨拶だってまだですわ」


 クルシェは立ち上がろうとする。も、よしよしといった風にいなされる。


「お祖母様も、長い移動で疲れてる。休んでからでも遅くないだろ」

「それと、ご挨拶は別でしてよ」

「折角一息ついたところなら、そのままゆっくりさせてあげなさい」

「でも…」

「赤子も母親もだよ。家族だけの馬車で来たが、落ち着かせてやらないと」

「…はい」


 しょんぼりとして口をつぐめば、ハロルドに浮かせた腰の位置を直される。一度立ち上がれば、きっと俺の隣に来るのにと残念さが過ぎる。

 ハロルドに聞きたい事は、クルシェも俺も、沢山あるからだ。なら、質問のある俺達が、肩を並べるのが普通だし。

 そんなクルシェは、無意識にか、「赤ちゃん」と「何故?」と「でも…」と呟く。

 しょんぼりとして納得した様に見えたクルシェだったけど、何かを感じたのか、浮かんだ事を整理しようとしているみたいだ。

 クルシェの背後のハロルドは瞑目する様に瞼を伏せた。娘の思考を邪魔しない様にとも取れるそれに、俺も黙ることにした。

 良く似た親子の顔を対座から見る一時。

 妙な緊張が俺にはあった。

 気付いては欲しく無かった事に、クルシェは気付いた。だから、思考に沈む。呼吸さえもしてないと見える二人の内の一人に、どう声を掛けたものか。


「私。試されてますのね…」


 そう言って俺を見た目は、苛立ちを含んでる。そして、自身の父親であるハロルドを振り返った。


「私が、人のお膳立てに乗るだけなのか、当主として自らが動くのか、試されてますのね」


 語尾は、念を押す様に強かった。


「クルシェが、そんな事を気にしなくてもいいんだよ。他人の思惑なんて、気にかけてやる必要は無い」

「そうですの。王家の思惑があるのですね」


 何処を取ってそう思ったのか、王家の口出しをハロルドに問われたところからか。

 素地が出来ている以上、クルシェも推察が早い。


「アレク様に、子供を迎えにルーキンスに行くかと問われた時。まだ先の話しだと思ってましたの。でも、違うのですね」


 王家の意向を知っていたのかと問う眼差し。


「俺は、何も言われて無いよ。だけど、そうかもしれないと、予想はしている」


 クルシェは、ハロルドの腕の中から静かに立ち上がる。そして振り返る。


「お父様は、勿論予想されてましたわね?」

「シルフスト王家が動いて国に迎え入れれば、勘違いした阿呆が、動かないとも限らない。血縁者が血縁者を迎え入れる事の方が、軋轢は少ないと、思わない為政者は居ないだろうね」


 そう言ってクルシェへと手を伸ばす。それを押し留める様にクルシェが首を振る。

 ハロルドの言う通りだと俺も思う。だから本当は、こうだから行け、動けと言って欲しかった。クルシェだけじゃ無い。俺だって試されてる。


「お父様も、ルーキンスへ行きますか?」

「行かないよ。阿呆の一人が過剰反応しても困る」


 『阿呆の一人』とは、王弟ジェイド・ハレスで間違い無い。


「なら、ご相談をしても宜しいでしょうか?」


 クルシェの言葉に眉尻を下げたハロルドが居る。それしか出来ないと、情けなさを浮かべた顔だ。


「アレク様」

「ああ」

「アレク様の予想をお聞きしても?」


 咄嗟に頷いたが、俺も、ハロルドの様な顔をしているのかも知れない。

 歩き出したクルシェは扉の前で立ち止まる。

 俺を待つ為に。

 並べば、その瞳が揺れた。


「お父様。お父様もゆっくりお休みなさって。お父様がルーキンスに行かないなら行かないで、私、お願い事がありますのよ」


 クルシェの言葉に、ハロルドが笑う。

 仕方無いなと、肩を落としながら。

 俺は、嬉しいのと複雑なので心が揺れた。

 嬉しいのは、話し合うのに俺を選んでくれた事。

 複雑なのは、他人の思惑を話して聞かせる事が俺の口からって事だ。

 クルシェは、自分で俺の所に来てくれたけど、笑い話しで振り返れない事情を残念に思った。俺が思い描いたのは、笑い話に出来る幸せだ。

 クルシェの執務室。

 俺の予想を、静かに聞く彼女の握り締めた手に目がいく。隣に座ろうとしたのを、クルシェが止めた。

 多分の話しと、お祖母様がルーキンスへと行くつもりであろう事。黙っていても、夕刻には、クルシェの耳に入る。俺が言葉を止めた時。クルシェの顔が、強ばる様に歪んだ。

 もう。隣に座るなとクルシェは言わない。

 小さく震える体を抱き締める。

 母親から子供を、子供から母親を。取り上げる事を決めるのを、思い悩んできた彼女にさせる不条理。幸せだけを見ていられない。酷な事だとしか思えない。代われるなら代わってやりたいが、無理な以上は、共にを幸いとするしか無いのかと、冷たい手を握った。

 煩わしかったり、物思う事はあっても、この問題程、クルシェを悩ます事は無いだろう。

 言葉巧みにハロルドからクルシェを取り戻す。ハロルドにどうだと誇った顔をしたかった。子供の様な俺達を困り顔で見上げるクルシェや、呆れる兄上。姉を困らせる馬鹿なのとクロイスのお小言が聞きたかった。

 

 

今話もお読み頂きありがとうございました。

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