女公爵クルシェ嬢は優しい手の中
ちょっと短いです。
こっちは今難産で、頭の中の言葉が上手に出てきません。
ゆっくりとお付き合い下さると嬉しいです。
とくん、とくん。
頬に伝わる鼓動が緩やかで心地よい。
私は、この鼓動が『どくんっ』と強くなるのを知っているし『どくどく』と早くなるのも知っている。
私の鼓動も、この鼓動に重なる様に凪いだ。
もう大丈夫だと顔を上げようとすれば、優しい力で押さえられる。
ならばと、自分の頬とこの胸の間にと手を差し込む。手の平の分頭が動いた筈なのに、その手は僅かも動かない。
もう片方の手もと動かしたら、くすっと笑う吐息が触れた。
「笑うなんて、意地悪です」
もごもごと動くのを笑われたと思った私は、体ごと離れようと足を動かし腰を引く。
「意地悪も何も、ここは、擽ったいものだ」
「ふ、ひゃっ!」
腰に回されていた手が、私の脇腹を撫で上げた。
そのまま脇を持たれて膝の上。
「で、クルシェは、どうしたい?」
中々に難しい。「どうする?」では無くて「どうしたい?」。きっと、知らない振りをしたいと言えば、その通りにしてくれる気がする。逃げる私を止めない代わりに、きっと動いてくれるつもりなのだろう。ルーキンスへ自身で行くかと問うた時から、アレク様は、ご自分でだけでも行って下さるつもりだったのだと思う。
どうしたいのか? 何れは迎えなければならない赤子。生まれて直ぐに? 寒くなるこれからの季節に? ただの赤子じゃ無い。クロイスと同じに、とても難しい生まれの赤ちゃん。
心が凪いだとしても、直ぐに言葉に出来る程考えがまとまった訳で無くて、小首を傾げた。
「何なら、俺にお願いでもいい」
「何ですか? お願い?」
「ハロルドには、してたじゃないか」
「ふぇっ? お父様に…。さっきのやつですか?」
「俺も、お願いされたい」
アレク様が立ち上がって向かい合う。そのまま持ち上げられて、向かい合ったまま膝の上に。これは、この歳では恥ずかしい。
「なっ、何を?」
「俺のお願いばっかり聞いてくれてるから。クルシェは? 何か無い? もれなく叶えるぞ」
どうだと言わんばかりのお顔。
そして、ふわっとアレク様の前髪が額に触れた。
「きゅっ、急にどうしましたの?」
「急も何も、ハロルドの様に頼って欲しいし、甘えて貰いたい」
「頼っていますし、甘えてますわ」
「なら、もっと」
もっとと言われても、私、甘えてますよ。
アレク様の知ってるという話しを聞いて、とてもやるせなくて、感情のままに泣き出す自分の身を預けるくらいに。
「クルシェは欲が無い。俺なんか、まだお願いがある」
困ったと眉が寄る。
「私が出来る事、ですか?」
「クルシェしか、叶えられない」
「む、難しい事でないのなら…」
恥ずかしい事でも無い事を願います。
「先ずは、ハロルドよりも俺を頼って欲しい。俺にお願いして」
「お父様には、クロイスの事をお願いしようと思ってましたの。クロイスは、言った事を変えないでしょうし」
「留守を頼むつもり?」
「ええ」
納得されたのか、「そっか」と言って微笑まれました。
「お願いも何も、アレク様は、どうしたらいいのかを、一緒に考えて下さるでしょ? ですから、お願いの必要を感じません」
「くっ。嬉しい事を、さらっと言わないでくれ」
私にとって、当たり前の事を言っただけなのに、耳まで染めて照れる お顔が、直ぐそこにある。
ふふっと笑えば、拗ねた様に顔を背けられた。
両手を伸ばして頬に触れる。
「行かなくてはならないのなら、行くのが今ならば、共に、行って下さるのでしょう? お願いするまでもなく、共に並んで下さるのでしょう? もし私が行きたくないと言ったら、私の婚約者という立場と王子の地位を持って、行って下さるおつもりでしたのでしょう?」
アレク様と知り合って数ヶ月。ご自分で言った言葉を違える方だとは思わない。違える様な方を、お父様は私に近付ける事は無い。王子と言えど、私に近い場所に招く事はなさらない。私に良くないものは徹底的に近付け無い。お祖母様のご実家を考えれば、今なら、私でも分かる。優しい方も、厳しい方も、私を思ってくれる方しか居ないのが証拠。そして、私が好きになったアレク様はとてもお優しい。口に出した言葉は、違える事無く寄り添って下さる。それが分かっているのに、これ以上、何を望めばいいのか反対に分かりません。
こちらを向いてと、ほんの少し手の平に力を入れれば、意を汲んだ様に私と向き合う。
「クルシェ」
呼ばれて、何でしょうと首を傾げる。
「可愛い過ぎて、ぎゅっとしたい」
何時もぎゅっと抱き締めて下さるのはアレク様。こうして言葉にされるのは、面映ゆいです。ですが、それがアレク様のお願いならばと両手を背中に回してぎゅっと抱きつきました。私もですが、アレク様のとくんとくんの鼓動が少し早くなった様です。
「あぁ。すっごく幸せだって自慢したい」
自慢は、どうだろうと思いますが…。私も幸せです。
ぎゅっとされて頬ずりされた。
「もうこれは、自慢するのに決まりだ。直ぐにでも自慢しに行こう!」
頭の上で呟かれる言葉。
誰に自慢するというのでしょうか?
ご一緒のイヴァン様やレイン様。仲が良いとは思いますが、ご自慢されてもお会いした時に困ります。
「シュニティア姫も悔しがるだろうな。だから行こう」
思いもしなかった名前に、思わず顔をあげました。
何でという私に、笑顔のアレク様。
「ネルエイ・ルベルダ殿と婚約止まりの姫が、凄く悔しがると思うんだ。どう思う?」
「く、悔しがるというか、国を上げての事ですもの、勝手には出来ませんわ」
ご成婚は、お立場上国を上げてのものです。憎からず思ってらっしゃるお二人でも、私達の様に期日を決める事は出来ません。
「だろ? コリニアス殿みたいにお祝いに来てくれとも言えないし、でも、見せ付けてやりたい。だから、自慢しに行こう。お願いだから、行くって言って」
しれっとしたお顔で悪戯な瞳。
「駄目か? クルシェは、嫌か?」
嫌かって、私…、産まれてすぐの赤ちゃんを迎えに行く話しをしようと思ってましたの。なのに、アレク様は、どうしてそんな風に言うのでしょう。
「お願いだから、一緒に行くって言って」
本当に、アレク様はお優しい。
アレク様が言っている事は、理由の挿げ替えだ。
重い気持ちを、少しでも軽くする為に。それを、アレク様はお願いと言う。
ここまで私に優しいアレク様。アレク様は、私の何処をそこまで好きになって下さったのでしょうか?
「立場的に、これ程くっついて仲良く出来ないだろう」
言われて、違和感も無く膝の上で向かい合ってる自分に、改めて気付く。恥ずかしいと強く思ってしまう時もあるけど、こうする事に嫌な気持ちは無い。そういうものだと受け入れてしまってる自分。
ふふっと笑えば、涙がこぼれた。
「クルシェ?」
ぎょっとした様に顔色を変えるアレク様。
「ええ。アレク様とご一緒します。置いて行っては嫌です」
「うん。一緒だ」
ふわっと額が合わさって、目元を、アレク様の指が掠めてく。
「随分急いだものねと、言われるでしょうか?」
「言うな。つんっとして言う」
「おめでとうと、言って下さるでしょうか?」
「言うだろうけど、俺には嫌味が付いてきそうだ」
「嫌味ですか?」
「そう、嫌味。これだけ幸せを見せ付けられたら、俺なら言う」
「言われない程度に…」
「離れないよ。無理だから」
行くことは決めた。
アレク様の言うように、シュニティア姫に会いに行く。もう、それでいいと私は思った。
今話もお読み頂きありがとうございました。




