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 飲み物を用意していた従者から受け取ったレイン様が、それを渡してくれた。

 冷えた果実水にほっとする。


「クルシェ嬢。殿下がごめんね」


 公私の私の部分だからなのか、イヴァン様の口調が軽い。


「余計な事はいい」


 アレク様は仏頂面になってる。

 それを見て、何時ものアレク様だと感じる事が出来た。

 何と言うか、さっきまでのは心臓に悪かったとしか思えない。

 見詰める目がとても強すぎると感じていたのだ。


「クルシェ嬢が気になった子供の頃の話しだけど、知られて無いよ。他国の王子が関係してたのもあるのか、何があったかなんて社交界には伝わって無いみたい」

「当時の、陛下には報告があったそうですが、側近と一部のみ。先王と、当時の宰相止まりでしょうか?」


 アレク様が仏頂面から難しい顔になる。


「で、昨日と今日の「隠す」という言葉。何通りかの取り方があるんだけど…」


 ちらりとイヴァン様が私を見る。

 ごめんね。男の性だと思って聞き流してねと小声で言った。

 はい。何となく。やっぱりでしょうか? そうですよね。

 夜会、舞踏会用のドレスは、胸や背中が出ているのが主流。

 ボンっとキュッとボンを全面に押し出す様な。今日の皆様のもそうでした。谷間をつくって、見せる? レースで胸元を隠す方もいますが、そういう方は、背中の露出が大きかったりします。フリルなどで、ボリューム感を出す方も。


「他の男に見せなくていい」

「見せる見せない。見る見ない。そういう事じゃないんだけどね」


 イヴァン様がため息だ。


「兎に角。身体的なアピールをするご令嬢ご婦人方は多い。そう言った意味では、やっかみ、かな? 隠すも何も、クルシェ嬢、スタイルいいし」

「おいっ!」

「そのドレスですが、アンバース夫人が赤と黒の二着をシーズン中に着て出席なさったそうです。ご夫君と共に。今日の殿下達の様にです。同じ様な物をと思った方もいたようですが、時間と手間がかかるらしくて。ですが、薄物に刺繍をとか、デザイン的には近い物を着た方も多く居ましたよ」

「それは?」

「…飾りを控えたもの、です」


 あ、フリルを、ですね。

 レースも刺繍も、モチーフを見せようと思ったら、ボリュームのあるフリルは邪魔でしかないのです。


「今日の衣装が間に合ったのは、アンバース夫人からレースが献上されたからだそうです。陛下や王妃様を初め、皆様の分も。新年用のご衣装にされるそうです」

「と、言う訳で、手に入らない物に対するやっかみ」


 お胸が無いと言葉にする事無くイヴァン様が纏めました。

 ならば、やはり傷の事は考え過ぎなのでしょうか?


「それで、学園の方。クルシェ嬢のテーブルに居た令嬢を優先で調べてみた」


 これを、と、レイン様が紙の束をアレク様に渡した。


「何かね、モードン家万歳! みたいな?」

「男爵や子爵の者が居る」


 目を通したアレク様が言う。


「より多く寄付金を集める為に、裕福な家に声を掛けてたみたい。今回の事で、大体は学園を去ったけど、何人かは残ってるの、何人か」


 ぱさりとテーブルに乾いた音が落ちる。


「子供が、付き合いの無い家や領地の事を知る訳無いって事で、自分の家人が口にしたとするでしょ? で、家人を調べてもらったの。で、一番下の男爵令嬢の家は、ルーキンスの貴族と取り引きをしている。もしもを言うなら、あっちから耳にしたって考えた方が早いかな」

「前に出なかった家名だ」

「付き合いのあった所が全部あっちの王太妃の息のかかった家とは限らないだろ。かと言って、何があったか知らないって訳でも無いかなみたいな」


 そう言ったイヴァン様は頬を掻き、レイン様は静かにこちらを見ていた。

 ふむっとアレク様が頷く。


「どっちももう少し調べてみるけど、昨日の今日では報告出来るのはこれくらい、です」


 話しを集めて、教えてくれただけで十分です。女性のドレスの事なんかも、聞き調べるのも大変だったんじゃないかしら?

 申し訳ないとお二人を見れば、お二人共笑っていた。


「それで、クルシェは何を悩んでるんだ?」

「えっ?」

「何か言いたい事とか、あるだろ」

「ミシェイラ嬢の事とかは、殿下の態度通り。殿下は学園でだって彼女と話しもしなかったし、この何年かの舞踏会でだって踊った事も無かったよ」

「何でお前が言うんだよ」

「殿下が言うより信用性があるかなって」

「クルシェ? 心配事はそれか?」


 ミシェイラ嬢がどうとかは、実はそれ程…。昨日感じて思った通り。

 アレク様がお好きなのか、王家に近しい自分を演出しようとしているのか、それは分からないけれど、アレク様が何とも思って無いし、何の付き合いも無かったに等しいと思ってる。

 取り敢えず笑ってみせたら、間髪入れずに「違うな」とアレク様が言った。

 誤魔化す様に首を傾げる。


「なら、これか?」


 アレク様の手が背中に、正確に傷の痕に触れる。


「少し、席を外すけど…」

「分かった」

「本当に?」

「問題無い」

「二人だけになるけど…」

「分かってる。襲わない。乱さない」

「そう? なら、少しだけ」


 何か変な遣り取り。

 イヴァン様とレイン様が部屋を出て行った。

 変な遣り取りだったけれど、傷痕の話しならと気を回してくれたのだろう。


「人に言われる事が気になるか? それとも、俺が気にすると思ってるのか?」


 何方も、気にならないとは言えない。

 アレク様は見ている。

 ルーキンスで私が着せられたドレス。あの騒動の最中で目にしている。

 鏡越しでしか見た事の無い、亀裂の様に這う変質した皮膚。


「ドレスドレスと皆が煩いが、隠すと言うより似合うからだろ? ごてごてとしたものより」


 それに、と、引き寄せられて膝の上に乗せられた。


「痛かっただろうなと、思った。当時を思えば許さないとか。ルーキンスに居た時だから余計にだろうけど、丸く収めるより、糾弾したいとかって考えた。俺にとっては、傷付けた者が許せないだけで、クルシェにある傷を特に気にした事は無かった」


 そうですよね。この傷を醜いと思うなら、ルーキンスから帰って、アレク様は距離を空けて今まで通りの毎日に戻ればよかったのです。

 王家としても、傷物と厭うならアレク様がどう動こうと、断固反対なされたと思います。


「これでも無いのか?」


 そんなに、困った、心配した目をなさらないで。


「気にならないと言えば嘘ですが…」


 言葉が止まってしまう。

 これを言うのは、もう少し勇気が欲しい。


「アレク様? 何故、私が悩んでいると、わかるのですか?」

「何で? 何となく? 伝わる?」


 言葉にするのが難しいと髪をかきあげる。

 伝わってしまうなら、黙っていればいる程アレク様も考えてしまうのでしょうか?

 見下ろした先に、私の手足。つまらないコンプレックスです。皆様、まろやかな体つきをなさっています。レースで胸元の肌を隠しても、デザインがシンプルな分貧弱さが目立ちます。お胸の大きさは隠せて無いのです。

 イヴァン様が男の性だと仰いましたが、貧弱である上に傷があると気にしてしまうのです。

 アレク様にその気は無くても、アレク様を気になさる方々は、とても女性らしい曲線をお持ちです。ドレスを着ると、一段と際立ちます。


「クルシェ?」

「はい」

「言えない事?」


 いいえと首を振りました。


「私、これを言うのは恥ずかしいのです」

「言えなくないけど、口に出すのはちょっと?」

「はい」

「でも、言ってしまえば、後は気にしないですむぞ」


 そうですね。そうかも知れません。

 大きく深呼吸。もう、言ってしまいましょう。


「あの、アレク様?」

「ん?」

「私、お胸が無いでしょ? 女らしく、無いでしょ? アレク様は、お胸がある方がお好きですか?」

「っ、えっ?」


 言った。言えた。

 私は両手で顔を隠した。

 もう恥ずかしさで、死んでしまいたい。


「ふっ、はははは。クルシェ?」


 恥ずかしいのに、笑う事は無いんじゃないでしょうか? そう思っても、顔を上げる事なんて出来ません。

 それで、ある方がお好きなんですの?


「クルシェ」


 頭の上で呼ばれます。耳元で、肩口で。

 優しさを含んだ声で、何度も、何度も。


「クルシェは、十分に柔らかい」


 それは、お答えになってません。


「今のクルシェも好きだし、これからのクルシェも好きだから、胸の有る無しを聞かれても困るな。あっ! そうだ」


 そう言ってもぞもぞ。


「俺も、クルシェに聞きたい事があった。クルシェは、腹筋が割れてるのと割れてないの、どっちが好き?」

「はい?」


 思わぬ切り返しで怯んだ手を掴まれて離される。

 はははと笑い出しそうな顔をしながら、上着のボタンだけに飽き足らず、シャツのボタンを外したアレク様。

 縦と横に走る筋を辿る指。


「グレイ兄上は、バッキバキに割れて硬いんだ。さすが騎士だよね。でもエドガーも割れてるんだよ、俺以上に」


 呆気に取られて、ポカンとしてしまった。


「鍛えれば割れるけど、好きじゃ無い人もいるからな。クルシェはどっちが好き?」

「エドガー様も割れてますの?」


 何を聞いてますの? 私の馬鹿。


「ああ。騎士団の鍛錬って伊達じゃないんだって実感してる」

「そう…ですの」

「クルシェ?」


 呼ばれても、そっちは向きません。

 平然と、今のアレク様を見れる自信はありません。


「筋肉付けて、厳つくなった俺は嫌か?」


 ふるふると首を振ります。


「それと同じだと思うんだが、どうだろう?」


 頬に手を添えられて、アレク様を見ます。いいえ。見ていられなくて、目をぎゅっと瞑ります。

 お顔を見れば恥ずかしい。視線を下げればシャツの間から見える肌。

 無理です。

 そうしていたら、くすっと笑われてその胸へと抱き締められていた。


「クルシェは可愛い。本当に可愛いな。それに、柔らかい」







 私にとっては、随分長い時間になったと思う。

 扉が叩かれて、アレク様が返事をしてしまう。

 何故、お返事してしまいますの?


「殿下? 何でアンタが脱いでんの?」


 そう。アレク様ははだけたまま。


「襲って無いし、乱して無い」


 何が問題だとアレク様。

 十分、問題だと思いますわ。


「っあ? っていうか、ちゃんとして」


 イヴァン様の言う通りです。

 私から手を離してボタンをすれば直ぐなのに、片手は腰を抱き込んだままなので、なかなかボタンがしまらない。

 早くどうにかして欲しい私は、ボタンをとめるために両手を上げた。


「普通に過ごすって出来ないの、殿下」


 イヴァン様の仰る通りです。

 どうしてこんな事になったのでしょうか?

 つまらない事で悩むのは、もうやめようと思います。

 いえ。けしてつまらなくは無い問題でした。

 だけれども、同じ様に何かに悩んだら、またこんな風になりそうです。それは、困ってしまいます。

落ちが、思った感じと違う…。

どうしてこうなったの? 書いてから、あげてから思い悩みます。

今話のお話しはどうでしたでしょうか?

兎に角よろしくお願いします。

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