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 本人達が望むからと、婚儀の日取りが決まったと陛下から発表されました。

 覚悟はありましたが、集まった注目の中で堂々として居られる程、私は世慣れてはいない。

 それでも、背筋を伸ばしていられるのは、隣に立つ人が居るから。

 この日。一番最初のダンスを、アレク様と踊った。

 この頃、鋭利さが増したと感じるアレク様を、頭の上から足の先まで眺めてしまったのは、私だけの秘密。

 立襟から見える喉元から顎、頬にかけてのライン。男の人らしいそれに目が引き寄せられてしまいます。私へと伸ばされる腕が、片手で私を抱えあげられる程逞しいと知っているので、その手に触れるとどきどきする事を知られない様にと思います。

 そう一度意識してしまうと、何時もの様には居られないのです。

 アレク様の一挙手一投足に視線。全てに胸がどきどきとするのです。

 特に、この様な公の場では尚更です。

 そんなアレク様と並ぶ私は、冷静になって自分を見下ろします。私は、アレク様に相応しいのでしょうか?

 昨日、ミシェイラ嬢が仰った様に、身分は申し分無いでしょう。領地収入は領地に還元したいので、それを財産とひけらかすつもりはありませんが、私が頓着していなかっただけでレイナードは意外とお金持ちでした。公爵家ですから、当たり前の事でしょうが…。爵位目当てと言われるくらいならどこかへ行こうと言って下さったアレク様に、着いていくとお返事をしましたが、アレク様がそこまで思うのに、私は相応しいのでしょうか?

 思わずのため息と共に、見下ろした自分の足元が、とても頼りなく揺れて見えます。

 冷静にと思いましたが、今こんな事を考えてしまうのは、冷静でも平常でも無いのかも知れません。心が動くのは自分では本当にままなりません。


「クルシェ?」


 心配そうなアレク様の声で、今を思い出しました。


「疲れたか?」


 いいえと答えます。


「そうか? 何だか元気が無い」

「疲れたというより、気後れですわ」


 そう。お祝いの言葉を高位貴族の方々に言われる度に、役職の高い方々にご挨拶する度に、興味本位な視線と質問と隠された悪意と純粋な好意を向けられているのです。年頃の近い方とは違った緊張感がありました。


「気後れ、か?」

「そうです。成人しているのだから当たり前の事なのでしょうけど、皆様のお話しが難しい事がありましたでしょ?」

「そんなの、はいはいって聞き流せ」


 思わず見上げた先にあるアレク様のお顔は、悪戯なお顔をしていた。


「大体必要な事なんて、十分の一も喋ってないぞ。俺は聞き流す」


 不足なく対応していると思っていたアレク様が、聞き流していたと言う。嘘か本当か。軽く何でも無い事の言うのが可笑しくて嬉しくて、つい、笑ってしまった。


「ようやく、笑った」


 そう言って額にキスをされた。

 ふぅと息を吐いてみると、随分と肩に力が入っていたみたいだった。


「大体。本当におめでとうと思ってるのは、身内だけ。後は、皆が言うから言ってるんだと思っとけ」


 片眉を上げて見回すアレク様が可笑しくて、ふふふと、声を出して笑った。


「話し掛けられて、一々足を止めるのもなんだから踊るか?」


 ぶっきらぼうに聞こえる言葉で誘われる。けれど、瞳は優しい。

 微笑んで頷き歩きだそうとした。


「アレックス殿下? 昨日はお祝いの言葉も言えませんでしたわ。改めておめでとうございます」


 そんな私達の足を止めたのはミシェイラ嬢。

 アレク様の後ろから声を掛けてきたので、声を聞くまで近くに居た事が分からないでいた。

 お祝いの言葉を言っても、彼女に無視されている私。

 なのでアレク様も、彼女を無視して歩き出した。


「アレク。無視しないで!」


 それにびっくりして、私が振り返ってしまった。

 この場で呼び止めるのに、呼び捨てにするとは思ってなかったのだ。


「レイナード公爵。昨日は大変失礼致しました。ジェシカお姉様に怒られてしまいましたの。許して下しいます?」


 慇懃なそれをどうしましょう? アレク様を見上げます。

 王太子妃様をこの場で親しく呼ぶ意図にも、引っ掛かりをかんじます。アレク様も、時々「親父殿」と言いますが、「陛下」「王妃」と言っています。公私を分けて、公の場での態度をきちんと取られています。

 そういう事を踏まえてミシェイラ嬢を見ると、お気になさらないでとは、言えそうもないのです。


「ミシェイラ嬢。謝罪の前に、俺の呼び方を改めてくれ」

「今更変えるなんて、ずっとそう呼んできたのに?」


 上目遣いのあざとさに、むかむかともやもやが生まれる。


「何時の間にか、勝手に呼んでるだけだろう?」

「今まで、何も言わなかったわ」

「いない所で言われても、止めてくれと言えないだろ」

「殿下!」


 イヴァン様とレイン様が、そこに居た。


「話しなら、場所を移して」


 イヴァン様の言う事は賢明だ。

 これは、アレク様とミシェイラ嬢の痴話喧嘩のよう。


「場所を移すなら、昨日のお詫びとお話しがしたいわ。レイナード公爵様。お付き合い下さいませ。それを言いたかったの」

「なら、後日にでもお誘い下さいませ」


 私は、表情を隠すように扇を口元にあてた。

 ロレイン姉様が言っていた。親しい間柄で無いのなら、着いて行っては痛い目を見る。十中八九、嫌な思いしかしないと。


「でも、最後の舞踏会ですわ。この後お茶会なんて開いても、お忙しいでしょうからお会い出来る機会が無いと思うわ」

「なら、私達もご一緒に」


 レイン様が進み出て、ミシェイラ嬢に手を差し出す。

 ミシェイラ嬢をエスコートという訳らしい。


「バーン。女同士の場に無粋よ」

「今日の殿下を婚約者と離す方が無粋じゃ無いか?」


 イヴァン様がすかさず言った。

 私は元より行く気は無いけど、アレク様も離れる気は無いのか私の腰をぐっと引き寄せるように手を回している。

 俯きがちで、背の高い皆様からは見えない様ですが、私を忌々しそうに見ていると感じます。色んな事を考え過ぎた私の思い違いでしょうか?


「なら、バーン。案内を。私が探すよりも、私達の方が目立つものね」


 目立つと分かっていてなのですか? 慣れた方の心臓の強さに感心してしまいます。

 小休憩用に用意されたサロンに足を踏み入れて間もなく。若い方々に囲まれました。この場合の若い方は、アレク様の御学友のお年の方々のようです。私達の方が目立つの言葉通り。申し合わせをしていたのでしょう。私一人で囲まれていたら、うふふ、どの様なお話しを聞かせてくれたのでしょうか? 思った通りか、思いもよらずにか…。アレク様もご一緒なので、懐かしい話しやアレク様が如何に朴念仁さんなのかを、ミシェイラ嬢と一緒になって事細やかに話されます。色々と沢山の思い出があるようで何よりです。

 アレク様は、お喋りしませんが、この場に居る事が大切なのでしょう。

 私の存在は、そのエピソードを聞かせる為だけになってしまったようです。が、集中して聞けません。皆様の語る思い出に興味はありませんが、聞かないのは失礼かと…。皆様歳上の方々ですし。なのに、集中出来ない理由はアレク様です。この場に来てからアレク様は、ぴったりと隣に座り、私の手をにぎにぎさわさわとしていて、お話しなんか、全然聞いていません。イヴァン様がお返事をしている状態です。


「レイナード公爵のドレスは、近くで見ると、とても素晴らしいレースだと分かりますわ。遠目には分からない美しいものですね」

「本当に、アレックス殿下と対になっているのですね。素晴らしいわ」


 …近くで見れば。と続きそう。

 だけれども、本当にアレク様はお似合いです。

 身頃の上半身は青で、裾に向かって紫紺へと色が変わっています。その青の部分に、私と同じ紫紺のレース編みのモチーフがあしらわれているのです。

 反対に私のドレスは、裾に向かって青に変わっています。

 ドレスとアレク様のご衣装を見せてもらった時。思わずため息が出てしまう程素敵と思いました。


「ねえ。アレク?」


 ミシェイラ嬢がアレク様に話し掛けました。

 アレク様は、そのミシェイラ嬢を睨みつけます。


「何よ。呼び方くらい」

「公私でも、親しくないと言えば分かるか?」

「なっ、私わっ」

「王太子妃。義姉上とは親しいだろう。だが、俺は別だ」

「酷い! そもそも、隠さなきゃならないようなドレスを用意しなきゃならなかったからって、私に当たらなくてもいいじゃない!」


 ミシェイラ嬢は、アレク様と、とても親しいつもりな様だ。今までを知らないから、本当かどうかと問われたら分からないとしか言えない。だけれども、アレク様が親しく無いと言ったなら、本当に親しくはしてこなかったのだと思える。そして、どうしてもドレスに拘りたい様だ。


「出せばいいのか? この良さが分からないなんて」


 アレク様の手が伸びてきて、背中を撫であげる。


「ア、アレク様?」

「擽ったかったか?」


 低い声で、囁かないで。


「ほら、染まった肌が覗くのがいいだろ?」

「殿下。クルシェ嬢が気の毒です」


 イヴァン様の言葉で、イヴァン様に助けを求める様に顔を上げる。

 今日の、今のアレク様は、何時もと違う。


「クルシェ。他の男を見るな」


 他の男って、イヴァン様ですよ? 

 イヴァン様から視線を反らせば、じっと熱いと思える瞳のアレク様。背中を撫でていた手が鎖骨に触れる。かっと燃えるように熱くなる。


「殿下! 本当に止めてあげて!」


 焦るイヴァン様の声で、アレク様が顔を上げる。

 視線が外れた事にほっとした。


「話しがこれだけなら、失礼しよう」


 先に立ち上がったアレク様が手を差し出すが、私は立つ事が出来なかった。

 笑ったアレク様が、私を抱え上げる。

 びっくりも何も、言葉なんて出なかった。


「アレックス殿下。後で後悔なさらない様に」


 震える声のミシェイラ嬢。


「何を後悔とするかは人それぞれだろ? 君も、後悔のないように。君の家と、王太子妃殿下には、このことを伝えておく」


 何に疲弊してしまったのでしょうか…。

 私は、周りを見る気力もないまま、以前お邪魔した事のある、アレク様のお部屋へと運ばれていました。

 イヴァン様もレイン様もいらっしゃいますが、並んで座るアレク様の視線の強さに、つい、俯いてしまいます。




 


 

 

 

 

今話もお読み頂きありがとうございました。

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