第二王子アレックス殿下と陛下という名の親父殿
貴族議会での席次は、この十数年レイナード家は委任状を出すだけだったので低いだろうと、末端の席を予想していた。政治への参加もなかったから仕方無いというか、それが当たり前だと思っていた。なのに末端は末端でも、数家しか無い公爵家の末端だった。
随分と衆目を集める位置に。
それを知ったクルシェの戸惑いが、俺の腕に添えた手から伝わった。
初なんだから、端っこでいいよ、端っこで。
不慣れから様子見でと臆した訳では無いが、本気で端っこに埋もれたいと思った。
問題は寄り添うクルシェだ。
学園の時の様に下ろし髪では無く、舞踏会の時の様に華やかに髪を編み込んで結い上げるのでも無い。きっちりと引っ詰めて一つに結った髪は、幼さを伺わせない。切れ長の目元と伸ばした背筋が、必要以上に人目を引くので、隠してしまいたかった。
なんと言うか、とても綺麗だと一言言葉にするのに、長い時間を要した。可愛いは言い慣れても、綺麗を綺麗と言うのには慣れてなかった。
ただ、女は化ける(何時もと全然違うんだよ、本当に!)。というのと、顔をはっきりと出すと、目元から何から父親のハロルドにやはり似ていると実感。
そんな彼女をちらちらと見られたら、彼女を隠そうとする俺の行動も理解して貰えるだろう。…きっと。
今シーズン初っ端から目立って、とっとと婚約してと話題の提供には事欠かなかったからな…。この場に来るまでに、何人かがクルシェをじっと見ていた事か。今日の装いから、長く空席だったレイナードの女公爵だと分かっているだろう。けれども、公に姿を出したのはデビューの舞踏会コッキリ。遠目には目にしても、じっくりと見るのは初めて。不躾な程の視線は無いものの、クルシェは落ち着かない様だ。
これは、隣に立つ俺が頼りないという事だろうか…。
「アレク様」
穏やかと思える声で呼び掛けられる。
「ん、何?」
「あちらに、アーデンテスの伯父様が」
動いた視線を追えば、クルシェの父方の伯父、エリック・ジス・アーデンテスが此方をしっかりと視野に入れて近付いて来るところだった。
身分を言えばこちらが上。だが、教えを乞う立場として、俺とクルシェは少し頭を下げて彼の到来を待った。
このアーデンテス家の当主エリックには、エリアナ・ベネルに会った時以来だ。が、アーデンテス伯爵夫人には、レイナードに使者を迎える際に世話になっている。親戚としても、教えを乞う立場だ。
「アレックス殿下。クルシェも、頭を上げて下さい」
苦味を含んだ声が掛けられる。
「伯父様?」
声だけで無く、顔まで厳しいのにクルシェが一瞬戸惑う。
「御前会議への登城は私がと思っていたのに、残念だよ。デビューの時も思ったが、本当に大きくなったな」
アーデンテス伯爵が言ってるのはエスコートの事か。なら、一緒に行こうと声を掛けてくれれば良かったのだ。喜んで一緒に来たぞ。何より、クルシェが心強いだろうからな。父親であるハロルドは、レイナードの領地から未だに戻らない。何となくの不安さを纏っていたクルシェが、この伯父を目にして何処かほっとしたのは事実だろう。その厳しく見える顔でもクルシェにとっては庇護者の一人。浮かべる表情も声も、クルシェにとっては気にする事の無い些細な事でしか無いのだろう。
アーデンテス伯爵…。取り敢えずその顔は、機会をふいにした無念さを押し殺したものか?
兎に角。人生一度なら、これからの人生一度の隣は俺でいい。これからは、ハロルドだって阻止してみせる。
「まあ、伯父様ったら」
何となく心に湧いた対抗心に、クルシェの困った様な声で我に返った。
「アレックス殿下も、とても山百合がお似合いです」
「アーデンテス伯爵。そう言って貰えると、とても嬉しい。ありがとう」
クルシェの肩を抱いて向き合う。
言われて悪い気はしなかったので、礼を言う言葉が素直に出た。
「ところで…。殿下、結婚式の招待状が届いたのですが?」
「ええ。正式にはレイナードの領地で挙げるつもりなのですが、披露宴を先に王都でと思いまして。御出席願えますか?」
「それは、勿論。可愛い姪の晴れ姿を見ない訳にはいきません。ですが、このことは…」
「母には話してあります。が、今日、この後で」
この場合の母は王妃だが、しれっとして言うと、何とも言えない顔をされた。陛下には言って無い。思わせ振りな、気付かなければそれでいいという親なんかへの報告は、後の後でいい。ちなみに、ハロルドに向けて、領地へはとっくに便りを出した。あの日の内に出した。もう、受け取っているだろう。
クルシェを見たアーデンテス伯爵は両手を広げたのでクルシェが一歩前に出た。柔らかい抱擁とおめでとうの言葉に、頬を染めたクルシェが恥ずかしそうに微笑んだ。
陛下と数人が入室して御前会議が始まった。
出席した貴族に対して、レイナード公爵クルシェが紹介された。これは、空席だった一席が埋まった程度の紹介だった。陛下はクルシェに、よく務めるように的な事を言ったが、俺は無視だった。
まあ、いいよ。親子的なのは期待してなかったから。だが、陛下の思惑として正解か不正解が分かるくらいの態度を見せてくれてもいいんじゃないか?
表情を動かし過ぎるのは良くないと俺だって理解しているが、目で語るとか何かの方法を、親父殿は身に付けた方が良いのではと思う。だから余計に自信喪失中のエドガーも近寄らないんだよ。
エドガーはあれから何度か王太子である兄上の所へ出向いている。
面白い事を考えたなぁっていうのが、俺も兄上も思った事だが、それを親父殿に話しても動かなかった表情に、エドガーが凹んでいた。
「そうか」
「分かった」
「良く考えて動け」
こんな感じの短いやり取りで、良いのか悪いのか汲み取るのは難しいぞ、親父殿。
まあ、俺は、良くなくてもするけどな。
「ルーキンス国の、継承権を持つクロイス・レイナード・ハレスについてだが…」
これも、聞いて無かったぞ親父殿。
王弟のジェイド・ハレス(ジェイド・キニア・ルーキンス)の血筋の継承権を完全に無効。ルーキンスでの混乱を避ける為、我がシルフスト国レイナード公爵家に受け入れる事が正式に取り決められた。今この国に居るクロイスはハレスを離れ、継承権を手放して、レイナードの者になった。また、生まれる子供も、男女関係無くレイナードの籍に入る。これは、国同士の取り決め。
そうなるだろうとは最初から分かってたが、正式に決まったのなら決まったでちゃんと知らせてくれよ。
腹立つ親父を凝視した。
それから、レイナード関連として俺との婚約の話しと、この冬に国賓として訪れるビデディア国のコリニアス・フェルン・ビデディアをレイナード家で迎える事を集まった者達に周知した。
そこで、発言を求める為にクルシェが挙手をした。
「レイナード公爵。何か発言が?」
議長に聞かれて、クルシェが頷く。
どうぞと促されたので、先ず俺が立ち、クルシェが立ち上がるのに手を添える。
俺を見て、ざわりと空気が揺れた。
「発言の許可をありがとうございます」
添え物の俺は、クルシェの手を取ったまま一緒に頭を下げた。
「国賓のコリニアス・フェルン・ビデディア殿下を迎える準備は、今のところ滞り無くと御報告いたします」
頭を下げたままのクルシェの声が、はっきりと皆に届いただろう。
「発言はそれだけ、ですかな?」
「いいえ」
「ならば、顔を上げて発言を」
俺は、クルシェに合わせて顔を上げた。
「コリニアス殿下の滞在中の日程に、私クルシェ・ジス・レイナードとアレックス・エイメル・シルフ殿下との婚儀への招待を組み込んで頂きたいのです」
ざわざわとしていた空気が、しんとした。
親父殿の眉間に、一瞬力が入ったのが見て取れた。
俺は議長に発言の許可を求めた。
「私達は、レイナードの領地で式を挙げるつもりです。それに、コリニアス殿下を招待したいと思っています。コリニアス殿下は、ビデディアの代表として、レイナードに興味を持たれている。我が国としては友好を示したい。ならば、私と彼女の婚儀に訪れて頂くのはどうかと思っての発言です」
何故、コリニアス殿下がレイナードに興味があるのかは、情勢を正確に理解している貴族なら分かるだろう。コリニアス殿下にとって、自国民がそこで生きている。その待遇は、今後の話し合いの場に於いて重きが置かれるだろう。レイナードとしても、それを見せる事に不都合は無い。
「アレックス・エイメル・シルフ。何故王家を通さずに、この場で発言をした?」
親父殿が、シルフスト国王陛下が口を開いた。
声に抑揚がないのは年の功? どんな気持ちだ親父殿よ。
「今後の私は、王子では無く、レイナード公爵の配偶者となるのです。ですから、レイナード領を預かる者として、ビデディアと向き合わなければと思いました。そして、領主としての考え方を聞くのに、この場が一番相応しいかと」
親父殿は、そうかと言った後、皆を見回した。
「そこの若輩が言うのももっとも。半歩程の前進をより進める事が出来るかどうか。他領の事と捉えるか、その先にあるかも知れない国益を考えるか…。忌憚なく若輩に教えてやってはくれまいか!」
御前会議の場を辞したら、俺は陛下の執務室へと呼ばれた。クルシェは、母上の方に呼ばれたが…。
呼ぶだけ呼んで、親父殿は、なかなか姿を表さない。
居る所に呼んではくれないだろうか?
最終的に、あの場でレイナード領での婚儀とコリニアス殿下を招待する事は、貴族の承認を得て終わった。
国の式典としてやろうとしたら、今から卒業に合わせては無理だ。だから、一領主としての方が話しが早い。狙い通りに進んだ話しの以後を考える。短い期間で、やる事はてんこ盛り。それを自分達で切り盛りするのだから、考える時間は、いくらあっても足りない。
そうしていると、親父殿と兄上が部屋に入って来た。
兄上の困った顔と、珍しく仏頂面の親父殿。
「お待ちしておりました陛下」
臣下の礼で迎えると、近寄ってきた親父殿に叩かれた。
おぉう! 珍しい。
「兎に角。座れ!」
促されて座れば、正面から睨まれた。
「婚儀の話しを、王妃にして、何故私にしない」
ご立腹のツボはそれですか?
「母上には、レイナード領で婚儀をしたいと言っただけですが」
「王妃は、何と?」
「跡取りや娘でも無いから好きにして良いと。ですが、お披露目はきちんとやって下さるそうですよ」
その為に、クルシェが母上に呼ばれているのだから。
「あれは? ハロルドは、何と言っている」
「何も。居ない人には相談も出来ませんでしたので。人に言われて動くのでは無く、自発的に動けという事では無かったのですか? 色々…そう思ったのですが」
「だからと言って、お前の結婚に無関心の様では無いか」
叱責とも取れる口調。
思わず笑った。兄上も口角を上げたから、おかしかったのだろう。
「ですが、悪くは無かったでしょ?」
そう。悪くは無かった。ルーキンスの、クロイスの話題が掠れた。国内に居る元継承権持ちよりも、これから国賓として招く方が重要なのだと印象付ける事が出来た。
ほら、親父殿。俺を褒めてもいいぞ。褒めるのに慣れたら、エドガーをちゃんと褒めてやってくれ。
「まだ、婚儀の時期を決めて無いと思っていたが、急に決めたのは何故だ」
そんな難しい顔のまま聞く事か? 母上の様に、朗らかにおめでとうと言えないのか?
だが、答えよう。そんなの…。
「早く結婚したかったからに決まってるじゃ無いですか、親父殿!」
親父殿を振り回せた事。婚儀を認めさせた事。上手く進んで気分がいい。
にっこりと笑って親父殿を見れば、難しい顔から呆れ顔だった。
今話もお読み頂きありがとうございました。




