⑦
殿下とクルシェの仲良しの話しです。
王太子夫妻の元を辞し、エドガーと別れて庭へと出た。
さすがに、ダンスをもう一度とはクルシェも思えないだろう。まぁ、俺もだが…。
どのみち広間へは戻るつもりも無かったから構わない。
開放された庭を奥へと進めば花木がメインの小道へと踏み入れる。人二人が並んでやっとの道幅を、白い花を付けた木々に誘導される様に歩く。
ルーキンスでも思ったが、クルシェはこういう道が好ましい様だ。見上げたり足元を見たりと忙しい。お気に入りの配置を見つけると、感嘆のため息をつきながら足が止まったりする。
俺? 俺はそんなクルシェを観察するのに専念する。
くねくねとした道をしばらく進んだところでクルシェを木々の中に引き込んだ。
思わず声を出しかけたクルシェの唇に指をあて、静かにと目で語る。
そして道のない木々の間を音を立てない様に、枝に引っ掛からない様に抱え込む様にして歩く。ほんの十歩程。
何故そんな事をと一言で言えば演出だ。
護衛も侍女もいる。ほんの少し距離を置いてもらっているだけ。
茂みの中の、僅かに開かれた空間。
「秘密の場所みたいだろ?」
小さい声で、耳元に話し掛ける。
クルシェは声を出さない様に頷いた。
俺は、この場所を整えてくれた従者と侍女に小声で礼を言ってから、クルシェを敷物の上に座らせた。
飲み物と軽食入のバスケットを渡されて、俺も隣へと座る。
「あの…。アレク様?」
「しっ! 小さい声で。折角隠れたんだから、見付からない様にしないと」
誰にの想定は無い。あえて言えば、イチャイチャするつもりなので不特定の視線からか?
「どうしてここへ?」
「ん? 何れ出て行くから実家での思い出作り?」
首を傾げて見せれば、くすりとクルシェが笑う。
眼福だ。
「実家って…。確かにアレク様のご実家ですけど、ふふふ…」
王宮内を実家に例えたのがそれ程可笑しいのか、口元に手をあてて密やかに笑う。小声でと言ったのを守ってる。
何でこんなに可愛くて愛しいのだろう。
外向きの顔も内向きの顔も、どちらも好きだ。
クルシェを抱き寄せてから、俺は後ろに倒れた。
とんと、小さな重みが胸に乗る。
「あの、アレク様?」
「ん?」
「あの、この姿勢はどうかと、お、思いますの」
俺の胸の上で顔を上げたクルシェの目は涙目。それに耳まで赤い。
ワタワタと起き上がろうとして手をつこうとするので、さっさと繋いだ。
確信犯な俺が逃がす訳が無い。
「人前じゃ無いぞ」
「で、でもです。それに先程だって…」
「さっきが、何?」
「み、皆の前でした」
「あれぐらいは普通。それに、キスするの我慢した。それに誰もここでは見てない」
繋いだ手にぎゅっと力が入って、いやいやと胸の上で首を振る。
随分と可愛い仕草の連続で、動悸が早くなる。
これが煽られるというやつか…。
「知ってるか? こういう場所を、『恋人達の茂み』って言うんだって」
「恋人達の?」
「こうして触れ合いたい二人の場所」
朗らかを心掛けて声を出す。
嫌らしさを感じさせない様に背中をぽんぽんとしてみる。嫌らしくなるかならないかは俺次第。
「…良い香りがします。花の?」
「うん。少し離れた所に金木犀がある」
見せる為に整えられた庭の裏の顔。手の入らない木々なのにさわさわとする葉音や、クルシェが気が付いた花の香りに力が抜ける。実質的に二人きりとは言えないが、隠された中で、ほっと息がつけるきがする。同じ様に思って、感じてくれるかな?
柔らかい吐息がかかる。
「残念、でしたわね…」
「ん?」
「モードン伯爵令嬢の事ですわ。色々なさってたでしょう?」
「うん。色々…とね」
この姿勢でいる事は、許してくれた様だ。良かった。
そしてクルシェの言葉に含まれた事をかんがえる。
まあ、一番は、付き纏われて迷惑な事か。
学園でもあれは下手に弄りたくない感が強かった。一つを許したら、全部? なんだそれ、みたいな? そんな事態はお断りだ。
そして恐くなった。俺は王子で相手は伯爵令嬢。もし立場が逆だったら? 高位貴族からの申し入れは、断るのが難しいという。以前は政略結婚も頭にあったが、恋を知ったら無理だと思った。
俺に近寄って欲しくなかったと、可愛い事を言ってくれたクルシェが、逆ならのもしもに気付き、家族の事を振り返って傷つくのは嫌だった。
だから根回しは怠らない。
エドガー。クロイス。評議会の皆もありがとう。
相手の思惑に乗らない様に。相手との接点を持たない様に。皆が団結して動く中。俺の行動理由はそれだった。皆を巻き込んだのは俺。要らない苦労をしたと思う者も居ただろう。今日までを振り返って、それだけは悪いと思う。
と、同時。モードン伯爵令嬢に、気付いてくれという気持ちもあった。
俺は無視を決め込めばいいが、言葉の届かない事を、エドガーが兎に角気にしていたから。
モードン伯爵令嬢は、今日までに何度もあった分岐を悉く無視して進んだ。進んだ対価は自分で支払うもの。俺は、そう思う。
「頑張っただろ?」
「ええ。アレク様は立派ですわ」
「なら、ご褒美を」
昨日は、鳥肌までたてたし…。今日は来ると覚悟はあったが、邪魔された事が当たり前だと思いたくは無い。それでも綺麗におさめられたとおもう。
心の葛藤と行動の制御。よく押えられたと褒めてくれ。
クルシェから両手を離す。
クルシェが体を起こすのを追う様に、俺は肘をついて頭を上げた。
「ご褒美が欲しいよ、クルシェ」
きょろきょろと瞳が動く、だけど、なかなか視線は合わない。口元か頬か…。迷いながら見られているのは分かった。だから目を瞑った。
頬を何かが掠める。
頬へのキス。それが精一杯? 欲を言えばもっと欲しい。ささやかな吐息はまだ側にある。甘さと苦しさが交互に込上げるのに負けて目を開けようとした時、それは唇に触れた。
離れる唇を、俺は追い掛ける。触れるだけじゃ足りない。その柔らかな感触を求める。クルシェの頭に手を回し、俺から唇を重ねた時、ガサリと葉音がした。
護衛騎士からの警告だ。
急いで唇を離す。が、つい指で唇を撫でてしまう。名残惜しい。未練が溢れ出しそう。
「そうだ、他の男と、こういう所に来ちゃ駄目だからな」
「えっ?」
「俺以外は、恋人じゃ無いだろ?」
「そ、そもそも、私を誘うのは、アレク様だけですわ」
「そうでも無いから心配。連れ込まれたらキスだけじゃ済まない。大声を出して、それこそ噛み付いてでも逃げるんだよ」
恋人同士なら気分が盛り上がっていたしてしまう事もあるという。軽い触れ合いと会話だけのつもりでも、盛り上がったら止まらないものもある。俺は止められた。暴走する気は無いが、今付いてきてるのは俺の護衛じゃ無い。クルシェを俺から守る騎士。しっかり役割りを果たして優秀だ。ここで時を過ごす上での約束だからな、甘んじて注意を受けよう。
そして俺くらいというが、俺以外なら心配以上に問題だ。場合によって、穢すことを目的とした暴力をふるう者だっている。
クルシェだけじゃ無い。女性にとって、それが一番恐ろしい。
「なら、逃げてもいいですか?」
この場合は俺からか?
「逃げたい?」
と問い返したら、俯いて横に首を振った。
仕切り直しと、バスケットを引き寄せる。ブランケットを膝に掛けてやってから、俺はクルシェの体を後ろから抱える様に座った。
今更だが、木陰は涼し過ぎる事に気が付いた。
「アレク様は、この場所を、良く知っていらっしゃるの?」
うわっ! 可愛いだけの質問がきた。
誓って俺も初めての場所。似たような所も、利用した事は無し。
「んー。教わった?」
「何故、疑問形ですの?」
ヤキモチを焼いてくれてるのか?
後ろから覗き込めば、唇が尖ってる。
それじゃ悶々として、クルシェは楽しくないだろう。疑問形になったのは、この場所になるまでが簡単だけど長かったからだ。そう思って、この場所にクルシェと来ようとした所から話す事にする。
「官舎で、恋人の居る者達は、何をして過ごすのか聞いたんだ」
「恋人と何を、ですか?」
「あぁ。屋敷や領地の事を話し合って時を過ごすのもいい。それが日常でいいんだが、なら、特別はと聞いた…」
特別と言うか、お互いの休みの日。先ずはデートをする。お茶、食事、買い物の付き合い、公園に行く。奮発して劇場鑑賞。
なら、休みが合わなければの疑問には、一緒の職場なら食事や休憩時間を共に過ごす。…とか?
俺がクルシェと学園で過ごしていることと変わらない。
まぁ、俺は、恋人のいるヤツの惚気けを聞かされていただけなんだがな。そして出てきた言葉が『恋人達の茂み』。少し親密に触れ合いたいならここ。何時もではいけない。人前の、適度な距離感に我慢出来なくなった時に『恋人達の茂み』に行く。それを熱く語った男は、抱き締めてキスをして愛を囁くだけだと言っていた。本当かよと、皆のヤジが飛んだのは男所帯のお約束だそうだ。
ストップなけりゃ、もう少し踏み込むだろ、我慢出来ずに。
「兎に角。俺は、クルシェとデートしたかった」
「デート…ですか?」
「そう。考える程選択が難しくて。王都散策なら、領地巡りをしてみたいし。あ、買い物に付き合いたくない訳じゃ無いぞ。語られたデートが、俺にはピンと来なくてな。それに、公園に行くなら王宮の庭園を見る方が先かと思うと、で、実家での思い出作りになった…だな」
「これはデートなのですか?」
振り返りながら見上げられるのはとてもいい。
「デートじゃ無いのか?」
「その、デートってした事も無いですし…」
「俺も無いが、デートだと思ってる。クルシェは嫌か?」
「いいえ。嫌じゃ無いです。あの、嬉しいです」
「なら良かった。王宮の庭は、今日は人が多いから静かな場所を聞いたらここだったんだ。クルシェは、こういう所の方が好きなんじゃないかと思ってな」
「好きです」
「花の無くなる前に薔薇も見に行こう。だから今日はここで楽しんでくれるか?」
バスケットから料理を出す。一口大にされたそれは、クルシェが食べやすい様にリクエストしておいたもの。
クルシェの肩に軽く首を乗せて顔を見れば真っ赤になって「はい」と返事をした。
やっぱり可愛い過ぎる。
もう少し親密さをアピールしておかないと。
誰かにちょっかいを出されないか本当に心配だ。
今話もお読み頂きありがとうございました。




