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今だに準備中。次は当日になれるかですが...。

 残すところは今日を含めて後二日。

 拾った木の実は、昨日の時点で下処理の皮剥きは終わっている。焼き菓子を今日はメインで作っていくらしい。熱を取ってから袋詰めするのに時間が必要だからだ。

 俺は王宮への連絡係要員として評議会室に待機している。何もして無い訳じゃ無いぞ。必要な物を書き出したメモから発注書と発注数に支払いの計算確認をしてる。ずっとじゃ無いけどな。

 購入する物は、原価プラス一割で購入。原価のままで、物によっては寄付の話しがあったが、それは丁寧に断った。商売とは利潤があって成り立つもの。「王太子や王太子妃の名前を出せば物が安易に手に入るという前例をつくってはいけない」そう言ったのは、財務を目指す文官希望の若者だ。因みに『収支ゼロ』も、彼の言葉らしい。ちょっと前に汚職で罪を問われた奴らを思えば、こういう人間に頑張って貰いたいと強く願う。

 そう思いながら、俺は飴玉を一つ一つ油紙に包む。今は、する事が一段落してる。お菓子作りよりも刺繍の腕の方が戦力のクルシェは、黙々と刺繍に没頭している。集中してるから俺の方さえ見ないが、気にしない。お昼とお茶の時間は、ベッタリくっついて離れないからな、俺が。

 兎に角、そんな彼女を眺めながらクルクルネジネジ。皿やお椀を使うメニューが増えたから、それを回収しやすい様に使うんだとか。返しにきてくれたら、引き換えに飴玉一個。子供が喜ぶし、得した気分になるのだとか。俺にはよく分からない。が、何かの後、キスを貰ったら嬉しいって置き換えたら分かる。それはご褒美だ。

 クルシェと違って無心になりきれない俺は、最後に(クルシェの唇に)キスをしたのは何時だと考える。レイナードの屋敷に使者を迎える前だ。その後保護者達に釘を刺されたが、見られなければ構わないだろうと少し思った。が、キスをしようとすると、クルシェが挙動不 審に見える程アタフタとするんだ。それはそれで可愛いが、手を出したとバレたら困る。その代わり手を繋いだり食べさせっこしたりを、ホンワリとした気持ちで楽しんでる。それも大切と、クロイス推薦図書で学んだ以上、それを活かさないと駄目だからな。唇を貪りたい獣は今のところ封印中だ。頬や額にはキスをしてるが、唇は、封印だ。

 そんな時、隣が少し騒がしくなって、よもやアレがここまで押しかけて来たかと思ったら、開けっ放しの扉の前に見た事がある迫力美人が立っていた。


「クルシェ!」

「えっ? お姉様?」


 呼ばれてクルシェが顔を上げた視線の先。俺の視線の先にいたのは、クルシェの長姉ロレイン・アンバースと夫のルイス・アンバースだった。


「ごきげんよう。アレックス殿下。お会い出来て嬉しいですわ」

「ようこそ。アンバース夫人。それに義兄上も」


 訝しげな眼差しがアンバース夫人から向けられるのを、兎に角交わす。扉は空いていたし、二人っきりじゃ無いですよ。ほら、クルシェの側には刺繍をする女生徒がいるでしょ? 義兄上にもアピールをしておく。


「アンバース夫人。私の事はアレクと呼んで下さい。ルイス義兄上にも、そうお願いしてます。そして私は、貴女の事も義姉上と呼びたい」


 クルシェに良く似た眼差しで父親に面差しが良く似たロレイン姉上は、俺の言葉に、恐れ多いですわと「ふふふ」と笑った。接点が少ないと、塩対応なのは仕方が無いのか...。今度じっくりと話しをさせてもらう時間を作ろう。

 そんな二人の用向きは義兄上が第二騎士団としてで、義姉上は何やらたくさんの箱を持ち込んでいた。

 刺繍をそっと片付けて立ち上がったクルシェは、長姉夫婦へと近寄っていて、その姉にぎゅうっと抱き締められていた。その上からそっと二人ごと腕の中へと囲い込む義兄上。

 それを見た二人の女生徒は顔を赤くしている。...精悍な顔立ちの騎士が、とんでもなく甘い顔をして腕の中の二人を見ているのだから仕方が無いだろう。




 王都警護の第二騎士団団長が来たのは、警護と、何ヶ所の詰所から送迎の馬車を出す事の事前打ち合わせ。何故送迎馬車の話しが出たかと言うと、木の実拾いに集まった子供達が、自分達が手伝ったこれがどういう風に使われるのか知りたいと言ったのがそもそも。地域に親しんだ騎士が、馬車を出してやろうかの一言からだ。勿論子供だけでは駄目。保護者付きでの送迎だ。ならば、他の詰所はどうだろうか? 一箇所だけの優遇は不満を呼ぶので、聞いてみたら、何処からも馬車を出したいと希望があったのだ。学園生の俺達では対処仕切れないので騎士団の手を借りる事になった。後は第二騎士団の見習い達が、先日のクロイスとエドガーのお菓子のお礼にと、洗い物を手伝ってくれる事になっている。

 兎に角そんなで、本来なら副官やその下で済む話しなのだが、嫁に甘い団長が、妹に会いたいという嫁の願いを叶える為だけにやって来たのだ。愛妻家万歳!

 開催場所は王宮前の広場。門の東が第一騎士団詰所で、西が第二騎士団詰所がある。あちらの予定しているお茶会は第一騎士団詰所で行われる。貴族が集まるそれに王太子夫妻も顔を出す。警護がしやすいのが一番だろう。あっちは応接室とか充実してるから、お茶会参加以外の貴族の喫茶室と休憩所も兼ねる。そして第二騎士団詰所は俺達学園生の基点だ。

 どんどん大掛かりになる事に腰が引ける者も居れば、まだ足りないと動き回る者も居る。俺は、静かに観察するに留める。王子が言ったからやるのだとすると、皆それ以上をやろうとしない。今求めるのはそれ以上だから、余計な事は言わない。

 マーカスを初めとした主だった者が話しを聞く中。俺はクルシェと姉のロレインを見るのに席をそっと立つ。


「ほら、可愛いわ」

「ですがお姉様...」

「皆も可愛い」


 上着を脱いで、白いエプロンを付けた彼女が居た。白いブラウスに濃紺のハイウエストフレアスカートの制服に、袖も絞りも無い、Aラインシルエットのエプロン。

 出かかった言葉を掌で止めた。

 くっふぅ~っ、か、可愛すぎ! この前のエプロンとは、また違った趣。義姉上の可愛いに同意だ。


「まぁ、アレックス殿下! 丁度良かったですわ」


 こちらへと手招きされる。

 覗いてた訳じゃ無い。声を掛けるタイミングが、ちょっと...。平静を装って行く。


「殿下も脱いで下さいますか?」

「脱ぐ?」

「ええ。上着を脱いで下さい」


 しぶしぶ脱げば「ベストは着ていらっしゃらないのね」と、残念そうに言われる。そして渡されたのが制服のトラウザーズと同色の腰巻きエプロン。これを俺に着けろと? カフェの男性給仕の着けていた様子を思い出す。広げたそれを、腰に巻き付けて、紐で縛る。


「お待ちになって、殿下」


 落ちないように結ぼうとしたところでストップがかかった。


「殿下。それは固結びです。解くのに苦労してしまいますわ。クルシェも皆様もよろしい? 殿方の多くが、結ぶというとこれをしてしまいますの。ですから、気を付けて差し上げて」


 固結び途中の紐を俺から取り、くるんと輪っかを作った縛り目。一度クルシェ達に見せてから、くいっと引っ張って解く。


「クルシェ。縛って差し上げて」


 ここは、自分でやってみるところじゃ無いのでしょうか? いえいえ、自分からは見えないので是非に! 正面に、クルシェの小さい肩を見下ろす。義姉上...これは、ご褒美? ニヤけそうになるので、義姉上を見た。その義姉上は、クルシェを微笑ましく見てる。


「どうかしら?」


 俺とクルシェを並べて義姉上が言う。

 並んだところに注目されて、クルシェが赤くなる。


「殿下? 当日はベストを着用して下さいませね」

「アンバース夫人。これは頂けません」


 そう話しているところにメリル嬢。寄付は、取り敢えず断ってる。


「どうして?」

「今回は、なるべくなら寄付は受け付けない方向でと考えてます」

「ええ、でもね? 結構大掛かりになってしまってるし、王太子妃様のお名前を冠するのでしょう? ならば、体裁を整えるのは、多少どころじゃ無いと思うの。貸し出しは受け入れられても寄贈は嫌なのは、良く分かりますわ。でも、私の様に、家族の手助けになりたい方は必ず居るもの」


 他には、恩を売りたい者とかも居るだろう。


「どうぞこちらを」


 白い封筒を受け取り中のカードを見ると、貴族家の名前が並ぶ。そのうちの一つに、王太子妃の生家の名もある。


「短い時間で皆さんが頑張っていらっしゃるのを、応援したいと思う気持ちを受け取って下さいませ」

「アンバース夫人...」

「私も、もっと学びたかったですわ...。貴重な体験ですもの、良い思い出になさってね」


 そうメリル嬢に言いながらカードを持つ手をそっと撫でた。


「それは、困る」

「まあ、ルイス。困る事なんて無いでしょ?」

「一緒に通えない学園に君が一人で通うの? 誰かに笑いかけるのを想像するだけで、胸が潰れそう」

「それよりも、お仕事はもうお終い?」

「ああ、お終い。無い時間を無駄にさせるのも悪いから、帰ろう」


 自然に腰を抱き込んで、仲の良さを見せ付けて帰っていった。

 エプロンを外して上着を着る。

 途切れた作業とお昼の時間も重なって、集まった女生徒は今の仲の良い夫婦の話しとエプロンを着けた当日を想像して楽しそうだ。


「クルシェ。先にランチにするか?」

「あの...。さっきの刺繍がもう少しなのです」

「なら、終わらせてからにしような!」




 今は、飴玉はいじらない。食品に触れるなら、手を洗ってからだ。


「アレク様? 私、刺繍の続きを...」

「ん? 直ぐ終わるんだろ。待ってるから」

「危ないです」

「動かない。じっとしてる。約束する」


 膝に乗せて後から手を回して、ガッチリ前で指を組む。本当は耳元に顔を寄せたいが、くすぐったいとか言われると困るから我慢。旋毛に頬ずりしたいが、邪魔だと言われると困るから我慢。クルシェ。俺はこれ程我慢をしている。あの仲の良い夫婦を見た後じゃ、羨ましくてタガが外れそうだ。


「本当に動かないでくれますか?」

「ハロルドに誓って!」

「もう。何でお父様に誓うんですの? この場合は、陛下?」

「陛下にも、兄君達にも誓う」

「約束ですよ。動いては駄目ですからね?」


 くすくすと笑いながら一針目二針目とすくっていく。動かないと約束した。だから手元を覗き込む事はしない。最後の糸始末を終えるまで。終わりましたと、その手から針が離れるまで、じっと待つ。

 さっきまでと違うのは、クルシェが俺に話し掛けている事。

 義姉上の訪問は、クルシェにとっても思いがけずに嬉しいものだったようだ。


「皆様が楽しそうだと、私も楽しくなりますわ。ですが、当日、きちんと出来るでしょうか?」

「少なくとも二人一組なんだから、心配の必要は無くないか?」

「でも、初めての事ですよ?」

「義姉上が、良い思い出にと言っただろ? 良い思い出って事は、楽しい事だと思うから、楽しくなるだろ?」


 針からハサミに持ち替えて、ショリンと刃と刃が擦れる音がした。細い指が、針山へと針を刺し戻す。「終わりました」と振り向き仰ぎ見られたので、近くなった頬へとキスをする。


「う、動かないと仰ったじゃないですか!」

「針を持ってる間は我慢した」

「だって、アレク様」

「ん?」

「ここは、学園ですっ!」


 あっという間に、耳から首元まで赤く染まる。


「悪かった。学園では、我慢する」


 こういう学園生活も、なかなか楽しい。



 



 



 

後手を好まないの落ちまでお付き合い下さい。

今話もお読み頂きありがとうございました。


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