③
夜が明ければ残り三日。
協力を頼んだ孤児院に向かう馬車を送り出すのに、俺は立ち会っていた。責任者じゃ無いから別に構わなかったんだけど、発案の責任はあるし、試みに対しての心配もあった。
そんな時。学園の門の方から来た騎馬の一団と二台の荷馬車。
「アレク! 姉上は何処?」
まだ少し遠いが、俺を呼ぶクロイスの声。
大人の前にちょこんと座った小さな頭が揺れている。
並んだイヴァンもクロイスを見て「小嵐が来た」と言った。上手い事言うなと思ったのは間違い無い。
クロイスのニコニコ顔がわかる程近づいた時、心底ギョッとした。クロイスを乗せているのは、ヴァイス・リヒター将軍だったからだ。
「ようこそ。ヴァイス・リヒター将軍。そしてクロイス・レイナード・ハレス」
クロイスと共に馬から降りた将軍に、俺は頭を下げた。
「おはようございます。アレックス殿下」
「おはよう。アレク。イヴァンもおはよう」
「早速ですが、御用向きは何でしょうか?」
此方は、今出ようとしていた時だったので不躾だが聞いた。
評議会会長のマーカスを初め、この場に居た皆が並ぶ。
「面白い事をやろうとしてると聞いてな。老婆心からお節介だよ。もう、出る所か?」
はいと頷けば、「丁度良かった!」と機嫌の良い声が返って来た。
「あれも一緒に連れて行ってくれ。何処を見に行くのかは知らんが、役に立つぞ」
小さな荷馬車には、籠や桶。U字型に曲がった鉄やらなにやら...。
将軍の言う「役に立つ」は、物もそうだが同行者の事も言っているようで、簡単な挨拶と打ち合わせを経て送り出した。
「将軍。もう一つの馬車は何ですか?」
「あれか? あれは簡易式の竈だ」
「...竈?」
首を傾げれば、「煮炊きは、何でするつもりだったんた?」と呆れられた。
焚き火は無理だと思っていたので、普通に調理場でと答えれば、更に呆れた声で馬鹿者と言われた。
将軍様曰く。『目の前で立ち上る香りに叶うものは無い!』だ。
それには同意だが、露店を知っていても、伝手と期日が無かったのもありで消えた案の一つだった。
将軍の持ってきたそれらは、高等科棟の前に運ばれた。
将軍を見て、騎士を目指しての者達が群がったのは思わず笑ったが、組む事から火を付けるまでと指導を受けていた。
「あっ。もう出来ちゃってる」
クルシェの手を引いたクロイス。
迎え並ぼうとすれば、黒い影が何よりも早く動いた。「キャッ」とクルシェが声を上げて、将軍に抱き上げられていた。
「おじ様! 此処は学園ですのよ!」
小さい声で訴えるが、「おはよう! 別嬪さん」と言われて「おはようございます」と返していた。
クルシェ馬鹿の通常に抱き上げるは標準らしい。俺も見習おう。
「おじ様。突然どうなさいましたの?」
「昨日な、クロイスから話しを聞いて思いついた」
そう言って、竈だけじゃ無く、鉄板や大鍋を指さした。
「まぁ!」
「老人は、暇と知恵はあるからな」
「そんな事仰って...。お忙しいのは知ってますのよ?」
「なら、これも仕事だ。後継を育てるというな。遠征も無くて等しい。平和なのは良いが、有事の際には不安だろ。剣と己だけあればいい訳じゃ無いからな」
愛おしそうにクルシェを見て、火を入れた竈の横で別の竈を組むのを教わっている者達へと視線を向けた。
将軍を含めた俺達は、用意された椅子に座り、クロイス監修で進む竈の様子を眺めた。
また味気無い木の実かと思ったが、蒸すまでを終えた芋が熱された鉄板に並べられていく。立ち上るバターの匂いに、物珍しいだけじゃ無い力がある。育ちのいい筈の生徒も興味を引かれているようだ。
「リヒター将軍。あの竈は、お貸しいただけるのですか?」
メリル嬢が確認とばかりに。
「そのつもりだが。必要なかったか?」
余計なお世話と言われるのを恐れてか、困った様に言う。
若い令嬢には嫌われたく無い様で、将軍は優しく静かな返答をかえしている。
「そんな事はありませんわ! 一つあるだけで、出来る事の選択肢が増えますもの!」
「そうか、ならば良かった。一つ二つじゃ無い。十五、二十は用意出来るから、色々やってみるがいい」
「はい! ありがとうございます」
「使えそうな物は取り敢えず持ってきてみたんだが...。見てみるか?」
「ええ。是非に!」
そんな将軍にエスコートされて、メリル嬢は荷馬車へと歩って行った。
「姉上もアレクも食べて!」
クロイスが皿二つを手に寄ってきた。
「クロイス? 何時の間におじ様と仲良しになったの? それに昨日聞いたって...」
「えっ? 僕と将軍はお茶飲み友達ですよ。何かするって、楽しそうでいいなぁって言ったら協力をしようって事になったんです」
そう言うクロイスは、手にした皿を俺達に渡して空いた椅子に座る。
お茶飲み友達という聞きなれない言葉にクルシェが首を傾げれば、
「仲良くお茶を飲み合う仲を言うのです」
そう真面目に答えていた。
そのまんまの意味だが、クルシェが言いたかったのは、何時の間にそこまでの仲になったかだと思うんだが、な。俺は何故だか知っているが、今のところはと口を閉ざした。
塩と溶けたチーズの乗ったそれを、小さい一口分に切り分ける。自分の唇で、ある程度冷めたのを確認してから、話すクルシェの口へと運んだ。
「あっ、あのアレク様?」
「こういうのは、温かい内にがいいんだろ?」
ほらほらと促した。
「そうですよ! 姉上、僕にも」
両手の皿を俺達に渡してしまったクロイスは手ぶら。早くとクルシェに催促する。お返しに食べさせて貰いたいのは俺なんだがと、俺は一口大にした物をクロイスの口へと運んだ。これは、熱さは確認しなかったが、口にしたクロイスは美味しいと言いながらモグモグとした。
クロイスは、表情自体がよく動く。変なスイッチが入った俺は、この愛しい姉弟の口にせっせと芋を運んだ。途中でクルシェに食べさせてもらう。それは抜かり無し。
イヴァンの言うところの『小嵐』のクロイスと将軍は、昼を前に帰って行った。
将軍に感謝するのは、この後向かう詰所にも、道具と食材の分かる者を送ってくれているという事だった。ありがとうの感謝を口したが、後で改めてお礼はした方がいいだろう。何をと考えたが、考える心配は無かったかもしれない。屋敷で待つ夫人を慰める為に話しをしに来てくれればいいと、将軍とメリル嬢は、そんな約束を取り付けていたのだ。
午後になり、各所の詰所に向かう者達を送り出した。
此方を送り出すのが朝では無かった理由は、昨日夕方に決まった事だったから、子供達を集めるのに必要だと思った時間分だ。
新たに考える事が増えた皆は、露店を知る者の話しを聞き、自分達でも出来る事を話し合う。
そんな中クルシェは刺繍を刺していた。初等科に頼むハンカチと一緒に届けられた端切れ布。小物入れとかポーチにと、妙に盛り上がっている。おしゃべりをしながら集まった中で、黙々と手を動かすクルシェは無表情に見える。決して不機嫌な訳では無いそれは、考え込んだり集中している時のそれだ。久々に見たその表情に、俺の目は釘付けになる。伏せられた瞼に動かない唇。銀糸の髪に縁取られたその顔は、人形の様で目を引いた。引いた視線は俺のだけじゃ無かったので、威嚇も込めて睨むのは忘れない。
クルシェは俺の大切な人だからな。
夕方になり、何処だかの貴族からだと、薪と炭が届けられた。
寄贈されたその量に、どれだけの事をしろと言うのかと、半端な事が出来ないのを突きつけられた。
皆、よろしく頼むぞ。
今話もお読み頂きありがとうございました。




