女公爵クルシェ嬢の弟君は木の実を転がす
お待たせしてしまったでしょうか? 更新が二週間程空いてしまって面目無いです。ちょっと躓いてしまってワタワタとしていましたが、建て直して書き出したいと思っています。よろしくお願いします。
屋敷に帰りついて馬車を降りると、何かが焼けた匂いがした。
先に降り立ったアレク様も、私の後に降りたレミーネも同様に匂いの元を探して辺りを見回した。
「何処だ?」
出迎えのダリル兄様にアレク様が声を掛けた。
「早い時間に戻られたクロイス様が色々と...。裏手で焚き火をなさってます」
「クロイスが? 今度は何を始めたのかしら?」
私達は、屋敷の中を通ってクロイスの元まで行った。
外の竈には料理人夫婦とクロイス。焚き火を見守る男手二人。庭師と馬番だ。
チロチロと踊るオレンジの炎と、立ち上がる煙。
「あっ! お帰りなさい」
キョロキョロとしながらも、上半身を大きく動かしていたクロイスが私達に気付く。顔だけ向けて、その手には、大きな木べら。
「今度は何を始めたんだ?」
アレク様が問い掛ける。私も聞きたい事だ。
「昨日。風、強かったでしょう? 木の実がいっぱい落ちてるのを拾ったから食べてみたくって!」
「種類もあるな...」
「そう。色々。食べれるって言う人と、食べた事無いって言う人がいてね。で、どうなのかなって」
レミーネが進み出て、クロイスに並ぶ。
「...榛?」
「これ? そうかな?」
レミーネに問われて、隣の料理人の妻を見上げるクロイス。
そうだと教えられれば、ニコニコとレミーネに答えた。
「ミーネ? 着替えてからに」
ダリル兄様の言葉で、手を出そうとしていたレミーネが、パチクリとした目で振り返った。
駄目だと苦い顔をした兄様に、しゅんとしたけど、「着替えて来るから」とクロイスに声を掛けて駆けていってしまった。その姿を見送った私達も、着替えをしようと体の向きをかる。
どちらともなく一歩を踏み出せば、パンッとした音にびっくり。咄嗟に音の方を見れば、視線の先は焚き火。何と思う前に、アレク様に抱えられていたのだけど、それにもびっくりしてあたふたと身をよじる。
「栗が、爆ぜたのだと思います」
そんな私とアレク様に、申し訳ないと二人が頭を下げた。
大丈夫と言えば、二人は焚き火を崩し始めた。出てきたのは蓋をした鉄鍋。引っ張り出して揺すっていると、再びパッパンッと音がした。
焚き火に近付いて鍋を気にするクロイスは、どうしてそうなるのかと質問を始めている。
「食べてみようと言い出すと思いますから、お二人共、着替えを済ませてしまってはどうでしょうか?」
ダリル兄様に言われて、そうだと思う。レミーネにしろ、次に始まるのは試食会だ。
夢中なクロイスの姿に、いつも以上の苦笑いの兄様に背中を押されて屋敷の中へと入った。
戻ったら、テーブルと椅子が出されていて、人も増えていた。
クロイスは、本格的にここで食べる気なのだろう。そうした事が、キシュワ砦以降、お気に入りらしい。
アレク様の前に、焚き火を前にした二人を見つけた。
「いらっしゃいませ。エドガー殿下」
クロイスに並んだ殿下に挨拶をとほんの少しだけ膝をまげる。大袈裟な挨拶をエドガー殿下が嫌がるのと、クロイスの元に来ているので、堅苦しく感じさせない為に。
「先触れも無くすまない。クロイスにと頼まれた物を届けに来ただけだから、直ぐにでも失礼す、ます」
「エドガー。別に帰らなくてもよくない?」
「いや...。邪魔をしては悪いから」
ソワソワと頭を揺らすエドガー殿下を、少し気の毒に思う。
こんな場所でもてなされるなんて、思いもしませんよね。こんな我が家ですみませんと、心でお詫びを申し上げます。王子であるアレク様自身が、我が家に馴染みすぎなのもいけないと思います。
「あの。中にお茶を用意させますわ」
「姉上。そんなの必要ないよ? エドガーも座りなよ。じゃないと、皆が遠慮して座らないから」
この場のホストはクロイスでいいのかしら? クロイスの言う皆であるランス様達にも軽い挨拶をしていると、アレク様が隣に立つ。シャツとトラウザーズだけの簡単な格好。我が家が公爵家である事や、高位貴族の子息を迎えているとは思えません。
心に生まれた葛藤をよそに、兄様が執事としてお茶の支度を整えていた。
「取り敢えずお座りになって」
私は、クロイスと一緒になって座る事を勧める。
兄君であるアレク様と私が座ったのを見て、諦めた様にエドガー殿下も座った。
「先ずは焼き栗!」
クロイスの言葉と共に、蓋をしたままの鉄鍋が目の前のワゴンに乗った。薄地の手袋とおしぼりがそれぞれの前に並ぶ。
「自分でやってみて。駄目なら、剥いてもらうから」
お皿へ乗せられた物がクロイスの前に。
焚き火とは違った芳ばしい匂いがたちこめる。
「熱いからね! 硬い皮を、割れ目にそって剥くんだって。で、薄い皮も...一緒に剥けるのかな?」
四苦八苦するクロイスの小さな手を見ていると、私の前には、綺麗に剥かれた黄色の丸っこい物が乗った皿。
ダリル兄様のニッコリとした目と目が合う。
「綺麗に剥くとこうなるそうです」
「姉上。早く食べてみて!」
えっと...私から? アレク様やエドガー殿下は、手の中で焦げ茶の栗を持て余している様子。熱いの一言で、慣れないと容易ではなさそう。そんな中、器用な手先を披露したのは、ルキス様とエリオットだった。「美味いな」とルキス様の一声と、どうぞとエドガー殿下に勧めるエリオット。それを受け取って食べるのかと思ったら、自分でやるからと断るエドガー殿下。とても真剣な目をしているのが、微笑ましいです。
「うん。ホクホクとしてて、コレはコレで美味いかな。クルシェも食べて」
アレク様の、剥かれた栗を持った指が口元に。条件反射でパクっとしてしまいましたが、言葉通りにホクホクとしてほんのりした甘みを感じます。
「パンッって、大っきい音がしたのはびっくりしたけど、割れ目を入れるのが甘いとなるんだって。鍋でしたけど、そのまま火にくべると爆ぜたのが飛んでくるんだって」
もぐもぐとクロイス。ようやく口に出来たみたい。
「栗は、外と中の皮を剥いたのを砂糖で煮て保存する事が多いでしょうか? 次は榛の実です。乾煎りしたたげですが、どうぞ」
レミーネが小皿を置いていく。
これは、クロイスが一生懸命に木べらで混ぜてた物だろう。殻付きのまま。観察する様に見てると、再び口に運ばれた。際限なく口に運ばれても困るので、両手で口に蓋をする。けれど、口に入れたコレは、特別に味があるとは思えなかった。
「栗はチクチクだったけど、コレは変なのだったんだ。中は食べれるって言うから、どんなのかと思ったけど...」
クロイスも、あまり美味しいとは思わなかった様だ。私だけじゃなくて良かった。
「坊ちゃん。コレは菓子で出した事がありますよ。クルミとナッツの焼き菓子を覚えてらっしゃいますか?」
微妙なクロイスに、料理人が声を掛けた。
それは私も食べた事があるという事かしら?
「付け合せに皿に乗る事もあります。そのまま食べてみたいという事でしたのでこのままですが、夕食にお出ししますよ」
「そう? なら次を出して」
マイペースなクロイス。栗を剥いては口にほうばるエドガー殿下は、ランス様と何やら言葉のやり取りを。耳をすませば、この様には食べた事が無く、どんな食べ方をした事があるのかと記憶を掘り起こしているらしい。
「こちらは、エドガー殿下がお持ち頂いた物と同じです。ただ茹でただけの物と塩茹でした物です」
コレも、贅沢を言うようだけど微妙だった。塩茹でが何とか...。幾分ましかと咀嚼する。口直しのお茶に、つい手が伸びる。
「クロイス。コレを食べるのって意味があるのか?」
栗を頬張るエドガー殿下が、クロイスに問う。大人なランス様達は、一口二口の後、私と同じ様にお茶を飲む。
「味を知るのは大切な事だって教わったけど?」
「僕達には必要無い事だろ?」
「ねぇ、エドガー? それ本気?」
次にと出される皿。二人のやり取りを、面白そうに眺めるアレク様。
「ムカゴを蒸かして、バターと塩で和えました」
気にする事無く給仕をする兄様も、面白そうにしているみたいだ。職務中だから、顔には出さない様にしてるけど、口角が上がってる。
「別に、エドガーに食べてもらう必要は無いよ。でもさ、頼まれて木の実を持ってきたって事は、食べてみたいって思ってる人間が居るって事でしょ? 僕が食べてみるだけなら、あんなに要らないよ。僕が拾ってる時、そんな物誰も食べないって笑った奴もいた。なのに、何で王子に届けさせるの?」
コレにはフォークが添えられていて、クロイスは、グサッと刺してもぐもぐとする。
小指の先くらいのボコっとした実。そっとフォークをあてると、すっと刺さった。塩がふってあるなら大丈夫かしらと口にする。コレは素朴な感じだけど、バターと塩のおかげか美味しいと思えた。
「王都では平民でも食べないって言うけど、地方出の騎士は、食べたって言ったよ。それが何でだか考えないの?」
私も考えた事は無かった。クロイスが、とても賢くみえる。
「食べ物が無いからじゃ...」
思わず口にして黙り込むエドガー殿下に、ため息をついたクロイスが続ける。
「食べてみたいって思うのは僕の好奇心。どうしてなのかと思うのも、僕の好奇心。ねぇ、この国は、王都から離れたら皆貧しいの?」
クロイスは料理人を見た。
「コレは美味しいって思うけど、バターのせい? 大体はどうやって食べるの?」
「蒸かしただけで、そのままか塩...ですかね。後は、スープに入れたりもします」
「どれも領地で食べてる?」
「ええ。食べられてますよ」
「なら、何で王都では食べないって言うの?」
クロイスの「どうして? 何で?」に、少し慣れてきた料理人は、私見ですがとクロイスを見る。それでもいいからとクロイスは促す。
「栗は焼いただけ煮ただけで、それなりに食べられる物だと思います。が、王都の何処にでも植えられている物では無いでしょう。他の物は、手間とある程度の薪が必要になるでしょうか? 榛は、ここにいらっしゃる何方のお屋敷でも、食べられている物だと思います。坊ちゃんの言う食べないと言うのは、王都に住む平民ですよね。平民には手が出ない物で、貴族の方々は、元を知らないのだと思います。後は食べられると分かっていても、採る事が難しい場所だったりもするかと」
ふーんと、クロイスは相槌を打った。
「確かに屯所の敷地って、誰でもが出入りしていい所じゃ無いよね。でも、平民には手が出ないって、どうして?」
「店に並んだりしてますが、少し高い買い物になってしまいますから。反対に領地などでは、収穫の手伝いの合間に子供達が拾いにいきます。それを冬の為の保存食にしたりしますよ」
納得がいったのか、保存食と小声で繰り返しながらフォークを置いた。
「坊ちゃんが採ってきた物ではありませんが、栗と一緒に焚き火で焼いた物です。素朴ですがお口直しになると思いますよ。エドガー殿下も、是非お食べになって下さい」
気まづげにクロイスを見ていたエドガー殿下に、料理人が声を掛けた。本来なら不敬だが、ぷんとしてエドガー殿下を見ようとしないクロイスの様子に、助け舟なのだろう言葉。こくこくと頷いたエドガー殿下は、「コレは僕も美味しいかなと思ったぞ」と返している。
そして新たに運ばれたのは、ほんのりと上がる蒸気と甘い香り。より鮮やかな黄色の断面。二つ割にして皿に乗っただけなのだが、匂いだけでも美味しそう。料理人と話した勢いのまま、エドガー殿下は、スプーンで早速一口と口にした。
「甘いな。これは、芋?」
「バターと塩もお使いになると、違った楽しみな味になるかと思います。お試し下さい」
「甘い物に、わざわざ塩をふるのか?」
「ほんの少しだけで」
言われて、恐々なのがお可愛らしい。
「甘みが増した? クロイス。コレは美味しいな!」
パクっとしたエドガー殿下は、素直な感想を口にしたのだろう。それが分かったクロイスは、ぷんとするのをやめて、レミーネを呼び、エドガー殿下の持ってきた木の実をどうするかの相談を始めていた。
私は...。何時の間にか、椅子をくっつけていたアレク様に甘いオイモを乗せたスプーンを口に運ばれ、もぐもぐしてます。
同じ年と言えない。明らかにクロイスが年下なのだけど、クロイスとエドガー殿下のやり取りが、どうしても気になって出される物への関心が疎かになっておりました。
もぐもぐするのが辛くなったので口を押えてアレク様を見ると、余所見をしていたのが悪いと言われてしまいました。アレク様も、弟君のエドガー殿下の様子を見ていましたよね? 私だけが悪いのですか?
じーっと見詰めると、笑ったアレク様が「交代」と言ってスプーンを私に持たせます。
こうなると、恥ずかしいから嫌とは言い出せない雰囲気になります。
分かりました。「あーん」と口を開ける兄君を見て頂きましょう。
決意してスプーンを手にしましたが、食べ終わったクロイスとエドガー殿下達は席を立ちました。なにやら、木の実の下ごしらえをするようです。貴族のお坊ちゃま達のする事ではないと、誰かに言われないかしら? 言われてもきっと、クロイスは気にしないのだろうなとも思うけど...。クロイス達の後ろ姿を見送っていたら、アレク様に抱えられて膝の上に。
「ねぇ、俺をちゃんと見て」
近くなった顔と、耳元で声。
何で、平気でこういう事が出来るのだろう? される私は、恥ずかしいのだと分かってくれないだろうか? お手柔らかにと願うけど、柔らかい眼差しで見られたら、恥ずかしいと思う事は横に置いて、言う事を聞いてしまう。
恥ずかしくとも幸せな一時だと感じているのは私だけ? アレク様も、そう思って下さってますか?
月の初めに旅行に行ってまいりました。素朴な秋の味覚を堪能させて頂きました。その事を少し交えて話しを書きましたが、秋嵐を主体にしてからの味覚祭りだったので、嵐の部分を省いて書き直しをしました。
台風の通過とともに、大変な災害で悲しい思いや辛い思いをなさってる方々に、何と言っていいのか、言葉になりません。台風の上陸する一週間前に訪れた場所の変わりように、テレビの画面越しながら胸が苦しくなりました。
頑張って下さいと言うのは簡単ですが、実りのある温かい街に再びなされる事を願っています。
今話もお読み頂きありがとうございました。




