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女公爵クルシェ嬢 分かってなくてごめんなさい

 領地に出向いていた執事長が戻ってきました。

 婚姻の知らせを受け取った執事長が、こうして領地から帰り着くのは、日時的に早いと言えます。ちょっと目元が窪んだ様子に、無理はしないでと言ったら、お話しをしてから休みますだった。少数精鋭と言えばちょっとかっこいい。だけど事が起これば、采配をとる者が動かなくてはならないのは、改善しないといけない事だ。苦労を掛けてごめんなさい。大人しく聞いて、早く休んで貰おう。

 そう思い、アレク様に言いたい事を飲み込んだ。

 婚約誓約書に王印を頂き、帰るのみなのにちょっとありましたが、ヴァイスおじ様に送られて帰宅。遅れる事半時...。アレク様がいらっしゃったので、「おかえりなさい」と言ったところから抱っこです。執務机を、何時もより高いところから見ています。アレックス王子殿下の膝の上から見ています。

 私の言いたい事は...この状態の改善です。

 本日。婚約は整いましだが、レイナードに入った訳では無いアレク様ですが、執事長がご一緒にと勧めて同席してる。クロイスの私室も整えなくてはならないし、まるっと手を入れてはどうか? 提案の様相だが、懇願に近いものが勧める言葉のはしにあった。今まで見ない振りをしていてごめんなさい。今まで不便に感じた事が無かったので、使わないならいいかしら...でした。

 いずれアレク様も暮らす事になるのなら、本人の使い勝手がいい様にしてもらいたいとは思うので、ご相談に異存は無いのです。

 ...アレク様に言いたい事はあります。誠に不本意ですが、執事長の体の方を優先したいと思います。

 心の中で覚悟を決めた頃、執事長は、領地での報告から口にした。

 使用人の数も幾分減った。私がセニエル家の関係者を切ったからだけど、色々と悩ましい領地館の現状。空席の采配者の選出や現段階の収穫状況。などなど...。そして、領地に残るお祖母様。

 お祖母様はご実家の事を知って、少しお体を弱くしてしまったと聞いてます。ロレイン姉様とレミーネが、お祖母様を王都へと誘ったのですが、頷いてはくれなかったそうです。長く暮らしている領地の方が心が休まると言われては、それ以上言えなかったとロレイン姉様が言っていました。

 細々とした報告を聞いた後。私も知らなかった公爵家の内情を聞く事になりました。

 叙勲のメダルと覚えが書きが一つ一つの箱に入っています。その説明を、淀みなく声にするのはさすがです。爵位が幾つかあるのは知っていましたが、伯爵から男爵位まで七つありました。

 叙勲のたびに賜わった領地は、その代事にお返ししていたそうです。だからレイナードの持つ領地は、最初に拝領した所だけ。私がしていたのは、負債を出さない様に領地を切り盛りしていただけでした。返した領地は、今は直轄領になっていて毎年幾らかのお金が王家から入る。これは、私が一度も目にした事が無いお金の流れ。一部領地に流用はあるものの、貯まれば国の事業に寄付をするのを繰り返し。それを何代にも渡って行っていました。

 執事長がこれを出したのは、屋敷の手直しの資金としてと、二十年程手付かずなのでどう運用するかです。


「親父殿達が...レイナードを、潰したくない訳だ」


 その記録を二人で見ていたら、アレク様が、感嘆のため息と共に呟いた。

 執事長は無言だけど、誇らしそうにメダルの入った箱を執務机の上に並べて行く。

 並べるのは、アレク様の指示。


「アレックス殿下が、目を通したいと言っていた領地十年分の資料もこちらに」

「ああ。ありがとう」

「他に何かお聞きになりたい事はおありでしょうか?」

「先ずは見てからだけど...。執事長からして、優先して考えるならどれから?」


 私の後ろからアレク様が話します。真面目な話し中に不謹慎ですが、くすぐったいです。


「領地采配者は分家の者に託して来ましたので、敢えて言うなら、この屋敷の方でしょうか?」

「分家? 分家何てあったのか? あっ。その前に、恐らくだが、コリニアス殿の滞在の受け入れの話しが来るかも知れない」


 初耳に振り返れば、どうしたのと顔を覗き込まれた。


「コリニアス様がいらっしゃるのですか?」

「冬に滞在したいらしい。キシュワ砦か、ここが候補かな...。受け入れになっても問題無いか?」

「コリニアス様お一人で?」

「いや、恐らく姫も」

「もっと相応しい所があるのでは無いでしょうか?」


 お体が強くないとは聞いています。試しに避寒でいらっしゃるとしても、もっと良い所がご用意出来るのでは無いかと思えます。


「コリニアス殿自身は一冬まるごとの滞在はない。姫とお付きだけをキシュワ砦にというのは抵抗があるらしくて、ならばなららしい」

「そうなのですね」


 我が家でいいのでしょうか? 執事長を、つい見てしまいます。


「どちらにせよ、使用人の数がやはり...。アレックス殿下の身の回りをする者とかは、王宮からお連れになる予定はございますか?」

「レイナードの使用人は、信頼のある者達で固めたいのだろ? 俺は、敢えて従者は持ってないから、連れてくる者は居ない。世話をやかれるのは好きじゃ無いから、居なくてもいいんだが。それは、執事長に任せる。クルシェは?」


 私も不自由は感じない。だけれども、屋敷全体として考えたら、少ないのだろう。私に使用人の必要人数が分かる訳でも無いので、これは任せるしか無い。


「アレク様の言う通り、執事長が必要だと思うだけの雇い入れをお願いするわ」

「返事はどうする?」

「コリニアス様のお役に立てるなら」

「そうか。なら、それも踏まえて考えような」


 アレク様に、こっくりと頷いて返す。

 とてもいい笑顔をするのは、心臓に悪いから辞めてください。 


「もう大丈夫だから、明日の昼までゆっくり休んでちょうだい。寮に戻る前に、大まかな事は決めるから」

「クロイス様の従者と侍女ですが、彼等は?」


 ルーキンスからついてきたヨシュとマーナの二人。クロイスにこのまま仕えたいと言っているが、もう一度意思の確認は必要だろう。それも明日にと、執事長を下がらせた。

 下がらせた後は...アレク様。やっぱり、この状況をどうにかしたいでんてす。後ろからお腹に回された手は、ギュッとしていて外れそうにありません。そもそも、何でこうなっているのか...。パッパッパと、行動が早くて、口がはさめなかったのです。回された指をぺちっとします。


「ん、何?」

「そろそろ離して下さい」

「下に戻るの?」

「いいえ。でもこれじゃ、お話ししずらくないですか?」

「全く。問題無し!」

「えっ? でも...」


 アレク様の右手が、領地の資料へと伸びる。


「一緒に見るなら、この方が見やすいだろ?」


 確かに同じ方向から覗くので、言っている事は分かります。ですが、そういう事では無くて、ですね...。隣に座ればすむ事ですよ?


「同じように見て考えたいんだが、駄目か? こういうのを自分の事として考えるのは初めてだからな」

「膝に乗せなくても見れますし、考えて相談出来ます」

「確かにだが、目線が動くと、そっちの方に傾くだろ? それが分りやすいっていうか...だ」


 もごもごと耳元で。


「私は、アレク様の顔が見えないと、どう思っているのか分からないです。ですから、お顔が見えるようにして頂きたいのです」


 今も後ろ向いて見上げていますが、首が痛くなります。それに変な顔になったら嫌じゃないですか? そういう事だって気になります。

 考え込むアレク様ですが、考える必要はありません。左手の力を緩めて下さればいいんです。

 なのに、お腹に回っていた手に力が入った。何故? 右手が添えられて浮遊感。見えなかったアレク様の顔が見れたと思ったら、開いた左足の上に移動していました。...どうして?


「あ、あの。アレク様?」

「問題無い」

「ですけどっ」

「クルシェ、分家って何だ? 先代の時だってクルシェの時だって、分家から誰かって話しにはならなかったのか?」


 私の問題は解決したとばかりに問うてきて、答えるのはどちらをと戸惑った。

 アレク様の言っているのは後継の事だと思う。分家...。便宜上分家と言っています。確かに枝分かれしたレイナードなのですが、国の表には出る事の無い一族です。ビデディアと関係のある話しですし、お話ししておかなくてはいけないでしょう。


「それこそ、十代遡った頃でしょうか? ビデディアの捕虜となった方と、レイナードの女性が結ばれたのです。捕虜の自由は認められていませんでしたし、公に出来ない事でしたから。山を守るのと、捕虜の方達の保護をしている一族ですわ。血は伝わっていても、この国の民としては存在しない家です」

「だけど、采配人を任せられる家なんだろ?」

「そうです。ですが、表立ってとはいかないので...。だから上に人を置いていたのです」

「関係は?」

「良好ですわ」


 髪をかきあげるアレク様。長いまつ毛。薄い色素で作られた線が綺麗。閉じられた瞼に見入ってしまいました。


「その分家から、人を屋敷に入れる事って難しいか?」


 ぱっと開いた目が、得意気に私を見る。


「えっ?」

「ほら、少なくとも、信用出来る家なんだろ?」

「ですが...」

「ビデディアと友好が持てそうなのだってその家のおかげだろう? 領地から出たくないと言われたら、無理には言えないけど、悪い話しじゃ無いと思うんだ」

「ですが、許しが無ければ無理ですわ。そういう取り決めですもの」

「分かった。この話しは、俺から陛下に言う。許可が下りたらそうしよう!」


 勢いに、つい頷いてしまいました。ですが、そう出来れば言う事無しな気がします。


「領地の記録は、先ず見てからだから後。なら、屋敷の手直しか?」

「何人でいらっしゃるか分かりませんが、クロイスの荷物を移せば、十分にお部屋は対応出来ると思いますの。早くクロイスのお部屋も用意しないといけませんわ! アレク様はどちらのお部屋がいいかしら?」


 ん?っと、アレク様が首を傾げます。

 今は別邸のお部屋を使っていらっしゃいますが、ゆくゆくは此方にご用意をしなくてはいけません。


「アレク様とお隣同士なら、クロイスもよろこぶかしら? アレク様はどうですか?」

「クルシェ?」

「はい。お部屋だけじゃなくて、執務室も必要ですよね! いっその事、ここを模様替えしてアレク様の執務室になさりますか?」

「クルシェ?」

「はい。何でしょう?」


 頬に手が伸びてきて、視線を合わされた。

 困った顔をなされてますが、屋敷を見て回ってからお決めになりたいのかしら...。それなら早速の方が。明日には、ある程度決めておくと言ってしまっているのですから。


「お部屋、見てみますか?」

「うん。それも大事かもね...」

「アレク様?」

「結婚の日取り自体が決まって無いから仕方無いかも知れないけど、俺は夫になるんだよね?」

「はい」


 婚約をしたのです。ゆくゆくは結婚して夫婦です。


「くくっふっ、くはははは」


 コツンとおでことおでこがくっついて、笑うアレク様の顔がすぐそこです。


「アレク様?」

「用意するのは俺の部屋じゃ無い。クルシェと俺の、二人の部屋だよ」


 そう言って、まだ笑ってるアレク様。


「まだ分からない? 妻と夫が二人で過ごす部屋だ」


 結婚する。アレク様がレイナードに入る。一緒に暮らす。だから、お部屋が必要なのですよね? 分かってますわ。


「ですから、何処がよろしいでしょう? どの部屋でも問題無く選んでいただけますわ」


 どの部屋も使っていないので、お好きな場所が選べるのです。


「クルシェは可愛いな」


 可愛いかどうかは分かりませんけど、お部屋と関係ありません。

 可愛いと言いながら頭を撫でる手に手を重ねて下ろします。持ち上がってまた頭を撫でられそうなので、両手で押さえました。

 ふふっと耳元で笑うアレク様。


「夫婦の寝室だよ、クルシェ」


 そのまま耳元で囁かれました。

 夫婦の寝室。頭の中で繰り返してしてみる。アレク様と私が二人で使う部屋...。アレク様お一人では無くて、二人で使う部屋...。

 意味が分かった途端に、ぼっと頬が熱くなりました。恥ずかしさで、何処かに隠れてしまいたい。何故、アレク様お一人の部屋を用意しなければと思っていたのか自分でも疑問です。そうですよね、今使う部屋では無くて、婚姻後の部屋の話しですもの...。兎に角。赤くなっただろう顔を隠したくて、俯いてアレク様の胸に顔を寄せた。


「ようやく分かった?」


 コクっと頷く。

 くすくすと息がかかり、ぽんと背中に手が回されました。あやす様にポンポンと...。


「ねえ。夫婦の部屋は、俺が整えるのでいい?」


 コレにも頷く。

 調度品をアレク様と相談をする事を考えると、悶絶して、息が止まりそうです。


「執務室は、机を並べるのでも向かい合わせでもいい。一緒がいい。駄目?」


 横に首を振る。アレク様がそうしたいなら、それでいい。


「顔をあげて。俺を見て、クルシェ」


 言われても無理です。恥ずかしさで、涙まで出てしまっているので無理です。へにゃった顔は見せられません。

 嫌々と首を振れば、「俺は夫になるんだよな」と言われたので、うんと頷いた。


「名前だけの夫になる気は無いよ」


 仕方が無いなあみたいな声音で言われて、「ごめんなさい」と言った。

 顔は、まだまだ上げられそうもない。

 アレク様の口から「可愛い」と、何度も言われる言葉自体も恥ずかしいけど、うっかりな自分も恥ずかしくて尚更だ。自分を落ち着ける様に、頬から伝わるアレク様の胸の鼓動を聞いた。


 


 

 

 




 


 

 


 

      

タウンハウスには、夫婦揃って暮らす両親の記憶が無いので、クルシェにはピンとこなかったのです。

今話もお読み頂きありがとうございました。

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