女公爵クルシェ嬢とおじ様将軍
態々屋敷まで迎えに来てくれた後見人のヴァイス・リヒター将軍。
そのヴァイスおじ様は、私を見て「別嬪さんだ!」と言って、何時も通りに抱え上げる。
騎士正装のおじ様。黒衣に金ボタンで赤の刺繍と縁取り。
誇らしくてかっこいいと見惚れる私の頭を、おじ様のゴツゴツとした手が撫でていく。硬い掌なのに、温かく優しい。
「もう一人の別嬪さんは元気だったか?」
抱え上げられて首にしがみつくレミーネ。「元気ですよ」と答える。同じ様に頭を撫でて下ろすと、見送りに集まった皆を見回す。
そして、朗らか過ぎるのおじ様の声がクロイスに向けられた。
「銀の探求者殿。私めはヴァイス・リヒターと申します」
膝をついてクロイスと目線を合わせると、厳つい顔に悪戯な色が浮かぶ。クロイスの切り返しを楽しみにしているのが分かる。
キョトンとしたクロイスは、表情を改めるとおじ様の目を真っ直ぐに見た。
「将軍。光栄ですが、僕のような者に膝をついてはいけません。クロイスとお呼び下さい」
胸に手を当てて頭を下げるクロイス。
「ならば、次の探求の際はお連れいただけるか?」
芝居がかった二人のやり取り...。そもそも、探求者って何でしょう?
「ご同行頂けるなんて恐縮してしまいます。ですが、願えるなら是非に!」
目線を合わせた二人が笑う。
立ち上がったおじ様とクロイスが握手をする。
何でしょうか? この、分かりあった雰囲気は...。クロイスは良い子ですが、ずっと一緒に暮らして居なかったから行動が分からない事があります。物怖じせず、活動的なのは分かっていましたが、私の想像の範疇を超えます。
ヴァイスおじ様は、見送りに出てきたお父様と二言三言言葉を交わして私の手を取る。
移動の時間もあるし、そろそろ屋敷を出なくては...。
行ってきますとお父様を見れば、行っておいでと額にキスが落ちてきた。
後見人であるおじ様には悪いと思いますが、レイナードと一線を引いたお父様と、一緒に行けないのが心細く感じます。これ程かしこまった支度をおじ様にして貰っているのに、心の中で思う事はわがままです。
通常は、王宮東棟の貴族院の一室で執り行われるものですが、おじ様の騎士正装を見て、もしかして謁見の間とか...と、ドキドキしました。アレク様は王族ですから、それも有り得ます。
チラチラと向けられる視線には気付かない振りで、王宮の中央から奥へと進みますが、だんだんと緊張が強くなっていくのが、自分でも分かります。
おじ様の腕に添えた手が強ばるたびに、上から何度かポンポンとされます。心配無いと伝えるそれは、とても頼もしいものです。
そうして辿り着いたのは王の執務室でありました。
...予想外。この一言です。
重厚な執務机の向こうの陛下や同席の王太子様へ、平静を装いご挨拶を。
「アレックスとの事。心に迷いは無いか?」
開口一番の陛下の言う迷いとはどういう事だろう? 離れたくないという気持ちは、私の中にある真実だ。それだけじゃ駄目なのだろうか? そんな事で悩んでいたのに、今の私は「ありません」と答えた。
ほっと息をついたアレク様と目が合った。
反対にアレク様には迷いは無いのだろうか? そっちの方が気になる。私に聞いたようにアレク様に聞いてくれないかな...。
陛下と私達の前に並べられた誓約書。アレク様からサインを入れていく。証人として、王太子様とヴァイスおじ様のサイン。私を混じえて四つの署名のあるそれに王印が押された。
この時点で、アレク様と私は正式な婚約者になった。
「ルドルフ。王妃が待ちきれなくなる前に連れて行け。話が終わればすぐに行く」
陛下の言葉に、にっこり笑った王太子様が私の手を取った。
入った扉では無い扉へと促され、奥へと続く廊下。
アレク様とおじ様は、まだ執務室。陛下のお話しはどちらにでしょうか?
アレク様ときちんと向き合う間も与えられないのには戸惑います。
兎に角、予想外に執務室だったのは、直ぐにでもと顔合わせを望んで下さった王妃様のご意向からだったみたいです。
休憩室の様なお部屋。といっても王宮なので、調度品も素晴らしいのですが、王妃様と王太子妃様と第一王女のサリア様が並んで座っていた。
気さくにお義母様と呼んでと言った王妃様は、二十二歳の王太子を頭に、四人のお子様のお母様とは思えない程綺麗な方だった。
失礼があってはと緊張する私に、王妃をお義母様などと呼べる余裕は無い。慣れれば呼べる筈だからと期待に満ちた眼差しは、辞す時まで向けられた。ご期待に添えなくて申し訳ありません。
留意する事は、クロイスとルーキンスで産まれる子供の今後。複雑な血ゆえに、国の監視から外すことは出来ないには、納得するしか無かった。大きなお披露目は出来ないとも陛下が言った。婚約式をする家も確かにあったと思うも、今は、大きく騒いで貴族の目を集めたくは無い。それは、王家というより、レイナードの都合。
いくつかの事以外は、婚姻の時期を含めて、アレク様と二人で決める様にだった。
行きと同じに、ヴァイスおじ様と並んで座る馬車の中。
王宮での事を思い出し、考え込んでしまっていたら、ポンと温かい手が頭に乗せられた。
「おじ様?」
「心配する事は、何一つないぞ」
そんなに心細そうだったでしょうか?
「婚姻は何時でもいいと言いながら婚約の許しが直ぐに出たのは、殿下がレイナードに入る事で、王家からの保護の手を出しやすくする為だろう? 他国とは言えど王族の血。要らぬ手出しでつまらぬ思いをさせられるのは痛いからな」
「私が...頼りない、から...」
「そうでは無い。二人で万全を期せという事だ。いいか? アレックス殿下とお嬢二人でだ。一人で悩む事は無い。それとも、頼りにならない婿を選んだのか?」
おじ様の言葉に、ぶんぶんと首を横に振った。
「そうか? 剣術も弱いと聞いたから、鍛えてやらねばと思ったんだが...。頭が必要なら、誰よりも頼もしい父親が居るだろう?」
「でも、お父様はレイナードの事にはあまり...」
「表立っては動かないが、相談して知らないふりはしないだろう? 弟の事は、私が後見人になるのでも、養子に貰うのでもいい。今まで通り助力は惜しまない」
「おじ様...」
「職を退いても頼りになるぞ? それにな、騎士団で面白い噂を聞く。ルーキンスの出方を気にして閉じ込めたら潰してしまう。惜しいと思うから、自由を残してやりたい。そして、お嬢も幸せになるんだ」
お父様と違った立場からの、私達を思う言葉。
何となく、出掛けのおじ様とクロイスのやり取りを思い出す。
「おじ様がそう思うほど、クロイスは騎士団で何をしてますの?」
「聞いてないか?」
「...採取に夢中と聞いてます」
言いにくそうに言えば、おじ様の豪快な笑い声が上がった。
「敷地内の地図を書いた。植物分布図だが、ほぼ正確な縮図だと驚かされたぞ。そしてこの一週間だが、孤児院の子供を集めて採取をしたいと許可を取りに来た」
思い出したのか、クククと笑う。
「小指の先くらいのオレンジ色の実がなる蔦があってな。そのままでは食べれないのだが、酒に漬け込んでから干すと渋味が抜けて甘くなる。酒は薄めてうがいに使えば、冬場の病の予防になる。理論整然と上官に得く姿に見惚れたくらいだ。労働力として孤児院の子供を使う。報酬は漬け込んだ後の実。収穫は一日。漬け込みは一月。実と酒を別にして、酒は医療用として使う。実は孤児院で干せばいい。酒代だけだから試してみてと、物怖じもしないで言うんだ。大した子供だよ」
「それで?」
「ルイスが許可を出した。本人が居なければ意味が無いから、三日後の予定だな」
「クロイスったら...」
「前に食べたら渋くて泣いたそうだ。どんな風に育ったんだろうな、あの子は...」
おじ様の言葉に喉が詰まる。
「王宮殿の中。宮のまわりだけで...」
「駐屯所内でこのままというのも同じだろう? お前が大事に思っているのは分かる。なら、尚更伸ばしてやりたい。必要なら何時でも声を掛けろ。忘れるなよ?」
「おじ様。何時も、ありがとうございます」
「おじ様って歳じゃない。おじい様だ」
ニカッと笑って、頭を撫で回された。悪戯な目をしていらっしゃる。
「婿になるアレックス殿下より、弟のクロイスの方が頼りになるかもしれないぞ?」
そんな事は無いですよ? アレク様だって、ちゃんと頼りになります。
気持ち的に辛かったルーキンスでだって、アレク様がいたから過ごせたのですから。
そうです。浮かれてないで、考えなくてはいけません。
おじ様もアレク様を認めて貰わないと!
ですが、おじ様に認めてもらうとしたら、騎士様の様な強い剣の腕でしょうか? 先日の手合わせを思い出します。
まずはアレク様ときちんとお話しする事です。お話し、出来るかしら? 何時の間にかアレク様のペースで、お話しにならない時ばかりだという事に気付きます。駄目な私です。気合いを入れて向き合いましょう。
「皆が、お前達の幸せを願ってるぞ」
私のだけじゃ無い。私達の幸せ...。おじ様に言われて、じんわりと温かい気持ちになった。
心の中で、おじい様と呼びかける。胸のあたりがくすぐったい。
私を愛してくれている人がここにもいる。嬉しいと、おじ様を見上げて笑った。
屋敷へと帰りついたら、葉っぱをくっつけたクロイスとレミーネのお出迎えに、ヴァイスおじ様が破顔した。
二人の獲物は野葡萄。
お留守番の間に、二人でした約束通り採取していたようだ。
そのまま口にして「ぎゅわってした」と、レミーネが大興奮。
それは、どうやって食べるつもりなのかしら?
今度は、おじ様と約束をする二人。私は...行きません。ごめんなさい。
今話もお読み頂きありがとうございました。
次話は、なるべくお待たせしないようにがんばります。
よろしくお願いいたします。




