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女公爵クルシェ嬢 お外ランチを殿下と

前話の後。

お家で出来ないのなら学園で。

アレク様の希望により、二人でご飯です。

 アレク様は、ご卒業後を考えて、お父様のお仕事をお手伝いする事にしたそうです。何れ王弟として伺候するとしても、どの様にとは決まってないから、取り敢えずだそうです。

 別邸で、お父様のお手伝い...。謎です。数日前に、お父様のお仕事を知りましたが、【陛下の便利屋さん】のお手伝いって、何をするのでしょうか? お出掛けしないお父様は、ダラダラのゴロゴロです。屋敷での仕事の想像がつきません。

 昼は学園ですが、お父様がまた遠出しない限り、別邸から通うのだそうです。

 まぁ、私は、クロイスが帰って来るのに合わせて、当初の予定通りに週末だけと伯母様に送り出されました。

 学園に戻る馬車の中。予定を聞かれて、お昼を一緒にと約束をした。

 待ち合わせは鍛錬場。




 取り囲む視線。

 同じ様に見ればアレク様が居た。

 護衛やコリニアス様と剣を合わすのを見た事は合ったけど、今日のアレク様の目が違っていると感じた。

 何だろう? 学園の、ただの手合わせに、大した心配事なんて無い筈なのに。

 銀の煌めきが掠める度に、怪我をするのではと手を握る。

 アレク様より遥かに逞しい腕が大きく振られれば、胸がぎゅっとなる。強いも弱いも無い。ただ心配。

 アレク様の体が大きい体に隠れて止まる。

 何があったのかしら?

 再び動き出し、剣を手放した時には、やっと終わったのかと思った。

 なのに、また始まる。続けてで、お疲れではないのだろうか?

 喘ぐ様に口が開くのを見れば、自然に私は唇を噛み締める。

 何を不安に思うのか? 自分でも分からないけど、今すぐやめての言葉が、喉元までせり上がる。

 アレク様が後ろへ倒れる。足が、もつれた? 抑え込まれて...勝負はついたのだろう。立ち上がって身振り手振りで何かを話してる。近寄ったイヴァン様がアレク様に並ぶ。と、アレク様が浮き上がって背中から落ちた。これは、移動の最中何度か見た。その時と違っていて、受け身がとれていたのだろうかと、それも心配になる。

 大丈夫かしら? 立ち上がったアレク様が歩って来る。肩が上下して苦しそうなのに、笑顔をつくる。

 言葉を探してみるけど、口は動かない。何かを言葉にする前に抱き上げられた。

 息を飲んだ私に笑いかけるその頬には、土がついて汚れている。


「お怪我は?」

「無いよ。手加減されてたから。情けないだろ?」


 問えば、苦笑いに変わった。


「そんな事、ありません」

「強くなるよ。その前に水が欲しい」


 そのまま水場へと歩き出す。一歩一歩の揺れと、大きく息を吸う胸の動き。辛いのかと思い「自分で歩きます」と言えば、聞こえてないかのように歩を進める。

 問答をするよりはと、頬へと手を伸ばす。


「汚れてる?」

「はい。ぶつけた訳では?」

「無いよ。洗えば済むだろうし。濡れるから、ちょっと待って」


 下ろされて、とんと足がつく。

 訓練着の上着を脱いだアレク様は、背中を向けてバサバサとそれを振る。持っててと渡されて、シャツの袖を捲り上げるのを見る。樋から流れ落ちる水に手を晒した。その手へと口を寄せ、飲み込むたびに動く喉。はぁと息を吐き出したと思ったら、頭から水を浴び始めた。

 タオルを、用意しておけば良かった。濡れる髪を見て思ったのはそんな事。ポケットからハンカチを取り出して持つ。


「口、噛んでた。赤くなってる」


 水音の向こうから聞こえる声。


「心配しないくらいは、強くなるから」

「すみません」

「何で謝るの? 謝るのは、弱い俺」

「心配は、強くてもしますよ」

「強くても?」

「ええ。今日のアレク様は尚更です。お顔の様子が違っていたから...」

「そう、か。今日は、試されたから、気合いを少し...。今度唇噛んだら、キスするよ」


 えっと、声にならない空気が抜ける。アレク様からは、笑ってる感じが伝わる。

 髪や顔の水を払い、顔を上げたアレク様の口から「あ」と声が漏れた。肘の高さでブラブラと両手が揺れる。

 名前を呼べば、困った顔で振り返る。

 その様子が可笑しくて、つい笑ってしまった。

 こちらに来てと、ハンカチを持ち上げて見せれば、手はそのままで近寄る。後ろに流した髪の間から雫が額に流れるのを、ハンカチで押さえる。


「考えて無かった」


 閉じた瞼の上の眉がしかめられ、眉間に皺。

 それが尚更可笑しくて笑えば、その皺も深くなる。

 目元から頬を拭えば、開かれた目がハンカチを追いかける。ブラブラとした指先をと思った所で、意味を成さなくなったハンカチを取り上げられた。アレク様が、それを絞って自分で両手を拭く。

 ならばと、二枚持ちしていて良かったともう一枚。

 まだ水気の残る髪に手を伸ばした。

 くすくすと笑いが止まらいでいると、アレク様も笑っているだろう吐息が耳をくすぐる。


「綺麗になった?」


 そう聞かれて、考える。

 汚れは、落ちた。頬も手も。ぐしゃりとかきあげただけの髪が、何だか残念。年上の男の人を可愛いと思ってもいいのか...。


「綺麗に、なりましたよ」

「本当に?」


 疑わしそうに覗き込まれた。

 信じては下さらない? 私が何時までも笑っているのがいけないのかしら? 顔を引きしめて、本当ですと目を見て言ってみる。汚れは落ちてますから、嘘じゃないですよ。

 まぁいいかと声がして、上着がアレク様の手に戻る。


「ご飯を食べよう」


 そう言って手を繋いだ。

 向かうのは、食堂へではない。歩く道の奥には、木陰のベンチでランチを広げているのが見えた。

 ああやって食べるつもりなのかしら? 不躾な視線で見てはいけないと思っても、見てしまう。手を引かれてなかったら、転んでいたかもしれない。それくらい、自分の足元には不注意。


「ああして食べるのは、嫌?」


 聞かれて横に首を振る。


「持ち出しが出来るって聞いて、そうやって食べてみたかったんだ」


 指さした方を見たらレイン様と、鍛錬場に居たイヴァン様が居た。

 広げられたランチマットの上にバスケットと水筒が並ぶ。だけど二人分?


「お待ちしてました。殿下」

「ありがとう。レイン」

「レイン様がご用意して下さいましたの?」

「運んだだけです」


 でも、と続けようとした。


「殿下に付き合って頂いて、我々は助かりますよ」


 割り込んだ言葉に、どういう意味かとイヴァン様を見る。


「先週ずっとソレを、評議会室で食べてたので...。今日は殿下が居ないから、安心して温かい物が食べれます」


 良い笑顔だ。


「食堂まで出没すると聞けば、立ち寄りたく無いだろ?」


 アレク様は手にしていた上着をベンチにしいていた。座ってとの手振りに戸惑えば、いいからと肩を押さえられて、ストンとお尻をついてしまった。


「そういう訳ですので、クルシェ嬢。後はお願いします」

「レインとイヴァンの方も、後を頼んだぞ」

「はい。ごゆっくり」


 私はお二人を見送るが、アレク様は、慣れた手つきでバスケットから取り出した包みを開いて私の膝に乗せた。

 手慣れた様子で、楽しそう。


「アレク様?」

「ん?」

「さっきの...話しは?」


 もうお肉の挟まったサンドイッチを口にしてるアレク様。早い。


「高等科の食堂やカフェにまでって聞けば、面倒臭いだろ? 絡んできそうなのは予想してたから。あの薬草学以外は、ずっと篭ってた。クルシェ...食べないなら食べさせるよ?」


 言われてハッとする。それは恥ずかしです。ですので、端っこの玉子を持った。


「二人と別に行動してるとは思わないだろ? どちらかは、必ず一緒だからな。俺が居なきゃ、絡まれる事も無いかの検証。だけど、こういう事をしてみたいのが本音」


 そう言ってアレク様は、離れた場所で並んで座る人影を指さす。

 お互いを見る横顔の影。今の私達も、あんな風に見えるのだろうか?

 カッと頬に熱が集まる。

 誤魔化す様に俯いて咀嚼する。味なんて分からないわ。

 袖をまくったままの骨張った腕が何度も上下する。体を動かした後だから、やはりお腹が空くのかしらとチラリ見れば、アレク様の耳が赤くなっていた。

 余裕がありそうな顔しか知らない。平気で結婚してと口にしてるのに、それは反則です。


「呆れるか?」


 顔を向けたら、お茶の入ったカップを持たされた。


「こんな事で喜ぶ俺に、呆れるか?」

「いいえ。私も、嬉しいです。ただ、慣れなくて...」

「うん。慣れるまでは恥ずかしな」


 普通なら、恥ずかしければしなければいいと思う。けれど、そういうものとは違う。一緒に何かをと思ってくれるアレク様の気持ちがとても嬉しい。


「クルシェは口は動いてるから、食べてるかと思うけど、進まないな」


 指摘された私のサンドイッチの包みはようやく半分が消えたところ。対するアレク様はペロリ。


「嫌いとか苦手があるのか?」


 頑張って食べようとしてハムハムする。食べてますアピールで、お行儀の良い事では無いけど、首を横に振る。

 アレク様は、間にあったバスケットを退かし、近付いて座る。


「無理に食べなくてもいいぞ」


 ピックに刺さったオレンジ。何処から? アレク様の手には、カットされた果物の器。


「一度に量は食べられないんだろ? ほら」


 私の両手は塞がっている。カップを持って、さらに食べかけのサンドイッチ。口の中をゴックンとしたら、口に運ばれた。


「こっちの方が食べやすいだろ?」


 そうですね。どちらかと言えば、果物の方が好きです。ですが、ですがです。アレク様...耳を染めて恥ずかしと、今さっき言いましたよね?


「汁が垂れるから、ほら」


 それも困るので、仕方無し...。口内に水分が広がる。私の膝の上の包みは、アレク様の手によって撤去された。なら、カップを置かせてくれませんか? 自分で食べれます。


「ほら、もう一口」


 飲み込むのを見越して次が差し出される。

 恥ずかしからと訴えたくて見詰めれば、「泣きそうなくらい嫌?」と顔が近付く。ブンブンと首を横に振る。


「なら、食べられるだけ」


 食べさせっこもしたかったと言われ、しょぼんとした目で見られたら...流されました。

 今度は一口づつ食べれそうかと聞かれる。無理に食べさせようとしている訳ではないので、ゆっくりと咀嚼する。

 だんだん水分でお腹が苦しくなります。


「もう一杯? ご馳走様?」


 頷いたら、「じゃ、それは食べられないね」と手が伸びて、私が持ったままだったサンドイッチを指ごとパクリとされた。「ひゃぃ」っと変な声を出したのは、私が悪い訳じゃない。

 膝から退かされていた私が残したサンドイッチの包みを、両手で持ったアレク様が、食べさせてと言う。

 食べさせるのと食べさせられるの、どっちが恥ずかしだろう...。

 結果。私にとっては、どちらも恥ずかしかった。「ご馳走様」と言ったアレク様は、とても良い笑顔だった。

 アレク様は、出会った早々から、確信犯的なところがある。嫌いじゃないけど、ずるいと思う。

 こんな事ばっかりでは「嫌です」と、言いますよ?

 



 




 




 

 





 

今話もお読み頂きありがとうございました。

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