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第二王子アレックス殿下の上機嫌を阻む者

頭がとっても温かくなってるアレックス殿下です。

 王宮からの呼び出しで、何でしょうかと親父殿の前。

 二日前の夜。結婚の承諾を得たと報告したら、「まあ、良かったな」と言った親父殿。良かったなと言いながら、笑みの一つもなかったが、喜んでるのは俺なんで、気にはしなかった。

 だけど、どうしてだ? 今日の親父殿の眉間の皺は深い。

 取り敢えず、親父殿の言葉を待つ。

 早くしてくれないか? この後、王宮に来たついでに母上の所にも回って、さっさと帰りたい。俺はもう、婿に入ったも同然。俺の帰る場所はクルシェの元だ。

 先を促す咳払い。何だ、宰相もいたのか。


「承諾を貰ったのは分かった。だが、正式な使者をたてる前からレイナードに入り込むのは外聞が悪い事だと分かっているか?」

「なら、早く使者をたてて下さい」


 俺の言う事は、この一つだ。


「それに外聞も何も、俺のいるのは、レイナードの中のアーデンテス。ハロルドの所です」

「屁理屈を言うな」

「屁理屈じゃ無くて事実です。それに、ハロルドに指輪を返すまで、帰って来るなと言ったのは陛下です」


 そう。ただの意地悪だとしか思えなかったあの言葉、俺は忘れない。

 俺は、最高権力者である親父殿の言葉通り、忠実に従っている。


「学園の動きもありますから、調べ物が沢山ですよ。指輪が返せない以上、ハロルドの手足です」


 嘘だ。ハロルドは何も指示しない。これは俺の方便なのは、親父殿と宰相も分かっているだろう。俺より付き合い長いからな。


「外聞が問題なら、使者と発表を早く。周知されれば、入婿先の事を学ぶ為と世間は見てくれますよ?」


 しばらく親父殿と見詰め…睨み合う。


「アレックス」

「何でしょうか?」

「お前は今楽しいか?」


 何を聞くのだ? 楽しいに決まってるじゃないか! 毎日に色が着いた。無味無色から、何がしかの出来事で揺さぶられる日々。一番の甘さを教えてくれた彼女を手に出来たのだから、嬉しいに決まってる。嫌、まだ手にした訳では無いな。これから確実に手に入れる。俺が欲しいのは、一緒に過ごす毎日だ。


「使者は二日後。誓約の取り交わしは、その四日後だ」


 楽しいとの言葉は、少しそぐわない気がして答えないでいたが、親父殿はそう言った。なら、もう終わりだな。俺は頭を下げた。後は母上の所だ。

 入って来た扉では無く、奥へと進む扉に足を向ける。


「会っていくのか?」


 親父殿が呼び止める。


「はい。エドガーの事を話して差し上げたいので」


 俺自身の報告もだが、今日俺が話す事で、母上が一番知りたいのはエドガーの事かもしれない。会って話す事もしていないのは、母上も辛いだろう。顔を見せろと、エドガーに一言言ってやればいいのに。顔を見るというのは、報告書を見るのとは違うのにな。

 親父殿は、やる気や自覚が無いなら、何をやらせようとしても無駄だと思っている。確かに、押し付けられた事には気が向かなかった。王族としての責務は分かる。分かるが、王族としての教育は漠然としすぎていて、型に嵌る事で体面を繕っていた。エドガーも同じだろう。ただ、何かしようとして失敗しただけだ。

 親父殿は、王族として厳しい態度を取っている。ルーキンスのアレを知れば親父殿の考えが、今なら分かる。分かるがそれでいいと思うかどうかは、別だ。


「…舞踏会での発表は、出来ないぞ」


 それだけだと、親父殿は手元に目を落とした。

 だよな…。その頃は、クルシェの母がルーキンスで子供を産む頃だ。知らせが届くのはもう少し先だろうが、公表してしまった後では、衆目を集めやすくなる。

 俺を見ている宰相に分かったと頷いて、今度こそ奥へと進んだ。




 母上には、帰国した時に頼んでおいたクルシェのドレスの話しと、それに会わせて俺の服を頼んだ。全て親任せ? そんな事無いぞ。生地とレースは俺が選んだ。ただ、形は…母上に任せた。ドレスなんて、どれも同じにしか思えなかったからな。これからは違うと言いたい。着飾らせてみたいって欲はある。だけど、何時ものホワッとしたのが好きだ。

 横道に入ったが、婿入り先の報告に、母上はおめでとうと微笑んだ。ふんわりと抱き寄せられて心が温かくなる。こうやって祝福されると、やっぱり嬉しい。親父殿の対応が塩っぱ過ぎるんだな。

 この二日のエドガーの話しをしたら、やっぱり心配していたのだろう。俺の手を握り込んで聞いていた。気になる事があると、力が入るのが正直だ。エドガーと、ルーキンスから改めて来たクロイスの話しによく食い付いた。クロイスは洞察力と思考力が高い。あの王宮殿で身に付けたものだ。俺達には無い物。そして行動力…。足踏みするエドガーに、良い意味で影響を与えてくれたらいいと思っている。エドガーと同じ官舎に入れたのは親父殿の目論見だろう。遠回しに手を出すくらいなら、こっちだと方向を示してやればいいのにな。

 兎に角。母上に一つ頼み事をして帰る事にする。快く頷いてくれた母上。思いのほか楽しそうだ。

 エドガーは大丈夫だよ母上。だけど心配なのは分かるから、エドガーに手紙でも書かせよう。




 ようやく帰りついた。俺の中では、我が家だ。

 気が早い? 気分が良いんだ、水を差すな。

 正面の扉を入ったエントランスに、クルシェとレミーネが並ぶ。お出迎え…では無い。模様替えの指示を出しているところだ。

 王族をそのまま迎える訳では無いのだから、気にする事は無いんだけどな。

 女の子(俺の妹)は、可愛い物を揃えたがったり、家具や使うリネンにも煩かったと思う。そうすると、クルシェは愛着もこだわりも無い。それが、二人並んで楽しそうだ。俺が口出し出来ないのが悔しいが、あの無関心を装った淋しい顔を見るより、ずっといい。

 白い布が掛けられていた家具達が顔を出し、何処へ動かされるかと待っている。俺との事を前向きにと考えてくれている証拠で、それもまた嬉しい。


「アレク様。お戻りになりましたの」


 俺に気付いたクルシェが近寄ってくる。

 あぁと相槌を打つと、小さい手が繋がれる。何処かへ歩きだそうとする時、無意識だろうが、クルシェから繋がれる。それを喜ばない俺じゃ無い。好きになってと悶々してたのが嘘の様だ。


「御使者を迎えるのは、やはり正式なお部屋の方がいいでしょうか?」


 古い公爵家だから、それだけの為の部屋がある。

 俺の手を引きながら、ちょこちょこと歩く。その足を包むのは、柔らかい室内履き。素のままで俺の前に居る事が、幸せと実感する。

 親や一族の者がしなくてはならない事を、クルシェがしている事に済まないと思うが、俺との為だと思うと嬉しい。

 今の俺は、何をしても嬉しいしか無い。


「格式はあるのですけど、古いんです。どこまで手を入れたらいいのか考えてしまって…」


 手入れはされていたが、締め切られていた扉が開いている。

 二人して部屋に入って、俺はクルシェを抱き締めた。


「使者は二日後だと聞いてきた。これでも、問題無いと思うぞ」


 腕の中で、ちゃんと見てくださいと声がする。

 非協力的だと思われると嫌われるから、クルシェが納得しそうな言葉を探す。


「古いものを、維持するのだって大変な事だろ? そう考えれば十分じゃないか? 今時は、応接室での対応だってあるし…」

「応接室?」


 やばい。アレもコレもに飛び火して、ゆっくりとした時間が取れなくなる。


「両脇に花でも置いたらどうだろう?」

「花ですか?」

「そう。1ヶ所だけで無く何ヶ所かで」


 俺は指で壁を何ヶ所か指差す。クルシェはその先を目で追う。


「そうですわね。なら、花台を揃えて…」


 俺を見上げたクルシェにキスを落とす。

 恥ずかしそうに俯こうとしたクルシェの頬に手を添える。

 嫌と言われる前にもう一度と思ったら、背後に人の気配。


「アレックス殿下。お戻りになりましたら足を運んで頂きたいと、別邸の主から申し使っております。別邸にお願いできますか?」


 圧力を隠しもせずに執事のダリル。

 忘れてたとクルシェ。

 別邸への呼び出し。俺の…幸せな時間が終わった。舅殿の申し付けを無視すると、痛い目にあうからな。

 未練を飲み込んで、渋々とダリルの後を着いていく。




 ハロルドの書斎。白い紙が散乱。見た事のある風景だ。

 ボサボサの頭と無精髭。ブレないハロルドだ。


「やぁ、アレク」


 座り込んだハロルドが俺を見上げた。

 嫌な…目付きだ。睨むとかじゃ無い。こう…含みのある目。

 何時か座ったソファーに、イヴァンが座っている。こちらは怨みのこもった視線が痛いぞ。


「君の父君から、手紙を貰ったよ」


 随分思わせぶりだ。


「これからの事…ですか?」


 妙に背筋が伸びる。頼むから、その間を貯めて話すのを止めてくれ。


「それもあるが、随分と、私の仕事に興味を持ってくれているとか。レイナードをこれから支えていく君に、是非、この仕事を引き継いで貰いたい」


 そこでコレだと、ハロルドが室内を見回す。


「数字のある物は整理して、噂話しは頭の中に。先ずは、そんな所から初めてみようか?」


 クルシェに似た顔でニッコリ言われた。これがクルシェだったら可愛いのは間違い無い。しかしハロルドだ。悪魔のようだ。


「資料整理は、夜もあるから問題無いだろ? その為の滞在だからな」


 クソっ! 親父殿にやられた。上手な親父達に先手を取られた。

 母上の所に寄っている間に出された手紙。何を書いたんだ? 書かれた事は、今の俺の幸せを奪う内容だろう。まだまだ勝てない。悔しいの一言だ。

 上機嫌でクルシェの元へとたどり着いたのに、お預けを食らってドン底だ。せめて、食事は、二人きりで出来ないものか…。

 俺を見るイヴァンに、すまないと心で謝りながら、散らばった資料を手に取る。ハロルドが目を通した物は、いらないとばかりに放り出される。それを拾い集めながら、口から出るのはため息だった。




 夕食時。疲れたを通り越して魂の抜けたイヴァンを見ない振りをして、クルシェとの幸せな食卓を想像しながら足を踏み入れた。

 クルシェの横には、アーデンテス伯爵夫人が居た。

 使者を迎えるにあたっての女親替わりに…。

 丁寧な挨拶を貰ったが、値踏みされてる感が強い。大事な娘を預けて大丈夫なの…と。そこには、俺が王子だというのは考慮されてなさそうだ。あぁ、彼女は、エドガーの乳母だった。王子への垣根が低いんだな。

 あっ? しばらく滞在? 屋敷から通うのじゃ駄目なのか?

 婦人の滞在は本邸だろうから、必要以上にクルシェと触れ合うのは咎められるだろう。王宮に伺候してたくらいだ、礼節には厳しいだろう。

 心が項垂れたら、隣でイヴァンが笑った。

 思い通りには…中々行かないもの、だな。

  




今話もお読み頂きありがとうございました。

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