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閑話・側近(仮)イヴァン・ランドンの呟き

同じ話しの、三つ目の視点になります。

側近(仮)から見た話しですが、キスの後の話しがちょっと入ります。

 様子の変わったクルシェ嬢を、殿下が抱き抱えて連れて行ってしまった。

 席を立った勢いが強すぎたので、怒りで歯止めがぶっ飛んだかと思ったが、そうでは無かったようで安心した。殿下が怒ったかと思ったともとれるクルシェ嬢の言葉は「幸せとは限らない」だ。比喩したようにも取れる言葉に肝が冷えた。

 この一週間。学園に持ち込まれた馬鹿な問題で、逢いたかったけど逢えなかった大好きな彼女に、否定の言葉を口にされたら、理性も消し飛ぶだろうと思うが、そうでは無かった。

 後に続いた言葉が、どうも、親の事みたいだったから。

 青ざめたクルシェ嬢を抱えた殿下の進んだ先は、隣の評議会室だ。兎に角、レインが居るだろと目で追っていれば、


「私…。クルシェ様を傷付けてしまったのでしょうか?」


 残されたメリル嬢が、力無く呟いた。


「傷付けたのとは、違う。クルシェ嬢は思い出してしまったんだよ」


 事情は詳しく話せないが、違うとだけは言っておこう。


「それは、送りに行った筈の弟君と、一緒に帰って来た事と関係ありますの?」


 クロイスは8歳児。王宮舞踏会で紹介をされていた。学園で存在は明言しなくても、情報のアンテナはどこにでも張られているのかと納得。

 メリル嬢の言葉に俺は無言。それを肯定とでも否定とでも、好きな様に受け取ってくれ。


「クルシェ様が傷付いてないならいいの。だけど、お邪魔を排除したいのは私だけ?」


 ナタリア嬢は、俺と会長であるマーカスを見る。


「真面目なクルシェ様にとって、今日のクラート副学園長の態度って許せないと思うんだ。そもそも、ごちゃっと私塾突っ込んできただけの、何処が教育?」

「悪い顔するなよ」

「失礼な。だってね、庶民からしたら、高いお金出して通ってんの。講義の一つだって無駄に出来ないのよ? それをさぁ、貴重な講義潰して知らない顔だよ!」


 ナタリア嬢は、手にしたペンを天井に向けた。方向的には、クラート副学園長の居る辺り。

 そしてレインが評議会室を出されていた。

 中途半端に開いた扉を全開にして。閉まる事が無い様に、ストッパーをする程の念の入れよう。細やかで忠実。さすがレインだ。

 しかし、開いた扉の中は、ここからじゃ伺えない。

 こちらに来ようとしないレインは、その場に立つ気だろう。


「これ以上、後手に回って振り回されるのは嫌ですわ」


 お知らせだけを掲示するのは、自分達が無能と言っているようで不愉快ですものとメリル嬢。それにマーカスも頷いていた。

 評議会室の日誌を紐解いても、通う学生の教育を疎かにされた事はなかったのだ。

 同席の二人は、妹と婚約者が私塾生として学園に居る。中心人物としてのモードン伯爵令嬢の話しを聞くのに来てもらっていた。

 この二週間の出来事は、それぞれの家伝いに回る。娘や嫁ぐ令嬢を私塾に通わせるのは、家の権威を表すものだ。信頼を重ねてきたものを不意にしたと後悔すればいい。

 そう思うくらいには、面倒を持ち込まれて腹が立っていた。

 ハロルドの元で、気になるなら調べればの一言だったが、これだという強い理由は見当たらない。強いて言えば、何度かのパーティーの席でモードン伯爵令嬢が、第三王子の事で困った王家に、穏便に事を収める方法として進言した…とか。それに感謝した第二王子と踊るのを、レイナードの横槍で消えた…とか。最初は、側に居れば役に立ったのは自分だったのにとか、自分ならもっといい方法を教えられたのにくらいの話しだったかもしれない。だが、拾えた噂はそんな話しだった。

 例のアレに当たっていた俺だけじゃ無く、話しを伝え聞いたレインも、珍しい事に呆れた顔をしていた。

 それを教える私塾の面子があるからと言っても、お門違いの発言だ。こういう事を教えてますよで済んだ。見栄を張ったのがそもそもの間違いだと分かればいいのに。確信としては弱いんだが、辻褄合わせの足掻きと推測。

 すると、学園内の伯爵令嬢の行動が、家の思惑と少し噛み合わなくなる。あながち見当違いでは無いだろうが、あからさまにそこまで考えていないなら、何でだになって、で、王子狙い。に、落ち着く。

 そして今日だ。

 教育棟へまで立ち入った報いは、どんな事になるのか…。

 学園生と言えど、高位貴族。そして、高等科まで進んでいるのだから、能力はある。だから任せても問題無いだろうと、俺はレインの元へと行った。

 部屋の中を確認の為、気付かれないように覗き込んだのは当たり前。

 おいおい…。何だよその甘い雰囲気は?

 部屋へ入った時の緊張が消えていて、あの殿下が、体を丸める様にしてクルシェ嬢の膝に頭を乗せてる。

 どうしたらそうなったんだ?

 身近な俺達には気が回らないボケっとした男の顔をして、何時もちゃっかりと立ち回っている。余裕が持てるのは誰のおかげだよと突っ込む事は忘れない。

 アレックス・エイメル・シルフという王子殿下は、飛び抜けて何かが秀でているという男では無い。俺から見ても、可もなく不可もなくだ。その分、何かを欲するという事は無かった。そんな男が手に入れたいと思ったら何処までするのか見物だ。

 部屋の中の二人に気付かれないようにレインに並んだ。

 何か言いたそうだが、お互いぐっと黙る。

 話しを終えて会長のマーカス達が出ていくが、メリル嬢とナタリア嬢はその場に残る様だ。心配そうにこちらを見る視線とたまに合う。

 それ程心配はいらないぞ。殿下はヘタレだからな。

 嫌われるのは嫌だから、強引な事はしないだろう。それをするとしたら、全てを捨てて掛かった時だ。


「イヴァン! レイン!」


 扉の側に控えているのは頭にちゃんとあったのだろう。しっかりした声で俺達を呼ぶ。


 二人にも聞こえたのか、立ち上がろうとテーブルに手を付いていた。それを横目にレインと部屋に入って並べば、殿下は俺達を見る事もしない。


「俺の心とクルシェの心は重なった。レインは王宮。イヴァンはレイナード家に」


 思わず俺はえっと、声を出した。何だよ、ハロルドの所に行くのは俺か?

 立ち上がりクルシェ嬢を抱き上げた殿下は、呆然としたその顔に口を寄せ、何かを囁いている。

 クルシェ嬢自体当主なんだから、家へ使いに出る必要何て無いのに態々かよと毒を吐きたい。そもそも、王宮にだってすぐさま使者に立つ理由も無い。

 殿下が声に出す意味を考える。

 

「今度の王宮舞踏会で婚約の発表する。それも伝える様に」


 殿下の言葉に、答える事も出来ないでいるクルシェ嬢を、気の毒に思った。

 言い聞かせる様に言葉にする様子は、殿下からしたら、クルシェ嬢の意志を確認しているのかもしれない。


「俺の送ったドレスで、踊ってくれるんだよな?」


 最後の確認とばかりに強い語気。

 こいつは、言質を取ろうとしている。

 そう思うと、勝負所だと動いた殿下の考えが、何となく分かった。

 レイナード公爵家も王宮も、彼女を手に入れる為の外堀だ。

 殿下を呼ぶか細い声が、俺にも聞こえる。

 殿下と少しのやり取りの後、「お受けします」とクルシェ嬢。

 ダンスだけじゃ無い。婚約も受け入れたと分かってるのか? 不本意だったら、外野が恐い。俺は、そっちの方が心配だ。

 なのに、何を急に思ったか、殿下は、クルシェ嬢に口付けた。俺達の目の前で、緊張が一瞬解けた彼女に…。

 食む様に何度も重なるそれを、見ていいのか悪いのか? 

 隣に居たレインが慌てて声を出す。

 離れようとしなかった彼女は、息をする事もしなかったらしく、くったりと意識を失っていた。

 慌てながらも満足な顔をした殿下に、俺は心の中で拍手を送った。

 賞賛すべきは、殿下の感と勝負強さだ。

 嫌われていないけど硬直しそうな事態に、クルシェ嬢の変化を見つけたのか…。兎に角、上手く事を運べたらしい。


「取り敢えず。場所を移したらどうでしょうか?」


 何時もと変わらない口調でレインが言う。

 そうだなと思うが何処へ?

 意識が無いからと言って保健室? 寮に送り届けるのは不味いだろう。ならば、寮の殿下の部屋…は、論外だ。

 不本意だが、本当に婚約を結ぶなら、彼女を家に連れ帰った方が早そうだ。


「馬車の用意をしてきます」


 そう言えば何時まで俺達が居るんだって顔をしている。

 抱き抱えてないで、一旦下ろせばいいのに。ソファーに座って膝に乗せてる殿下は、キスこそしないまでも、頬を撫でたり髪を梳いたりだ。ベタベタ触って、嫌われないといいですね。

 遅い初恋おめでとうだ。

 殿下と彼女が出会ってから今日まで、色濃い毎日だった。嫌だな、これからもだ。殿下と行動を共にすれば、癖のある御仁に使われる事になる。殿下は公爵へ婿入りで、舅はアレだ。それでも、この一言だけは言っておかないと。

 俺は戸口まで行き立ち止まる。


「アレックス殿下。この度は誠におめでとうございます」


 察しのいいレインは、俺が足を止めた時点で気付いていたのか、俺と一緒に頭を下げていた。

 自分の世界だった殿下は俺とレインを交互に見て、ありがとうと言った。




 馬車の手配を終えて戻って来たら、意識を取り戻したクルシェ嬢が泣いていた。嬉し泣きでは無さそうだ。

 おいおい…。浮かれた殿下は、何をしたんだ? 泣かせた報復は、殿下一人で受けてくれるんだろう?

 膝の上から下ろして欲しいらしいクルシェ嬢は、「お願い」と言っても聞かない殿下に困っているらしい。

 嫌われるのは嫌だから、強引な事はしないだろうと思っていた。だが、触れる事の許容を広げたい殿下は少し暴走気味だ。泣かせてまで通す事じゃ無いだろ? アンタは子供か? 常識として考えろ! そりゃあ、ハロルドや兄貴がクルシェ嬢を抱き上げるのを、羨ましそうに見ていたのは知ってる。だからって、それは無いぞ。

 躾は最初が肝心。駄目なものは駄目と、殿下に分からせないと苦労する。クルシェ嬢に心で頑張れと言う。そして殿下…がっつくより、待ての出来る男になれ。

 馬車の用意が出来たのを告げると、抱き上げて移動しようとする。

 それには、クルシェ嬢も「嫌です」と声を上げた。「嫌です」の言葉が効いたのか、殿下は、しぶしぶと手を離す。

 成程…。「お願い」より「嫌」が有効らしい。

 抱き上げるのが駄目なら、せめてその手を取りたい殿下に、今のやり取りで難色を示したクルシェ嬢。

 お願いと言って涙目になるのが可愛いからと、調子に乗って悪かったと殿下が謝り、手を繋いて移動となった。エスコート的なじゃ無い。文字通り手を繋いで。いやいやいや。それって、普通にエスコートでよくないか?

 まぁ…馬車も待たせてあるし、速やかに移動出来れば今はいいけどさ。

 俺は二人の前を歩く。レインは二人の後ろを歩く。

 間を歩く二人は、微妙にぎこちない。

 そんな二人の様子に俺は思う。さっき「おめでとうございます」と言ってしまったが、婚約から結婚まで、無事に済ませてから言った方がよかったんじゃないか?

 暴走殿下で拗れる気がする。

 あぁ、多難だ。




 用意したのは二台の馬車。

 一台はレインに。予定通り王宮へ行ってもらう。

 もう一台は、レイナード行きだ。

 殿下とクルシェ嬢を先に乗せて、俺も同乗する。

 まだまだ二人っきりで乗せられないからな。そんな顔で見るなよ殿下。馬で追走も嫌だが、御者台だって嫌だ。

 俺の「嫌」にも、耳を傾けてくれ。


 


 

 


今話もお読み頂きありがとうございました。

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