女公爵クルシェ嬢の苦しさの理由
前話のクルシェ目線の話しです。
モードン伯爵令嬢を馬鹿だと思う。そして邪魔だと思う私がいる。
学園で始まる物語り。メリル様の言う出会いの上書き…。そんな事で、アレク様の心は動かない。だから、周りで騒がれても、気にしなければいい。それでも、何を思っているのか分からないモードン家や、不当に私を責めたクラート副学園長。それは正しくないでしょうと思っただけ心が尖る。
不満や嫌悪を感じると、上手にやり過ごす事が出来なくて苦しくなっていった。
考えようとすると、目の前の全てが遠くなる。アレク様も、近いのに遠い。
苦しいくらいの抱擁が、アレク様の腕によるものだと思ったら、吐き出してしまった息以上に、たまらなく胸が痛くなった。
今日の様に、邪魔をされるのは、どうしても許せない。
理由がなければ、アレク様は屋敷には来ない。この一週間、高等科棟に居るのに会う事は無かった。その、ようやく訪れた一時を邪魔されたのが許せないという気持ちは、逢いたかったという事だと気付いた。
好きだと言われ、共にと言われても、返事に困っていた私。なのに、自分の都合のいい様にアレク様に逢いたいと思ってる。私自身が自分勝手だと思うと、何故だか辛くて瞼を閉じた。アレク様を見るのが恐い。
そっとソファーに下ろされた後。大きなアレク様の手が私の手を包む。
「クルシェ。俺を見て」
私の手を掴むアレク様の手と、掠める吐息は、熱を持って伝わる。
見てと言われても、目を開けて、アレク様を見るのが恐い。
グズグズとはっきり出来ないくせして、側に居たいだなんて自分本位に思っている私を知られたくは無いのです。
「何を思ったか、俺に教えて」
口を開いたら、何を言い出すか分からない。私も、自分勝手な女だと思われるだろうか? こんな私は、嫌われるかもしれない。
目を開く切っ掛けも、言葉を紡ぐ勇気も無い。
それでも、手にアレク様の熱を受ける度に、堪えきれない何かが募っていく。
「クルシェ…。俺が悪い事をする前に、俺を止めて」
冷えた指先に何度目かの口付け。
アレク様の言う悪い事って、何だろう。
思わず目を開けたら、アレク様の頭があった。見上げるばかりで、見た事のない旋毛と、少し乱れて跳ねた髪。
さっきの、王子様らしくない様子を思い出して幸せな気持ちになった。
何故そう感じたか…。理由なら簡単だ。こんなアレク様を知っているのは私だけだから。誰が言ったか、アレク様は親しくお付き合いした方は居なかった。学園の噂、貴族の噂のどちらにも、そんな話しは無かった。込み上げてくるのは優越感と愛おしさのどちらだろう?
「…悪い事は、駄目ですよ」
掠れてしまったが、ようやく言葉を出せた。
「駄目なら、クルシェが止めて」
私よりも大きい体の筈なのに、見下ろすアレク様が小さくなった様に感じて確かめたくなった。体を動かそうとしたら、手から離れた腕が腰へと手を回された。それがいっそう幼く感じて、自由になった両手をアレク様の頭に乗せた。
「悪い事は、駄目ですよ」
もう一度言葉にして、私よりも明るい銀の髪に口付けた。
「悪い事が駄目なら、クルシェが止めて」
普段とは違う距離とやり取りに、痺れるような甘さを感じながら「はい」と答えた。
アレク様の髪を襟足へ向かって梳いていく。襟足に指が行き着く度に、くすぐったいのか肩が動く。それを何度か繰り返していると、体の向きを少し変えたアレク様が私の膝へと頭を乗せた。
「何が、引っ掛かった?」
問い掛けられて、ぐっと力が入る。
「声に出せば分かる事もあるし、楽になる事だってあるだろ?」
「そうかもしれません…」
「俺は、聞きたい」
そんなアレク様の言葉に、躊躇うと同時に手も止まる。
「嫌だと、思いました。馬鹿にした話しだって…」
上手く話せるだろうか? 分かっているようでいて掴めない自分の気持ちを、どんな風に伝えたら…。
「安易に…出会いさえすれば、アレク様の心が手に入ると思っているのかと思ったら…」
アレク様が相槌を打ったのが、膝から伝わってきた。
「アレク様は、そんな事で心を移さないでしょう? ならば、アレク様の意志を無視した事になります。押し付けの、迷惑です。私の思い込みでしょうか? ですが、私を忌々しそうに見た目を思い出すと、アレク様に近付こうとする意志を感じました。どんなお膳立てなのか分かりませんが、話しの通じないクラート副学園長にも、モードン伯爵家にも余計な事はするなと言ってやりたい。だって、令嬢一人の力じゃ、学園に入り込めないでしょう?」
色だけじゃなくて指触りも違うんだと思って、再び髪を梳いてみる。
今まで自分から触れる事は意識しなかった。いざこうして触れてみると、手を離したくないと思う。
「あまりにも、自分勝手です。そして、私も…。何で、ゆっくり考えたいのに、その時間を奪うのかって…」
ゆっくり考えたい? その間、中途半端にアレク様を待たせて? こうして触れていても、明確にならない気持ちは優柔不断だ。
「私…。アレク様の事は好きです。ですが、よく、分からないのです」
分からないと言えば、アレク様は納得して下さるの?
夫婦となっても離れてしまえるし、子供だって同じだ。都合が悪ければ、無かった事に出来てしまえる。だから、寄り添っていく先が信じられないし想像出来ない。だから心を伝える事が出来ない。私の分からないは、恐いのだと気付いた。恐がっているくせに、アレク様に近付く彼女が許せない。こんな私の心の中なんて、綺麗である筈が無い。
好きだと言葉に出来ても、認めてしまったら尚更失う事の方が恐ろしい。
「俺は、クルシェと離れる気は無いぞ」
「そう、ですわね。アレク様と離れる事になると、辛いと、思います」
「辛いと思うなら、離れない事を考えればいい」
「離れない、事?」
腰に回されていたアレク様の右手が持ち上がる。私の左手に指を絡め繋ぐ。離さないと言っているのだと、指先から伝わる。瞳の奥までを覗き込まれ、強い視線に引き込まれる。
「ゆっくり、クルシェに俺を見て貰いたい。そのうえでいいから、受け入れてくれたらと思ってた。好きだけじゃない。独占したい程愛してる」
「アレク様?」
「何度だって愛を乞うよ」
そう言って、繋いだ手に唇を寄せる。
唇から伝わる熱が、体中を熱くさせた。
「クルシェと同じだ。勝手に俺の前に立つな。俺とクルシェの邪魔をするな。そう思ってる」
伸ばされた手に、自分から頬を寄せた。
「俺も、クルシェを失う事が恐い。王都に戻って、学園に戻って、クルシェを探してる。側に寄って話せる理由を、触れていい理由ばっかり探してる。ただの男の俺は、本当だったら、こんな風に触れる事は許されない」
「誰が許さないのですか?」
「約束の無い、婚約者でも無い者が触れても許されるのか?」
言葉の意味を理解したら、あっと声が出た。
想いを伝えられても、返事もしていない。触れて貰えるのが当たり前では無かった事に改めて気付いた。
「俺の用意したドレスを着せたい。その手を取って、変な理由付けも無く踊りたい。隣へ立つ事を何でだなんて、誰にも言われたくないし言わせない。ファーストダンスからラストダンスまで、繋いだ手は離さない」
低い声が、考えの足りなかった私に、言い聞かせるように届く。瞳を見詰められながら、頬から唇をなぞられた。
「この手を取ってくれるか?」
唇に触れていた指も、絡め繋いだ手も離れていくのが淋しいと感じた。
触れていた場所から、熱が失われていく気がする。
追い掛けて縋りたいと思えば、アレク様の手が差し出されていた。
騎士の様に跪くのに、胸が熱くなる。
今、この手を取らないと後悔すると思う。歩く先は、何時も平坦とは限らない。失う事は恐いけど、触れ合う事もなく失くしてしくのは嫌だ。
そう思ったら、アレク様の指先に触れていた。
ほんの少し触れた所から熱を持つ。もう一度、絡める様に強く手を繋がれて、喜びを感じた。
「イヴァン! レイン!」
アレク様がお二人を呼ぶ。
直ぐに部屋へと入って来たお二人が、かしこまった様に並ぶ。
「俺の心とクルシェの心は重なった。レインは王宮。イヴァンはレイナード家に」
えっと、声を出したイヴァン様。
そんな声を無視する様に、アレク様は私を抱き上げた。
「クルシェ? 嫌なら、俺を止めて」
耳元で囁く声はくすぐったくて、だけど心地良い。
「今度の王宮舞踏会で婚約の発表する。それも伝える様に」
婚約の発表? アレク様の口から出た言葉に体を固くした。
そうなんだけど、アレク様の早い行動に、追い付いていなかった。
「俺の送ったドレスで、踊ってくれるんだよな?」
逸らす事が出来ない眼差しと熱を含んだ声。
イヴァン様もレイン様もそこに居るのに、それに構う事無く踏み込んでくる。
「アレク様」
「お父様の許可はいらない。クルシェが許してくれればいいんだ」
ファーストダンスを最初に乞われた時に、返事が出来なくて、咄嗟にお父様がと言った。今は、誰で無く、私の心で答えてとアレク様の瞳が語る。
「受けてくれるか?」
確かめる様に聞かれる。
「受けてくれるか?」
同じ言葉を聞いたところで「お受けします」と声にした。
言えた言葉に、緊張が解ける。ほっと息をした所を、アレク様の唇で塞がれた。
軽く触れるそれは、食む様に何度も重なる。
押さえ付けられている訳でも無いのに離れられない。
息が出来なくて苦しいのに…。
離れられないのでは無くて、離れたく無いのだと、アレク様の服を掴んだ。
本当はもう少しじれじれと考えていましたが、待たされるアレックス殿下より、私が待てませんでした。堪え性が無くてすみません。
まだ学園の後期は始まったばかりです。続きます。
明るくない話しを挟んでここまで来ました。面白いと思っていただけているでしょうか?
ブクマを目安にする訳ではありませんが、初めからお付き合い下さっている方、見付けて読んでくれる方がいると思うと、とても有難く思います。
今話もお読み頂きありがとうございました。




