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第二王子アレックス殿下はずるい男になる

1部の登場人物に、学園後期からの人物を増やしました。

 クルシェの頼りなさそうな眼差しが、俺に何かを伝えているかに思えた。ただ言葉にはならないそれを、確かめる様に抱き締めた。強すぎたのか、かふっと吐き出されたクルシェの息が耳に掛かる。

 思いのままに抱き締めた力。緩める事無く抱き上げる。

 心配そうにクルシェを見上げるメリル嬢。俺の後を追うように腰を浮かせたイヴァン。それぞれに、心配はいらないと目で語る。

 心配されても離すものかと抱え直せば、いてもたってもいられずに、この一週間借りている隣の評議会室へと早足で移動した。

 困ってみたり、頬を膨らませたりとしていた表情が陰った時、俺は凍り付きそうな気がした。

 乱暴にならない様に続きの扉を開けるとレインが居る。

 俺に気付いても、直ぐには動かない。 


「殿下?」


 顔を上げようともしないクルシェに気付いて、レインは顔を顰める。


「心配はいらない。二人だけに」


 クルシェの様子を伺うレインに、部屋を出るようにと扉を示す。「ですが」と動きを止めるレインに、それでもと、強い視線を向ける。


「扉は、あ」

「閉めなくていい」


 言いかけた言葉を遮って追い出した。

 みなまで言わなくたって分かってると、レインが出るのを待って、クルシェをソファーへと下ろす。

 瞼を閉じて俯く様子は痛みに耐えるかの様で、眉間を歪ませている。

 咄嗟に触れた指先がとても冷えていると感じて、膝をつき目の前の小さな両手を掴む様にして握り込んだ。




 他人から見た出会いの話しをしていた。先ず俺とクルシェの事。そこに、私塾を背負って学園に入り込んだモードン伯爵令嬢の行動の推測が加わった。俺達にしたら、この一週間話し合っても同じ所で終わってしまう話しだ。自意識過剰だとしても、狙いは俺だと行き着く話しだった。ただの付き纏いを学園でされても、大きくは動けない。どうにも困った話しだと不貞腐れた。

 その時、それが幸せとは限らないとクルシェの呟きを耳で拾った。会話の内容から俺の事だと思った。俺に思われても幸せとは限らない…。暗い瞳がそう言っている様な気がして、彼女の側に立った。だけど、違った。違うと思ったのは俺を見るクルシェの目に嫌悪が無かったからだ。

 陰る表情の中、頼りなさそうな瞳が俺見ていると思ったら、堪らずに抱き締めていた。

 あの会話の中で、何が引っ掛かったのか…。メリル嬢の語ったのは俺達のことだが、クルシェにとってはどう取れた話しだったのか? 学園の出会いを美談とした事で、苦い思いをした者が居ると、俺達は知っている。知って、その自分勝手さに振り回されたばかりだ。

 目まぐるしい移動と、帰り着いて半月。表面を取り繕っても、整理出来ない心の中というものがある。ルーキンスの出来事は、終わった訳では無い…。半分整理を付けて、半分持ち越したと言える。

 クルシェの言う通り、幸せとは限らない。美談でも無い。聞かされた物語りは残酷だ。だけどそれは過ぎた事で、今の事じゃ無い。

 指先に熱を伝えたくて唇でも触れる。


「クルシェ。俺を見て」


 堪えてやり過ごすのでは無く、目を開けて俺を見てと願う。

 俺は、俺を見て欲しい。

 何を苦しいと思っているのか聞かせてくれと、キュッと閉じられた口元を見る。

 

「何を思ったか、俺に教えて」


 言葉をかけても動かない口元。冷えた手を温める様に吐息を移したら動き出すだろうか? 屈めた背中を伸ばせば届くそれは、ほんのりとした赤みで俺を誘う。

 ハロルドの様に膝に抱き上げて、腕の中に閉じ込めてしまいたい。虚ろでもいい、この手にあるのならそれでいい。この唇で紡がれる吐息から言葉全てを奪って、全身に熱を刻み付けたい。それは冷えた指先を温めるものでも、心を気遣うものでも無くなる。一方的な俺の想いの押しつけだ。

 既成事実を作ってしまえばと仄暗い思いが過ぎる。意思が無くても、意志を奪ってでもと心がはしる。学園の出来事に煩わされるより簡単だ。俺がクルシェを選んだと、手に入れたと分からせればいい。

 それくらい、俺の中の手に入れたいと思う心は自分本位で醜悪だ。心が見えたら、嫌われるかもしれない。


「クルシェ…。俺が悪い事をする前に、俺を止めて」


 閉じこもるように目を閉じないで。あの朝の様に心を聞かせて。そう思いながら、冷えた指先に何度目かの口付けを落とす。


「…悪い事は、駄目ですよ」


 掠れた小さな声だ。ようやく紡がれた言葉にほっとする。


「駄目なら、クルシェが止めて」


 俺がする悪い事は、クルシェに対してだ。

 顔を上げたらそこにあるだろう唇を思う。目にしたらきっと奪うだろう。そんな確信があって、顔を上げられない。止めてと言いながら、拒絶される事の方が恐ろしい。

 動けないでいたら、クルシェが動いた。逃がしたく無いと、咄嗟に腰へと手を回す。

 自由になった両手が、俺の頭に乗せられた。そしてほのかな吐息が掛かる。


「悪い事は、駄目ですよ」


 もう一度言われた言葉と髪に落とされた口付けに気付いて、俺は湧き上がる歓喜に震えた。クルシェが与えてくれたものは、俺が唇を奪う想像よりも甘美だ。


「悪い事が駄目なら、クルシェが止めて」


 そう言うと、吐息に乗せた音にならなかった言葉が、「はい」と紡がれた気がした。


「ご心配をお掛けしてしまいました」


 俺の頭に置いた指が髪の間を滑り襟足へ。それを何度か繰り返す。

 ずるい俺はこの心地良さを手放したくは無いと、腰に回した手はそのまま、姿勢を楽にして膝へと頭を乗せた。


「何が、引っ掛かった?」


 問い掛ければ、ぐっと力が入るのが伝わる。


「声に出せば分かる事もあるし、楽になる事だってあるだろ?」

「そうかもしれません…」

「俺は、聞きたい」


 髪を梳く手が止まる。

 自分の頭の中にある事が、上手く言葉になるとは限らない。躊躇う様な息遣いが髪にかかる。


「嫌だと、思いました。馬鹿にした話しだって…」


 何がとは聞かない。言葉にするのを待つだけだ。


「安易に…出会いさえすれば、アレク様の心が手に入ると思っているのかと思ったら…」


 うんと、相槌をうつ。


「アレク様は、そんな事で心を移さないでしょう? ならば、アレク様の意志を無視した事になります。押し付けの、迷惑です。私の思い込みでしょうか? ですが、私を忌々しそうに見た目を思い出すと、アレク様に近付こうとする意志を感じました。どんなお膳立てなのか分かりませんが、話しの通じないクラート副学園長にも、モードン伯爵家にも余計な事はするなと言ってやりたい。だって、令嬢一人の力じゃ、学園に入り込めないでしょう?」


 再び、指先が髪の間を滑りだす。


「あまりにも、自分勝手です。そして、私も…。何で、ゆっくり考えたいのに、その時間を奪うのかって…」


 クルシェの何が自分勝手なんだ? 出かかった言葉を飲み込んだ。

 俺の頭の中の方が、何時だって自分勝手だ。


「私…。アレク様の事は好きです。ですが、よく、分からないのです」


 顔を上げようとすると、頼りない力で止められた。

 クルシェの「よく分からない」は、ハロルドの書斎で一週間前に聞いた。


「アレク様が夫なら妻は私ですよね。それって、何時までですか? アレク様が言った様に、賑やかな屋敷は何時までですか? 分からなくて恐いから、はいって言えない。お返事も出来ないくせに、アレク様に近付こうとする彼女が許せないって思いました。実際には、メリル様が仰るように綺麗ではありませんわ。答える勇気が無いくせに、アレク様との間を邪魔される事に腹を立ててますの…」


 クルシェは、俺を好き。そう言った。俺が、クルシェを好きだと言っている気持ちが分からないのでは無くて、何時までなのかが不安? どれだけの気持ちなら、不安を乗り越えられるかって事か? クルシェの育ちを思えば、失う事を恐れる気持ちを察する事は出来た。

 家庭を持っても、心と関係無く引き離された事は、クルシェの傷だ。

 傷と分かっても、それ以上に夫と妻に例えたクルシェが愛おしい。

 自分の心の中が綺麗じゃない? なら、手に入れる為に穢してもと思う俺は真っ黒だ。


「俺は、クルシェと離れる気は無いぞ」

「そう、ですわね。アレク様と離れる事になると、辛いと、思います」


 奪われてきた、臆病なクルシェの言葉。

 失う事を辛いと思うくらいには、俺を好きだと言っている? それって、告白を返しているのも同然だよな。


「辛いと思うなら、離れない事を考えればいい」

「離れない、事?」


 腰に回した右手を、薄い腹を撫でながら持ち上げる。んっと堪える声がクルシェの口から出たのに、胸へと辿りたいのを堪えて離す。クルシェの左手を指を絡める様に繋ぐと、無防備に俺を見るクルシェの瞳を覗き込む。

 俺は、クルシェを手に入れる為に、ずるい男になろうと思った。勿論、嫌われる事をするつもりは無いし、クルシェから引き離される事をするつもりは無い。


「ゆっくり、クルシェに俺を見て貰いたい。そのうえでいいから、受け入れてくれたらと思ってた。好きだけじゃない。独占したい程愛してる」

「アレク様?」

「何度だって愛を乞うよ」


 そう言って、繋いだ手に唇を寄せる。


「クルシェと同じだ。勝手に俺の前に立つな。俺とクルシェの邪魔をするな。そう思ってる」


 左手をクルシェの頬へと伸ばす。


「俺も、クルシェを失う事が恐い。王都に戻って、学園に戻って、クルシェを探してる。側に寄って話せる理由を、触れていい理由ばっかり探してる。ただの男の俺は、本当だったら、こんな風に触れる事は許されない」

「誰が許さないのですか?」


 ズレたクルシェの問に何て答えよう? 誰がというが、クルシェ自身は許すのか? 問に問で返す。


「約束の無い、婚約者でも無い者が触れても許されるのか?」


 考え込んだ後。分かったのか、あっと小さく口を開いた。

 駄目だ。そんな所も可愛い。


「俺の用意したドレスを着せたい。その手を取って、変な理由付も無く踊りたい。隣へ立つ事を何でだなんて、誰にも言われたくないし言わせない。ファーストダンスからラストダンスまで、繋いだ手は離さない」


 そうする意味が分かるか? 問うように瞳を見詰める。

 答えを促す様に頬から唇へ親指を動かし、柔らかい形をなぞる。


「この手を取ってくれるか?」


 絡めた指を解いて一度離した。崩した姿勢を直し、騎士の様に膝を付く。そしてクルシェの目の前に、改めて手を差し出した。

 頼むから、この手にその小さな手を乗せてくれ。

 俺にしては歯がゆいくらい長く感じる時間が過ぎる。

 なかなか動かないクルシェに、駄目かという思いが過ぎる。嫌いでないなら早過ぎただけだ。

 そう思い直そうとしたら、ちょこんと指先にクルシェの指が触れた。

 笑いだしそうになる。

 クルシェ。本当に逃がさないよ。

 もう一度、絡める様に手を繋いだ。


「イヴァン! レイン!」


 どうせ、扉の側に居るだろう二人を呼ぶ。

 見なくても、一歩部屋に入ったのが分かった。


「俺の心とクルシェの心は重なった。レインは王宮。イヴァンはレイナード家に」


 えっと、声を出したのはイヴァンだが、気にするものか。

 俺は立ち上がりながらクルシェを抱き上げた。


「クルシェ? 嫌なら、俺を止めて」


 呆然としたクルシェの耳元で囁く。

 俺は公然と触れ合う理由の為に、外堀を埋める事にした。

 嫌われてないだろうけど、今は無理かと思ってはいた。だから、賭けだった。


「今度の王宮舞踏会で婚約を発表する。それも伝える様に」


 俺の言葉に、腕の中のクルシェが体を固くした。


「俺の送ったドレスで、踊ってくれるんだよな?」


 最後の確認とばかりにクルシェに問う。

 もし嫌だと言っても、俺の手に手を重ねたのはクルシェだ。

 イヴァンもレインも、クルシェの返事を待っている。大事な知らせだから、間違いでしたはしたく無いのだろう。


「アレク様」


 か細い声で呼ばれて、顔を見る。

 耳まで赤くしたクルシェの答えなんか、聞くまでも無い。


「お父様の許可はいらない。クルシェが許してくれればいいんだ」


 くるくると瞳が泳ぐ。何度か息を飲む仕草を繰り返してる。

 ここまで来て、断られるとは思っていない俺は強気だ。


「受けてくれるか?」


 何時かという程前では無い。ダンスを願って交わしたやり取りを、クルシェは覚えてるだろうか?


「受けてくれるか?」


 二度繰り返した所で、「お受けします」とクルシェ。

 言葉と同時に俺は、念願ともいえるクルシェの唇に触れた。

 この喜びは、これ以上では表せそうも無い。という事にしておこう。

 調子に乗ると、物理的に引き離されそうだ。











 





 


 


 

 


  


 

 



 


 

ずるい男…。言質を取ると言った意味です。

あぁ、こんな風に考える自分って嫌だなと思ったクルシェの心の隙をつきました。

後は、外堀が埋まるだけです…。多分。

今話もお読み頂きありがとうございました。

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