第二王子アレックス殿下の男心は微妙
クルシェを抱き抱えたハロルドが、俺達を見せないようにしながら部屋を出て行った。
クルシェに話し掛ける声の大きさで、どれ程離れたかを教える様なハロルドの行動に、俺はお手上げ状態でため息を付いた。詰めていた息を、ようやく吐き出せた、そんな感じだ。
イヴァンもレインも同じなのか、同様に深い呼吸を繰り返してる。
それはともあれ、クルシェが飛び込んで来た時は、びっくりしたなんてもんじゃ無かった。そして、あの、婚約を嫌がる様な言葉が、彼女の口から出た瞬間…。終わった。そう思った。
ハロルドがクルシェの頬を、両手で包んで視線を合わせてる。否定されて見せ付けられる(相手は父親だが)。それは、何てやるせないと思っていたら、ハロルドのソレは、俺達に気付かせない為のものだと分かった。
誘導するハロルドに、クルシェが答えていくのを聞くにあたり、俺の鼓動は早くなるばかりだ。俺から見る彼女の耳は、とても赤く染まって見える。ハロルドの手に隠れた頬も、きっと染まっているのだろう。
俯いた彼女は分からないだろうが、俺を見るハロルドの目は、威圧的であったり挑発的であったりと、彼女の言葉で変わる。それは俺に向かって声を出さないハロルドの言葉だ。はいはい。彼女にそう言いました。好きだって言ってあったじゃないか。
考えようとすると苦しくなる。だから考えられない。そう言った彼女の言葉に、思わず手にしていた紙の束が音をたてた。失態だ。俺が聞いていたと知ったら、嫌いと言われそうだ。
ハロルドはそのまま話しを続けようとしている。自分達以外に気付いたクルシェは、聞いているのが誰であるかを気にしている。たが、ハロルドの言葉に、知ってはいけないのだと大人しくなった。素直過ぎるだろ。
このままなら、俺が居たと知られる事無く済みそうだ。別に、最初から居る事を知られたく無いって訳じゃ…。聞いたのを知られたく無いんだ。聞く事が出来たのと、知られずにすんだのはハロルドの機転だが、それに安堵したのは、間違えない。
そんな彼女の口から出た名前。嫌いな人は王太妃。即答で口に出た王太妃は、確かに嫌いなんだろう。噛み付いたくらいだしな。エリアナは、人の話しを聞かない迷惑な女の子だった。可哀想な一面もあったが、自分勝手であった。なら、セシェル・モードンは? ハロルドが聞き出せば、学園が、少し可笑しい事になっているらしい。初対面だけれども、それでも嫌だと言わせた人物が、とても気になる。
「…学園に働きかけた事は書いてあるけど、クルシェ嬢が言った事は記載されてない様です。私塾生を受け入れるというのは、学園にどんな意味があるのでしょうか?」
顔を半分隠すようにして物思いしていた俺だが、レインの声で顔を上げた。
モードンの名前がある物をレインが目を通していた。俺達の前にあるのは、この二ヶ月間の出来事の記載。俺達が国を留守にしていた間の、取り留めもない出来事が書かれてる。モードン家があるのは、何か名前が上がる事したという事。
イヴァンは、他に無いかを探している。既に動いていた二人を見た。視線に気付いたイヴァンは、「嫌いじゃ無いってさ」と、明らかに俺をからかった。
「ああして見ると、コリニアス殿が言った事は、間違いでは無いですね」
「そうなら、いいんだかな」
好意だってピンからキリだ。どの程度なんて希望的に判断して、残念なんて惨いだろ? 考えられないってのだって、単純に、お断りを口に出来ないで、悩んでるだけかもしれないじゃないか。学園での噂に、脇目も振らず飛び込んで来た時点で、上手に断ろうと思ってたのにと考えてたかも知れないだろ?
「移動の休憩の時に、クルちゃんに、手を出した事があったんだけどさぁ」
イヴァンの言葉に、カチンと何かが頭でした。
「おい! 変な意味じゃ無いぞ。エスコートの方」
紛らわしい言い方をするな!
「俺の手を首を傾げながら見て、転ばないから大丈夫って言ったんだよね。アレクの手には、無意識にでも手を添えるのに、違いが可笑しくって笑った! 笑った俺にな、皆が過保護で困るって言ったんだよね、ははは!」
あの時ですねと、レインが相槌をうっていた。イヴァン、笑うな!
いつの間にだ? キシュワ砦から、なかなか近づけなくていたのに。
「クルシェ嬢は、家族との触れ合いと、他人との触れ合いは、キチンと別物だって認識している証拠ですよ」
エスコートだって、過度に行えば、周りの目ははしたないと見るだろう。婚約者同士であったとしても、微笑ましいをとおりこせば、眉をひそませて見られる事もある。イヴァンに対してのクルシェは、適切な態度と言える…かな?
ならば、やはり俺は家族…俺は家族枠? 兄貴止まり?
「殿下?」
「あぁ?」
レインに、投げやりに返してしまった。
「殿下? クロイスの言葉を借りるなら、クルシェ嬢の言葉にした事は、彼女の本心だと思いますよ。嫌いも嫌も、きっぱりと言っていたじゃ無いですか」
「線引きとして、少し離れたら? この二ヶ月の距離が近かったから、離れて淋しいと思って貰ったら儲けものって事で!」
何だそれは…。そんな事をしたら俺が淋しい! 会わないようにしても、こっそりと後ろを付いて歩くかもしれない。イヴァンの言う事は却下だ! 今の学園は、中等科が、高等科の待機教室を借りてと言ったじゃないか。せっかく近くに居られるのに、誰が態々避けるような事をするんだ?
なおもぐずぐずとする俺に、イヴァンが「臆病だな」と言う。
「殿下。何処までの気持ちならお受け出来るのかと言ったんですよ。聞きましたよね」
レインの言葉に頷く。確かに聞いた。言っていたでなく、この耳で。
「この程度の気持ちじゃ受けられない。じゃ、無いですよ?」
「クルちゃん。前向きじゃないか」
レインには珍しく苦笑い。イヴァンは呆れている様に言った。
前向きなのか? クルシェは、俺の言葉を、ちゃんと考えてくれているのか?
「親兄弟がアレで、従兄弟エリオットも、どちらかと言えば大人し目だろ? 異性の波風の無いところで育ったら、奥手でも仕方ないんじゃ無い? だから、動揺してるんだろ?」
「随分、顔に色々出る様になりましたね」
そうだろ? 可愛いだろ? そういう意味じゃ無いって? 俺が可愛いって思ってるんだからいいんだ!
「兎に角。アレクは、あっちに行けば? 資料見付けたら俺等も行くし」
俺一人で…行けと? 直ぐは無理だ。ハロルドに会いづらい。
「お茶会は社交だと言っていましたけど、学園の女性の会話は面白いですね」
クルシェの学園でのやり取りの会話を思い出したか、レインがほのかに笑う。
「嫌! 俺等も変わんないね。だからさぁ、俺とレインは資料探しで、殿下は詳しく聞き取り。俺が行ってもいいけど、嫌だろう?」
もちろん嫌だ。渋々と立ち上がる。
「あっ! 調べる方向性ってどうしたらいいですかね?」
「私塾って言っても、初等科教育からなのか?」
「場所に寄ってですが、学園の初等科を出てから私塾に行ったのがサミュー伯爵令嬢ですよね?」
「トヴィアスの婚約者だったような…」
トヴィアスと言えば、公爵家の子息だ。その婚約者も通う私塾。
「ドレスを貸し出すって、どんなだ? 仕立てが良さそうなら、お古のとかじゃ無いよな。」
あえて、クルシェが言っていた。初等科を学園で過ごし、婚家の望むままに私塾に通っていた令嬢の言葉とクルシェが見た印象。
気になるなら調べろと、ハロルドが言った。何処から取り掛かる?
「モードン家と私塾の交友関係と、個人と私塾の財政状況? 先ずは、そこからで」
二人は、ハロルドの資料室へ。俺は、別邸の玄関を出てレイナード本邸へと別れた。
どんな顔して会えばいいんだろう? もちろん、さっきのは知らない振りをしなくてはいけない…。
そもそも、ハロルドに返せなかった指輪が重すぎる。
親父殿よ。俺では、ハロルドに対するのは役不足だ。
王となった者は、その人生の中で三つの指輪を作る。
一つは王太子の時。二つ目は王になった時。三つ目は王を退いた時。その指輪が、主の手元を離れるのには意味がある。
王から王太子時代の指輪を託される事は、王の耳目であり手足。また、王の言葉を伝える者。王の指輪を託された者は、新たな王を支える事を託された証。最後の指輪だけが、王の生涯で唯一手元に残る物となる。
王族教育でその様に聞いていたが、ハロルドから渡されて、その意味を思い出した。
俺の手元には、親父殿がハロルドに渡した、王太子時代の印章指輪がある。ルーキンスのごたごたで、返しそびれてしまったのだが…。
親父殿に報告したついでに、親父殿からハロルドに返してもらおうと思っていた、のだが…。俺の手にそれを見た親父殿は、顔を顰めた。やっとハロルドに押し付けて首を繋いだのにと、少々ご立腹だった。
ハロルドに渡すまでは、張り付いて帰って来るなと言われた時、何て事を息子にさせるのかと、無慈悲とも思える言葉を怨んだ。ハロルドだって持つ気があれば、何度か渡そうとした時に受け取っていた筈だ。それを改めて渡さなければならないのは、難しいの一言。
それを返す為にハロルドの所に来たのだが、上手く交わされた。
ん? 交わす為にクルシェと出ていったのか?
別邸から外の道を歩き、本邸の扉の前に立った。
開かれた扉を押さえる家人の、今来ましたを装う俺を見る目が生ぬるい。
今話も、お読み頂きありがとうございました。




