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女公爵クルシェ嬢 お話しはカフェで

夏季休暇明けの様変わりした学園です。

先ずは、情報収集からですわ。

という事で、よろしくお願いします。

「案内も許可も無く扉を開けるなんて、無作法でしてよ」


 扉を二ヶ月ぶりに開けたら、そんな言葉が返ってきた。

 言われた言葉に、理解が追いつかない。二ヶ月前の、四ヶ月親しんだ場所の名残りは…壁紙くらいだ。

 私は、歩ってきた廊下を振り返り、二ヶ月前の自身の教室だと確認して、再び教室である室内を見回した。

 教室とは言っても講義で使われる事は無く、待機場所としての自習室なのだが、有るべき角張った机は無い。あるのは、白いクロスをかけられた丸いテーブルや繊細な彫りの入った細い足の椅子。ビロードの張られたソファのテーブルセット。 そして、茶器を手にしたご令嬢方。

 その出で立ちは学園の制服では無く、ドレス。それも、それなりに仕立ての良い物。

 室内を確認する私に向けられるのは、状況を説明する親切な言葉では無く、逸らされる視線と小さな笑い声。

 心でつくため息は盛大。だけど、それを表に出してはいけない。私は、少しだけ口角を上げた。


「失礼致しましたわ。私、クルシェ・ジス・レイナードと申しますの」


 バタンと扉を閉めてお終いとはいかない以上、取っ掛りとしてご挨拶をしてみた。

 だけど、それに返る声は無い。私を無作法と言った方からも、何の言葉も無い。思いっきり、無作法を投げ返したい。

 よく分からないけど、今の私は闖入者だろう。ならばとこちらからと挨拶をしたが、これには、どう対応したのが良いのだろう?

 こういうのは、初等科でも無かった。呼ばれたお茶会はおば様とだけど、ご一緒したご令嬢達で、こんな態度をとる方は居なかった。ならば、ここにいて有益でない以上、さっさと立ち去るだけだ。


「皆様。ご歓談の中失礼致しました」


 踏み入った一歩分を戻り扉に手を掛けた。


「お待ちになって、クルシェ様」


 呼ばれて振り向けば、無作法と言った知らない方では無い。初等科をご一緒したサミュー伯爵令嬢のヴィニカ様が立ち上がっていた。

 よく見れば、二人。初等科の卒業を見送った方がいた。ヴィニカ様は、淑女教育の私塾に一年通って公爵家の次男の方とご結婚の筈でしたが、どうしてでしょう?

 張り付けた笑顔では無く、自然に笑えた。 


「ヴィニカ様。お久しぶりですが、学園に復帰なさいましたの?」


 聞けばそれに「ふふふ」と、曖昧に笑う姿がある。


「お元気そうなクルシェ様を見られて嬉しいですわ。この一週でお姿を見付けられなかったので…。初等科を懐かしんで、是非お話しをしたいですわ。皆様との集いがある時は、私にも声を掛けて下さいますか?」

「ええ、必ず。ヴィニカ様とお話し出来るのは楽しみですわ。宜しければ、何時もの様に」


 お互いに含みを持った視線を交わす。

 その私達に、改めて声を掛ける方もいなそうなので、失礼しましたわと、扉を閉めた。

 ヴィニカ様と言葉を交わす間。知らない方は、初対面に関わらず、不躾な程睨んでいたのは…無視。ここは学園だからと一生徒として振舞ったが、どういうつもりか、とても失礼な方だった。

 案内も許可もと言っていたが、と、廊下を見れば、侍女服の二人が端の方に立っていた。仕事の出来ない侍女だ。勝手に進んではいけないなら、お待ち下さいと言うべきだし、主人格の彼女は、私より、自身の使用人を注意するべきだ。そして、名乗って謝罪するべきだ。

 あの態度に、少し納得のいかない気持ちのまま、学科棟へと足を向けた。

 ヴィニカ様が直ぐに声を出さなかったのは、きっと、あの方の様子を見ていたからだろう。そして、その場の誰一人も紹介しようとしなかった。あの、学園の中でドレスを着た方々は、何の為にいるのだろうか?

 ルーキンスから北方伯領のキシュワ砦を経て王都に帰り着いたのは、九の月を三日程過ぎていた。既に学園は始まっていたのだが、王宮でのもろもろと屋敷での事後処理で、更に四日。

 一週間を過ぎて来る事が出来た学園。されど、どうなってるのかさっぱり分からない。


 分からない事が分かったのは、学科棟の先生からでは なく、移動したクラスの方に行き会ってからだった。

 そして、より詳しくは、ヴィニカ様からになる。






 シェードの下。二ヶ月前と違い、風が吹いても暑さを感じるカフェのテラス。お昼を、とうに過ぎてもまだ暑い。それでも、室内に籠る熱よりはましと、作り出された影の中。

 今回はご招待では無く、アフタヌーンティーにそれぞれが、になる。それでも、あの日と同じご令嬢方が顔を揃えている。流石に間借りの高等科棟の教室で、声高に話し合ったりは出来ない。嗜みとして、お教室できゃいきゃいとは致しません。私達だけではありませんから。なので、手短に…と、現状だけを伝えられた。

 8の月末。寮にもどった中等科の者達に、学期始めからの高等科への間借りの通達。待機場所としての教室なので、待機場所が変わっても、問題は無い。お勉強は学科棟なのでと、変わる理由は問題視していなかったのだそうだ。

 …学期末の時の様に、講堂で、学園長のお話しを伺うまでは。

 制服の中に、夏らしい軽やかなドレスの一団。淑女教育の中の家政における重要性の検証。学園長は、その一団を指し、そう言ったのだそうだ。

 訳が分からないわと言えば、私達も分からないわと言われた。

 それよりも私が気になっていたのは、アレク様と一緒にしたお仕事の成果だ。五家和解は、どの様に受け入れられているのだろう? まるっきり国を出ていたので、把握が出来てないのだ。

 その話を振れば、キランっとした眼差しが私に向けられた。これは、お喋りが止まらなくなるやつだ。そう思った私は、ヴィニカ様との事を話した。「何時もの様に」は、私達の情報交換を意味していて、必要があれば招待状が無くても、カフェに集まりますよを暗に指している。あちらの事も知りたいから詳しくはその時にねと、誰かが言って終止符を打った。


「私の話しもですが、恐らく、クルシェ様のお話しが大元だと思いますの。学園生全員に向けた和解のお知らせ。どうしてそうなったのかを教えて下さいませんか?」


 当時、学園に居なかったヴィニカ様が、久しぶりの挨拶の後、私を見て切り出した。「そうそれ」と、同意する皆様に、簡単に説明をした。隠す事では無い。あれから二ヶ月たってしまったが、学園が始まってしまえば、記憶の隅にあったものも、どういう事だったのと知りたくなる。これを疎かにすると、不確かな噂で足元をすくわれる事になるのだから。


 お休み前にお話しした事とそれ程かわりませんよと、前置きをする。

 誤解さえ解ければ、問題は、学園の行事の最中であった事。学園に関係の無い事で皆足を止め、迷惑を掛けた事実に対しては、申し訳無かったとの気持ちだけは伝えようという事になった。当家でさえ、エリアナ・ベネルという人間を押さえられてはいなかった事もあるので、一緒に気持ちを伝えましょうと、それをしただけなのだと。

 それと、本人が騒いでいた様に姉妹では無く、又従姉妹だった事は明かした。


「まぁ! だからなのね」


 そう途中でヴィニカ様が声を上げていた。何が「だから」なのでしょう? 言葉になりかかった問は、言う事が出来なかった。


「ならば、舞踏会の時はどうしてですの?」

「舞踏会…ぃ?」

「アレックス殿下とのダンスよ! 正式発表は無いけど、クルシェ様は王子妃になるの?」

「王子妃なんて…。あれは、ルーキンス行きの為の演出ですわ」


 かくかくしかじかと、当たり障りの無い事を話す。デビューの為のダンスは、確かにアレク様を独り占め(別に私がしたかった訳じゃ無いんだけど)。その後は、ルーキンスからの賓客としてクロイスとベッタリだった。姉弟で独占? 不可抗力ですよ。ええ、ビデディアの王子の滞在に、ルーキンスへ乗り込む為の演出でしたのと、ご説明させて頂きましたとも。

 二十年程は剣を交える事は無くても、それに備え続けるのは根気がいる。この場合の備えるは、人の心の備えだろう。

 何時かを想定したままは、緊張を。二十年無いからは、油断を。それを払拭するのが、王の求めたものだとお話ししました。急な出立ではありましたが、ビデディアの王子は、交流の意思はあると明言して帰られました。

 国としての意図があったと、お分かりいただけました。

 ですが、お分かり頂いた皆様のお顔がにまにましています。嫌な感じですわ。


「だけどよ? 演出と言っても、悪い感じじゃ無いわよね」

「そうそう! 場を収める為と言ったって、学園のダンスからアレでしょ? 建前でない話しが聞きたいわ」


 それは、話した通りです。本音? 言わせてもらうなら「聞いてないよ!」ですよ。すべては、お父様の言う通り。


「だからって、デビューのダンスを特別な形で終えたのよ? ときめかなかったとは言わないでしょ?」


 確かに特別でした。それは認めますわ。その後、参加年齢では無い弟と踊り、王太子様とも踊りましたわ。アレックス殿下だけが、特別ではありません。こなすだけで精一杯でしたわ。


「あぁ! お茶会の後、アレックス殿下にエスコートされて馬車に乗り込んだのは? 校内で手を取り合う時点で、思うところがあるんじゃ無ないのかしら?」


 それは、条件反射としか言えません。その手を取ってしまった後に、私から離すのは、失礼にあたるかと…。その馬車でどちらに? 王宮ですが。そうですわ。皆様に贈る品の打ち合わせでしてよ。


「…あの。ルーキンスの謁見で、王族の祝辞正装だったと聞きましたの。それは、クルシェ様が言う演出の一つですか?」


 他国での謁見の服装に対して知ってるのは、同行の高官か騎士。もしくは王宮内で携わった方の中に、お身内が居るという事でしょう。王宮内の話しを漏らすのは、無い事ではありませんが、良い事とも言えません。聞きにくそうですが、知りたいという事ですわね?

 あちらの王女様達には婚約者は居ませんでしたので、アレックス殿下に求婚の意思が無いと分かってもらう為ですわ。お話しがでてしまえば、お断りするのも角がたちますでしょ? 舞踏会のダンスも、その下準備でしたの。

 第一王女のシュニティア姫ですが、王配になられる方との御婚約発表をなさりましたわ。


「演技演出の部分は、分かったわ。前提に必要があったという事でしょ?」


 私は頷きました。


「だけどそれを別として、アレックス殿下から、想いを伝えられる事とかは無かったのかしら?」

「えっ? 想い?」

「アレックス殿下は、女性の噂なんか全く聞かない方でしたもの。そんな方が、とても切ない眼差しでクルシェ様を見ているのよ? お心が無いとは思えないわ」


 切ない眼差しって何ですか? 何時の事ですか? 想いを伝えられるって…。

 一気に体中の熱が上がる。あの水辺のアレク様が心に浮かぶと、息が苦しくなった。

 落ち着こうと、深い呼吸を繰り返す。

 そんな私の耳に、小さな笑い声が聞こえた。顔を見れば、皆様、にまにまとしています。


「かっ、からかいましたのね! 必要な事が知りたくて、私、ここに居ますのよ? からかわれるだけなら、帰りますわ!」


 立ち上がろうと、腰を浮かせた。

 何時もなら、こんな対応はしない。アレク様を思い出したら、冷静では無くなったって事だ。


「ごめんなさい。クルシェ様、落ち着いてお座りになって。私からのお話しがまだですわ」


 にまにまの一人のヴィニカ様が、私を宥める。


「皆様? そろそろ、私の話しでよろしいでしょ?」


 にまにまとしたままよろしくと皆様が頷く。私は恐らく苦い顔だ。


「始まりは、学園の生徒に贈られたお詫びの品だと思うの…」


 学園生に贈った品をヴィニカ様が見たのは、婚約者のお宅を訪問されていた時。女文字の婚約者の名前を見た時には、嫉妬で御相手に詰め寄ったとか…。後暗い事はしてないからと、目の前で開いくその中から刺繍のされたハンカチとカード。その内容と学園の話しを聞き、お義母様となる公爵夫人と、感心のため息をこぼした。女生徒には、男文字でリボン。ヴィニカ様が通われた私塾で教わっている事の実用例だから、良く覚えておくようにと言われ、結婚式を待つ間の一年は、公爵夫人の願い通り良く学ぼうと心に決めたそうです。


「クルシェ様は、私塾にはお通いは無いけど、家政の事は、アーデンテス伯爵夫人やエルンスト夫人から学ばれたのよね?」

「ええ。伯母様方に、色々と」

「そうよね…。それでね、学園で、家政を教わる事が出来ていたらどうだろうと賛同を求める動きがあったの。目安が確立されていれば、困る事はないでしょう? 淑女教育の必要性を感じている方の賛同は、集まると思っていたわ。だって、王家を含めて高位貴族がそれをしたのよ。学園なら、男の方だって学ばれるし…良い事だと思ったの…」


 ヴィニカ様は、そこまで話すと、呆れた様なため息を付いた。


「ヴィニカ様?」


 私を含め、皆様がヴィニカ様を見る。


「あっ! ごめんなさい。それでね、試しに講師の方を学園にやって様子を見るのかと思っていたのよ? なのに8の月半ばに私塾から来たお便りには、現在通っている私達のお授業の場所が、学園になるっていうご連絡だったの。学園の入寮は無理なので、塾長であるモードン伯爵家を寮として、学園に通うというお知らせなの」


 私達を見回したヴィニカ様は、再びのため息だ。


「それって、学園の意味がありますの? 最初の二日くらいは、意味も無く学園内を…見学して、それっきり。以後は、中等科棟にこもりっきりですわよね?」

「ヴィニカ様のお話しや、学園長のお話しでは、どうしてこうなっているのかわかりませんわ」


 疑問だけが、私達の間を漂う。


「クルシェ様を咎めたのは、 モードン伯爵令嬢のセシェル様ですの」


 言われて「あぁ」と思うが、淑女教育を解くお家のお嬢様が…アレですか?

 私の考えが、ヴィニカ様に伝わる。苦笑いで返されました。


「セシェル様ですが、デビューを楽しみにしていたとは…思いますの。ですが、国としての事情があるとしても、クルシェ様が色々なものをさらってしまった形なので悔しいのだと思いますの。だからと言って、アレは…好ましくはありませんわね」

「あの舞踏会後は、アレックス殿下の御出席は無かったし、残念なのは分かりますわね」

「ですが、そこまでして、何故学園なのかしら?」


 確かに、あの舞踏会の会場内から、殿下方に寄せられる視線は痛かった。そんな風に思うなら、ダンスのお願いに来たら良かったのに。勇気を出してきた方を、無下にする事は無かったと思うのだけど…。 次があると思っていたら、二ヶ月の不在。でも、それは私のせいでは無いのだと、声を大にして言いたい。


「貴族の事は分からないけど、そのお嬢様、ずばり男漁りよ!」


 高等科のナタリア・トハス様が、それ以上の理由が無いと強い声音。

 それしか考えられないと、貴族位の無いお家のお嬢様が賛同する。「男漁り」と、聞き慣れない言葉だったが、「お相手探し」の事だと得心がいった。


「講義中は出歩ってないけど、放課の訓練所には出没してるのよ」

「そうそう! 騎士団の訓練に目の色変えてる女の子達と同じ!」


 その言葉に、ヴィニカ様は項垂れてしまった。

 婚約者の方がいらっしゃれば、それもありますよね?


「そうなの。トヴィアスに会えるから私は構わないの。だけど、そのトヴィアスにも近寄るのよ。それはとても嫌なの…」


 ヴィニカ様が婚約者の名前を出して、私塾からのご令嬢の行動を訴えた。

 このままなら、私塾の在り方に疑問を持たれてしまうかもしれないのに、大丈夫なのだろうか?


「兎に角ね…。学園で何がしたいのか、分からないのよ。宿泊に屋敷を解放しているだけじゃ無くて、ドレスの用意が出来ない方には、貸し出しまでしてるの…。お義母様の進めで無ければ、家に帰りたいの」

「難しい問題ね。講義の邪魔さえ無いなら、知らない振りが良さそう」

「そうして貰えると…。だけど、私、辛いわ」

「話したければ、何時もの様にでいいのではない? ヴィニカ様を何時でも歓迎するわよ」


 ありがとうと微笑まれた。あの中では、初等科の付き合い方を基準にしたら、ヴィニカ様には辛いかもしれないと思えた。


「あのね。私の話しは終わりでいいのだけど、クルシェ様に聞きたい事があったの」


 はいはい。何でしょうか?


「王家からの申し出を、お受けする意思があるのって本当?」

「申し出って何ですか?」

「アレックス殿下との御婚約!」


 ん? また私をからかう話題ですか?


「後見人のヴァイス将軍閣下が、受けたって噂があるのよ? ルーキンス訪問の為なのは、分かったわ。だけど、政略的にお話しがあるのかと思って…」


 ヴィニカ様の声が萎んでいきます。


「そんなお話し…知りません」

「そう? でも、舞踏会の後には、その話しは広がっていたの。親戚の方々も、噂の否定はなさってなかったし…」


 ねぇ、皆様と同意をもとめてヴィニカ様。


「そう。だから私達も、どんなやり取りがあったのかとつい」


 ヴァイスのおじ様が? 噂の否定も無いの?

 私は、思わず立ち上がった。

 今度は、誰も止めない。


「そういうお話しは伺ってませんわ。確かめに帰ります。お先に申し訳ございませんわ」


 挨拶もそこそこに、私はカフェを出た。取り敢えずお父様だ。


 







 

 

 

 

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