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第二王子アレックス殿下の男子会(星空の下でも)

 エルンスト北方伯の治める領地の国境。キシュワ砦。

 ルーキンスから同行していたビデディアの王子、コリニアス殿とはここまで。明日、コリニアス殿は国境の北へ帰る。そして俺達は王都へ帰る。

 ここへ来て俺も知ったが、ビデディアとの諍いは、今のところ十九年前が最後だ。その時の捕虜が九人。それ以前の捕虜となった人数を合わせると、三十人程がレイナード領内で、今も生きている。 北方伯領内に居るのはその血を継いだ者だが、コリニアス殿には十分だったのだろう。目的の通り、交流と交易の話し合いの出来る材料を持ったコリニアス殿を見送る事が出来る。一つの目的の先が明るいものだと思うと、何をした訳では無いが、ほっとした。

 そして、今この時。コリニアス殿を交えて、満天の星空の下に居る。

 草原の民は、夏の夜空を見上げながら放牧の旅をするという言葉に、クロイスが興味を持った。子供に何処までも甘い御仁は、二つ返事で了承してしまった。

 大きい火は星空を眺めるのに不要と、数箇所のランタンの灯りが揺れる。

 そのクロイスだが、さっきまでコリニアス殿に、移動の目印になる星を教わったりと、草原の話しに聞き入っていた。俺達も、それに耳を傾けていた。が、当のクロイスは、昼の水遊びの疲れからか、船を漕ぎ出し、グレイの膝の上でその瞼を閉じている。

 太陽が消えれば、山の夜は過ごしやすい。だが、念の為と、毛布を掛けられた。汗をかく様なら、グレイが調整するのだろう。クルシェの親兄妹は、そう言った意味でも面倒見はいいのだと思う。そのグレイの役割りを欲しそうにしていたのはコリニアス殿だ。

 兎に角、眠ってしまったのだから部屋へと帰してやればいいのだが、好奇心を隠そうともしないクロイスは、朝日を見るのだそうだ。夏の夜明けの時間は早いというのに…。俺達は馬車だが、コリニアス殿は馬だ。それなのにと思うが、まぁ、体力自体比べようも無いのだからとしておこう。

 そんなコリニアス殿が、クロイスは、このままルーキンスに帰る事はないのだろうかと聞いてきた。今回の話しを知っているから、クロイスの今後が気になるのだろう。

 それに俺は、恐らくと答えた。親に会いに行く事はあっても、ルーキンスの人間として、ルーキンスで暮らす事は難しいと。


「ならば、レイナードの者になるのだな…。導き手、か。縁が繋がったな…」


 ビデディアの呪い言葉。クロイスが興味を持った一つだが、コリニアス殿には、自国の民からのメッセージ以外の意味があるようだった。


「導き手と繋がった縁ですか?」

「あー。以前に、ルーキンスに婚姻を結びに来た訳じゃ無いと言っただろ? 実は、俺で無く、娘の婿を探してるんだ」

「ルーキンスで?」

「ルーキンスは、色の違う者は疎外される事が多いだろ? 困っていたのはそこなんだが…。シルフストに来て、精霊の恩恵をありがたいと思ったよ」


 その前に結婚していたのかと、突っ込みたい。因みに、お嬢さんはおいくつですかとイヴァンが聞いた。そうだ、それも気になる。

 詳しくと聞けば、六歳となる子供は体が丈夫と言えなくて、草原の冬を避ける為の縁を持ちたいと考えていたのだそう。婿で無く、信頼出来る商談相手に世話人を紹介してもらうのでも構わないと思っていたらしい。成程と納得。揉めていたシルフストより、ルーキンスにと行ってみたが、別の問題があったのか。

 だが、コリニアス殿は二十三歳。六歳の子供と言ったら、十七歳で父親。ならば十六歳でごにょごにょ…と。早婚だとは聞いた事があった…。その子供は三番目と言う。なら、結婚は幾つだと聞きたくなる。なったから聞いた。コリニアス殿は十四歳…。その御相手は十六歳の二つ年上。そうか、ビデディアでは、それくらいで婚姻を結べるのか…。

 



 十六歳のクルシェ…。帰宅を、おかえりなさいと迎えられるのは、どうんな感じだ? エントランスで見上げる俺と、階段を降りてくるクルシェだ。俺を見て綻ぶ顔にキスをする。何だそれ…。型通りで想像が貧相過ぎる…。その前に、帰宅? 外出してるのか、俺は…。ならば食卓ならどうだ…。駄目だ。ハロルドが必ず居る。ハロルドの前でクルシェを膝に抱える事が出来るのだろか? 

 執務室と応接室を思い浮かべたが…。しっくりこない。寛いだ彼女をと思うと、二つの建物を繋ぐ、あの場所しか思い浮かばない。ハロルドが居ても、クルシェが笑って迎えてくれる場所はそこがいい。そこは、譲れないが、実際に仲良くしている想像は出来なかった。

 何でだ? 妄想くらい自由だろう?

 ならばと、願望とも言える妄想に踏み込もうとしたが、止めた。

 昼間の、彼女の小さい足の踵。細い腕に、確かに柔らかかった胸。俺を見て潤む瞳。思い出せば集まる熱に、焦りを感じた。

 膨らむだけ膨らんだ願望が叶わなかったら、それこそ虚しいだけだが、そんな目で見られていると思ったら、いい気はしないなろう。

 慌てて打ち消す彼女の肩から背中。白い肌に変質した皮膚が、亀裂の様に這う後があった。

 王太妃に着せられたドレスから見えた、昔の痛々しい傷跡。

 思い出されたそれすらも愛おしく感じて、胸が苦しくなった。




 ほんの短い物思いは、イヴァンの、クロイスの言った言葉で引き戻された。


「姉上は、嫌がってない。怒ってないと、呪文の様に繰り返すのが恐かった!」


 クルシェが、何を嫌がってないって?

 何処からそんな話しに変わってたんだ?

 明かりに照らされた皆の顔は、俺を見ている。

 俺? 俺がやらかした、と?


「何だよ、イヴァン」

「何って、聞いてなかったの? またどっか行ってんの? 思い出しむっつり殿下!」


 言うに事欠いて「むっり」言うな。俺は普通だ。


「昼の、クルちゃんの靴を脱がすアレクを見て、魚の腹を開くナイフを持ったクロイスがね、じーっと見てる訳よ。側に居た俺らは困ったって話しだよ。ですよね、コリニアス殿」


 イヴァンがコリニアス殿に話しを振る。

 コリニアス殿は苦笑いだ。


「クロイスは怒ってたのか?」

「姉君を気にしていただけだろう」

「ここ数日の、姉弟同士で様子を伺いあうのでは無く。最初の頃の、姉上は僕が守るって感じはありましたよね」


 レインの例えに、見たわけでも無いが、想像は出来た。…気になるだろうな。俺は、家族でも無ければ、婚約者でも無い。ただの求婚者だ。


「随分良い感じだったが、進展はあったのか?」

「進展…ですか? どうとも言いかねます」


 コリニアス殿が、俺に爆弾を投げる。

 良い感じだったら、今頃有頂天で笑ってられるのに。


「気持ちが繋がっている気がしたんだが、違うのか? ルーキンスを出てからのクルシェ嬢と比べたら、張り詰めたものが和らいだみたいだったが」

「そう思いますか? それなら良いのですがね。行きの心配は解決の目処がたちましたが、新たな問題ですからね」


 良い感じと言われれば、独占欲丸出しの自分本位な妄想が、再度頭を過ぎる。

 誰に知られるでも無い頭の中だが、煩悩とも言える妄想を消す為に、俺は両手で頭を抱えた。今日の事もそうだが近付けたと思ったところで、警戒されると堪える。そうすると…触れたい、近付きたいと思う事は、必ずしもいい事では無いんだ。


「アレックス殿?」


 コリニアス殿の声が、俺を呼んだ。

 彼女を思うと、幸せだと思うと同時に、とても苦しい。


「はい」

「悪いが、踏み込み過ぎたか?」

「あーっ。そういう訳じゃ無いんですよ。彼女に少し怯えられたみたいなんで、いい感じに見えてたなら、それで嫌われたら堪えるなと」

「怯えたふうでも、嫌う雰囲気でも無かったが…」

「以前から、手を伸ばすと体を固くする事があってって、やましいやつじゃないですよ? こう…大丈夫って伸ばした時とかに」


 肩や頬に触れようとすると、戸惑ったように入る力に、大切にしたいと思う俺は手を止める。そして踏み込みたい俺は伸ばした手を持て余す。


「それは、当たり前じゃ無いのか?」


 コリニアス殿の言葉に「えっ?」と、顔をあげた。


「求婚者だからと言って、無闇に触れ合って良い訳では無いのだろう? 貞淑を説かれた娘なら、当たり前ではないのか?」


 確かに…だ。憎からず想い合ってる状況だと、お互いに意識してると見せるのを、ルーキンスでは意識した。本来、ただの求婚者がベタベタと触れていいものでも無かった。自分の気持ちに優位な状況で、見落としていた。それに、そうしなければならない時間は終わったんだ。

 なら昼のクルシェは、何故素直に身を寄せたんだろう? 抱き上げた時、恐がったと思ったが、嫌そうにはしていなかった。様子が変だと思ったのはその後だ。


「状況だからでは無く、求婚は、本心からだと伝えました。家族に愛されていると分かっていても不安そうな彼女に、疑うなと言って、その中の一人になりたいと、夫にしてくれと…言ったんですが…」


 一方から上がった無言の圧力。「不安そう」「夫に」のどっちに反応したんだろう。


「好きだけじゃなく、夫にしてって言ったの? いつの間に?」


 俺の言葉にイヴァンが返したのはソレ。実は今日なと、毎日報告しないといけないのか? 何時も相談するのは俺だが…。


「朝の散策の時」


 無言の圧力が緩む。そう。俺はグレイの目の前で、ロマスのある言葉では無いが、意識を持って求婚はした。

 一応は…伝わっている筈なのだ。


「クルシェと一緒に暮らしたい…。隣で過ごしていたいから、夫にしてくれって言った」


 照れから、ぶっきらぼうになった。

 態度が悪い? 目をつぶってくれ。本当に恥ずかしい。


「それの返事は貰って…無いんだな」


 確認する様にコリニアス殿。

 俺は頷く。

 ふぅ〜んと、何かを考える様子。思わせぶりは止めてくれ。何を言われるか恐い。


「それで、アレ?」


 何がアレだよ。イヴァン…悩める俺に、もっと分かりやすく言ってくれ。


「クルシェ嬢は、こう…貞淑とは別に貴族らしくないというか、勿論貴族なんだが、カチカチの中では育って無いだろ?」


 コリニアス殿の言葉に、グレイを見ながら頷いた。

 恐らくだが、そう思う。


「今日の彼女は緩んでいた感じがしたんだ。何時もと比べてどうかな?」


 比べる程の何時もなんて知らない。ルーキンスでの十二日間は思い詰めた感じだったし、ここまでの移動の十日間は、心の折り合いや、クロイスの心配をしている姿しか見てない。そうすると何時もなんて知らないが、コリニアス殿の言葉通り、緩むというか、雰囲気が柔らかい気がした。


「確かに、ほわっとしてた」

「ほわって、もっと言い方があるんじゃ無いの? 二人の世界ですって、お互いしか見てなかったのに?」


 お互いしか? 確かに俺は、クルシェしか見てなかったけど、クルシェも?


「求婚と一緒に、クルシェをけしかけたんだ。ハロルドの真意が分からないって言うから、ハロルドはクルシェの為なら動くって。それで動いたら、俺にキスしてと、言った」


 これを今言うのは、恥ずかしい以上に勇気がいる。この場には、彼女の保護者が同席中だ。

 案の定…。鋭い視線のグレイが居る。


「キス…したんですか?」


 恐る恐るとレイン。

 したとして、それに答えられると思うのか?

 してないが、してもらいたい。

 情報は、迅速に正確に。「まだ」とだけ言った。


「日にちは過ぎたが、あれだけの事があって「約束覚えてる?」なんて言える程、俺も馬鹿じゃ無い」

「言えないけど、気にはなってるんだ! むっつり殿下」

「茶化すなっ!」


 くそっ。今日のイヴァンには、腹が立つ。


「クルシェ嬢は、誰でもいい訳じゃ無いだろう? 緩むのは、近しいからだと思えるんだがな」


 コリニアス殿…。近しいと言って、兄貴じゃ駄目なんですよ…。


「そう言えば、水から上がった後。アレク、直ぐ離れたけど、どうしたのよ? ダラダラと時間があればくっついてそうなのに」


 これは、不敬罪を適用してもいいだろうか?

 イヴァンがこれでも、助けられた事はある。何かプラスになるかもしれない。取り敢えず、放っておこう。


「顔を赤くしてたから顔を触ろうとしたら、ビクってされたんだよ。日焼けとか、具合が悪いとか、そういった意味で手を伸ばしただけなんだけど…ビクって。今迄も、そんな時があったから嫌なのかと思って」


 何とも言えない微妙な空気だ。

 そうだとか、違うとか、何か言ってくれないか?


「なら、意識されたんじゃ無いですか?」


 レイン! それなら嬉しいが、期待させる事を言うな。

 俺が今気にしてるのも、そこなんだから。


「そんな事無いだろ?」

「そうですか? 抱き上げられて嫌なら、「下ろしてください」とか「やめてください」とか言いますよね、きっと。その後だから、殿下を意識したとしか思えませんけど」

「それに、言い出せなくて困ってたら、すっ飛んで行くのが居るじゃん」


 イヴァンは、グレイと眠るクロイスを指さした。

 あぁ。クロイスは呪文は唱えたが、ガシガシっと蹴りには来なかった。グレイも、呼ぶまでは動かなかった。

 駄目だ。今すぐどう思ってるのか知りたい。

 そう思ってグレイを見たが…。目を逸らされた。


「少し…。ゆっくりと構えたらどうだろう。慣れない気持ちの動きは、自覚する迄が大切だろうし。不安定なのに、付け込む気は無いのだろ?」

「当たり前でしょう。それで惚れてもらったって、時間がたったら勘違いって思われるのは嫌です」

「なら、待てばいい。待っても悪い事にはならないと思うぞ」


 簡単に言わないでくれ。待って誰かに持ってかれたら怨みますよ。

 違うな。そうなったら、俺が、それ程じゃ無いって事だ。

 切なすぎると胸を押さえた俺に、コリニアス殿は静かな声で「誰だって、心は正直だ」と言った。

 コリニアス殿に言われて、俺の心は正直過ぎると思うが、クルシェの心が分からない。せめてそこのグレイから、何か言葉を引き出せないだろうか? 言う訳ないか…。クロイスが起きていれば、何がしかの言葉があるのに。

 正直を通り越して、自分勝手な男の話しが浮かぶ。この二ヶ月で甘受した場所を、誰かに譲りたくは無い。譲らない為に、俺は自分勝手な男になるのだろうか? 止める者はいるだろう。だが、あんな男に自分がなったらと思うと、鬱々とした気持ちになった。

 モヤモヤとした気持ちで見上げる星の瞬きは、焦る気持ちややましい気持ちの俺の心をチクチクと刺すようだ。綺麗と思うものを見ていられなくて瞼を閉じた。



 





 

 

 


 


 

 


 




 

取り敢えず、お出掛けはこれで終わりです。

日常では無い状況下の歩み寄りでしたが、シルフスト王都に戻ると、移動の日時的に学園が始まっています。その後は、日常として日常にならない毎日になるのかと。それを、どこから書き出そうかと思案中です。

今話もお読み頂きありがとうございました。

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