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ルーキンスの王太后を、王太妃に直しました。新たな人物ではありません。

「置いていくなと言ったのは君なのに...心配した」


 そう耳元にアレックス殿下の声。

 後ろから、被さるように殿下に抱き寄せられた。

 心配しますよね。お父様にも、どれだけ心配かけたのでしょう? ですが、不可抗力です。

 知った声に、体の力を抜いた。


「思わぬご招待を受けてしまいました」


 アレックス殿下の、上から覗き込む視線と指がむき出しの腕で止まった。

 改めて自分で見たら、やはり、赤く腫れていた。王太妃から引き離そうと掴まれた指の跡もくっきりと。


「随分と酷い扱いだ」


 私がこれなら王太妃はどうしただろう? ふふっと笑いが込上げる。


「クルシェ?」

「はい。アレク様」

「何か...、面白い事でも? それとも、気が抜けたのか?」


 アレックス殿下の顔を見ようと振り返れば、随分と近い。

 座り直して向き合う。

 殿下が、自分の着ていた上着を肩にかけてくれた。


「面白いというか、噛んでやりましたの。私がこれなら、王太妃はどれだけかしらと思ったら...ふふふ...」

「噛んだ?」

「ええ。ガブッと」


 大きく口を開けてから、ぐっと閉じてみせる。

 じっと動かない目で見られて不思議に思う。何だろう? 首を傾げてみせると、殿下は私の向こう側を見て、再び私を見た。


「ダメージは、与えたみたいだぞ」

「そうですか? それなら良かったです」


 一矢を報いた事に、有頂天になる。 

 確かめようと、私も王太妃を見た。随分騒がしい。やり返されるのが嫌なら、やらなければいいのに。

 殿下の手を借りて立ち上がる。

 押さえつけられた時、膝を強く打ち付けたのか、腕よりそちらの方が痛かった。

 思わず顔をしかめたら、すぐさま抱き上げられた。安心の兄様の腕。私の重しをどかしたのは兄様でした。


「兄様。聞いて下さい。私を叩く腕を噛んでやりましたのよ」


 得意になって話しかけた。ぎゅうっと首に腕を回せば、よくやったと囁く兄様。あぁ、早くお父様にもご報告をしたい。


「言ってる事も、叩かれるのも、我慢が出来なかったのです。私を従わせたかったら、世界の王に成りやがれです!」

「クルの言う通りだ。...クル?」

「はい」

「迎えに来たよ。遅くなってすまない」

「はい...兄様。早くお父様の所に帰りたいです」


 兄様に抱き上げられた私は、アレックス殿下と共に、我が国の騎士に守られながらこの場を離れる。

 残るのは、この国の騎士と王太妃達...。両国共に踏み込んだという事は、無視出来ないまでの話しになっているのかもしれない。確信でもある。お父様も動くだろうけど、シュニティア姫が信じてと、私と約束をしたのだ。私とした約束は、自国の民と交わした約束と同じ。だから疑うなと。ただ言葉を信じればいい。

 兎に角戻ろうとアレックス殿下の声の元。建物の外では無く、下へとスロープを下りながら、明かりが点在する通路を行く。 

 予想した通りにここは、王宮殿内の宮の一つ。長く感じた移動路は、宮を繋ぐ半地下の連絡路だった。


「クロイスも、心配してますか?」


 クロイスは、お父様の側にいたのだから、知らない筈は無い。そう思い尋ねれば、先程の場所を見付けたのはクロイスだと教わった。

 角を曲がったら居なくなっていたくらいの時間で姿を消した。外の者達は、誰も私を見ていない事で、使用人通路が使われたと分かった。通路に入るも追いつく事はできなかった。先ず枝分かれした道が多すぎて、どちらに向かったかは不明だ。

 直ぐに、シュニティア姫に事のあらましを伝達。

 ハレス公爵の宮と王太妃の宮に使いを出せば、王太妃の所在が不明。ならば、事を指示したのは王太妃で無いのかと皆が推測をする。別の宮を使っているのではと探そうとするも、数ある建物に人を割いている余裕は無い。それも致し方なしと手分けを始めようとしたら、クロイスが、使われていない宮に明かりが灯ればそこではないのかと言い出した。

 少人数で闇雲に踏み込むのは、相手が相手なだけに躊躇するものがあったのも確か。逸る気持ちを押さえ、出来る事をと動いたのは、お父様とシュニティア姫。

 お父様は、事が起こった時の通常通り。支度を整えると、王陛下と大臣に詰め寄ったのだそう。責任の、罪の有無をハッキリされたしと責め立てたという。

 ならば、シュニティア姫はどうしたか...。

 王陛下との話し合いの時から、シルフストで出た証拠の書状を、文官や、お茶会の時よりも多い子息子女達の手を借りて、何枚もの写しを作っていた。それを貴族宅へと送り付けたのだ。


「写しでなく、本物が見たければ王宮殿へと来られたし」


 その文言を添えて、被害にあったであろう家々は勿論の事。貴族屋敷の殆どに。

 今は、この国も社交シーズン。当たり前に主だった貴族は、王都に集まっている。王宮殿を囲む貴族屋敷から、目を通した者達が登城してきていた。

 それが無ければ、ルーキンスの騎士達と共に、王太妃の、私の元にはたどり着けなかったかもしれ無い。自国の王太妃を守るのが務めの騎士達に、私の身柄を守る事を周知徹底させたのだった。

 歩きながら、殿下の説明を聞けば、また可笑しさが込み上げてきた。

 そこまでしたら国だけではなく、シュニティア姫の真価が問われるだろう。

 明り取りの窓から見る外は既に闇。







 手当を受けてから案内されたのは、昼に通された部屋だった。

 昼と違うのは、そこに集った者。

 王陛下と王妃と並び、先の王陛下らしき方。シュニティア姫とティアリナ姫。ジェイド様とお母様にクロイスと、王家の顔ぶれ。

 姿が無いのは、王太妃くらいなものだろう。

 お父様は、その方達と既に向かい合って座っていた。

 この部屋に入ったのは、私とアレックス殿下だけ。

 護衛だった者達は、扉の前で止められた。だけど、お父様が居るのなら、私に躊躇いは無い。


「挨拶とかは、気にしないでいいわ。どちらかと言えば、謝ったりしないといけないのは、こちら側だもの」


 居並ぶ者を代表してシュニティア姫が、お父様の隣に座る様促したのに従う。

 お父様の横に立てば、体をこちらに向け両手を広げている。早くと言葉が聞こえないのが不思議なくらい、強い思いのこもった目。

 お言葉に甘えて、シュニティア姫達とろくに向かい合う事も無く、私もお父様へと両手を伸ばした。


「…怪我、は?」

「腕と膝の打ち身です。後、引っかき傷かしら」


 腫れを抑える膏薬の巻かれた腕を持ち上げてみせると、顔を顰めていた。


「早速で申し訳ないのだけれど、いいかしら?」


 私は頷いて座る。お父様とアレックス殿下の間から、改めてルーキンスの方々を見た。


「先ずは、色々と確認をね…。我が国の王太妃が、クルシェ・ジス・レイナードに怪我を負わされたと申し出ています。それは、真実ですか?」


 なるほど…王太妃が。だけれども、それは本当の事なので、私は「はい」と言う。それに、「そうですか」と、呟くシュニティア姫。

 ゆっくりと歩いていた訳では無いが、私達を追い越して、宮から早馬なりの伝達が既にあっのだろう。


「ならば、その様に至った経緯を」


 よろしいですか? と、シュニティア姫が皆を見た。

 頷く者。無言のままの者。それぞれの中、シュニティア姫が私に向き合った。


「クルシェ・ジス・レイナードは、自分の意思で、王太妃の元に向かったのですか?」


 いいえと、否定から口にした。

 意識の無い状態から目を覚ましたら、布を被せられての手足の拘束。箱に入れられての台車の様な物での移動。

 王太妃と対面してからの王太妃の言葉。

 一言一句違わずにとは言えないが、お母様が産んだ子供が王になる。王の姉として権力が欲しくないかと言われて断わった。その辺から、王太妃の態度がイライラとしたものになっていき、扇を振り上げて打ち据えられたと話した。


「私は、不興を買ったからといって、その様に扱われなくてはならないのでしょうか? 王太妃であるのにとおっしゃいましたが、その様な方の振る舞いとは思えませんでした」

「王太妃は、本当に…産まれてくる子供が王にと言ったのか?」


 王陛下が、沈痛な面持ちで問う。

 事実なので、頷いた。


「シュニティア姫の立太子を誑かしたとも言われましたが、他国の者に左右される様な事柄でしょうか? どうであれ、良い方が立ってくださればとは思います。それから、ジェイドが私をこの国に住まうのを望んでいるからとも言われました。私はそれに従わなければなりませんか?」


 小さく息を吸い込む。


「理不尽だと思ったら、私を叩く腕を…噛んでしまっていましたわ」


 言葉にしたら、隣のお父様がニヤリと笑う。目の前の方々は、目を見開いている。怪我をとは聞いたが、方法は聞いていなかったのだろう。


「噛んだの? …貴女が?」


 シュニティア姫の声が震えて聞こえた。


「はい。ガブッと」


 アレックス殿下にして見せたように、大きく口を開けてぐっと閉じた。

 ふふっと聞こえた。左端に並ぶティアリナ姫。続いて右端のクロイスが笑い声を上げた。

 挟まれた皆様は微妙な顔ですが、お父様が満足気なので気にしないでおこう。


「まぁ、どちらに非があるかは、一目瞭然ですわね」


 シュニティア姫が、王陛下と先王陛下を順に見た。


「済まなかったと言わなければならないのは、またしても我が国の方か…」

「父上っ! そのような事を軽々しく言われてはっ」

「事実であろう。アレの手網を取れていなかった事は、お前だけでなく、私にも非がある事だが…」


 先王陛下は、私とお父様を見て、済まなかったと頭を下げた。

 シュニティア姫と王妃までも…。


「皆の前で、頭下げる訳にはいかぬ。だが、シュニティアと約した事。それは、私の責任をもって成し遂げよう。それで、許してはくれまいか?」

「今の王は、私です! いくら先王と言えど逸脱した行為です」


 王陛下は、興奮気味に声を荒らげた。


「お前は、王としてやらなければならない事がある。これを疎かにしてはいけない事くらい分かっているだろう」

「それは、シュニティアが勝手に事を大きくしてしまったのです」

「それは違う。ねじ曲げた真実のツケだ。不都合を隠しても、目に付かなくなったというだけで、無くなった訳では無い。その不都合を正さなくてはならない時が来たのだと、いい加減に知れ!」


 先王陛下は、王陛下を黙らせてから、私とお父様に問いかけた。

 王陛下がなさらなくてはならない事は、国の貴族達に対しての弁明や対応だろう。事実と責任。罪の有無。これを決めるのは、私達では無いのだ。

 私もお父様も、それでいいと返した。

 ならばするべき事をと、先王陛下に急かされた王陛下が、立ち上がろうと腰を浮かせた時、お母様が何かを言った。

 訝しげに顔をしかめる王陛下に対して、王妃が頷いた。


「ハレス公爵夫人から、この度の妊娠が分かった時に、あるお願いをされてましたの。今、お話しても宜しくて?」


 王妃は、私達を見て言った。

 立ち上がりかけた王陛下は、改めて座り直し、隣の王妃の言葉を待った。

 私達が居る必要のある話しなのだろう。王妃は、王陛下を気にせずに、私達を…私を見ている。


「もしも、産まれる前に子供に関係する事が起こったら…。産まれた後でもですが、その時には、ルーキンスでの権利の一切を取り上げ、クロイスともう一人の子供を、シルフストのレイナード公爵家に託したい。そう…お願いされましたの。レイナード公爵は、どのように思いますの?」


 私は、言葉が出なかった。

 お母様の隣のジェイド様は、お母様を凝視して「何故そんな事を」と呟いていた。


「お母様? それは、クロイスや子供が自分で選べる歳になるまで待つと約束しましたわ」


 私に代わってシュニティア姫が、王妃へと、私達の取り決めた約束を話した。

 それに王妃が、ため息をつく。


「王太妃の事が無ければ…それでも良かったと思うのよ? だけど、これ以後、ハレスは無くなる。無くさなければならないと糾弾されるわ。そんな環境を良いとは、誰も思わないでしょ? 王陛下は、どう思われます?」


 王妃の問いかけに答えられない姿が目の前にある。


「ハレス公の子供に、本来は継承権は無いそれを、王太妃の一声でくつがえしましたのよ? それを通したから、王太妃は、王を御自分が決められると思ってしまったのではなくて?」


 王妃は、そう王陛下に言ってから、私達を見て「自分の主観だわ。ごめんなさい」と言った。


「争い事を好ましく無いと思うのは、誰でもでしょうけど…。その渦中に子供を置きたい母親は居ないと…思うのだけど。レイナード公爵には、ハレス公爵夫人と話し合って貰いたいの。そして王陛下には、それもあるのだと、考えて貴族への対応をして頂きたいわ」


 取り敢えず…この場は、頷くしか無かった。

 お母様の考えを、きちんと聞かなければならない。私と同じ様にお母様を見るクロイスも、同じ気持ちだろう。


「ハレス公爵夫人に、この場は辛いわ。部屋を移してお話をしてね」


 王妃の言葉は、私達にというより、回りに聞かせる言葉だった。


「誰が同席しても構いませんが、口出しは一切なさらない事。それだけは弁えておいて下さいね」




 部屋が用意されるのを私達が待つ間に、王陛下と王妃は、シュニティア姫と貴族達の元へと席を立った。

 その前にティアリナ姫が残ろうとしたが、王妃に自分の部屋へ戻る様に言われて、渋々と部屋を出た。

 先王陛下は見届けるつもりなのか、その場を動かず、子息であるジェイド様を見ていた。

 どういうつもりかとお母様に問いただすジェイド様に、お母様は、言葉無くジェイド様の手を握った。

 そんな二人の様子に、私はクロイスへと歩み寄った。

 私が動揺しているなら、八歳のクロイスの心中は…。

 複雑な思いが溢れ出して戸惑うのを、クロイスと触れ合う事で、何とかやり過ごしてしまいたかった。

 

 


 







 






 





 





 


 



 

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