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女公爵クルシェ嬢 金の姫と踏み出す一歩

 王宮殿の敷地内。ビデディアの滞在する宮の一室。

 そこへ運ばれたお父様達の側で、私はこの一夜を過ごした。心の重い一夜。

 お父様も伯父様も深く眠っている。起こすには、忍びない。身支度を整えて部屋を出た。


「おはようございます」

「また、可愛らしい格好だな」

「余計な事を、一々言わなくていいのです」


 朝食には少し遅い時間だったけど、食堂へ行けばアレックス殿下の姿があった。寝足りない、冴えない顔をしている。

 おはようには遅いのだけど、声を掛ければ的外れな返答。

 体に入っていた力が少し抜けた。

 イヴァン様とレイン様が並んでいるので挨拶をしておく。

 ここへと手招きされた殿下の隣。離れて座るのもなんなので...大人しく座った。

 切り開かれた様に大きな窓からは、下の庭が見える。


「クルシェは、まだ怒ってるのか?」


 殿下…朝から失礼です。不機嫌を表に出した顔をしていますか? じっとりと見返せば、イヴァン様とレイン様も、私の動向を伺っている様子。

 その前に、家族が故意に怪我をさせられて、怒らない者がいるのだろうかと聞きたい。それに、色々な事が保留の状態で落ち着かない。気になる事を数えだしたら、キリのなさに気持ちは落ち込む事間違いなし。


「別に、アレク様を怒ってはいませんよ」

「俺を怒ってると言われたら、何でと聞くぞ?」

「怒ってる…。まぁ、怒っているのですが、今迄の自分を考えてみたり、思う様にに動けない事がもどかしいとか…。気持ちを、持て余しているのだと思いますの」


 そう返せば、俺もだと口角を少し上げる。笑顔では無い。苦笑いだ。同じ事が心にあるのだと思った。

 私は視線を外へと向けた。


「ハロルドとキアンはどんな感じだ?」

「お父様は頭痛が酷いのと、キアン伯父様は熱がでてますの」


 そう答えながら眺めた庭の人影を私は追った。

 シルフストの騎士とこの国の騎士が、二人一組で庭を囲む。指示を出すのはコリニアス様だった。

 窓の下からシェードが広げられていき、芝の緑を遮る。


「どうした?」


 殿下も私の視線を追って外を見た。


「シュニティア姫が来るのは、昼過ぎの予定だったよな?」


 ルーキンスの騎士の姿に、アレックス殿下が首を傾げた。


「変更は聞いてません」


 窓の外の人動きが多くなる。

 暗色のスカートが翻る中、ちいさな影が見え隠れするのを見れば、胸がキュッと痛くなる。早くなる鼓動に、居てもたってもいられない気持ちが膨らんだ。

 下に行って正面から回る? いいえ。下への階段が側にある筈。

 テラスに、途切れた手すり。

 あそこだ! 立ち上がり駆け出せば眩しさの中。眩んだ視界で段を飛ばして落ちる様に下りる。

 嫌、落ちていたのかも知れない。誰かに抱き止められたが小さい影を探す。

 髪の色。私と同じ銀の髪。


「…ス。何処? クロイス?」

「落ち着け。そこに居る」


 もがく様に抜け出そうとすれば、そう言われた。

 下ろされて、その人の後ろを見れば、クロイスが居た。

 私を見るクロイスが、とてもびっくりした顔をしていた。

 地に着いた足で歩き出そうとしたら、腰を抱かれていて動けない。

 怨めしく腕の主を見れば、飛び付いたら危ないと注意される。そんな事は分かりきってると言おうとしたが、クロイスの方が近寄ってきてくれた。


「ハロルドだけじゃ無く、姉上まで怪我をしたら、どうするつもりですか?」

「怪我には、気を付けるわ。…連絡しなくてごめんね?」


 見開かれた目が細められていくのがよく見える。

  膝をつきクロイスに向かって手を伸ばせば、クロイスは腕の中。


「階段から姉上が落ちて来た事は、謝ってくれないのですか? びっくりしたでは済まないのですよ?」

「それもごめんなさい」

「仲の良い演技かと思っていたけど、本当に仲は良いのね」


 シュニティア姫がそこに立っていた。

 

「予定通りで無くてごめんなさい? その従弟殿が、落ち着かないみたいだったので連れて来てしまったの。…先に、私達だけで話したかったのよ。よろしい?」


 階段を慌てて下りてきたアレックス殿下に向かってシュニティア姫。

 微妙な顔を見てか、侍女達が芝の上に広げている敷物とクッションを指差す。


「私達はあそこに。口を挟まなければ、回りに居てもらってかまわないわ。私の同行者、ネルエイ・ルベルダ。王配予定よ」


 そのネルエイ様は、シュニティア姫に劣らない金の髪の持ち主。落ちてきた私を受け止めた人でもあった。少し、年上の方。


「クルシェ・ジス・レイナードと申します。あの、ありがとうございました」

「ネルエイだ。シュニティアは、待たせるとうるさい」


 促され、クロイスとシュニティア姫の元へ。

 敷物の上ですでに楽な姿勢のシュニティア姫は、早くと催促をする。


「時間がもったいないというか、時間が無いから単刀直入に話すわ。貴女も、そのつもりでね」


 言われて頷く。 

 お茶会の時もそうだが、うやむやな話し方をしないシュニティア姫。言う通りにした方が、確かに良いような気がする。

 侍女が並べた菓子の箱の底から、シュニティア姫が何かを取り出す。油紙に包まれたそれを解いて、中を渡してきたのを受けとる。広げて見れば、昨夜渡した写し…ではなかった。九年前の、ルーキンス側の誓約書。


「私達に隠される前に回収してきたわ。これで、二心が無いと信じて貰え無いかしら? クロイスもよ。何時もみたいに黙りは駄目!」


 話すシュニティア姫に、動作で、アレックス殿下に渡していいかと聞くと、頷いたので殿下へと差し出した。手から離れて、シュニティア姫に向き合う。


「怨んでいるだろう貴女に、ルーキンスの為に協力してと言うのは気が引けるけど、仲の良い弟の為ならと思ってるの」

「それはどういう事ですか?」

「願った通り男だったのに、忌々し髪の色。役立たずの女の子供は、やっぱり役立たずね」


 シュニティア姫の言葉で、寄り掛かっていたクロイスの体が強張るのが分かる。思わず睨み付けた。


「恐い目を向けないで。これはクロイスが、高貴なるお祖母様に言われた事よ」

「何で?」

「知ってるのかって? 聞こえていたからよ。私も、似たような事を言われたわ」


 シュニティア姫を見るクロイスが、何かを我慢している様に見える。


「金の髪を持って産まれても役に立たない女なんて。お前が学んでも意味が無いわ。そう言って、手にした扇をねじ込まれたの。金は金でも、使えない金なのですって」


 シュニティア姫の手は、腹部に添えられた。


「可笑しいわよね。女だから役に立たないっていうのはお祖母様にとってで、尊い血だと崇めながら、御自分達の手の中で転がそうとしているのよ? ティアリナも同じよ。私達…同じなのよ。女でも王位を継ぐのに問題の無い国なのに、一部の人間に都合が悪いから...」


 そう言ってクロイスを見た。

 私は、クロイスが言われた事という事に衝撃を受けている。


「シュニティア姫は、御自分やクロイスが言われた事...どうお考えですか?」

「私は、そういう思惑で前を塞がれる事が許せないわ。王冠が欲しい訳じゃ無いけど、その王冠を好きにされるのには我慢がならない。それくらいには、国を思っているわ」

「そうなのですね。私はクロイスの、こちらでの扱いを知りませんでした。表面だけを見ていたと…。ごめんね。クロイスは、沢山の事を知っていて、私を守ろうとしてくれたのね」


 クロイスは、父親のハレス公爵が「娘は、近いうちにこちらに来る」そう断言して、声をかけまわっていた事を知っていた。その事を知り、そんな風に扱われていたと知れば、ふつふつと熱くなっていく心と愛しいと込み上げて来るものを感じた。

 両頬に手を添えてクロイスを見る。クロイスの瞳が揺れていのを見れば、私の心も揺れる。


「僕は、空回りです。分かっていても止められない役立たずです」

「ならば私は、忘れてしまっていた役立たずかしら?」

「そんな事無い! 姉上は役立たずなんかじゃっ...」

「無いわ。クロイスも、役立たずなんかじゃ無い」


 額に口付ければ、クロイスの頬を雫が伝う。それをシュニティア姫から隠す様に、クロイスを抱きしめた。


「演技で無いと思って見ても、変な感じね」


 そう言ったシュニティア姫を見る。


「その従弟殿はね、私達が話し掛けても返事もしないのよ。だから目を疑ったわ。年に二十日程度にしか会う事の無い異父の姉に、なついてるなんて思ってもいなかった。私達になついてないのだもの、まさかと思うのも仕方無い事よ。貴女自身も、疑わしく思っていたわ」


 言われて腕の中のクロイスを見る。


「私達も、月に一度程度だから、仲良くするも無かったのだけどね。ハレスは、祖母様の御実家の色が強すぎて、近付きたくも無かったのは事実ですもの」

「御実家…」

「前筆頭大臣。シルフストでは宰相かしら? 今は、ネルエイのお家がそうなの。お母様の御実家は、対抗出来そうも無いと退いたのよ。外の国でも勝手をなさる方達ですもの、自国であれば尚更と分かってもらえるかしら」


 そう言って付くため息は深い。

 シュニティア姫はネルエイ様の事を、王配予定と言った。女王となるつもりは、やはりあるのだろう。


「シュニティア姫は、この度の事をどう思いますか?」

「回りくどいのは好きじゃ無いのよ。宮殿の門前で事を起こす馬鹿を潰したいわ。自国の貴族の牽制くらいにしか頭が回ってないのよ」

「貴族の牽制で、あんな事をするのですか?」

「貴女もされた事でしょ? 尊い方の願いを叶えるのは自分。叶えた自分達は、寄り近く尊い者の側にあるべき。そんな考えを持っている者達が邪魔なの。自国の利益でなく、自分の利益を追及する権力馬鹿は不用でしょ?」


 即断即決を好む人なのか、はに衣を着せないもの言いが、すっと心に入ってくる。


「ならば...その方々からの、私達へのこれ以上の手出しはご無用にと」


 言いながらアレックス殿下を見れば、目が合った殿下が頷く。


「怨めしく思っているかは、覚えていない私には何とも言えません。ですが、近しい人が味わった思いを、無かった事にも出来ない。お父様に手を出されて、黙っていられないくらいには怒っていますわ。クロイスの事も同様です」

「良かった。利害一致ね」

「ですが、なるべく穏便にお願いしたいのです。国同士の争いは望みません」

「それこそ私がお願いしたい事よ。不安定な情勢は、国力の弱体化に繋がるでしょ? 幾ら国同士の戦の無いからと言っても、望ましく無いわ。ところで...従弟殿はどうする? 私、ハレスを潰すわよ。言いたい事は、今言って」


 のろのろと体を起こすクロイス。

 私を見て、シュニティア姫を見る。


「ハレスはいらない。無いのと同じだから。だけど、母上と赤ちゃんはどうするの?」

「自分がどうなるのかじゃ無いのね」


 クロイスの言葉とシュニティア姫の言葉。


「ルリーシェ様も、産まれる子も、どうこうするつもりは無いの。幽霊の様な公爵家を無くしたいだけ。貴方が継ぐというのであれば残してもいいけど、今のままでは駄目なだけよ」

「なら、赤ちゃんが、自分で決められるまで待って」

「クロイス…」

「分かった。クルシェもそれでいい?」


 クロイスが頷き、私も頷いた。


「必ず、約束は守って下さいませ」

「勿論よ。時が来れば私としては済む話しだけど、当たり前と仕方無しでは、その後が違うのよ。不心得者の手足はもいでみせるわ。腕のみせどころね」


 そう言ったシュニティア姫が口元を押さえて黙る。


「どうかなさいましたか?」


 声を掛ければ、思いもしない事を言う。

 腕のみせどころと言うのが、美しく無いそうだ。言葉なんて、伝わればいいと思うのだけど…。


「本来なら我が国の中の争いだけど、貴女の平穏の為にも協力をお願いするわ」

「ならば、共闘ですね」

「それも…美しく無いわ」


 考え込むシュニティア姫。私もアレックス殿下も、小さくため息をついた。







 ならば皆で話し合おうと言ったシュニティア姫の方法は、正道である彼女の立太子。

 継承のある王女達よりも、現国王に対して王太妃の発言の方が大きい。それが、王太妃に傾倒する者達を増長させているのだという。シュニティア姫としては、現状を打破したいとずっと考えていたそうだ。

 ただの第一王女のままでは、王太妃の力は削げないと言葉にする。

 お父様達が見付けてきた契約書や証拠になる物。それを突き付けて立太子を促す。

 九年前に陛下と王陛下で結ばれた約束を、アレックス殿下と皇太子となったシュニティア姫で結ぶ。第三者、コリニアス王子を立会人にして。シュニティア姫は、これを機に国の表舞台に、発言力のある立場を手に入れたいと考えているのだ。

 それに意味があるかは分からない。けれど、シュニティア姫の尽力一つで、以後のルーキンスへの対応が変わる。それに、クロイスの今後に対しては、有効な事だと思った。出来るなら、振り回される事なく過ごして欲しいと願う。もしくは、思う道を選択する自由をと。


 










 







 

 

 

 



 


 

 

今話もお読みいただきありがとうございました。

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