女公爵クルシェ嬢 昔語りの中の私
過去と今を知る②や、クロイスの語りの中にあった事と、被る過去の出来事も書いてます。ダブって読むのはと思ったので、削る所は削ったつもりなのですが、聞く人が違えばと読んでもらえたらと思います。
詳しさとかの違いはありますが、自分勝手な人に振り回された大人達の苦い昔話です。
切りどころが決められなくて7000文字ギリです。
長いです。
アレックス殿下の部屋を出たら、グレイ兄様が立っていた。
違う…。一緒に来ていた。
声を掛けようとしたら、中から聞こえてきた言葉にそのまま足を進めていたんだ…。
「兄様は、知ってましたか?」
「知らない。けど、覚えている」
「そうですの…」
うつむけば、視界に兄様の手が見えた。
「お父様の所へ戻ります。兄様?」
「うん?」
「手を繋いでくれますか?」
言えば差し出される手を私は握り締め、引かれる様に歩き出す。
今見たのは本当の事だ。忘れていても、領地の記録を読めば書いてあった事と重なるものがあった。
お父様は、何時だってそうだ。私の事をと言いながら、私の知らない所で何かをする。悪い事で無いのはわかるけど、ならば、尚更話して欲しかったと思う事が多すぎる。
どんなにゆっくりと歩いても、辿り着く時はくる。
頭を打って脳震盪をと言われたが、キアンさんの方が、よほと酷い怪我をした様に思える。
たん瘤一つのお父様が眠る姿が目の前にある。
私は、兄様の手を離し、お父様の頭を冷やしていたタオルを手にした。
流石に王宮殿の宮の一つだ。惜しげもなく氷が届けられている。
それに浸すと、ろくに絞らずお父様の顔に、びちゃっと被せた。
ぐふっと言って、お父様の顔と手が動く。
生きてます。問題ありません。
びちゃびちゃのタオルを手に、お父様が私を見付けます。
「クルシェが乗せてくれたの? 慣れないからって、もう少し絞らないと。でも、冷たいか? グレイ絞ってあげて」
自分の頭に乗る物なのに…。私が出来ないとでも言うのだろうか? 出来ない訳ではない。冷たかったからでもない。わざとだ。
お父様の手からタオルを取り、氷水に付けてから、今度はきちんと絞って渡した。
ありがとうと言うお父様。
「お話がありますの」
「うん。その前に、ここは何処?」
天井を仰向けのまま見上げたお父様。
ここに運び込んだ時、混濁とした状態だったのを思う。
「王宮殿の門前から、ビデディアの皆様の滞在する宮に運んでもらいましたの」
「そうか…。あ、殿下達は?」
「殿下は、別の部屋にいらっしゃいますわ」
「クルシェ?」
「はい」
「何があった?」
「お父様達が、怪我をしましたわ。私、とても心配しましたの…」
この場所は、お父様が手を伸ばせば届いてしまう。
私は一歩後ろに下がった。
「クルシェ、何故離れる? こっちに座って」
お父様が手招きをする。
「何故怪我をする事になったのか、お父様、分かってますか?」
「事故?」
「故意にです。お分かりですよね?」
「……」
何か呟いたけど、聞き取れなかった。
「怒っているね」
「笑うと思いますか?」
「誰を怒ってるのかな」
「皆です。勿論、お父様の事も怒ってますわ」
私は、にっこりと笑ってみせた。
「私の最愛は、何が知りたいの?」
私を見上げるお父様も微笑んでいる。
私も微笑んだまま、言葉にする。「全て」と。
「いいよ。全部教えてあげる。だから、ここに座って」
「話しが終わるまでは嫌です」
黙り込んだお父様が、殿下だけを呼ぶ様に兄様に言った。
首を傾げれば、中途半端に知ってるのは意味を成さないからと言う。
小さい椅子を運んで、ベットの横に座った。
「全部だね?」
「はい。お願いします」
知ってる事を話しても意味が無いから、噂で語られる事の無かった話し。私が産まれる前からと、覚えて無いくらい小さい時の話しだった。
学園で恋をしたという王子の話しを聞いた時。断られて当たり前だと思った。愛してるからなんだ? 相手の事を考えない一方的な囁きに、頷く者が居るのだろうか? …居るかも知れないけど、この時のお母様は頷かなかったのだ。
後継の事もあり、国が進めた縁談を受けたお母様は、早々にお父様と婚姻を結んだ。人妻となれば、国に帰るしかない王子も諦めると、誰もが思ったそうだ。
王子は国に帰ったが、彼女以外とは結婚しないと言い出していた。
その頃には、領地への嫌がらせだけでなく、存在をよしとしない者に、お母様は命を狙われる様になる。相手は恐らく王子の母。捕まるのは実行犯。金で雇われた自国の者。依頼主までは行き着けなかった。
そう語るお父様の声に含まれた悔しさを感じた。
学園で王子のホストを勤めたのは、アルバルト陛下(当時王太子)。現宰相のエスト様(当時側近)。お父様の秘書のキアンさん(当時側近・陛下の乳兄弟)は、キアン・アーデンテス。知らなかったが私の伯父様だった。
その三人が懸命に言葉を尽くしても、王子は自分の思いを通した。別に、思うのはいい。だけど思う以外を考える事をしなかった。お互い天涯孤独でもなければ、自由な立場では無いというのに。
私は、お父様の隣のベットで眠るキアンさんを見た。
静かにアレックス殿下と兄様が室内へと入ってきた。
「領地の建て直しと、犯人探しで駆け回ってる中で、ルリーシェが女の子を産んだ。クルシェだよ。今度こそ諦めてくれるかと、誰もが思った」
お父様のかすれ声に、水の入ったグラスを手に取る。
兄様がお父様の体を起こしてくれていた。
渡したグラスから水を飲む。そのまま体を起こすのか、枕を背中にあてるように体の位置をずらしていた。
「領地は相変わらず。二歳になった頃のクルシェは、回りの空気が分かるのか癇の強い子でね。ルリーシェが疲れ出した頃、王子が領地を訪れる様になった。そんな時王子の…、ジェイドの従者がクルシェを連れ出した。領地屋敷の西側の岩場があるだろう? そこへクルシェを投げ捨てた。岩肌を転がり落ちて大怪我…。理由はね、泣き声がうるさくて、王子に不快な思いをさせたから」
ぎぎっと、軋む音が聞こえた。
微笑んでいる様に見えるけど、思い出した悔しさで歪んだ顔だと思った。
「初めて、ルーキンスの者を罰する事が出来たけど…それだけで、根本的な解決にはならなかったよ」
「王子は? ジェイド様はその時どうしたのですか?」
「何も。自分のした事じゃ無いから、謝罪の言葉一つ無かったよ」
何とも言えない気持ちになって、膝の上の両手を握りしめた。
自分の事だとは思えないけど、他人の事としたって酷い話しだとしか思えなかった。
「ルリーシェは全ての事から逃げ出す様に、部屋に籠りきりになる。クルシェの面倒を見る者にしても、信用の無い者は近付けたく無い。だけど、怪我のショックもあって、元から細かった食が益々細くなる。大人が近寄ればひきつけを起こす。困り果ててたら、エルンストの旦那が夫人とロレインを連れて来てくれた」
「おば様とお姉様…」
エルンストのおじ様とおば様の記憶は無い。そもそも、怪我の記憶も無い。
お姉様が居たなら、兄様達は?
疑問の答えは、直ぐに分かった。
大人は駄目でも、子供のロレイン姉様は大丈夫だった事で、兄様達も領地に呼ばれたのだ。
私の為に…。考えると、自然と体に力が入った。
「クル?」
兄様に呼ばれて顔を上げたら、目の前に。
体が持ち上がって、思わずしがみつく。
「兄様? い、いきなりです」
「話し。続けて」
そのまま、私を膝の上に乗せて座った。そして素っ気ないです。お父様も苦笑いです。
忘れてました。アレク様も、聞いていた事を。
アレク様は、目を閉じて静かに話を聞いているようです。
「食べる事は、相変わらず出来なかったけどね…」
そう言って、深く息をついたお父様。
「行き違いが、不幸を連れてきた…」
苦しそうに息を吸い込んだお父様は、それからを、一気に話し出した。
感情を押し殺す様に低い声で語られた事。
少し少しと溜まった悪意が、まだ足りないと、一度に流し込まれたような…。受け止めきれない程の重さがのし掛かる…。
お父様は、度々領地を訪れるジェイドに警戒しながら、王都のアルバルト殿下の元へ。キアン伯父様は別の用事。…妻子を迎えに行く為に領地を離れた。
その数日後。アーデンテス家の馬車で、赤ん坊を連れた女の人が領地の館を訪ねて来た。行き違いだった。
「アーデンテスの若様はいらっしゃいますか?」
マリカと名乗った方は、キアン・アーデンテスをそう言った。エリック伯父様はすでに当主に。お父様は公爵家に。だから、キアン伯父様をそう言ったのは間違いでは無い。
アーデンテスの馬車。何時もの御者。見知った護衛。それがマリカさんの身元の保証になった。
赤ん坊に興味を引かれた私が離れなかったので、エルンストのおば様と、私の近くに居る事になる。
そして、ジェイドがやってきた。
また誘拐騒ぎがあり、マリカさんは犯人と揉み合いで怪我を負い、失血が酷くて、それで亡くなった。
それをジェイドは、お父様が手をつけた女性と子供を手元に置こうとしたから、他の女性の不況を買ったのだと騒ぎ立てた。犯人が自分の供人にも係わらずに。だけど、部屋から出なかったお母様には、詳しい事は分からない。知ろうとしなかっただけなのだろうけど…。
知らせを受け、アルバルト殿下、エリック伯父様と戻ったお父様が見たのは、マリカさんにすがって泣くキアン伯父様の姿。言葉の毒で正気でなくなったお母様だった。
もう駄目だと感じたお父様は離縁を決めた。
国を出てレイナードに入ればいいと、そう言ったお父様に返ってきた答えは、「何故レイナードに入る必要がある?」だった。
ルーキンス王家がルリーシェとの婚姻を認めなかったから、王子が執着しても具体的にならなかった話しを、立ち会ったアルバルト殿下がしても、彼女が自分を愛してくれれば問題無い…だった。
お父様が離縁を決めたなら、この時アルバルト殿下は、私を当主にする事を決めた。もしも公爵として彼が国に携わる可能性に危機を感じてだ。
お祖母様がお母様と領地に残り、私達は、王都に行く事になった。
王都のレイナードの屋敷は、離縁したお父様は立ち入る事を止め、隣に別宅を建てた。本邸に立ち入らないお父様と私が会える場所。私の記憶に最初からある記憶に繋がった。
アルバルト殿下の配慮もあり公にはならなかったが、私は三歳と数ヵ月で両親の離婚と同時に爵位を継いだ。
「泣いていいんだよ?」
眠っていた筈のキアンさん…。キアン伯父様の声。
何とも言えない気持ちで声の方を向く。泣いていいって、私に泣く資格があるのだろうか? それ以前に、私は泣きたいのだろうか?
「お嬢を、と言うより、あの時は子供なら誰でもよかったんだ」
「ごめんなさい」
「子供なら、本当に誰でも。今までの嫌がらせを全部、ハロルドのせいに出来れば…。それに、謝るのは、違う。謝ってたのはマリカだ。赤ん坊だから簡単と、レミーネが連れ出されそうになった時。お嬢がレミーネに覆い被さって時間を稼いでくれたんだって。お嬢ごと抱え上げた所をマリカが飛び付いて揉み合いになっても、お嬢はレミーネを離さなかった。だから、お嬢ごと叩き落としたんだって言った」
何時も軽快に話すキアン伯父様からは、聞いた事も無い声。低く、とても低く響く声。
「隣の部屋からレミーネの泣き声がしてた。まだ意識のあったマリカは、あの子は無事かと聞いた。レミーネの事だと思って元気に泣いてると言ったら…お嬢の事だった。お嬢が下になって落ちるって分かってたって。それでも、レミーネを助けたくて、犯人の男から離したくて、お嬢を叩いて落としたって謝ってたよ」
私は、キアン伯父様の側にと近寄った。
私に、泣いていいと言った伯父様が泣いていた。
私が覚えてないからと、ハレスと付き合うのをキアン伯父様は、どう思っていたのだろう? お父様も他の伯父様達も…。
私は、もう一度ごめんなさいと言った。覚えてないからといっても、その間の気持ちを考えたら、口から出ていた。
そこから三年。ジェイドとではなく、国と国との話し合いで、お母様がルーキンスへ嫁ぐ事になった。三年もかかったのは、ルーキンス側の王妃が難色を示し、話しを進める事が出来なかったのが理由。
シルフストの血は要らない。子供を作らせない。王妃が出した条件がそれ。ジェイドに異論はなく、ルリーシェを連れて国に帰って行った。子供を作らないと国同士の取り決めに含まれた以上、レイナードで相続の争いの心配は無く、これ以上の干渉の無しを約束しての事。
交わる事の無いクロイスと私。あぁ、産まれなければ交わらない。
「なら、何でクロイスが居るの?」
思わず言葉に出てしまっていた。
正面にいたアレク様と目があった。
「王妃だった彼女が、自分の言い出した約束をやぶったから」
その言葉は、お父様でも伯父様でも無い。正面のアレックス殿下。
「せっかく男が産まれたのに、忌々しい髪の色。金の髪なら、既にシュニティア姫が産まれてたのに何故だ」
「それ…誰が? 誰が言いましたの?」
「クロイスは、何で自分が産まれたか知ってるんだよ」
「お父様?」
「王太妃になった王妃は、実家への権力を取り戻す為に男児の継承者を必要としたんだ。二人の姫にみあった男児は、血族では居ない。十八歳の姫の婚約事態、まだ整って無いのが証拠だよ。だけど、銀の髪のクロイスじゃ、金の髪を持つ姫を押さえて立太子するのは無理。せめて今の王妃が、三人目を産む事が出来れば、ルリーシェに子供を作らせる必要はなかったんだけどね」
「そんな理由?」
「つまらない虚栄心の犠牲者だよ」
「あの腹の子も、クロイスと同じ理由なんだな?」
アレックス殿下の言い方に、何故だかムカッとした。言い方? お父様の言った事の中にも、もやっとする何かがあった。
嫌、最初から気分の悪いだけの話しだった。
「王子の母からの嫌がらせが、始まりですか?」
嫌がらせの前に、王子がきちんと行動を起こしていたら済んだ話しだ。言葉だけの男に、誰が付いていくものか…。
お父様がそうだと答えた。
「レミーネのお母様。マリカ様の事は、私の怪我の時と同じで王子の同行者の独断でしたか?」
「それは、分からない」
「分からない…。何故ですか?」
「事件の前にジェイドが、愛人を連れ込まれて不愉快な思いをしていないかとルリーシェに言っていた。事が起こった後は、不義をを働いた者の当然の報いだと。犯人となった供人は、女に頼まれたと言ったが、そもそもそんな女は居ない。ならば、ジェイドに言われたか、ジェイドの言葉を聞いて動いたかだが、判断が出来なかった」
私は少し考え込んだ。
「私を疑う?」
聞かれて私は横に首を振る。
そういう事でお父様が嘘を言った事は無い…信じてる。
「何故、そこまでするのでしょうか? 苦言を呈して止めるべきである者が、諌める事もしないで事に及ぶのは、どうしてでしょう?」
それこそ、お父様に聞いても意味の無い事を口にしていまったと思った。
「太陽王の末裔。黄金色の髪はその証しで、それだけで尊いものだそうだよ」
「それって、どういう事ですか?」
「血統を保った王家。他国の血を入れる事無く、国を治めてきた証しだから」
「治世の良し悪しや、手腕を讃えるのではなくですか?」
「今でもそう騒いでるのは、王太后の回りだけだよ。供人も、王太后の考えに染まった者達だったんだろう? この国はただでさえ閉じられた国だから」
「…産まれる子供が、また銀の髪だったら、どうするのでしょうか?」
「金でも銀でも、今さらどうもしないよ。第一王女が女王になるだけだ。王女の年齢的にも、王太妃の、最後の足掻きかな? 王が強く出れないだけで、決まっている事だろうけどね」
恐らく、お父様の言う通りだ。
「子供を、作らせないとは…どういった事だったのでしょう? 国の取り決めにもあったのですよね?」
「それは…方法の、事かな?」
子供を作る方法は自ずと耳に入ります。ならば、作らない方法とはどんなものなのだろうか? 子供はいらない、作らせないと王太后が条件にした。どんな方法なのだろう…。
待てど、お父様からの言葉はありません。
何か、聞いてはいけない事だったのでしょうか? お父様を見れば、仕方無しと口を開いた。
「避妊の為の薬の常用。駄目なら堕胎」
バシッと叩かれた気がした。それを条件にした本人が子供を作らせた。勝手だ。どんな理由で産まれても、クロイスは大切な弟だ。自分の思い通りにと、左右された事が許せない。
何かが、体の中で暴れる。身勝手さに振り回されるのに我慢が出来ない。その身勝手な代名詞の一人を、知らなかったとはいえ義父様と呼んでいたのだ。
「クルシェ?」
お父様が私を呼ぶ。はいと返事をする。
「聞いて、気分のいい言葉ではなかったね」
はい。言葉だけではなかったです。馬鹿な男の話から迷惑な話し。大切な人を奪われて、それでも奪われて。悔しいの一言。憎いの一言。言ったくらいでは収まりきれないものを感じます。
「怒ってるの、かな?」
言われてお父様を見た。聞いた私が不快に思うどころか、許せないと思っている。ならば、その時を過ごしたお父様達の気持ちはどれ程だろう? キアン伯父様の気持ちは? 私と同じに知らなかったレミーネがこの事を知ったら、どう思うのだろう? 自分が産まれた意味を知ってるクロイスは?
収まりのつかない思いが溢れそうだ。
「お父様?」
「何かな」
お父様とキアン伯父様を見れば、知らなかった自分を申し訳なく思った。だけど知らないでいられる様に、守られていたのだと分かる。
「私。最初から怒っていると言ってますわ」
私はアレックス殿下を見た。殿下はずっと私を見ていたのか、直ぐに視線が合う。顔は笑っていても、目が笑っていない。
「アレク様。どう動きましょうか?」
「シュニティア姫からがいいかと思うんだが」
「では、その様に。置いてきぼりは…嫌ですよ」
今話も、お読みいただきありがとうございました。
早く軽い話しを書きたいのですが、もう少しお付き合いしていただけたらと思います。




