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 大きくない囲いの中を歩く。

 最低限の部屋数といった様子。もしかすると、使用人は王宮殿からの通いで、ハレスで召し抱えているのでは無いのかも知れない。 

 執務室というよりは書斎程度の部屋へ俺達は移る。

 これといった特徴の無い、高価な作りの家具だけがある部屋。

 愛着も、日々の使用感も無さそうな家具に、口をつぐむ。先程のサロンの方が、よっぽど心地良い思いができた。


「それで、何かな?」


 ゆったりと座ったジェイド殿が、ハロルドに向き合った。


「クルシェが、王女達との茶会で「涙の小道」を案内された。小さな嫌がらせの原因はお前だ」

「上手く交わして、仲良くなったと聞いたが?」

「結果でなく、過程の問題だ。汚れる程度の嫌がらせじゃ無かったら、どうするつもりだ? 意味も権限も無く、クルシェの名を出してどうするつもりだ?」


 王女のした事、それを私に言われてもと、ジェイド殿は何でも無い事の様に言う。


「ルーキンスの人間は、約束を守る事を知らないのかと思われてるぞ」

「守って此処に居るじゃないか」

「お前はな」

「なら、何が問題だ? 何でアレックス殿下が付いてきた?」


 急に俺に話しが向いた。俺が話していいのか?

 ハロルドを見るが、何も言わない。ならば、黙るのが定石と考えた。


「殿下は、アルバルトに報告の義務がある」


 言ったのはハロルドだが、俺は知らない。そうか、俺は親父に報告する義務があるのか。まぁ、帰ったら聞かれる事なのは確かだ。それは間違いない。


「そう言えば、アルバルトは息災か?」


 少し、懐かしそうだ。そう言えばご学友だったと思い出した。両国で知られる話しだと言ったクロイスの語りの事を思い浮かべる。


「アルバルトの前に、ルリーシェの母上の事だ。実家の不正が分かった。レイナードに嫁いで切れてた縁が、この数ヶ月で繋がってた。クロイスがレイナードを継ぐと確信を持っていたぞ。その心当たりは?」

「暴いたのはハロルドだな。酷い事をする。母上も気の毒だ。知らない振りをして差し上げる事は、出来なかったのかい?」

「不正に手を染める輩に、レイナードをくれてやるのか? 冗談じゃ無い」


 吐き捨てる様にハロルドが言う。


「ハロルドが、それほどレイナードに思い入れがあるとは思ってもみなかったな…」


 からかう様にジェイド殿はハロルドを見た。

 それは、離縁した事か? 


「あの娘が…、クルシェが自分からレイナードを捨てるなら、それでいい。だが、あの娘が当主でいる限り、汚す事も貶める事も許さない」

「酷いな…。私が、何かしたみたいじゃないか。こうして大人しくしてるのに、言い掛かりだな」

「自業自得だが、第三王子が騒動に首を突っ込んだ」

「それは、また…」

「今は反省の為罰を受けている最中だが、アルバルトは、王族籍の剥奪も考えているぞ。蒔いた種は、思わぬ所で芽吹くだろ?」


 それに無言になるジェイド殿。

 俺も言葉が出ない。エドガーの王族籍の剥奪。あり得る事でもあったが、そこまで事を大きくしないですんだと思ってたのだ。

 その為に動いたのに、親父殿は、そんな事は一言も言ってはいなかった。


「何故付き合いの無い夫人の実家が、ルリーシェの妊娠を知る機会がある? 何処をどうしたら、クロイスがレイナードを継ぐ話しになると思う?」


 曖昧に首を傾げるジェイド殿に、ハロルドが続ける。

 

「だから欲しがるなと言った!」


 ジェイド殿は、口元を抑え言葉は無い。


「欲しがるなら、何故、家を出てレイナードに入らなかったんだ? 他国の王族が欲したからと言って、属国でもない国の公爵の身柄が差し出されると思ったお前が馬鹿だ。愛を貫いた美談にしたかったのなら、お前が国を出ればよかったんだ。アルバルトが力になると言った。それなのに、最初に臆したのはお前だ!」


 ハロルドは立ち上がり、ジェイド殿の後ろに立つ。


「俺が…レイナードに入ったのだって、お前の執着に振り回された奴等から、レイナードを守る為。一度結んだ縁を切ったのは、心を病んだ妻と、怪我をした娘を守る為。その時だって、お前にもチャンスはあったんだ」


 両肩に置かれたハロルドの手。

 入った力に、ジェイド殿はうめき声をあげた。


「彼女だけ居ればいい。二人だけで居られればいい。そう言って子供を作らないと制約したのに産まれたクロイス。そして産まれ様としている命。それを責めるつもりは無い。だが、あの時。食べる事も出来なくて、痩せ細ったクルシェに、ハレスの名前だけ置いて去ったお前を許さない。必要も無いと置いていったくせに今更欲しがるな!」


 ジェイド殿のうめき声。手の位置からして鎖骨なんて、簡単に折れてしまいそうだ。そうならないのは、掴むのではなく押さえ付けているからだろう。それでも痛みからか、ジェイド殿の顔が歪む。

 俺の頭の中には、「本来交るのを許されなかった二人」という言葉が浮かんで消えない。クロイスが産まれなければ…。きっと、互いに往き来し合う事はなかったのだろう。そういう取り決めが、あったのだと感じた。


「どうせ自由なんて、無いんだ…。欲しがって、何が悪い? クルシェだって、忘れてる。大した事では、無かったの、だろ? わ、私は欲しただけで、何もしていないっ…くっあ!」


 ジェイド殿の声に彼の従者が入って来た。

 俺は従者の前に立つ。

 手を離したハロルドは、その両手を従者に向かってひらひらと振る。

 

「此処に来る前に、謁見を入れた」


 離れながら、ハロルドは内ポケットから紙を取り出す。


「王陛下にも釘を刺したつもりたけど、分かったかな? 我が陛下は、自国を掻き回されるのに御立腹だ」

 

 テーブルへと広げる。

 俺が分かるのは何かの誓約? 契約書か? だというくらいだ。

 ジェイド殿が息を止めた。


「良く書けてると思う? これは写しだけど、文字を真似るのが上手い者が書くと、本当にそれっぽく見えるね。アルバルトだけじゃ無い。エストも怒ってる。十三年前には、キアンから妻を奪った。君は、君のご学友を、何処まで振り回せば気がすむのだろう?」

「そんなの知らない!」

「これは母上の実家、セニエルの屋敷から出たやつ。あえて書名は書いてないけど、筆跡が、誰かは分かるだろ?」

「だから、だから私は何もしていないっ!」

「毎年、レミーネを見て何も思わないの?」

「お前の不義の子が何だ?」

「キアンの子供だよ。ルリーシェがもう壊れてたから、否定はしなかった。あれだけの不信を植え付けたジェイド殿には感服したよ」

「私は何も聞いて無いっ」

「巻き込まれた妻に対して、不貞を働いた者の自業自得だと言った男に、何て言えばいいんだ?」


 ハロルドは、もうジェイド殿を見ていない。

 憎々しげにハロルドを見る従者と睨み合っている。


「髪の色一つで、崇拝する馬鹿がいる。願いが叶う? 馬鹿か? 口に出せば、誰かが動くと、分かっていてお前は言った。悪いが、それは自分の国だけにしてくれと、アルバルトも言った。それを持って、兄君にでも相談するといい。後、クルシェの事で声を掛けた貴族には取り消しをして欲しい」

「い、今更…」

「幽閉の元王子が今更?」


 ハロルドの言葉に、殺気立つ従者。

 なるほど…。こういう輩が、己の忠誠心に心酔して他者を害して歩くのか…。

 上から紙を覗き込めば、爵位はセニエル。娘はハレスと読める。気取った女文字。

 謁見でのパフォーマンスで、父親である事を強調していたのは、クルシェが望んだからと思ったが、それだけじゃ無かった。ハロルドも親父殿も、終わらせる為の準備は終えていると感じた。なら、何故さっさと動かなかったのだろう? 

 …あぁ、娘の望まない事はしない。

 心を守ってくれたのだから、大きくはしたくないと悩んでいたクルシェが浮かぶ。好きだけど嫌いと言ったクロイスが浮かぶ。

 泣きたい気持ちになった。

 食べる事も出来なくて痩せ細る…。心を病み、そんな子供を置いて去った母親…。

 それでも、クルシェの望まない事はしない。制約に縛られ、牽制のために用意しただろう証拠。


「こんな写しなんて、どおにでも作る事は出来るだろ?」

「そうだな。でも、クロイスは忘れないみたいだぞ」

「あの子が何を? そもそも、子供の言う事だろ?」

「その子供に、髪がちぎれる程の痛みを教えたのは誰だ? 言っても、相手にもされない胸の痛みを教えたのは誰だ? 金の髪が欲しくて子供を作らせたのに、出来損ないと攻められたクロイスを、誰が守った?」


 ハロルドが、背を向けて立つ。

 

「太陽王の末裔の美談が、策略に満ちたものだと知る。戦何て迷惑な事アルバルトは考えて無いけど、報復は考えてるぞ」

「そんな事、出来る訳無い!」

「出来る。この国には既に、下地はある。ジェイド? 何故金の姫は立太子しない? 誰が止めてるのだろう」

「そんなの…」


 彼は憤っている。少し離れただけで、クルシェもクロイスも近くに居るからだ。

 その背中に向かって、従者が喚き手を振り上げながら近寄ったが、護衛に取り押さえられた。

 ルーキンス国からの護衛も居るが、此方に剣を向ける様子は無い。

 深呼吸を繰り返すハロルド。

 俺は、ハロルドが動くのを待つ。

 振り返ったハロルドに、表情は無い。ただ、ジェイド殿を見下ろすだけ。


「私ハロルド・アーデンテスは、我が王の言葉をジェイド・ハレスに伝える」


 感情を抑えて話し出す。その手の平には印章指輪が乗っていた。


「我が国への度重なる干渉許しがたし。これ以上我が民が、ルーキンス国より受けた不利益を、静かに堪えるを良しとせず。謁見の場で明かすことの無きを貴国に対する温情と思うなら、速やかな対応を願う。先ずは我が国の公爵家。クルシェ・ジス・レイナードに対する貴国の者の様な振る舞いの撤回を! それを持って、我が王の申し出を受けたとす」


 ハロルドは俺の前に立ち、印章指輪を差し出した。

 受け取った俺は、印章を見た。我が国の、立太子した者が生涯で三つ作る一つ。親父殿の王太子の時の物。これを持つのは、王になった者の言葉を伝える者という証。


「第二王子アレックス・エイメル・シルフ。この証をもって、今なされた事を我が王へ!」

「私アレックス・エイメル・シルフ。我が王の言葉と聞き、我が王の元へと参じます」


 印章指輪を握り締め、胸へと当てる。膝を付きハロルドを見上げれば、指輪の譲渡が終わる。

 ジェイド殿は、茫然自失といった感じだ。

 もう、何も言う事は無しと立ち去ろうとすれば、「どうしたらいいんだ?」と、ジェイド殿はハロルドを見た。


「彼も第二王子! 同じ第二王子でほだされたですむ話しだよ? 君の好きな美談で済むじゃないか」

「そんな理由…。王子を連れて来たのはわざとか? シルフだって囲い込もうとしてるじゃないか!」

「お前達じゃあるまいし…。学園からクルシェにくっついて来たんだから、仕方ないと思うしかないだろ?」

「自分の国の王族じゃ、断る事は出来ないだろ?」

「それを救ってやろうって? 心配無い。王子が暴走したら、アルバルトが止める。…明日、クルシェを必ず返してくれ。俺の言葉を思い出せ、考えろ」


 ハロルドが、俺を促し後ろを歩く。

 今日のこれ迄、離宮を出てから、一貫してハロルドが前に居た。俺が従う者の様だった此処に来るまでとは、雲泥の差だ。

 


 



 


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