朝露に咲いた俺だけの華
王子目線の話しなのですが、第二王子アレックス殿下の○○とするのは、何か違うと思ったので、この様なサブタイトルになりました。
朝と夜の場面で、どちらにしようか迷ったのですが、夜は危険なので朝! 朝となりました。
溺愛も恋愛も、もしかすると、中途半端にしか書けてないのかなと途中思う事があります。いえいえ…これからです。そう思ってお付き合いくださると嬉しいです。
随分早く目が覚めた。
嘘だ。浅い眠りなのか、目を閉じていただけなのか、分からなくて起き出した。
警護の関係を考えて、歩き回るのは止めた。サロンから外への扉を開き、そこに立つ。
朝霧で煙る視界。日の出と共に、その白の存在が消えようとしているのを、ただ眺める。
新緑を過ぎ、青さが強くなった緑。
やはり、休めてなかったのだろう。光を弾き出した露の煌めきが、目に痛い。
室内へと向き直せば、クルシェが立っていた。
俺と、同じ理由かも知れない。
俺は、左の人差し指を口元にあて、空いた手をクルシェへと差し出した。
離れているが、クルシェはこの手を取ってくれるだろうか?
静かに。近くに。意図を察した彼女は、俺の隣に立った。手を繋ぐ事はなかったが…。
「おはよう」
小さな声で言えば、小さな声が。
「おはようございます」
返ってくるクルシェの声。
「眠れなかった?」
聞けば、こくっと頷く。
よく見なくても赤く腫れた瞼がある。
「クロイスの機嫌が悪くて、眠れなかった?」
ふるふると首を横に振る。この場合は、クロイスの方は関係無いという事だろう。
「あの…アレク様?」
「何?」
今日は、アレクと言った。殿下でなくアレクと。
嬉しくて、手を伸ばしそうになる。
「昨日は、色々とすみません」
「何であやまる?」
「だって、個人的な悩みでしたので…」
「聞くと言ったのは、俺だけど」
「でも…」
ちょっと待ってと、開いた扉の所に、外に向けて椅子を二つ並べた。
座ってと促せば、素直に座る。
「昨日は、行動の行き止まりをどうするかが決まっただけだから。心が晴れないなら、俺が聞く」
そう言って俺も座れば、また泣き出しそうな目をしていた。
「何が心に引っ掛かってるんだ?」
「引っ掛かりが…ある訳では無いのです」
「うん。それでも、心が晴れない時は、あるよね」
ただ、隣に居ればいいのか? 何か話したらいいのか?
どうしたらいいのか、俺が迷う。
「クルシェは、良い子でいようとし過ぎだと思う」
「前にも言いましたが、わがままですよ」
「なら、部屋の不満言った?」
「部屋、の?」
思って無い話題なのか、首を傾げながら俺を見る。
「俺達は三人共簡易ベッド。イヴァンは、信じられないって大声だしたぞ。ちゃんと一人一部屋あるのに何故だって、頭を抱えてジタバタ」
「殿下は?」
今度は、殿下呼びか…。
まだ近くに居ないのだと、心の距離だと感じた。
「気にならなかったかと言えば、何故寝室を使わないのかの方かな? 寝室に警護が立って、俺は居間なのは何故? かな」
「訳は、お聞きになりましたか?」
「やはり、警護の事かな」
「そこまでしないと、この国はいけないのでしょうか?」
「あぁ。ハロルドと一緒の高官に聞いたけど、国から出たら、何時もらしいぞ。ここまで極端なのは初めてらしいが、滞在が王宮の方ならましだったのにってこぼしてたから。警戒し過ぎてるって、気にしてたの?」
頷くクルシェの、小さな「はい」が聞こえる。
何を重視しての警戒かは、黙っておこう。
「それこそ何でって聞けばよかったんだ。状況に不安があるのにそのままはいけない」
「ですが、答えてくれない時もあります。聞いて、答えをくれなかったらと思うと恐かったんです。それに、クロイスが楽しそうだったので…」
「クロイスは、何をしても楽しいだろう。俺達の所でも、楽しそうにしてるぞ。だから、同じ状況でもそれぞれなんだ。言葉にしないと伝わらない…」
「本当ですね。気を付けないと」
「気を付けないといけない事では無いよ」
俺は立ち上がって外に出ようと誘う。
煙る様だった朝霧も、ほんの少しの存在を残すだけになっている。
足を揃えて座るクルシェの前に立つと、思わず笑いが込み上げた。
こぼれた笑い声にクルシェが顔を上げる。
「何か可笑しな事でもありますか?」
拗ねたのか、唇が…気持ちとがってる。そんな顔をしても、とても愛しいと俺は思う。その唇に俺を重ねたら…。今度は、どんな顔をするのだろう?
「靴。靴を履いてるから」
「ここは自分の家ではないのですから、何時も通りではないですよ」
「うん。だから、外に出よう」
でも…と、戸惑うのに、サロンの入口に彼女の兄、グレイが居る事を教える。朝早くからといっても、護衛も付いているので、問題は無いだろうと促せば、クルシェは俺の手を取り立ち上がった。
自然と俺の口角は持ち上がる。声を抑えて笑う俺の声が聞こえるのか、プイッと横を向いているクルシェ。
柔らかそうな頬の向こうに見える唇が、どうしても俺の視線を引く。
「屋敷でもそうだったみたいだけど、もっとクロイスと一緒に楽しんでるかと思ってた」
「楽しむ…ですか?」
「そう、楽しむ。俺は、レイナードの屋敷は寂しいと感じたけど、クロイスやレミーネの声のする食卓は、とても羨ましいと思ったよ」
「羨ましい? 何処が?」
表情を凍り付かせたクルシェが足を止める。
「話し声。笑い声。甘い匂い。誰かの為に手を動かす誰か。レモンの香りに思い出せば、秋は? 冬は? と、想像する。そこには、必ずクルシェがいる」
「思い出しても、良い場所じゃ無いのでしょう?」
「どうしてそう思う?」
唇を噛んで言葉を止める。
「噛むのは駄目」
口元へ手を伸ばせば、身を固くしたのを繋いだ手から感じる。
なので、俺は手を止めた。
「噛むくらいなら、話して」
手を下ろして、促す。
迷いが、瞳の動きで伝わる。
「大丈夫。誰にも聞こえないから」
この場合の誰かは、グレイだ。
後ろを気にしたクルシェは、ゆっくりと歩き出した。
「殿下は、私が七歳で当主となったのはご存知ですよね?」
密やかな声。
俺だけが聞き取れる、とても小さな声。
「屋敷が今みたいになったのは、五歳の頃でしょうか? それ以前? 子供過ぎて覚えて無いのです。兄様達に抱き上げられて、自分より小さなレミーネと遊んでた。なのに、何故何時も通りの毎日が終わってしまったのか? 本当に覚えて無いのです。ですが、一つだけ…。何故、お母様は辛そうなのか、笑わないのかとお父様に聞いた覚えはあるのです…」
顔を上げていても、何処も見ていない様な眼差しに、ジクジクとした胸の痛みを感じる。
「それから暫くして、突然…ジェイド様が出入りする様になったと思ったら、お母様と結婚すると教わりました。私の世界は、レイナードの屋敷とお父様の暮らす別宅を繋いだあの場所だけです。私は、兄様達と過ごすあの場所が無くなるのかだけ気にしてました」
誰にも話した事も無い彼女の心。
「気が付いたら、屋敷からお母様は居なくなり、当主となってました」
クルシェが俺を見上げた。
「後から、あれはこういう事だったと分かりました」
「うん。でも、何で良い場所じゃ無いって思うの? クルシェにとって、どんな所なんだ?」
「…お父様と一緒に居られない。お母様にも連れていって貰えない。そんな私の為にお父様が作った場所だから」
躊躇いながらも言葉にした。
だけど、そう言ったくせに、とても傷付いた顔をしてる。
それに対して俺は首を傾げてしまう。
「それこそ、聞いてみないと分からない事だろ?」
「聞けません…」
「離婚して、レイナードを出なくてはならないハロルドが、どんな思いで別邸を建てたのかも?」
「聞ける、訳なんか…」
「離婚から再婚まで、二年? あったのに、ハロルドはクルシェから離れたくなかったんだろ! それこそ気にしすぎだよ」
「私の為ですよね?」
クルシェの少し大きくなった声に、後ろのグレイだろうか、力を入れて踏み出したのが分かる。
クルシェに分からない様に、待てと手を広げる。
「自分の為だよ」
「それこそ、聞いてみないと分からないじゃ無いですかっ!」
「聞かなくても分かるよ。貴族の子供が、表に出るようになるのは何時から? 自分より身分のある公爵家に、子供に会わせてくれって行っても、会わせて貰えない事だってある。それを回避したかっただけだろ? それは、ハロルドのわがままだ!」
「だって、本邸にだって…。上には上がって来ない」
「それこそ、男の見栄? 一線かな? これは、憶測だけど、後見人だって別の者をたてたんだろ? 縁が切れた公爵家には、口出ししない。だけど、子供の側には居たい。それだけだよ」
「…それだけ、ですか?」
クルシェが呟く。
「それだけだよ。じゃなき、舞踏会のダンスでだって、あんな事しないだろ?」
一月もまだ過ぎない。国での舞踏会を持ち出した。
ハロルドはクルシェと踊ったのだが、あろう事か、途中でクルシェを抱き締めて曲の最後まで踊りきった。それだけで留まらない。抱き抱えたまま俺達の所まで来て、その終わりまで彼女を離さなかった。
「あそこまでする親は、今までだって一人たりと居ないぞ」
そう言えばと、クルシェは思い出して俯く。
苦しそうな表情が、少し和らいだ。
「確かに、人気の無い屋敷は寂しい。使用人と家族じゃ、どうしたって違うから。それだって、今だけの事だろ?」
「…今だけ、ですか?」
「子供だったクルシェには、辛かった事もあったかもしれない。今だって、思い出して寂しいと感じるかもしれない。だけど、夫を迎えたら? 子供が出来たら? 何人居たら賑やかになるかな。なら、反対に別邸は? レミーネは、何時まで別邸で暮らすのかな?」
黙り込んだクルシェに、俺は、歩こうと促す。
考え込む。おそらく、無意識に足を動かしてる。
「なら、何故苦しいのでしょうか?」
ポツリと言う。
「心に溜めてるからだな」
「…心に?」
「ハロルドに言ったらいい」
「何て?」
「育てたのはハロルドなんだから、責任取って? 違うな…」
ふふっと笑ったみたいだ。
「俺の娘の事に口出すな? ん”ーっ、これも少し…。でも、そんな感じでハレスに親顔させないでっとか?」
「お父様に言わせるのですか?」
「クルシェが言えば、絶対言う!」
「本当ですか?」
「絶対!」
笑いながら、その頬に涙が伝う。
朝日を弾いてキラリと光る。
「クルシェと一緒に、屋敷で暮らしたい。扉という扉を開けっ放しにして、子供とかくれんぼをする。疲れたら芝で寝転ぶ。親父殿と、妻を取り合うか子供を取り合うか…。クルシェの隣で過ごしたい。俺を、クルシェの夫にして」
冗談だと思ってるのか? 言葉の意味がクルシェに伝わって無いのか…。聞こえて無いのか…涙はそのままにクルシェが笑う。
「取り敢えず、ハロルドに言ってみて。それで、その通りだったらご褒美が欲しい」
「何ですか? ご褒美って」
「俺の言ってる事、本気にしてないだろ?」
俺が、求婚の言葉を言ってるって分かって無いだろ。
そうとしか思えない。
「当たったら、俺を婿に貰ってっていうのは、行き過ぎだから…ここにキスして」
目元の涙を拭って、ここにと頬をトンとする。
「俺は、しつこいかもしれない…。だけど、癖の強い舅と上手く付き合えるぞ。それに、俺の側近は、とても有能だからな」
待て? 俺の側近? 他力本願なのか?
自己嫌悪だ…。
言ってから眉を潜めた俺を見たクルシェが、声をたてて笑いだした。
「アレク様は、有能じゃ無いのですか?」
「有能か無能かは、自分で言う事じゃないだろ?」
「そうですけど…ふふっ」
「先ず信じて。この前みたいに、クルシェの両手にキスしたら、グレイがすっとんで来る」
顔を見ながら言うと、クルシェが頷く。
彼女も、そう思うのだからきっと来る。
「ただ、この前と違うのは、クルシェを抱き上げて、さっさとその来た道を戻るかな? 当たったら、ハロルドに言ってみて絶対だから」
サッと繋いでなかった方の手も取る。口を寄せながら「クルシェが好きだ」と言った。
ようやく俺の言葉が通じたのか、クルシェの頬が赤く染まった。
「信じて!」
そう言った瞬間。クルシェは、俺の言葉通り抱き上げられていた。
後ろからで、意識していなかった彼女は、ひゃっと声を出したが、グレイの腕の力だけで反転されて、安定感のある縦抱きになっていた。
「そういう事は、止めて頂きたいと言いました!」
グレイはそれだけ言うと、来た道を戻る。
グレイの腕の中から、俺を振り替えるクルシェに見える様に、俺は頬を叩いてみせた。
彼女の言葉は、俺だけが聞いた。
親兄弟にも言わなかった気持ち。
それを口に出せるほどには、心が近くにあると願いたい。
泣いた顔も笑った顔も、見たのは俺だけ。今の一時は、俺だけだ。
今話もお読みいただきありがとうございます。




