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女公爵クルシェ嬢の憂鬱なため息

 仮眠とはいえ、寝起きの悪いお父様を起こして、王宮殿に行くのを見送った。

 その時受け取ったハレスからの手紙。

 書かれている事の予想は…つく。

 手の中の存在に、思わずため息をつくと、後ろから声が掛けられた。

 声で分かるが、振り返れば殿下が居た。


「話をと、誘おうかと思ってたんだが…。相談でもいいぞ」


相談…。


「自分の頭の中で出ない答えも、誰かの言葉で出る時もあるし、言ってしまえばすっきりする事も、あるだろう?」


 そういう事もあるのだろうか?

 私を見る殿下の顔を見上げていると、そんな気がしてくる。

 

「グレイ。どうだ? 兄付きなら、何処で話しても問題無いだろ?」

「手紙の内容にもよりますので、間の部屋ではどうでしょうか?」

「イヴァン達もいいか? クロイスはどうする?」


 クロイスの名前に、私はぐっと手紙を持つ手に力が入る。


「クロイスはマーナ達とサロンに。気付けば来るでしょうが、直ぐではないですね」

「そうか、なら移動しよう。クルシェ…」


 殿下の手が目の前に。

 手を繋ぐのね…と思ったら、兄様に抱えられていた。


「殿下。クルシェの足は遅いですからね、さっさと行きましょう。クロイスの前でしたくない話しも無きにしもあらずですから」

「兄様…。この間も言いましたが、歩けますよ?」

「前も言ったが、遅いからだ」


 まっ! 何たる事でしょう。私の歩みは普通です。

 騎士たるもの、婦女子を敬うべきではないのか?

 何時も、何時までも、抱き抱えられて喜ぶ子供ではないのだ。

 抗議の声をあげようとしたら、高く抱え直されて視線か広がった。後ろ向きで進む私と、その後ろを歩く殿下。

 急に恥ずかしさが込み上げた。





 開いた手紙に、読む間止めていた息を吐き出しす。

 予想通りと言えば予想通り。


「なんと書かれてる?」

「一度、きちんと顔を出す様にですわ」


 そうとしか言えない。


「謁見も繋ぎのお茶会も終わったのだから、後は、ハレスで過ごす様に書いてある」


 覗き込んでいた兄様か、殿下を見て言った。


「引き合わせたい者とか、何かしら書いてあるのか?」

「それは無い…」


 返す言葉を途中で飲み込む兄様。


「そもそも、何で、親の婚家に顔を出すのを渋るのか、それを聞かせてよ」


 イヴァン様が、「困るな」「嫌だな」は、分かるけど、それが何かをはっきりさせた方が、考えやすいのではと言う。


「嫌…。そうですね、やはり、縁談でしょうか? 具体的に話しをされた訳では無いので、過剰だろうと思われているかもしれません。ですが、あの方は、あまり此方の言い分を聞き入れて下さる事が少ないのです」


 そうは言ったが、聞き入れてくれた事は無い。

 お母様が間に入って、ようやく意思の疎通が出来るようになる時の方が多い。早い話し、お母様の言う事しか耳に入らないのだ。


「行ったが最後、押し付け押し切られそう?」


 イヴァン様が言い。殿下が私の顔を覗き込む。

 私は迷いながら頷く。


「お母様は身重ですし、あまり騒ぎにしたくないのです」

「それは無理じゃ無いかな? そもそも養育を放棄した人間に振り回されるのはどうかと思うし。何で気を使ってるの?」

「気を使ってますか?」


 イヴァン様の、放棄したという言葉が胸に刺さる。やはりそう見えるのだと、実感する。


「俺達が最初にクルちゃんを見て感じたのは、しっかりしたお嬢さん。年下なのに、やられたっての、分かる?」


 いいかい? と、イヴァン様が言葉を続ける。


「呼び止められたら受けて立つ。流れでも、王子とアドリブで踊ってみせた。あげくのはてには、当事者にお説教。後、王子にパートナー申し込まれても速攻で断っちゃう」

「見事でしたね」


 イヴァン様にレイン様が続く。

 私は、その様に教わった。教わったままにしただけだ…。


「兄貴が言う? それとも殿下? このまま俺が言ってもいいけど」


 何を言われるのだろう? 兄様も、言う事あるの?

 隣の兄様を見上げて、ぎゅと袖口を引く。


「クロイスが言ってた。クルシェは、嫌な事は嫌と言うと…。ハロルド達は、基本嫌な事はしないが、必要な事はやる。分かってるから、渋っても受け入れる。なら、ハレスは何だ?」


 殿下の言葉に、息を止めた。

 ハレス…ハレスは何かしら?


「公爵本人であるのに、他国、他家の言葉に戸惑うのは何故だ? 親だからか? でも、血だけで何の責任も持たなかった者の行動に、どうして振り回される?」


 吐き出した息が…震える。


「私の事に踏み込んで来ないでと、確かに思います。ですが、やはり、今のお母様には、心配をお掛けしたくは無いのです」

「でも、何かを迷っているだろう?」

「最初に…最初に名乗った時、クルシェ・ジス・ハレス・レイナードと申しました。今は、クルシェ・ジス・レイナードです。謁見時、陛下にハレスの名は必要無いと言いましたら、返してこいと言われました。そもそもこの国、シルフストには、その様な名の者は初めから居ないそうです」

「相手の、自己満足の為のハレスだったんたろ?」

「自己満足でも、幼かった私の心を守るには、十分でしたわ」


 兄様の手が頬に添う。

 もう少し、簡単に出来ると思ってた。なのに、義父の行動を知ったら、どうしたらいいのか、分からなくなった。私の事に口を出す事なんて、ハレスは出来無いと言いながら、踏ん張りきれそうもない自分を感じる。


「私は、ハレスの名を返したいっ! だけど、この国に来たら、返せる雰囲気じゃ無いっ」

「雰囲気も何も、返してしまえばいいじゃない」


 興奮か癇癪か、語尾が強くなった私。

 それに対して、イヴァン様は何でも無い事の様に言う。

 他人事だと思って、とても簡単に言われたと思う。


「それが出来たら…」

「出来る出来ない? するかしないか? どう言っても、結局は同じだけど、ちょっと違うって思わない?」

「イヴァン、少し待て」


 殿下が、イヴァン様の言葉を遮る。


「穏便に済ませたい。だけど、無理そうだから困ってるんだな?」


 殿下に言われて、考えてから頷く。


「すみません。よろしいですか?」


 レイン様が手を上げます。


「何だ? レイン」


 私も首を傾げます。

 レイン様も何時も通り、何でも無い様に話す。


「クルシェ嬢は、母君の事もですが、隣の兄君やハロルドの事を、気にしすぎていませんか?」

「それは、どういう事だろう」


 レイン様の言葉に、兄様が聞き返す。


「穏便に…そんなに難しい事ですか?」

「かっ、簡単なら悩みません」

「簡単ですよ。何で思い付かないのかが、私には不思議です。なら、理由は何か、ですよね」

「簡単なのか? どうするんだ?」


 殿下が、レイン様に詰め寄ります。


「出来ないと思ってる理由の方が先ですよね?」

「あ…どちらでもいいんだが…」

「よくないですよ。グレイさんだって、知りたいから此処にいるのだろうし…。この数日のクルシェ嬢は、平静を装いながら、ハロルドがどう思ってるのか、どうしようとしてるのかの方が気になって、自分では考える事を止めてますよね」

「十分悩んでるだろ」

「悩む事柄が違えば、出る答えだって違います」

「お父様が、どう思っているかと考える事はいけない事ですか?」

「いいえ。育てもしなかった親がしゃしゃり出てきたのを喜ぶ親は居ないという事を、クルシェ嬢が気にしすぎているのではと思うのです」


 レイン様の言葉が痛い。


「ハロルドもグレイさんも、気にしすぎて駄目な家族に見えます」

「駄目じゃ無いです。私がきちんとしなくては駄目なだけです」

「なら、きちんとして下さい」

「レイン!」

「殿下もです。クルシェ嬢の意思の尊重? そんな悠長事を言って揺らぎながら、回りだけ固める。そんな事だからクルシェ嬢が不安になるのでしょ? クルシェ嬢も不安だと心の内を話さない。そんなんだから、停滞して進まない」


 なら、どうしたらいいっていうのか?

 レイン様の言葉が悔しいのか何なのか…。溢れた涙が止まらない。息をするのでさえ苦しい。


「泣かせるな」

「ならば、しっかりして下さいとしか言えません」

「俺は、レインが正しいと思うけど?」

「イヴァン。正しい正しく無いの問題では無いですよ。感情の問題です。当事者だから、皆、難しく考え過ぎです」

「言うね、レイン。簡単というのがはずれたら情けないぞ」

「そうですね。簡単と思うのは、私だけかもしれないですし…。クルシェ嬢を泣かせてしまったお詫びに一案を」


 かしこまるレイン様。


「ちなみに、ハレス公爵家の屋敷は、どちらに在るのでしょうか?」


 これには、私の涙も止まった。止まったと思う程、思いもしない言葉だった。


「王宮殿」


 私の代わりに、兄様が答えた。


「えっ?」

「ハレス公爵家は、王宮殿の敷地内にある」

「それは、どういった事なのでしょうか?」


 質問したレイン様を初め、殿下も私達を見る。

 だけど、それが事実なだけなので、説明は出来ない。


「すみません。思ってもいなかったことでしたので…動揺してしまいました。ですが、それならそれで都合がいいです」


 誰の、何の都合でしょうか?

 イヴァン様が、その先を促します。


「クロイスを送り届けるという名分通りにクロイスを送り届けます」

「だから帰ってこいって言われてるじゃんか」

「殿下は、姉思いの弟を、しっかり送り届けるように言われたんですよね? 友好と顔繋ぎの為の理由ですが、初手でする事を後回しにしてしまったのがいけなかったんです。まぁ、ご本人達と、到着そうそう出くわすとは誰も思ってなかった事ですけど」


 レイン様が何を言いたいのか、さっぱり分からない。だって、レイン様が言ってるのは、同行の私達が良く分かってる事だから。


「お返しのお土産を持って行って、お祝いをありがとうと言えばいいのです。大人になりました。甘えの無いように頑張ります。ハレスの名を今までありがとう。で、すむんじゃ無いですか?」


 兄様がレイン様を強く見る。

 イヴァン様は、なるほどと手を打った。


「皆さん。ハレスにありがとうと言いたくない。それが、クルシェ嬢に伝わってしまっているからぐずぐずなんじゃと思いますけど」

「じゃ、ハレスの持ち込む縁談はどうするんだ?」

「それこそ、国の大義を背負って来てるので、国に仕える者としての初仕事だから、余裕なんかありません。また、改めてで済むんじゃ無いですかね? そこまでの準備をしてきた筈です」

「確かに、表の警戒は考えなくても済むな」


 殿下が、私を見つめています。私の言葉を待ってますか?

 兄様の体に、力が入ってます。お顔が怖くなってます。


「高官は…誰が残ってる?」

「キアンさん…居ましたかね? 誰が居るか見て来ましょうか」

「ハロルドに言付けて貰いたいから、どのみち誰かとは話したい。行くか来るかも確認してくれ」


 レイン様は頷いて立ち上がりました。


「クルシェ嬢? 難しく考えないで下さい。クロイスを送り出してくれてありがとうで済む事ですよ」


 レイン様が、扉を開けて出ていった。

 それを私達は見送ったが、イヴァン様が「持ってかれた」と呟いていた。


「初見のハレス公に飲まれてた」


 悪かったとでもいう様に、殿下が頭を下げた。

 

「殿下?」

「アレクと呼ぶのを忘れてるぞ」


 私は、とても困った顔をして見せた。


「レインが言ってるのは穏便どころか正攻法だよ。売られた喧嘩に乗っかって、大事な者を泣かせた。悪かった、クルシェ」

「アレク様?」

「ここはルーキンスで、シルフストじゃない。だけど、俺達は国賓なんだ。押し付けには、国として丁寧に対応しよう」

「出来るのですか?」

「やる! 味方も増えたからな」


 味方…。何方の事でしょうか?

 考えて、考えて…。

 私は、詰めていた息を吐き出した。




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