女公爵クルシェ嬢 お父様の手の中で踊る
前半と後半にアレックス殿下視線が入ります。
タグに学園と入ってるのに、初めだけで学園して無い事に気付きました。
学園はお休みなので、しばらく校外活動が続きます。
複雑な環境を伝えたいと思う事が、もしかすると、余計な話になってしまているかもと心配です。ですが、お付き合い頂ければ幸いです。
今宵社交界へとデビューを飾る令嬢達は、皆、白を基調としたドレスを身に纏う。
何度か屋敷に出向き、飾らない彼女を見ては可愛いと思っていたが…今目の前に居る彼女は格別だ。
グレーの髪を結い上げていて、おくれ毛の項を見れば、胸元と背中から首までを覆うレースで隠されている。レインからのドレスの報告を、もっとキチンと聞いておくべきだった。レースから覗く肌がたまらない気持ちにさせる。この国の物では無いデザインだが、奇抜さは無く、細身の彼女によく似合っている。
喉元を隠すレースで、送ったチョーカーは使われなかったのかと思ったが、結い上げた髪にあしらわれていた。
伏されたまつ毛の下で揺れる藍の瞳。
この手を取るのは俺だけであって欲しいと、切に願う。
彼女の全てを背負うのも、彼女と並び歩くのも…俺だけだ、と。
陛下との謁見を、クロイスと共に終えた。
九年ぶりに御目見する陛下は、先ず学園の事を詫びて下さった。
希望の物をと言われたが、何も要らないと辞退した。
爵位を継いだ七歳の時は、幼くとも力を尽くせと仰っていたと思う。あの時は独りだった。いや、直前までお父様と一緒だったと思う。でも、この場所では独りだった。あの時は心細さと緊張どっちが大きかっただろう? 良く出来ましたと抱き上げて貰ったのは覚えている。
今日は、クロイスが隣に居た。手を取り合って進み、同じく膝を折る。辞するまで独りでは無かった事がとても嬉しかった。
…今日は、上手く出来たのだろうか? 何故か気になった。
今は、パートナーであるアレックス殿下と並び、ファーストダンスを待つ同年の者達の中に立つ。
今日のアレックス殿下は、騎士の礼装を藍の色で仕立てた物を召している。殿下が騎士服であると思うと、守って貰える様で少し安堵する。
実は今日、私にとって最大の緊張事は、陛下との謁見では無い。これから始まるダンスだ。それはただのダンスでは無い。本来は男女の円を描き、相手を代えながら進むのだが…。二重の円の中央で、アレックス殿下と踊り続けるという、何とも恥ずかしい事をこれからするのだ。
その事を知った昨日、どうしたら不参加で済ませられるか考えた。考えたが、上手い回避の方法は考えつかなかったのだ。過去の王太子妃のデビューの時、王太子と踊った方法なのだとか…。待って下さい。私とアレックス殿下は、そんな関係では無いですよ? と、言ってもお父様には取り合って貰えない。何で? 如何して? 繰り返し聞いても必要だからの一言。「お父様なんか嫌い」と言っても、クロイスが会場に入り込む為だからとだけ、それだけしか教えて貰えなかった。何時もなら、無理に何かを強要する事は無いし、こうだからと理由を分かる様に教えてくれる。なのに、昨日は違っていた。殿下が居るので軽く練習はしたが、殿下を見送ると、クロイスと早々に本邸に引き篭った。
今朝は早い時間から支度に取り掛かり、屋敷をクロイスと出る時は、「行って参ります」と、挨拶をした程度だった。
「クルシェは緊張してるの?」
物思いの私の耳元に声が落ちる。
頭の中のお父様が少し遠い所に行った気がした。
学園でお会いした方も居れば、初めての方も居る。そしてこれから踊る大広間では、他の貴族達が取囲む様に私達の登場を待っている。
「緊張しない訳…無いですよ?」
「そう? でも一人では無いのだし」
「殿下は平気」
「アレク!」
「ふぇっ?」
耳により近いところから声が…くすぐったさに変な声が出た。
「アレクだよ、クルシェ。昨日約束したよね」
「約束したからって、それは…」
確かに気安く呼び合おうとのやり取りはあった。これからルーキンスへの往復路一緒なのだし、あちらでも同国の者同士、共に行動する事だろうから仲良くしようと提案された。だからって、直ぐに気安くというのは無理な話だと理解して貰いたいのに…。
「アレクは平気? 何を平気?」
…言い直せと?
「…アレク様は、平気そうでいいですね」
「平気? ん…平気では無いかな…」
そう言いながら視線を逸らされた。
入場の声が掛かる。
指先を包むアレックス殿下の手が、 大丈夫だという様に握り込まれる。
入場のエスコートの為に、肩の高さまで持ち上げられた手。目の高さに近く持ち上げられて気が付いた。アレックス殿下の袖口を飾る物が、頂いた真珠の飾りと同じ意匠。
気を取らて居るうちに、大広間の中央に立っていた。
両の手を取られて曲が始まる。
向かい合って、殿下に押されて後に下がる。殿下に引かれて前へ出る。右手を離されて大きく回る。再び向き合う殿下を見ると、私の手を待つその手にキラキラと光る真珠が見える。私は、私を待つ手を追うのに夢中になる。緊張も恥ずかしさも無い。同じ事の繰り返しが、とても楽しい。
気が付けば曲は終わり、最後の礼をしあっていた。
共に同じ曲を踊った者達が退場する中、私達はそのまま正面を向き軽く頭を下げる。
手を取り合う王太子と王太子妃。そしてクロイスが並んで歩いてくる。
アレックス殿下からクロイスとパートナーが代わる。
礼を取り合い少し離れる。
「姉上。元気過ぎるくらいに踊れと言われました!」
この子は緊張しないのかしら? そう思う程、何時もと変わりが無い。
身長差で当り前のダンスは踊れない。だから元気に何時ものダンスをとクロイスが跳ねる。
無作法と眉を寄せる者は居ない。格式ばった曲で無く、若い者達が元気に踊る曲だから。笑顔のクロイスが飛んで跳ねてクルリと回るのを、微笑ましく見てる。
物怖じしないクロイスを誇らしく思う。
クロイスと王太子のリードでパートナーが代わり、そしてこの曲も間も無く終わる。
クロイスは、ルーキンスのハレス公爵の嫡男。継承三位を持つ国賓として紹介された。レイナードの、姉のお祝いに駆け付けてくる程の仲の良さを、国同士の友好を願うものとして、暖かく迎え入れようという事らしい。
ダンスを踊り終えた今、そんなクロイスと私を、アレックス殿下と側近のお二人が囲む。
我が国シルフスト側のホストの立ち位置なのだそうだ。
だけど、私は居たたまれない。御令嬢方の視線が痛い。
クロイスを挟んだ向こう側に座るアレックス殿下。二人の話題はお父様の事だった。それに耳を傾けながら、私は嫉妬とも思える視線に耐える。
「クルシェ?」
アレックス殿下の声。
どうしたのかと顔を覗き込まれる。
クロイスも心配顔だ。
「お疲れになりましたか?」
レイン様が、グラスを渡してくれる。
いいえ、疲れてなんか居ませんよ? 辛いだけなんです。
「殿下は…」
「アレク」
「…アレク様は、もう踊ったりしませんの?」
「クルシェは踊りたいの?」
「いえ、私では無くて…」
此方を見ている御令嬢をチラリと見る。
と、それに答えたのはクロイスだった。
「アレクの今日の仕事は、隣国から来た社交に慣れない僕を接待する事です。姉上が踊りたいと立ち上がらない限り、僕の側を離れる事は無いです」
そうですよねと、クロイスはアレックス殿下に向き直す。
クロイスは、私以上に打ち解けている。
「クロイスの言う通りです。クルシェは踊りたいですか? …それとも誰か他に踊りたい者でも?」
「そんな方は…。ですが、殿下やお二人と踊りたい方だって居ると思いますのよ?」
「それならば、幼いと言っても国賓。クロイスを誘うくらいの気概を見せて貰いたいくらいだ」
「アレクの言う通りかも、なら僕、王妃様を誘わないと駄目?」
殿下の言葉に軽く答えるクロイス。
この場所に落ち着いてから一度、ロレイン姉様がクロイスをダンスに誘いに来ている。
それ以降、殿下達と踊りたいとの視線は向けても、遠巻きに見られているだけで、他に近寄って来る者も居ない。
「王妃を、母を誘うのはどうかな? あれだけ飛び跳ねられては、疲れてしまうだろう?」
「そうですね。お祖母様も、半分踊りきる前に音を上げますから」
クロイス? お祖母様と王妃様と一緒に考えるのは、どうかと思うのよ?
「ところで姉上?」
クロイスが何かを思い出した様に私を見る。
「ハロルドの事。許してあげないのですか?」
「お父様?」
そう言えば、朝送り出されてから見て居ない。改めてお父様を思う。
「謁見の時も広間に出てからも、隠れる様にして姉上を見てますよ」
謁見の時も? ダンスの時も? 隠れる様に? もしかして今も?
人、人、人。柱の影。二階? 私は周りを見回す。…お父様?
「確かに今日の演出は、姉上にとっては恥ずかしいものだったかも知れませんが、僕は嬉しかったです。こんな事、中々無い事ですから」
…お父様? 何処?
「ハロルドの事は、別に知らな振りをしててもいいのですが、姉上の一生に一度の事です」
クロイス? 私、お父様に腹を立ててる訳では無いの。当主としての私は、この舞踏会を境として表に出て行く事になる。その後押しを、クロイスや殿下を巻き込んでしているのだろう。だけど、私の問に答えをくれなかった。何を求められているのか分からないお父様に付いて行けないの…。大きく遠くへ放り出されそうで、不安なのに、聞いてくれなかったお父様に「お父様なんか嫌いです」と言った。それだけなの。「行っておいで」と送り出してくれても、嫌いと言った私に触れなかった。一歩以上の距離があった。どうしよう? お父様に嫌われた? だけど、心配してくれている?
教えて! お父様は、どう思っているの?
「クルシェ…」
アレックス殿下に呼ばれて、顔を上げる。目が合うと、視線で促される。その先には、お父様が居る。
クロイスが繋いでいた手を離す。
私は立ち上がった。お父様の元へと行く為に。
近付く程に、お父様の困った顔が深い苦笑いに…。だけど、私に向かって手が差し出される。私も手を伸ばす。
お父様は私を見る。私もお父様を見詰める。曲の切り替わりを待って進み出る。無言のままに踊り始める。体は自然と動いてくれる。だから、お父様から視線は外さない。
「お父様?」
何も言わないお父様。
「嫌いって言ってごめんなさい。…大好きよ」
綻ぶ…。お父様の困った顔が、一気に甘い笑顔に変わる。
「私も大好きだ。愛してるクルシェ」
言われて抱き締められる。そしてその手で高く持ち上げられた。
誇らしげに見詰められる。
「とても綺麗だ! 私の最愛」
お父様の顔が、悪戯に微笑む。何を考えてますか?
そう思った時には遅かった。
抱き上げられたまま、お父様がダンスのステップを踏む。
お父様…ここはお家じゃ無いのです? お行儀の悪い事をしては、皆に陰口されてしまいます。私、もう子供では無いのですよ?
心で目一杯困った事を並べる。
余りにも困ったのでお父様の肩に顔を押し付ける。
高ぶって、高ぶって涙がこぼれる。
私を「最愛」と呼ぶお父様。お父様は幸せですか? 私は幸せです。
曲の終わりまで、私をあやすようにダンスのステップを踏む。
ずっとこの腕の中なら何の心配も感じない。この腕の中から出たくないですお父様。
クロイスが唸った。
俺の視線の先にも、同じものが見える。
口惜しいが彼女が大きく心を許すのは、父親なのだと痛感する。
「アレクは、ハロルドに言ったんだって?」
彼女を見詰めたまま、言葉の先を待つ。
「レイナードを檻だって」
「檻だと思っていないのは…クルシェだけなんだろ?」
「そうだよ。反対に、自分が檻…枷になってるって思ってる」
変わった声音に振り返れば、無邪気に笑っていた子供の顔が歪む。
「ハロルドも悪いけど、ハロルドだけが悪いんじゃ無いって事を、見ない振りしてる大人がいるんだよ。僕は、そいつ等が嫌いだ。好きなんだけど嫌いなんだ」
それは誰だと問たい。
「ねえ、アレク?」
「何だ?」
「中途半端なら入ってこないでよ」
迷惑だからと、強い瞳が物語る。
中途半端な気持ちなら引き返せ。クロイスの言う通りだ、引っ掻き回してお手上げと背中を向けるなんて、きっと彼女を苦しめる。
「本気なら入れてくれるのか?」
クロイスは嫌そうに顔を顰めた。
「虫除け程度には役に立つならね」
俺の半分も生きてない男に釘を刺される俺。前途多難だ。
でもな、クロイス…。覚悟はあるんだよ。
作中、アレックス殿下は愛称呼びになりますが、心の中はまだまだ全然殿下です。クルシェの心の距離がまだ殿下です。
上手く伝わるとうれしいのですが…。
お付き合いありがとうございました。




