女公爵クルシェ嬢 お父様に振り回され殿下に翻弄される
お父様が動いて、アレックス殿下の心が動きます。
よろしくお願いします。
兄妹達と一括りで紹介するが、実質的に私が兄妹と言えるのはダリル兄様とグレイ兄様。お嫁さんに行ったロレイン姉様とレミーネ。そしてクロイスの五人。赤ちゃんが産まれれば六人になる。
クロイスが産まれてから一年毎に行来をしているので、ルーキンスのクロイスと此方の兄妹の距離は以外に近い。
朝、はしゃぎ過ぎてダリル兄様に叱られた私達は、起き出して食事をとった。
レミーネと料理長の力作が並ぶ。
レミーネの得意はお菓子なのだが、時々とんでも無いものを作る。今朝もその何品かが並んだ。すり潰した人参やほうれん草を使った何か…。
私達は美味しく頂いてるので気にならないのだが、クロイスには驚愕の品だったらしい。食べてと期待を向けてくるレミーネの視線に負けて一口二口…口に入れたらお好みだったらしい。
ちょっと緑が濃いほうれん草とミントのゼリー。
オレンジの色の鮮やかな人参とレモンのゼリー。
この二品は、クロイスの食欲が無かったらと、レミーネが用意したのだが、以外以上に美味しかったらしいのと、少し食欲の落ちているお母様に作りたいと言い出したのでお料理教室に突入している。
ただ、妊婦の味覚はデリケートらしく、好意の品がそのまま口に出来るかは別なので、料理長も巻き込んでレシピの改良をしている。
そこにグレイ兄様とロレイン姉様がやって来た。
グレイ兄様はギース伯父様に、休暇をやるから屋敷に帰れと言われたそうだ。クロイスが居るので、屋敷の護衛の意味もあるのかもしれない。
ならロレイン姉様は? お父様から屋敷に待機と連絡をもらったと言う。
お父様は、何を考えているのだろうか?。
グレイ兄様は、クロイスに付いてきた護衛の方達と鍛錬という手合せを
するのに席を立ち、ロレイン姉様はご意見番として味見をしている。
和やかだ。
和やかなのだか、お父様のご帰宅でそれも終わった。
お父様の後には…アレックス殿下。
ねぇ、お父様? せめて応接室の方にお通しして下さらない?
昨日の今日で、花束を抱えている殿下。目が…遠い所を見ている気がします。大丈夫なのでしょうか?
それに過剰反応を見せているのが、クロイスです。
アレックス殿下の事を、問題の王子だと思っているのかもしれません。
どうしましょ? どうしたらいいのでしょうか?
「クロイス! 喜べ!」
お父様? 紹介も無く、何を始めるつもりなのでしょうか?
もう疑問で頭がいっぱいです。
「クルシェのエスコートで、お前も舞踏会に出席できるぞ!」
「ハロルド、本当か?」
お父様の言葉に、クロイスの声が跳ねる。
クロイス? 貴方もご挨拶が先ですよ?
「ロレインは来てるか?」
「此方に居ますわ。お帰りなさいませ、お父様」
「クロイスの衣装を。クルシェと合わせるのを頼みたい」
「まぁ、もちろんですわ。お任せ下さい、お父様」
心得てますとばかりの晴れやかな笑顔。
お姉様? 私、ちょっと心がおいてきぼりです。
「ダリル兄様。兄様達のを出してきて。えっと、クロイスのお付は何方? 持ってきた物を見せて下さる? あ、後、クルシェのドレス!」
お姉様…輝いて見えます。
「クロイスも、それを片付けたらいらしてね?」
ご挨拶も無く、ロレイン姉様は行ってしまった。
お父様の後のアレックス殿下を見て、私は途方に暮れる。
何だろう、いたたまれない感で情けなくなってきた。
「グレイは戻ってるのか?」
「兄様は、護衛の方と鍛錬ですわ」
「そうか!」
ダリル兄様も居ないので答えた私。
お父様は私に近寄ると、ふわっと抱き寄せ額にキスをすると行ってしまった。
お父様? 残された私は、アレックス殿下をどうしたらいいのでしょうか?
そうだ、今日こそ応接室に案内するのです。
私はアレックス殿下に向かって手を差出した。下から握られるのを待って「こっちです」と歩き出した。
とぼとぼと先を歩いていると、後を着いてくるアレックス殿下の溜息が聞こえた。気になって振り返ると、見下ろす瞳と視線が合う。
「今日は…」
「はい?」
「今日は、俺のせいじゃ無いぞ」
何が? と、問うてみる。
「…淑女たる時間?」
疑問形?
私は気付かされた。自分の出で立ちを…。身支度も整えられ無いと思われるのに、二日も有れば十分だ。失態に次ぐ失態…。目の前が暗くなる気がする。寝て起きたら、無かった事になってないかしら…。焦るばかりで、どうしたらいいのか分からない。
繋いだ事も忘れていた手を二度程握られた…。
手を離そうと引いたら、強く引き返される。
思わずアレックス殿下を見上げた。
「案内を」
意志と威厳、そして力強さを含んだ声。
私は、強過ぎると感じる視線から逃げる様に歩き出した。
応接室の扉を侍女が開け、その中に踏み入る。
改めてアレックス殿下を見ると、ようやくその手を離してくれた。
アレックス殿下は手にしていた花束を控えた侍女に渡すと、今度は殿下が私の手を取る。手を引かれた先で座る様にと促され、素直に座った。
膝まづくアレックス殿下との視線が絡む。
「クルシェ嬢。父君の了承は得た!」
両の手で包まれる。
「初めてのダンスを踊るその時、この手を取る栄誉を与えては貰えないだろうか!」
強く、とても強く見詰められている気がする。私には馴染みの無い強い視線。それから早く逃れたくて、「はい」と返事をしていた。お父様が許したのなら仕方無いのだから…。
「ありがとう」
機嫌の上がった声。
そしてこれをと渡された箱には、真珠をあしらったチョーカーと髪飾りが入っていた。
貰えないと首を振ると、お父様も承知と言われた。
王家からのお詫びとしての品。王妃様が用意した物で、自分が選んだ物では無いのだがとアレックス殿下が言う。
ならばと受け取り、侍女へと渡す。衣装合わせのロレイン姉様に届けてもらう。そうする様に、アレックス殿下に言われた。
落ち着いてみると、アレックス殿下は隣に座っていらっしゃる。対面にも既にイヴァン様とレイン様。
運ばれてきたお茶が、目の前に並ぼうとしていた。
何でと悶絶したい。
そして一気に動いたものについて行けないでいる。
「アレックス殿下は、どうしてこうなっているのかお分かりですか?」
「パートナーの申し込みの事か?」
「いえ…あ、はい。それもですが、昨日殿下がお帰りになった後にお父様が帰ってきたのですが…どうしてここまで話が進んでいるのか理解出来無くて」
顔を隠す様に口元に手を置く。
「俺も朝、謁見の間に呼ばれてそれからなんだか…」
初めてお目にかかりますとアレックス殿下に向けて、丁寧に己を紹介したお父様。その後並びの共々、謁見の間の隣の部屋へと場所を移した。
そこで今回の…会場であった学園で事を収めた事。五家協力で、和解したと示す根回しは済んでいる事。それは娘が、当主として行動した事だから、それでいい。が、まだ謝罪が成されて無いのは何故かと。
陛下を名前で呼び、宰相を鼻で笑ったと。
…アレックス殿下、それは聞きたくなかったです。
が、陛下も不敵に笑うと、どういう謝罪をさせるかもう決まってるのだろうと、お父様に言った。
そこでアレックス殿下を一瞥してから、ファーストダンスの申し込みは受けよう。ただし、その舞踏会にクロイス・レイナード・ハレスの出席を認める事が条件の一つ。
王子の、この場合はアレックス殿下の、ルーキンス国の舞踏会への参加が二つ目の条件。
それだけと言って、ニヤリと笑ったそうだ…。
「陛下も、予想はしていたみたいで、飾りと花束を持たされてハロルド殿と一緒に放り出された」
「そうなのですか…」
「屋敷に入る前、昨日の事があるので俺は少し待つと、一応は言ったんだが…」
「聞かなかったんですね?」
「額づかれたかったら王宮へ呼び出せと言われた。かしこまって迎え入れろと言った訳では無いぞ。その…俺はかまわないが、気にするのだろ?」
私は、自分の足元を見る。昨日と同じ柔らかい室内ばき。
「気にしますよ。まるっきりの部屋着ですから、人前に出る格好では無いのでしょう? 寮でなら、これで部屋を行来する者もいますけど、それは親しい者どうしですし。節度を考えても、相応しいものではありませんもの」
「親しいと思ってくれたら嬉しいが?」
「親しいと言っても、同性同士の話でしてよ!」
「なら、待つから整えて来ればいい。可愛いから俺はかまわない、あくまで淑女の問題なのだろう?」
待ってどうするのだろう? パートナーは受けた。なら、もう用は済んだのでは無いのだろうか?
アレックス殿下からイヴァン様達を見る。
イヴァン様もレイン様も、目が合うと微笑まれる。
「あの…アレックス殿下?」
「あぁ」
「我が家での御用がお済みなら、お忙しいと思いますし、お戻りになるのが良いと思いますの」
お帰りにならないのかとつい言ってしまった。不敬だっただろうか?
クスッとイヴァンが笑った。
「クルシェ嬢。届けられた封筒は全て確認を通して、今朝送り出しました。後は、届け先に漏れが無かったかの確認ですが、それは殿下の仕事ではありません。殿下の今一番の仕事は、レイナード家との関係を良好にする事です」
と、笑顔のイヴァン様。
そうなのですか? と、アレックス殿下を見上げる。
「アレックス殿下、クルシェ嬢。そういう事ですので、私達は詳しい話をハロルド殿に伺ってまいります」
イヴァン様は立ち上がるとレイン様と共に、案内を頼んで行ってしまった。
私は…殿下と二人になってしまった。
「どうする? 俺は待つぞ」
人を迎える為の装い。他所へ訪れる為の装い。家の中でだって昼と夜や食事の装いがある。マナーとしても習った事だが、その様な装いを、私はした事が無い。身支度を整えたいとは思っても、昨日だってした事は、靴を履くくらいだったのだ。「待つ」と言われても、どうしたらいいのか思い浮かばない。
「服もレースで涼しそうだし、悪い仕立てじゃ無い。問題は足元くらいだろ?」
「足元?」
「客に庭をすすめる時、直ぐに動けないだろ」
言われてみればなる程と思う。伯父様達も兄様のお友達も、抱っこと強請る私を抱き上げて移動したので、不自由を感じた事は無かったし、テラスからの庭に出て遊んでもらうのがせいぜいの事。靴を履くというのを当り前に感じたのは、学園に行ってからの気がする。
「履き替えれば問題無いですか?」
「そのままでも俺はかまわない」
「え?」
「この後どうするかだろ? ここで話をするなら問題無いし、さっきの場所に戻るのでもでもだ。庭に出る。出掛けるでも無いなら、そのままで構わないだろ」
そうか、構わないのか…。ほっとした心地でアレックス殿下を見る。
殿下は、私の髪をクルクルと指に巻き付けては解くを繰り返して遊んでいる。
良くお父様もする事だけど、何が楽しいのだろう?
「さっき、何か作っていたみたいだが、何を作ってたんだ?」
「ゼリーです」
「カフェで食べた物か?」
「同じ物では無いのです。クロイスの食欲が無かったらと、レミーネが作った特別です。お野菜を入れてあるので、栄養が取れるのでは無いかと…。お母様も食欲が無いらしいので、クロイスが作りたいと言い出しましたの」
「クロイス…」
「弟です。ご挨拶もせずに申し訳ありません」
「いや、そんな雰囲気じゃ無かったから…仕方の無い事だろ…」
思い出されましたね? 私も思い出してしまいました。
「クロイス・レイナード・ハレスは、ルーキンスの公爵家の?」
「はい。お母様がハレス公爵家に嫁いで産まれた弟ですの」
「ハレス公爵は王弟で間違い無いか? 現王の即位の時に臣下に降った方だと記憶しているが…」
「…その、通りかと」
言葉が詰まってしまった。
私の髪を遊んでいたアレックス殿下の手が落ちる。
ん? 何で殿下は私の髪を弄ってたのかしら?
「で、殿下? いったい何を?」
わたわたと髪を押さえて体をを引いた。
「髪を弄ってた」
そうでしょう。それは分かってます。何故、私の髪を手にしていらっしゃったかが知りたいのです。いいえ、知らなくていいです。
クスクスと笑うアレックス殿下。
恥ずかしいのか情けないのか、思わず唇を噛む。
「噛むな」
親指が下唇に当てられる。
あまりの事に私はたちあがった。頭が真っ白に? 恥しさで真っ赤に? 今の私はどうしてしまったのか、胸がドキドキとして痛い。
「靴を」
立ち上がった私を見上げるアレックス殿下。
「靴を履いて来い。庭を案内してくれ」
小さく頷いてこの場を辞する。
兄様達と同じに接してしまっていた? アレックス殿下はアレックス殿下なのに。どうしよう?
はしたないと思っても、小走りになるのは止められなかった。
「殿下? クルシェ嬢の用意されたドレスですが、レースがとても綺麗な物でしたよ」
「そうか?」
「弟であるクロイス殿の方ですが、手持ちの衣装に同じレースを使って装飾をするそうです」
「そうだな」
「ダンスのパートナーとして殿下の衣装はどうしましょうか? 同じ様にレースというのもかんがえものですし、これは王宮に帰ったら早急に対応しないといけませんね」
「そうか…」
「殿下?」
「やめとけ、レイン。コイツ聞いて無い」
レイナード家からの帰路の馬車の中。
取り敢えずの報告をと始めたところ、生返事しか返さないアレックスをイヴァンが指摘する。
「クルシェ嬢自身、ビックリして思考が追い付いていない様でしたが、殿下の手を取って歩き出すなんて可愛らし過ぎますね」
「可愛いどころじゃなかったぞ」
「殿下。戻ってきたんですね?」
「ずっとここに居るぞ」
「そうだな、居てくれ良かったよ。お前はクルちゃんと楽しかっただろうが、俺等は、あのハロルド・アーデンテスにぶん回されて散々だった」
「散々か?」
「散々でした」
「一手何得って感じの思考? 動き出したら何処まで見通してんのって感じ、分かる?」
呆れた感じのイヴァンに、同意のレイン。
「クルシェ嬢の考え方が思いもしないもので、ビックリしてしまっていましたが、上をいかれ過ぎててついていけません」
「そんなにか…」
「そんなにです」
「で、どうなの殿下?」
「どうなんですか?」
イヴァンとレイン。二人に詰め寄られる。
「気になると、可愛いは聞いた。仕事をさせれば当主としても有能。入婿の優良物件! ただし爆弾有り!」
「そんな事言われても…」
「そんな事じゃ無いぞ。ハロルド殿は、それを見越して動いてる」
「見越すって何を?」
「とぼけるな、クルシェ嬢にこれから言い寄る求婚者にだ」
「…好きだぞ」
「ぅお?」
「これが好きってのなら、好きだぞ」
「あっさりですね」
「だって可愛いだろ?」
「はいはいはいはい! なら頑張れよ!」
「頑張る?」
「このままじゃ、兄貴枠だな」
「懐きだしましたよね」
「………」
「親父と本人どっちが強敵なんだろうな?」
どっちもだが、やっぱり本人だな。




