↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
25/56

第22レース 噂の四人

 寮を出てから十分ほど経っても、清華はまだ納得していない顔をしていた。


「それで、どこへ行くんですか?」

「イオン。飯食べて、ちょっと遊んで帰ろか」


 先頭を歩く小町が振り返りもせず答える。


「私はダービーの話を聞きに来たんですが」

「せやから、行きながら話しとるやろ」

「まだ一つしか質問していません」

「清っち、今日ずっとその調子で小町に質問する気?」


 星羅が横から笑うと、清華は当然のように頷いた。


「そのつもりです」

「小町先生、休日返上じゃん」

「連れてくん失敗やったかな……」


 小町がぼそっと呟く。


 瞳子はその後ろを歩きながら、なんだかおかしくなって笑った。


 前に三人で外出したとき、清華は誘っても来なかった。それが今日は、本人の目的が競馬の話だったとはいえ、こうして四人で並んで歩いている。


 清華自身は、そんなことを気にしている様子もない。


「成瀬さん。さっきの続きなんですが、前半のペースがもっと速くなっていたら――」

「着いてからや……ほんまに着いてから話したるから!」


 着いたのは、イオンモール千葉ニュータウンだった。


 休日だけあって家族連れや同年代くらいの学生も多く、広い館内には服屋や雑貨店、飲食店がずらりと並んでいる。


「とりあえず、ご飯!」



 星羅の一声で向かったのはフードコートだった。


 瞳子はハンバーガー、小町はラーメン、星羅は大きめのハンバーガーセットを選び、清華はしばらくメニューを見比べた末、サンドイッチとスープを注文した。


 四人で席につくと、星羅は包装紙を開きながら小町へ顔を向ける。


「小町。結局ダービー勝ったらいくらくらいもらえるの?」

「また金の話かいな」


 小町が呆れたように箸を止めた。


「ダービーの一着賞金が三億円。騎手はそこから五パーセントやから、千五百万くらいや。他にも手当とかあるけどな」

「二分半走って千五百万?」


 星羅の目が見開かれる。


「ジャパニーズドリーム!!」

「金よりダービージョッキーになったって名誉のほうがデカいわ!」

「名誉で飯が食べられるわけじゃないし」


 言いながら、星羅はハンバーガーへ豪快にかぶりついた。


「説得力だけはあるな……」


 小町が呆れる横で、瞳子は吹き出す。


「でも星羅ちゃん、ダービー見てるときはお金のこと全然言ってなかったよね」

「そりゃあのときはレース見てたし。終わったら別じゃん」

「切り替え早すぎやろ」

「畑騎手だって、勝った瞬間から賞金は何に使おう、って考えてたでしょ」

「レジェンドをなんやと思っとるんや」



 そんなやり取りをしている間も、清華は小町へ何度か質問を投げていた。


 本庄がもう一列後ろだったら。テネブラエがもっと前につけていたら。前半が速くなっていたら。枠順が変わっていたら。


 小町は食べながら一つずつ答えていたものの、やがてラーメンの丼を置いて眉を寄せる。


「清華ちゃん、うちはAIとちゃうで。飯くらい普通に食べへん?」

「今聞かないと忘れるかもしれないので」

「忘れたらあとで聞けばええやん。実際、一年は、まだレースせえへんのやから」

「覚えているうちに整理したいんです」

「清っち、真面目すぎて草」


 星羅はポテトを一本つまみながら笑った。


 そのとき、少し離れた席にいた女子二人組が、こちらを見ながら何か話しているのが瞳子の目に入った。


 目が合うとすぐに逸らされた。知り合いだろうかと思ったものの、瞳子には見覚えがない。


「そういやさ」


 星羅が今度は周囲を見回した。


「さすがに今日は先輩と会わないよね?」

「知らんけど、九月以降は会わんようになるで」

「なんで?」

「二年は厩舎実務あるからや。学校離れて、実際の厩舎で勉強する期間が増えるし」

「へえ。じゃあ一条先輩たちもいなくなるんだ」

「ずっとやないけどな」

「そっか。ちょっと寂しくなるじゃん。一条先輩のダウナー感が病みつきになるんだよなぁ」


 星羅が何気なく言うと、小町が意外そうに見た。


「話したん一回だけやん」

「一回でも知ってる人がいなくなるのは寂しいっしょ」

「せやな。うちは、火山先輩のザ・ファイターって、感じが好きやし」


 そう言って、最後のポテトを口へ放り込んだ。





 食事を終え、今度は飲み物を買おうという話になったところで、小さな問題が起きた。


「……財布がありません」


 清華が鞄の中を確認しながら言った。


「え?」


 瞳子たち三人が揃って見る。


「部屋で話すと思っていたので、持ってきていません」


 視線が小町へ集まった。


「うちを見るなや。まさかほんまに財布も持たんと来るとは思わへんやろ」

「清華さん、私が出すよ!」


 瞳子はすぐにスマートフォンを取り出した。


 以前の外出で星羅に教えてもらった決済画面を開き、慣れた手つき――のつもりで操作する。


 会計を済ませると、清華へ画面を見せながら、少し胸を張った。


「清華さん。スマホで払えちゃうんだよ」

「……そうなんですか?」


 予想外の反応だった。


「え?」

「知りませんでした。斎藤さん、ありがとう御座います。寮に戻りましたらお返しします」


 今度は小町と星羅まで清華を見る。


「いやいや、知らんかったん瞳子ちゃんくらいやと思ってたわ」

「とこに教えたとき、こっちがびっくりしたもん」

「清華さんも知らなかったの?」

「普段、支払いはカードなので」


 一瞬、三人とも黙った。


「……やっぱお嬢様じゃん」


 星羅が言う。


「違います」


 清華の返事だけが妙に速かった。


 そのあと星羅は無脂肪乳に変更したドリンクを受け取り、一口飲んで満足そうに頷く。


「はい。これでさっきのハンバーガー分チャラ」

「なってへん」

「なんでよ」

「牛乳変えただけでハンバーガー消滅するわけないやろ」

「気持ちの問題だって」

「それなら最初から好きなん飲めや」


 瞳子が笑いながら自分の飲み物へ口をつけた、そのときだった。


「あの……」


 近くから声を掛けられる。


 振り向くと、さっきこちらを見ていた同年代くらいの女子二人が立っていた。


「あの、競馬学校の人ですよね?」

「え?」


 星羅が眉を上げる。


 一人がスマートフォンの画面をこちらへ向けた。


 そこに映っていたのは、見覚えのありすぎる四人だった。


「これ……」


 東京競馬場。


 左から小町、瞳子、清華、星羅。


 ダービーの日に撮られた、競馬学校公式アカウントの写真だ。


「私たちじゃん!」


 瞳子が声を上げる。


「いや、本人やからな」


 小町が突っ込む。


「てか、何これ……めっちゃ見られてない?」


 星羅が画面を覗き込み、目を見開いた。


 反応の数が、瞳子には多いのか少ないのかよく分からない。ただ、下へ続いているコメントの量を見る限り、学校が普段載せている写真とは少し様子が違うらしい。


「ダービーの日から話題になってて。四人ともすごく可愛いって」

「マジ?」


 星羅が嬉しそうにする隣で、小町は露骨に困った顔をした。


 清華だけは画面をじっと見たあと、真顔で言う。


「……私、やっぱり笑っていませんね」

「そこ!?」


 星羅が即座に突っ込んだ。



 最初に声を掛けてきた二人と話しているうちに、周囲にいた人まで気づき始める。


 質問は、なぜか清華へ集中した。


「馬術で全国優勝したって本当ですか?」

「はい」

「騎手になるんですよね?」

「そのために学校にいますので」


 最初こそ清華は丁寧に答えていた。


 ところが、一人増え、二人増えるにつれて、口元の笑みが少しずつ硬くなっていく。


「髪の毛綺麗。やっぱ、あれですか?」

「あれ?」

「温泉とかにある、馬シャンってやつですよ」

「いえ、違いますけど」

「彼氏さんとかいるんですか?」

「その質問は関係ありません」


 今の、ちょっと怒ってる。


 瞳子にも分かった。

 星羅と小町も同じだったらしい。


 三人はほとんど同時に顔を見合わせると、清華を囲むように前へ出た。


「はいはい、そこまで!」


 星羅が両腕を広げる。


「お嬢様を守らなくては」


 小町まで悪ノリする。

 清華の眉間に、今度こそはっきり皺が寄った。


「お嬢様って言うの、やめてください」


「ほら、怒った! 撤退や!」

「誰のせいですか、成瀬さん」


 笑いを堪えながら、瞳子も清華の前へ身体を入れる。


「ごめんなさい、学校の決まりもあるから、写真とか動画は勝手に撮れないんです」


 星羅も「また学校のSNS見てください」と手を振り、四人は人が増える前にその場を離れた。



 帰り道。


「……疲れました」


 清華が心底うんざりした声で言った。


「一番声かけられてたもんね」


 星羅が苦笑する。


「なんで清華ちゃんばっかりやったんやろな」

「知らん。美人だからじゃん?」

「藍沢さん」

「褒めてるんだから、素直に受け取りゃ良いのに」


 星羅がため息をつくと、瞳子は思わず笑った。


「でも、すごかったね。私たちの写真、あんなに見られてたんだ」

「学校に戻ったら、教官にも一度確認したほうがいいですね」


 清華はそう言って、少しだけ歩く速度を上げた。


「あ、清華さん待って」


 瞳子が追いかけると、小町と星羅もそのあとに続く。

 四人はそのまま一緒に寮へ戻った。


 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。