かくれんぼ
翌朝。
目を覚ました幸一は、大きく伸びをした。
顔を洗おうと寝室を出たところで、幸一は夜中に捕まえたコクワガタのことを思い出した。
翔太が起きてくる前に見ておこう。
そう思ってベランダへ向かうと、勝手口の前に虫かごが置かれていた。
「あれ?」
幸一は首をかしげた。
「春。虫かごベランダに置かなかったんだ。」
朝食の準備をしていた春が振り返る。
「夜、思ったより寒かったから。」
「寒かった?」
「見つけたときも、なんだか弱っているように見えたの。かわいそうだから、一晩だけ家の中に入れておいた。」
幸一は口元を緩めた。
(虫は苦手なのに、優しいところあるんだよな。)
「どれどれ。」
幸一は虫かごを持ち上げ、中をのぞき込んだ。
「あれ?」
もう一度のぞく。
「クワガタ……いない。」
「えっ?」
春も慌てて虫かごをのぞき込んだ。
「ちゃんと入れたよね?」
「入れた。中で動いてたはずだけどな」
二人は顔を見合わせた。
幸一は虫かごの網に目を止めた。
「あっ。」
「どうしたの?」
網の端が割れている。
「ここから逃げたんだ。そう言えば虫籠壊れてた。」
「えぇっ!」
春の顔が青ざめた。
「じゃあ、今この家の中にいるってこと?」
「そういうことになるかも。」
「どうしよう。急に出てきたら……。」
「そしたら、俺は出てきたらうれしいけど。」
「私は全然うれしくない。」
二人は顔を見合わせて笑った。
それでも、コクワガタが家のどこかにいることに変わりはない。
「あの大きさじゃ、冷蔵庫の下とか家具の隙間に入ったら、もう見つけるのは難しいな。」
「とりあえず、探そう。」
二人は台所や玄関、家具の隙間までのぞき込みながら探し回った。
けれど、どこにもコクワガタの姿はなかった。
しばらくして春がため息をつく。
「クワガタのこと、翔太に話す?」
幸一は首を横に振った。
「もういないのに話しても、がっかりさせるだけだしな。」
「……そうだね。」
「もし見つかったら、そのとき見せよう。」
春もうなずいた。
二人はそう決めると、何事もなかったように朝の支度を始めた。




