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――あれから、三年の月日が流れた。
澄み切った青空に、白金の太陽が眩しく輝いている。
窓を開け放つと、風に乗って運ばれてくるのは、甘い花の香りと活気に満ちた人々の笑い声だった。
現在のルデラ領は、もう誰にも『世界の掃き溜め』とは呼ばせない、息を呑むほど美しい独立都市国家へと発展を遂げていた。
かつて猛毒の霧と底なし沼に覆われていた境界線には、今は透き通るような湖が広がり、他国からの商人たちを乗せた船が穏やかに行き交っている。ルデラ産の浄化された作物は「不老長寿の霊薬」とさえ呼ばれるほどの高値で取引され、領地には莫大な富がもたらされた。
もちろん、その富を狙って武力や権力で侵攻しようとする愚か者も後を絶たなかった。だが、そのすべては領主であるシレンティウス様の絶大な魔力によって、文字通り「手も足も出ない」まま、即座に追い払われ続けた。
結果として、ルデラ領は世界中のどの国も手出しできない、完全なる中立と平和を約束された『絶対聖域』として、世界地図にその名を刻むことになったのだ。
「カエナ様! いよいよですね。ああ、なんてお美しい……!」
控え室の大きな鏡の前で、マリアさんが感極まったようにハンカチで目元を押さえた。
鏡の中に映っているのは、純白のウェディングドレスに身を包んだ私の姿だった。
ルデラ領で大切に育てられた最高級の絹糸を使い、領民の女性たちが何ヶ月もかけて手縫いしてくれた、世界に一つだけのドレス。私の銀色の髪には、かつてシレンティウス様がいつも本を読んでいた、あの大きなオークの木の枝葉で作られた花の冠が乗せられている。
「ありがとうございます、マリアさん。……皆さんが作ってくださったこのドレス、本当に夢みたいです」
「夢じゃありませんよ。カエナ様が私たちにくださった奇跡に比べたら、これでも足りないくらいです」
コンコン、と。
控え室の扉が優しくノックされた。
「入るぞ」
低く、落ち着いた声。それだけで、私の心臓がトクリと跳ねる。
扉を開けて姿を現したのは、純白と銀色を基調とした、豪奢な礼服に身を包んだシレンティウス様だった。
かつての擦り切れた質素な服も好きだったけれど、領主としての威厳に満ちた今の彼の姿は、絵画から抜け出してきたように美しく、見とれてしまうほどだった。
「シレンティウス様……」
私が振り向くと、彼は扉の前に立ち尽くしたまま、息を呑んで固まってしまった。
その銀灰色の瞳が、信じられないほど美しいものを見るように、私を上から下まで見つめている。
「……カエナ」
彼はゆっくりと歩み寄り、私の前で立ち止まった。
「似合っていますか……?」
上目遣いで尋ねると、彼は少しだけ困ったように眉を下げ、それから愛おしげに微笑んだ。
「ああ。……美しすぎて、今すぐ君を隠してしまいたい衝動と戦っているところだ」
「ふふっ。今日は領主様なんですから、我慢してくださいね」
「善処しよう」
彼はそっと手を差し出し、私はその大きな手に自分の手を重ねた。
私たちが館を出て、領地の中心にある大広場へと歩みを進めると、割れんばかりの歓声と拍手が巻き起こった。
「カエナ様! シレンティウス様! おめでとうございます!」
「私たちの聖女様! 万歳!」
街道の両脇には、数え切れないほどの領民たちが集まり、空を舞うほどの花びらを撒いて私たちを祝福してくれた。
三年前に泥だらけで泣いていた少年パルも、今ではすっかり背が伸びて、最前列で誰よりも大きな声で「おめでとう!」と叫んでいる。
歩きながら、私はシレンティウス様の腕にぎゅっとしがみついた。
「……不思議ですね。あの日、馬車から突き落とされてこの領地に来た時は、こんな日が来るなんて想像もしていませんでした」
「私もだ。……君が空に光の穴を開けるまで、私はこの場所で、ただ世界を呪いながら朽ちていくのだと思っていた」
シレンティウス様は前を向いたまま、私を支える腕に少しだけ力を込めた。
「君が私に光をくれた。君がこの土地に、呼吸を与えてくれた。……カエナ。君は、私の世界そのものだ」
大広場の中心。私たちが『始まりの場所』と呼んでいる、一番初めに浄化した大きなオークの木の下に、祭壇が設けられていた。
私たちは神父や司祭を呼ばなかった。他国の神ではなく、私たちが手を取り合って開拓した、この『ルデラの地』そのものに誓いを立てたかったからだ。
祭壇の前に並んで立ち、私たちはゆっくりと向き合った。
シレンティウス様の銀灰色の瞳に、純白のドレスを着た私が映っている。
「カエナ」
静まり返った広場に、彼のよく通る声が響いた。
「私はかつて、すべてに絶望し、何も愛さないと誓った愚か者だった。だが、君のその真っ直ぐな光が、私の氷を溶かしてくれた」
彼は私の両手を取り、その甲にそっと唇を落とした。
「君の喜びは私の喜びであり、君の悲しみは私の悲しみだ。……病める時も健やかなる時も、君の紡ぐ浄化の光を、私のこの命に代えても守り抜くと誓おう」
その真摯な言葉に、胸の奥が熱くなり、視界が涙で滲んでいく。
私はゆっくりと深呼吸をして、大好きな彼に向けて、最高の笑顔を咲かせた。
「シレンティウス様。……私は、居場所を奪われ、誰からも必要とされないただの道具でした。でも、あなたが私を見つけ、守り、『ここにいていい』と言ってくれた」
彼の大きな手を、ぎゅっと握り返す。
「あなたは私の盾であり、私の帰る場所です。これからの人生、あなたに淹れるお茶は、ずっと私が一番に味見します。……あなたと、この愛する領地と共に生きていくことを、ここに誓います」
私たちの誓いの言葉が終わると同時に、木漏れ日が祝福するように私たちを照らした。
シレンティウス様が私の腰を引き寄せ、花冠を崩さないようにそっと、私の唇に自分の唇を重ねた。
――その瞬間だった。
「わあぁっ……!」
領民たちから、驚きと歓喜のどよめきが上がった。
二人の誓いのキスに呼応するように、私の内側からあふれ出した『浄化の光』と、シレンティウス様の持つ強大な『守護の魔力』が混ざり合い、目にも止まらぬ美しいオーロラとなって、ルデラ領の空全体を覆い尽くしたのだ。
それはまるで、この土地自体が私たちの結婚を祝福し、永遠の安寧を約束してくれているかのようだった。
「……君の魔法は、相変わらず素晴らしいな」
唇を離したシレンティウス様が、空を見上げて眩しそうに目を細め、それから悪戯っぽく笑った。
「シレンティウス様こそ。私の光を、もっと綺麗に広げてくれたじゃないですか」
私が笑い返すと、彼はたまらないといった様子で私を強く抱きしめ、私の耳元で囁いた。
「愛しているよ、カエナ」
「私もです。……世界で一番、愛しています」
拍手と歓声が、鳴り止まない音楽のようにいつまでも響き渡っていた。
かつて、国から見捨てられ、絶望に沈んでいた灰色の土地。
それが私の小さな力と、彼の大きな愛によって、いつの間にか世界で一番美しく、温かい『聖域』になっていた。
ここは私たちの国。
私たちの、永遠の愛の居場所。
ボロボロだった領地は今、最高のハッピーエンドを迎えて、輝く未来へと続いていく――。




