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【連載完結】ボロボロ領地が私の力で、いつの間にか聖域と呼ばれるようになっていました。  作者: 逆立ちハムスター


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 領民たちによる温かくも熱狂的な祝福の宴は、夜更けまで続いた。

 誰もが杯を交わし、歌い、踊り、領主と聖女の結びつきを心から祝い合った。その歓喜の余韻がようやく領地全体に静寂として溶け込み始めた頃。

 館の最上階、私たち二人だけのために用意された新しい寝室は、質素ながらも、いつものように穏やかな夜風と星の光に満たされていた。


 入浴を済ませ、純白のウェディングドレスから肌触りの良い寝間着へと着替えた私は、ふと部屋の中に彼の姿がないことに気づいた。

「シレンティウス様……?」

 声に出して呼んでみるが、返事はない。

 視線を巡らせると、夜風を取り込むために開け放たれたバルコニーのテラスに、風で靡くカーテンの間から彼の背中が見えた。

 彼は夜空に輝く無数の星々を、どこか懐かしむような、それでいて遠くを見つめるような静かな瞳で見上げていた。


 私が足音を忍ばせて近づこうとした、その時だった。


 ――ふわり、と。

 彼の背中から、眩しいほどに白く、そして柔らかな光がこぼれ落ちた。

「え……?」

 私が立ち止まって息を呑んだ次の瞬間、シレンティウス様の背中から、光を編み上げたような巨大で美しい『純白の翼』が、バサリと音を立てて広げられたのだ。

 一枚一枚の羽毛が星の光を反射してきらきらと輝き、彼を包み込むオーラは、これまで彼が放っていた「沈黙」の冷たい重圧ではなく、ただひたすらに神々しく、暖かな波動だった。


「……気づいていたか、カエナ」

 彼は夜空を見上げたまま、静かな声で紡いだ。

「シレンティウス様……その、お姿は……それに、翼……?」

 驚きのあまり言葉を失っている私に、彼はゆっくりと振り返った。

 彼の銀灰色の髪は、今は月明かりを吸い込んだように白金に輝き、その瞳は深い天空の色を宿していた。人間離れした、あまりにも美しい姿。


「すまない。君を騙すつもりはなかったのだが……これを話せば、君が私を遠ざけてしまうのではないかと、今日まで恐れていた。何より……いや」

 彼は白い翼を優しく畳みながら、私に向かって手を差し伸べた。私が恐る恐るその手を取ると、彼は私の指先にそっと口付けをした。


「私の本当の名は、アージェントアイナリウス。……天界より遣わされた、神のしもべたる座天使だ」

「て、天使……!?」

「ああ。私がこの『世界の掃き溜め』と呼ばれたルデラ領の領主をしていたのには理由がある。ここは、世界中の絶望や悲しみ、行き場を失った者たちが流れ着く終着点だったからだ」


 彼の言葉に、私はかつての難民たちの顔を思い出した。皆、国から見捨てられ、泥と毒の中で死を待つしかなかった人々だ。

「私の使命は、ここで神の代理人として『死後に天国へと救済するべき純潔な魂』を見極めること。そして同時に……天界へ迎え入れるにふさわしい、新たな天使の魂を探し出すことだった」

「新たな天使の魂……」


 私がオウム返しに呟くと、彼は愛おしそうに私の頬を撫でた。

「その通りだ。君だよ、カエナ」

「わ、私ですか!?」

「君のあの『浄化の力』。あれは単なる魔法でも、神が授けた都合の良い奇跡でもない。絶望の淵にあっても決して他者を恨まず、見返りを求めずに世界を愛そうとする……極めて純度が高く、天界の神格に近い魂だけが放つことのできる『天使の波動』の萌芽だったのだ」


 彼は私の目を真っ直ぐに見つめた。

「私は幾百年、ここで絶望に沈む人間たちを見てきた。どんなに美しい魂を持っていても、過酷な環境の中で濁り、堕ちていくのを数え切れないほど見送ってきた。……だが、君は違った。君はあの泥沼の中で、自らの魂を削る術を見出し、尚且つ、他者を救おうとした。私が君に惹かれたのは、君が『天使の素質』を持っていたからだけではない。君という存在そのものの、その強くて優しい光に、私の心が救われたからだ」


「シレンティウス、様……ううん、アージェントアイナリウス様……」

「シレンティウスでいい。それは君が愛してくれた、私の大切な名だ」

 彼は優しく微笑むと、背中の純白の翼を再び大きく広げた。


「カエナ。地上での式は終わった。領民たちへの義理も果たした。……今度は、私の故郷である天界で、もう一度式を挙げたい。私の主であり、世界の真理を司る女神に、私の最愛の伴侶であり、新たな天使アンゲロイとなる君を紹介したいんだ。……共に行ってくれるか?」

 その問いに、私は迷うことなく頷いた。

 彼が人間であろうと、天使であろうと、そんなことは関係ない。彼が私を見つけてくれ、守り抜いてくれた事実は変わらないのだから。


「はい。あなたが連れて行ってくださる場所なら、地獄の底でも、天界の果てでも、どこへでもお供します」


「ありがとう。……目を閉じて、私に掴まっていなさい」

 彼が私を横抱きに抱え上げた瞬間、視界が真っ白な光に包まれた。

 重力が消え失せ、風の音すらも聞こえない。ただ、彼の温かい腕の中と、心地よい光の奔流だけを感じていた。


 ――やがて光が収まり、そっと地面に足が着く感覚があった。

「目を開けてもいいぞ、カエナ」

 彼の声に導かれてゆっくりとまぶたを開けると、そこは言葉では言い表せないほど神秘的で、荘厳な空間だった。


 床は透き通るような水晶でできており、その下を星々を含んだ銀河がゆっくりと流れている。見上げる天井はなく、無限に続く黄金色のオーロラが空を覆っていた。

 そして私たちの目の前には、白亜の巨大な神殿の柱が立ち並び、その奥の玉座に、二柱の途方もない存在感を放つ眩しすぎて中々直視できない神々が座していた。


「よくぞ戻りました、我が愛しき白翼の座天使アージェントアイナリウスよ」

 左側の玉座の方から声をかけたのは、目を見張るほど美しい、真珠色の髪をなびかせた女神だった。その瞳は世界の一切を見透かすような深い叡智をたたえており、周囲には幾重もの光の輪が浮かんでいる。

「お帰りなさい、アーちゃん。……ふふっ、随分と可愛らしい人を連れてきたじゃないの」

 右側の玉座にいたもう一柱の女神は、漆黒の髪に星屑を散りばめたようなドレスを纏い、片目をウインクしながら悪戯っぽく笑った。


 シレンティウス様……アージェントアイナリウス様は、私の手を引いたまま、その場に片膝をついて深々と首を垂れた。私も慌てて彼の隣で跪く。


「ご報告申し上げます。長きにわたる地上の観測の末、ここに真に清らかなる魂を見出しました。彼女こそが、新たな天使の座にふさわしき者であると、我が名にかけて保証いたします」

「ええ、分かっていますよ。あなたの報告はずっと見ていましたから」

 真珠色の髪の女神が、静かに玉座から立ち上がり、滑るように私たちの前へと歩み寄ってきた。


「カエナ。顔を上げなさい」

 その声は、春の陽だまりのように温かく、抗えないほどの慈愛に満ちていた。体の芯が、いえ、魂が、声を聞いているだけでポカポカと温かくなる。

 私が恐る恐る顔を上げると、女神は私に向けて優しく微笑んだ。


「私は真理の女神、オルフェニルカダリスティルニア。そしてあちらで笑っているのが、因果の女神メリュヴィザンティカです」

「よろしくね、カエナちゃん!」

 因果の女神メリュヴィザンティカ様が、玉座からひらひらと手を振る。神様なのに、想像していたよりもずっと気さくで驚いて目を点にしてしまった。


「アージェントアイナリウス、そしてカエナ。過酷な地上において、絶望に屈することなく、愛と希望の光を紡ぎ出したその軌跡……見事でした。真理を司る者として、あなたたち二人の魂の結びつきを、ここに祝福します」

 真理の女神オルフェニルカダリスティルニア様が両手を天に掲げると、空から光の雨が降り注ぎ、私たちを包み込んだ。

 その光を浴びた瞬間、私の背中から、ぽわっと温かい熱が生まれ、彼と同じような、しかし少しだけ小ぶりで可愛らしい『純白の翼』が弾けるように広がった。


「わあ……っ」

「似合っているよ、カエナ」

 シレンティウス様が、私を見て愛おしそうに目を細めた。


「地上で多くの魂を救済し、荒れ地を聖域へと変えたその功績を讃え、カエナ。あなたを天界の新たな天使アンゲロイに任命します」

 オルフェニルカダリスティルニア様が、私の額にそっと指先を触れた。

 その瞬間、私の中にあった「人間としての寿命」や「肉体の限界」といった枷が外れ、無限の生命力と、澄み切った魔力が全身に満ちていくのを感じた。


「これより、あなたには不死の魂と、天使としての真の『名』を授けます」

 女神様の声が、天界の神殿に厳かに響き渡る。

「あなたの天使としての名は――『グラディニエーラ』。私の新たな天使として地上に白き希望を与える翼です」

「グラディ……ニエーラ」

 私は、授けられたその美しい響きを、唇の上でそっと転がした。


「ま、堅苦しい名前はお仕事の時だけでいいわよ!」

 突然、因果の女神メリュヴィザンティカ様が玉座から飛び降りてきて、一瞬で目の前に移動されて私の肩をポンッと叩いた。

「愛称は『グラディ』か、『エラ』ね! 好きな方で呼びましょ。アーちゃんも、いつも通りシレンティウスって呼ばれる方が好きみたいだしね」

「メ、メリュヴィザンティカ様。……その略称で呼ぶのはやめていただきたいと、何度申し上げたら」

 シレンティウス様が渋い顔で抗議するが、メリュヴィザンティカ様は「ンフフ♪」と豪快に笑い飛ばした。


「いいじゃない、可愛いんだから! さあさあ、堅苦しい儀式はおしまい! 天界でも最高のお酒と料理を用意させてあるの。二人のお祝いの宴を始めましょう!」


「なにあなたが準備したみたいに言っているのかしら?」

三人目の女神様? 私が混乱していると。


「あら、セレスティーヌ。あなたは交友関係に関係なく出席するから、もう毎回言う必要もないと思って」

「まあ、それは、そうよね。天界って、地上よりお祝い事多いものね。ていうか、その名で呼ばないで。私は饗宴の女神、ゼフィディアンフェルノアなんだから」

「ンフフ♪ そうだったわね。あなたがいつも仕える天使達を人間の時の名で呼んでいるから、つい、つられてしまうのよ。ごめんなさいね」


「おお! またまたまたまた、輝かしい新たな光の誕生ですなー! 喜ばしいー!」

「黙って、アルフレッド。ベレッタ、金杯が空よ。ネクタールを早く」

「迅速にデリバリー致します!」


 女神様たちや天使?様たちのあまりの気さくすぎる態度に、私は思わず肩の力が抜け、くすくすと笑ってしまった。


「シレンティウス様。天界って、もっと怖いところだと思っていましたけど……なんだか、とても居心地が良いですね」

「……まあ、この方々は特別だからな。だが、君がここ(天界)を気に入ってくれたのなら良かった」


 彼は立ち上がり、私に手を差し伸べて立たせてくれた。

「これで、君は本当の意味で永遠に私のものだ。グラディニエーラ。……いや、私の愛するカエナ」

「はい。……私の愛する天使様。永遠に、あなたのおそばにいます」


 彼が私の腰を抱き寄せ、私たちは星空の床の上で、再びそっと唇を重ねた。

 二つの白い翼が重なり合い、光の粉が神殿の中に美しく舞い散る。


 世界の掃き溜めで出会った、孤独な領主と絶望に打ちひしがれていた私。

 私たちの紡いだ奇跡は、ついに神の目に留まり、天界をも祝福で包み込む永遠の愛となった。


 天使アージェントアイナリウスと、新たな天使グラディニエーラ。

 私たちはこれからも、地上のあの愛する『聖域』ルデラ領を守りながら、天界でも永遠に続く、甘く幸せな日々を紡いでいく。

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